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第1話 黒い世界と揺らぐ光

ロアが石を拾うようになったのは、五歳の頃だった。


夜の民の村では珍しいことだった。

彼らにとって石は、ただの影の塊でしかない。


けれどロアには、石の表面に『何か』が揺れて見えた。


どういうわけか、

暖かい光を宿した石、ひんやりと冷たい石、

賑やかにざわつく石、どこか不思議な気配の石……。


まるで石ひとつひとつに『個性』があるように感じるのだった。




「母さん、見て!」


ロアは森で拾った石を胸に抱えて、母・リネアのもとへ駆け寄った。


小さな手のひらには、暗くて丸い石が乗っている。

夜の民にはどれも同じ影の色に見えるはずのそれを、ロアは宝物のように大事そうに持っていた。


母はしゃがみ込み、ロアの手をそっと覗き込む。


「ロアは本当に石が好きね。どこがそんなに気に入ったの?」


ロアは少し考えてから、言葉を探すように石を見つめた。


「この石を見てるとね……なんだか、あったかい感じがするんだ」


母は目を瞬かせた。

石に暖かさなどあるはずがない。けれど、ロアの表情は真剣だった。


「……あったかいの?」


「うん。ふわってしてて……でも、ちょっとだけ光ってるみたいで……」


母はロアの横顔を見つめ、ふっと柔らかく笑った。


「ロアは変わっているけれど……優しい子ね」


その声は、石よりもずっと温かかった。




ある日、ロアはいつものように、石を探しに森の小川にやって来た。


その日は満月だった。水面に落ちる光が、静かに揺れている。


ふと、ロアは手元にあった、透きとおった小さな石を見つめた。


(……きれいだな)


ロアはそっとそれを持ち上げ、満月の光にかざしてみた。


次の瞬間、その石の奥で、淡い光がぱっと弾けた。


冷たい光と温かい光が、

細いリボンのようにほどけては重なり、

石の中で踊るように震えている。


「……わあ……! なにこれ……すごい……!」


光はくるりと舞うように揺れ、

角度を変えるたびに、まるで別の形に生まれ変わっていくようだった。


ロアは息を忘れ、夢中でその変化を追った。




どれほど見つめていたのかわからない。

気づけば、空が白み始めていた。


夜の民にとって、夜明け前はもう帰る時間だ。

ロアははっとして、石を胸に抱きしめた。


「帰らなきゃ……」


ロアは慌てて森を駆け出した。


そのとき、冷たいものが頬に落ちた。


雨だった。


すぐに土の匂いが立ちのぼり、雨粒がロアの髪を濡らす。

ロアは石を胸に抱え、必死に走った。

――落としたくない。絶対に。


けれど、足がもつれて地面に倒れ込んだ。


小さな手から石が離れ、地面に落ちて――ぱきり、と割れた。


「……え……?」


割れた石の欠片が、雨に打たれて転がる。

さっきまで踊っていた光は、どこにもなかった。


「……う、うぅ……」


ロアは震える指で欠片をつかもうとしたが、

うまく力が入らない。指先が滑る。


「やだ……やだよ……」


胸の奥がぎゅっと痛くなり、息がうまく吸えない。

涙が雨に混ざり、ぽたぽたと落ちていった。




「ロア…!!」


森の小道を駆けてきた母・リネアが、泥だらけのロアを見つけて息をのんだ。

そして、ロアをぎゅっと抱きしめて言った。


「ロア、心配したのよ?こんなに濡れて……怖かったでしょう?」


その声にロアは安心し、涙がまたぽろぽろとこぼれた。


そのとき、母の肩越しに見える空が、ふっと明るくなった気がした。


「……あれ?」


ロアは顔を上げた。


雨が上がったばかりの空に、淡い光の帯がかかっていた。


夜の民にはただの『白い濃淡』にしか見えないはずのそれが、

ロアには――


揺れていた。


冷たい光と、温かい光。

柔らかい光と、鋭い光。

いくつもの光が重なり、空の上で舞っている。


それは、さっきまで石の中で踊っていた光が、

空に浮かび上がったように見えた。

割れてしまった石の欠片が、空に溶けていったのではないかと錯覚するほどだった。


「……きれい……」


ロアの声は小さく震えた。


母はその横顔を見て、静かに微笑んだ。


「ロアは、本当に感性の鋭い子ね。優しい目をしているわ」


ロアは虹を見つめたまま、小さくうなずいた。




ベッドに戻ると、窓には厚いカーテンが引かれていた。

夜の民が眠るための、光を遮る分厚い布だ。


母が布団をかけながら囁く。


「影に守られて眠れ」


それは、この世界での『おやすみ』の言葉。


ロアはまぶたを閉じた。

瞼の裏には、さっきの光の揺らぎが薄く漂っていた。


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