第3話 初めての狩り
ロアは七歳になった。
ロアの家は、森の外れにある小さな家だ。
父・ガルンは夕暮れとともに目を覚まし、夜が更けるころには、いつものように狩りに出かけていく。
ガルンの仕事は、害獣駆除だ。
畑を荒らす獣を仕留め、牙や角、皮などを売って生計を立てている。
夜の民の村では、なくてはならない仕事だ。
母・リネアは家事の合間に、麻布へ細かな刺繍を施す内職をしている。
針を動かす指先はいつも静かで、ロアはその横顔を見るのが好きだった。
一歳下の弟、リオはというと――
今日も庭で木の棒を振り回している。
「見て兄ちゃん! 今日は影裂きカラスを倒すんだ!」
リオは活発で、狩りごっこが大好きだ。
ロアはそんな弟を、少し羨ましく思うこともあった。
ある日の夕方のこと。
ガルンが家に戻ると、弓が置いてある棚が空になっていた。
嫌な予感がして庭へ出ると――
「えいっ! やっ!」
リオが、ガルンの本物の弓を構えて遊んでいた。
「リオ!!」
ガルンの怒鳴り声に、リオはびくっと肩を震わせた。
「お前……これは遊び道具じゃない! 危ないだろうが!」
リオは唇を噛みしめ、うつむいた。
「……だって俺、本当の狩りがしたくて。父さんみたいに……」
その声は震えていたが、嘘のない本気がにじんでいた。
ガルンはしばらく黙ってリオを見つめた。
叱るべきか、認めるべきか、迷っているようだった。
やがて、大きく息を吐いた。
「……そうか。そんなにやりたいのか」
リオはこくりと頷いた。
「確かに、お前たちももう大きくなったし……。
よし、森の奥まで一緒に行ってみるか」
「……ほんとに!?」
「夜が更けたら出発しよう。二人とも、出かける用意をしておくんだぞ」
リオは弓を抱えたまま、ぱっと顔を輝かせた。
ロアはというと、胸が少しだけざわついた。
森の小川まではよく行く。
けれど、その奥は――初めてだった。
夜が深まると、ガルンはロアとリオを連れて、森へ向かった。
ガルンは歩きながら、森の生き物をひとつずつ教えてくれた。
「森で一番の暴れ者といえば、ヒカゲオオトカゲだ。
畑にやってきて作物を食い荒らすから、厄介なんだ。
体の横に毒腺があって、触ると危ない。
だが、皮は丈夫で優秀な防具になる。欠かせない生き物でもあるんだ。」
次に、木の根元を指さした。
「この地面の筋、見えるか? これがヤミヌイヘビの這い跡だ。
体をくねらせて進むから、こういう波みたいな跡が残るんだ」
「ヤミヌイヘビは毒が強い。見つけても絶対に近づくな。
ただし卵はな、中の『膜』が薬になる。
殻だけ落ちていたら、中身はもうないが……膜が残ってることがある。そういうのは拾っていい」
リオは目を輝かせて聞いている。
ロアは危険な生き物の説明を聞いて、少し足がこわばった。
しばらく進むと、木の上から低い声が響いた。
「夜鳴きフクロウだ。よく見ると、喉が動いているだろう?
オスはああやって喉を膨らませて鳴いて、群れの仲間を集めるんだ。
あの喉の皮はよく伸びるから、道具の素材になる。」
ロアには、膨らんだ喉の部分がほのかに光って見えた。
冷たい光の濃淡が、ゆっくりと入れ替わるように揺れている。
さらに進むと、ガルンは空を指さした。
「空を見ろ。あれが影裂きカラスだ。獰猛なやつでな。
なわばりに入ると襲ってくることもあるんだ。
丈夫な嘴や爪は、武器や工具の素材になる。」
遠くの枝に止まった鳥の尾が、かすかに揺れている。
ロアには、その尾羽が鋭く光って見えた。
まるで、熱い炎の先端だけが空気の中で震えているようだった。
「父さん、あの鳥……尾の先が、なんだか違って見える」
ガルンは目を細めた。
「なんでわかるんだ? 確かにあれは高級素材だ。
普通は近くで見ないと気づかないんだが……」
ロアは答えられず、ただ目をそらした。
一通り森を案内し終えると、ガルンは空を見上げた。
「そろそろ夜が明ける。今日は帰るぞ」
「えぇー! 狩りがしたかったのに!」
リオは頬をふくらませた。
「初めてなんだから、今日は案内だけだ。また今度な」
「やだ! 今日がいい!」
リオの機嫌はどんどん悪くなる。
ロアは困って父と弟を見比べた。
そのとき――
ロアの視界の端で、何かが淡く揺れた。
「……あれ?」
ロアは草むらに近づいた。
そこに、小さな卵の殻が落ちていた。
ヤミヌイヘビの卵だった。
ロアには、殻の内側に残った薄い膜が、
冷たい光と温かい光のあいだで揺れながら、
不思議で、どこか不気味な光を放っているように見えた。
「父さん、これ……」
ガルンは目を見開いた。
「よく見つけたな……普通はこんな草むらの中じゃ気づかないぞ。
これは本当に貴重な材料なんだ。ロア、ありがとうな」
リオは一瞬で機嫌を直した。
「兄ちゃんすごい!! やっぱり兄ちゃん、目がいいんだ!」
ロアは照れくさそうに笑った。
怖かった森の奥が、少しだけ好きになれた気がした。
翌日、ガルンはロアを連れて薬屋へ向かった。
店に入ると、薬屋のおばあさんが困った顔で棚を見つめていた。
「どうしたんですか?」とガルンが声をかけると、
おばあさんははっと振り返った。
「ガルンさん……ちょうどよかったよ。
病人が出てね、薬を作りたいんだけど、材料が足りなくて困ってたんだよ」
ガルンはロアの肩に手を置いた。
「実は、昨日こいつが見つけてな。
ヤミヌイヘビの卵の殻だ」
おばあさんの目が大きく見開かれた。
「まあ……! 本当に助かるよ。
こんなもの、そう簡単に手に入らないのに……」
ロアはそっと殻を差し出した。
おばあさんは両手で受け取り、深く頭を下げた。
「ありがとうね、ロア坊。
これで薬が作れるよ。きっと助かる人がいる」
ロアは驚いたように瞬きをした。
自分の見つけたものが、誰かの役に立つなんて思ってもみなかった。
「……よかった」
その言葉は小さかったが、
胸の奥がふわりと軽くなるのをロアは感じた。
店を出ると、ガルンが誇らしげに笑った。
「ロア、お前のおかげだな」
ロアは照れくさくて、けれど嬉しくて、
サファイアを見つけたときと同じように胸が震えた。




