第4話 初めての学校
ロアは八歳になった。
ノクス王国では、庶民の子どもは八歳から十二歳まで学校に通う。
ロアの住む村でも、それは同じだった。
初めての登校の日、ロアは胸がそわそわしていた。
森よりも、人の集まる場所のほうが少し怖い。
教室に入った途端、ざわめきが耳に入った。
「なぁ、あの子……フローラって言うんだろ?」
「すげぇ服……町の子みたいだな」
「話しかけてみようぜ!」
数人の男の子たちが、興味津々といった様子で
フローラの机のまわりに集まっていった。
「フローラって、どこから来たの?」
「その服、すごくきれいだな!」
けれどフローラは、ちらりとも彼らを見なかった。
つんとした横顔のまま、机の上の教科書を指でなぞっている。
「……別に。ほっといて」
その小さな声に、男の子たちは気まずそうに顔を見合わせ、
やがて散っていった。
ロアはその様子をただ見ていた。
話しかけたい。
でも、どうしても勇気が出なかった。
フローラのレースは揺れるたびに、
月の光を受けて淡くひんやりした揺らぎをまとい――
その気配は、フローラ自身のまわりにも
薄い霧のようにふわりと広がって見えた。
その綺麗さに、ロアは言葉が喉の奥で固まってしまうのだった。
ある日、森の絵を描く授業があった。
墨と筆と紙を持って、子どもたちは森のそばへ向かった。
先生は言った。
「森をよく観察して、見えたものを描きなさい」
ロアは森と墨を見比べた。
(墨より……この辺の草のほうが、森の見え方に近い気がする)
ロアには、草の汁が森の『揺らぎ』に似て見えた。
だから、迷わず草をつかんで絞り、紙に塗りつけた。
草の汁は淡く爽やかに光り、まるで森の息づきそのもののようだった。
ロアは夢中で描き続け、絵の中で森はどんどん広がっていく。
ロアは満足して学校に戻った。
だが、先生はロアの絵を見るなり眉をひそめた。
「ロアくん……なぜ紙をこんな状態にしたのですか?」
ロアは言葉に詰まった。
(だって……草のほうが、森に見えたから)
けれど、それをどう説明すればいいのかわからなかった。
「ロアくん、これは絵ではありません。決まりを守れない子は困ります」
先生はため息をつき、紙を回収した。
「次からは、決められた道具を使いなさい」
ロアは、胸がひゅっと冷たくなるのを感じた。
自分の感じた『森の揺らぎ』が、誰にも伝わらなかった。
その日から、ロアは少しずつ大人しくなっていった。




