第14話 本物の天才
ロアの仕留めた月光鹿のおかげで、家族はなんとか冬を乗り越えた。
雪が溶け、森に春の匂いが戻ってくる。
弟のリオは学校を卒業した。
ガルンは日常生活は送れるようになったものの、まだ狩りに出られるほどには回復していない。
だから今日からは、ロアとリオ──二人で狩りをすることになる。
夜が更けてきた。
ロアは肩に弓をかけ、リオの方を見た。
「リオ、そろそろ行こうか」
二人は森の奥へと歩き出す。
ロアは、父から教わったことを思い出しながら、リオに説明していく。
「罠はいつも三つ仕掛けるんだ。獣の通り道にね。
かかってたら家に運ぶ。かかってなかったら仕掛け直す。
運よく獣に遭遇したら、弓矢や槍で仕留めることもある」
リオは少しつまらなそうに言う。
「なんか、狩人って意外と地味な仕事ばかりだな」
「その方が確実だからね……あ、」
ロアは言葉を切り、遠くの木の上をじっと見つめた。
夜鳴きフクロウがいた。
鳴いてはいないが、月明かりに照らされて、喉のあたりが冷たく光って見える。
「どうしたの兄ちゃん?」
「夜鳴きフクロウだ。春になってから初めて見た」
ロアが指さす方向を、リオは目を細めて見る。
「えっ、どれ……? あ、あの小さい影みたいなの?
兄ちゃん、本当に目がいいよなあ……」
リオはしばらくその影を見つめ、口元をゆっくりと吊り上げた。
「……よし、捕まえるぞ!」
リオは腕まくりをして弓を構えた。
ロアは慌てて言う。
「無理だよ、あんなに遠いのは。父さんでも当たらないって。
矢を探すのも大変なんだから……」
だがリオは、もうロアの声を聞いていなかった。
目を見開き、呼吸を止め、獲物だけを見据えている。
そして──矢を放った。
矢は一直線に飛び、
夜鳴きフクロウの影が、木から落ちていった。
「よし!」
リオが満足げに笑う。
ロアは口を開けたまま、弟の横顔を見つめていた。
──リオは、本物の天才かもしれない。
落ちていった夜鳴きフクロウを探し出し、二人はそれを手に家へ戻った。
「父さん見て! 俺が取ったんだ!」
リオが胸を張って差し出す。
ガルンは驚いたように目を見開き、そして笑った。
「……これをリオが? 大したもんだ」
その声には、純粋な感心がにじんでいた。
ロアは横でそのやり取りを見ながら、
胸の奥に、濁った影が生まれるのを感じた。
誇らしいはずなのに、何か引っかかる。
嬉しいはずなのに、心が重くなる。
その暗い感情の正体は分からない。
ただ、触れてはいけない影が落ちてきて、
静かに広がっていくのを止められなかった。
翌日から、ロアは夕方に起きるとすぐ、弓の練習に向かうようになった。
今日で二週間。
近くの的には当たるようになったが、遠くの的にはどうしても当たらない。
腕は疲労で震え、指先は痛みで痺れている。
それでも、やめられなかった。
リオのあの横顔が、頭から離れない。
そこに、珍しく早起きしたリオがやってきた。
「兄ちゃんおはよう! 弓の練習してるの?」
ロアは返事をしない。
ただ、的を睨みつける。
リオはロアの背後に回り、無邪気な声で言った。
「ちがうよー、もっとこうやって引いて……」
リオがロアの腕に触れた瞬間──
ロアの中で、何かが弾けた。
「……っ、リオは放っておいて!!」
振り払った腕が、空気を切る音を立てた。
リオは目を見開いたまま固まる。
「兄ちゃん、なんでそんなこと言うんだよ!」
リオは唇を噛みしめ、そのまま家へ走り去っていった。




