第3話 友達のいないゴーレム
岩山のふもとに魔物たちの住処がある。
スライムが水辺で跳ね、
ゴブリンが焚き火を囲み
鳥型の魔物が枝でさえずっている。
そこへ、重い影が差した。
足音が近づく。
笑い声が止まる。
振り向いた瞬間、空気が固まった。
現れたのは、ゴーレム。
三メートルを超える巨体。
鋭い岩の輪郭。
赤く光る目。
ただ立っているだけで、
そこに「壁」ができ、周囲を威圧する。
ゴーレム
「……あ」
一歩、踏み出す。
スライムが岩陰へ滑り込み、
ゴブリンがとっさに棍棒を握る。
ゴーレムは止まった。
ゆっくり、手を下ろす。
「……ごめん」
誰も返事をしない。
踵を返す。
(心の声)
「怖がらせたかったわけじゃない」
「……一緒に、座りたかっただけ」
山風が吹く。
一枚の紙が転がってきた。
『役割を置いて休みませんか
ゆらぎの湯宿』
ゴーレムはそれを拾う。
「……怖がられる役、じゃない場所か....」
しばらく見つめ、
静かに歩き出した。
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【ゆらぎの湯宿】
扉が開く。
床が、みし、と鳴る。
マークが厨房から顔を出す。
「……でかいな」
アルマ
「いらっしゃいませ」
ゴーレムは、ぎこちなく頭を下げる。
ゴーレム
「……すみません」
マーク
「何がだよ」
ゴーレム
「……床、軋みました」
マーク
「気にすんな。元からだ」
ゴーレム
「……本当ですか」
マーク
「本当だよ」
アルマは静かに続ける。
アルマ
「ご宿泊ですか」
ゴーレム
「……泊まれますか」
アルマ
「はい。お部屋をご用意いたします」
ゴーレム
「……でも、僕は大きいです」
アルマ
「問題ありません」
ゴーレム
「……怖がられます」
マーク
「自分で言うなよ」
ゴーレム
「……みんな、逃げます」
アルマは、まっすぐに答える。
アルマ
「ここでは、逃げません」
ゴーレム
「……」
アルマ
「ここでは、役割は必要ありません」
ゴーレム
「……役割?」
アルマ
「『怖がられる役』は、置いていってください」
長い沈黙。
ゴーレムは胸のあたりを見下ろす。
ゴーレム
「……置けますか」
アルマ
「はい」
ゴーレムは少しだけ迷い、
それから、小さく頷いた。
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【露天風呂】
夜。
湯気が星をにじませる。
ゴーレムは縁に腰を下ろし、湯に触れる。
熱がじんわりと石に染みていく。
ゴーレム
「……あったかい」
肩まで沈む。
誰も逃げない。
誰も武器を向けない。
(心の声)
「壊さないように」
「怖がらせないように」
「邪魔しないように」
ずっと力を込めていたことに気づく。
肩の力が、抜ける。
ゴーレム
「……きれいだ」
星を見上げる。
その言葉は、誰にも届かなくていい。
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【食堂】
大皿の上に、三つのおにぎり。
具だくさんの大きなもの。
味噌を混ぜて焼いたもの。
まっすぐな塩むすび。
マーク
「特別仕様だ」
ゴーレム
「……こんなに」
マーク
「遠慮すんな」
ゴーレムは、そっと手を伸ばす。
指が触れる。
少し、潰れる。
ゴーレム
「……あ」
「……壊しました」
アルマ
「壊れていません」
ゴーレム
「……でも、形が」
アルマ
「形は変わります」
アルマ
「味は、変わりません」
ゴーレムは、崩れたおにぎりを見る。
一口、食べる。
ゴーレム
「……美味しい」
もう一口。
形は丸くない。
でも、味は同じ。
(心の声)
「形が崩れても」
「中身は、変わらない」
胸の奥が、ゆるむ。
「……僕も」
小さく、つぶやく。
「……崩れても、いいんだ」
マークは何も言わない。
ゴーレムは三つとも食べ終える。
ゴーレム
「……幸せです」
マーク
「おかわりあるぞ」
ゴーレム
「……本当ですか」
マーク
「ある」
今度は、すぐに。
ゴーレム
「ください」
声が、少しだけ明るい。
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【翌朝】
ゴーレム
「……ありがとうございました」
アルマ
「ありがとうございました」
ゴーレム
「……また来てもいいですか」
アルマ
「お待ちしております」
扉の前で、立ち止まる。
ゴーレム
「……怖がられても」
振り返る。
「……挨拶は、します」
アルマは静かに頷いた。
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【岩山のふもと】
ゴーレムが戻る。
また、空気が張りつめる。
スライムが身を引き、
ゴブリンが警戒する。
ゴーレムは、深く息を吸う。
ゴーレム
「……こんにちは」
少しだけ震えている。
それでも、目を逸らさない。
ゴーレム
「……座っても、いいですか」
沈黙。
一匹のスライムが、ゆっくり近づく。
ぴょん、と跳ねる。
ゴーレムは動かない。
ゴーレム
「……ありがとう」
少し離れた岩に腰を下ろす。
焚き火の輪には入らない。
でも、背を向けない。
ゴブリンはまだ距離を取っている。
けれど、武器は下ろしている。
(心の声)
「これでいい」
「少しずつでいい」
夜。
隣でスライムが跳ねる。
ゴーレム
「……きれいだ」
今夜は、ひとりではなかった。
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【湯宿】
マーク
「崩れても平気、か」
アルマ
「はい」
マーク
「石のくせに、やわらかいな」
アルマ
「はい」
湯気が静かに立ちのぼる。
今日もまた、
誰かが役割を置きに来る。
(第3話、終わり)




