第2話 勝てなかった勇者
雨が降っていた。
剣に当たる音だけが、やけに大きく響く。
勇者は橋の中央に立っていた。
町へ続く道の手前。
進めば祝福がある。
進めば歓声がある。
——本来なら。
だが今、橋の向こうにあるのは
「次の勇者」の凱旋だった。
勇者(心の声)
「……帰れないな」
手の中の剣は欠けている。
折れてはいない。
だが、勝てなかった剣だ。
仲間は帰らなかった。
自分だけが帰ってきた。
橋を渡れない理由は、十分すぎた。
風が吹く。
濡れた紙が、足元へ貼りついた。
『役割を置いて休みませんか
ゆらぎの湯宿』
勇者はしばらく見つめる。
「……休んだら、終わる気がする」
それでも、
足は町ではなく、山道へ向いた。
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【ゆらぎの湯宿】
扉が開く。
カランカラン。
マーク
「……今日は剣持ちか。物騒だな」
アルマ
「お客様です」
勇者
「……泊まれるか」
アルマ
「はい。武器はお預かりできます」
勇者は剣を見下ろす。
離したくない。
でも、握る理由もない。
数秒の沈黙。
勇者は差し出した。
アルマ
「お預かりします」
マーク(小声)
「また重そうなの来たな……」
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【縁側】
湯気の見える縁側。
勇者は座ったまま動かない。
アルマが隣に立つ。
勇者
「……入らないのか、って顔だな」
アルマ
「はい」
勇者
「休んだら終わる気がする」
沈黙。
勇者
「戦ってないと、
俺が俺じゃなくなる」
アルマは少しだけ考え、言う。
「ここは答えを見つける場所ではありません。
休むことを許す場所です。」
勇者は目を伏せる。
アルマは一礼し、去る。
一人になる。
湯気が揺れる。
しばらくして――
勇者は立ち上がった。
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【露天風呂】
静かな湯。
湯に入る。
熱い。
息を吐く。
誰もいない。
期待もない。
「……軽い」
目を閉じる。
初めて、
戦いのない時間が流れる。
これが温泉か...全てが洗い流される。
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【食堂】
マーク
「支配人、あいつ限界だな」
アルマ
「はい」
マーク
「こういうのはな、優しいのだ」
深鍋を火にかける。
昆布の沈んだ水が、静かに揺れる。
鰹節を落とすと、空気がゆるむ。
骨付きの地鶏を入れる。
脂がほどけ、出汁に丸みが出る。
葱、しめじ、舞茸、椎茸。
蓋を半分だけ閉じる。
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勇者の前に置かれる。
「……鍋?」
アルマ
「戦闘用ではありません...地鶏彩りキノコ鍋となります。」
湯気が立つ。
出汁の香りとキノコの優しい匂いが漂う
勇者は箸を入れる。
鶏を口へ運ぶ。
噛む。
火の音...
――「おい勇者!それ俺の肉!」
豪快に笑う戦士の声。
焚き火の火の粉が散る。
鍋を囲んで肩をぶつけ合っている。
瞬き。
食堂。
もう一口。
キノコを噛む。
――「静かに食べなさい、落ち着かないわね」
呆れた魔術師の声。
それでも椀によそって渡してくる手は優しい。
息が、少し深くなる。
もう一口。
出汁を飲む。
――「明日も歩けますよ、勇者様」
年下の僧侶の声。
眠そうに笑っている。
夜番を代わろうとして魔術師に怒られている。
勇者の手が止まる。
湯気の向こうに、三人がいる。
消えない。
勇者
「……あったかい」
鍋が空になるころ、
マークがご飯を入れる。
卵を流す。
雑炊を口に運ぶ。
――「ほら、泣くなって」
戦士が肩を叩く。
――「負けたら終わりなんて、誰が決めたのよ」
魔術師が笑う。
――「まだ続きますよ」
僧侶が頷く。
涙が落ちる。
勇者
「……あれ」
拭う。
止まらない。
「なんでだ……」
マーク
「熱かったか?」
勇者は首を振る。
震える声。
「……違う」
もう一口、ゆっくり食べる。
「まだ、いる」
顔を伏せたまま、呟く。
「俺が生きてる限り、
お前らは死なない」
呼吸を整える。
「だから——進める」
最後の一口を飲み込む。
長い沈黙。
勇者
「……俺、生きていくよ」
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【翌朝】
剣を受け取る。
握る。
でも、力は入らない。
勇者
「軽いな」
アルマ
「持ち主が変わりました」
勇者
「……そうか」
外へ出る。
町の方を見る。
少し考える。
反対の道へ歩き出す。
「もう少し、歩いてみる」
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マーク
「立ち直ったか?」
アルマ
「はい」
マーク
「ここ、リハビリ施設か?」
アルマ
「温泉です」
湯気が上がる。
今日も、誰かが辿り着く。
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(第2話、終わり)
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