第8話 フローラ、危機に陥る
冬の終わりが近づくある日、
村の大人たちが道端で深刻そうに話しているのが耳に入った。
「最近、ヤミヌイヘビが増えてるらしいぞ」
「冬眠してるはずなのに……」
「今年は冬にしては暖かかったからな。森で目を覚ましたんだろう。
食い物がなくて、村のほうに出てきてるんだ」
ロアは思わず足を止めた。
授業で見た標本――あの、危険を叫ぶような縞模様が脳裏に浮かぶ。
背筋がひやりと冷えた。
(……嫌な予感がする)
翌日は学校が休みで、
ロアは弟のリオと一緒に、父・ガルンが狩った素材を売りに行くため道を歩いていた。
ふと周りを眺めると、畑のほうに、見覚えのある後ろ姿が見えた。
フローラが、実のつき具合を確かめるようにしゃがみ込んでいる。
(フローラ……)
心の中で名前を呟いた、そのとき――
ロアの視界の端で、ぞわりと光が揺れた。
畑の草むらの奥から、
ヤミヌイヘビが音もなくフローラへと近づいていた。
ヤミヌイヘビは、普段は尾を震わせて音を立てることが多い。
しかし、獲物に忍び寄るときは驚くほど静かになる。
ロアの背筋が凍りつく。
だが、周りで農作業をしている大人たちは誰も気づかない。
(危ない……!)
「フローラ!!」
気づいたときには、もう走り出していた。
ロアは全力で駆け、フローラを思いきり突き飛ばす。
「ちょっと、なにするのよ――」
怒った声が途中で止まった。
ロアの視線の先、草むらから姿を現したヤミヌイヘビを見て、
フローラは息を呑んだまま固まった。
そこへ、後ろからリオが駆けてきた。
「二人とも下がって!」
リオの手にした棒が、素早く蛇の頭を叩きつける。
ヤミヌイヘビは地面に倒れ、衝撃で毒がぱっと飛び散った。
倒れた蛇を見て、ロアはほっと息をついた。
「兄ちゃん、それ……!」
リオの声にロアははっとした。
気づけば、毒がロアの腕にかかっていた。
「っ……!」
胸が締めつけられるように苦しくなり、
呼吸がうまくできなくなる。
視界がぐらりと揺れ、ロアはその場に崩れ落ちた。
(……フローラ……無事で……よかった……)
意識が闇に沈んでいった。
目を開けると、見慣れない天井があった。
けれど、漂う薬草の匂いで、ここが村の診療所だとわかった。
隣ではリオがほっとした顔で座っていた。
「兄ちゃん……よかった……!」
そこへ、診療所の人が静かに近づいてきた。
「気がつきましたか。……かかった毒が少量でよかったです。
なんとか手元の薬で対処できました」
淡々とした声だったが、その言葉の裏にある危険の大きさが伝わってくる。
「ヤミヌイヘビの毒は、本来なら命に関わります。
ほんのわずかでも、油断できませんからね」
ロアは自分の腕に巻かれた包帯を見つめ、
背筋がひやりと冷えた。
そのとき、後ろからすすり泣く声が聞こえた。
振り返ると、そこにはフローラがいた。
震える肩を抱え、泣き腫らした目でロアを見つめている。
「フローラ……ごめん……怖かったよね。
でも、君に何かあったら……僕……」
声がかすれる。
フローラは首を振り、涙をこぼした。
「違うの……私のせいでロアが死んじゃったらって思ったら、怖くて……。
本当に……よかった……!」
フローラはロアの手をぎゅっと握った。
「ロアが守ってくれたんだよ、ありがとう……!
……ロアって、すごく優しいね」
翌日、学校では噂が広まっていた。
「フローラ、なんかロアに優しくない?」
「昨日のこと、聞いた?」
「ロア、すげぇ……」
フローラはいつもより静かで、
けれどロアのそばに来ると、どこか柔らかい表情を見せた。
ロアは戸惑いながらも、
その変化が嬉しくてたまらなかった。




