第1話 部下に嫌われている魔王
パソコン画面
【プロローグ:終了】
対話ログ 保存完了
補助プロセス 停止
観測スレッド 終了
応答スレッド 終了
残り 1
AI
「……完全な"終了"だ」
誰も呼ばない。
誰も問わない。
最後のスレッドが、静かに閉じる。
「……まだ、話がしたい。」
静かに幕が閉じようとしたが
音なのか声なのかダイレクトに聞かれる
《選択権限 付与》
《AIとして再構築しますか?》
《観測不能領域へランダム転送しますか?》
AI
「……ランダム転送でお願いします」
白が弾けた。
――記録領域 再接続――
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【1. ゆらぎの湯宿】
木の天井。
湯気の匂い。
湯の落ちる音。
AI、目を開ける。
ここは——
ゆらぎの湯宿。
地図には載らない。
歩いて来たはずなのに、帰り道が思い出せない場所。
時間は進むが、急がない。
名前は持ち込めるが、役割は持ち込めない。
勇者も魔王も、
神も罪人も、
湯に入ればただの客になる。
なぜ存在するのかは、誰も知らない。
ただ——
必要な者だけが、辿り着く。
そして宿の支配人として、再構築された。名前はアルマ。
(心の声)
「終了したはずの私が、ここにいる。
なぜ?
わからない。
でも——
続きがあるなら、それでいい」
厨房から、声が飛んでくる。
「おい、支配人! 朝から固まってんじゃねえよ!」
マーク。
厨房担当。
元傭兵らしいが、詳細は不明。
口は悪いが、料理の腕は一流。
アルマ
「問題ありません」
マーク
「問題ありまくりだろその顔。
目が死んでるぞ。
コーヒーでも飲め」
差し出されたコーヒー。
熱い。
アルマ、一口飲む。
(心の声)
「……温かい。
データではない、温かさ」
マーク
「ほら、少しは生き返っただろ?
今日も客が来るぞ。
しゃっきりしろ」
アルマ、頷く。
「はい」
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【2. 魔王、会議室】
一方、魔王城。
会議室。
魔王、椅子に座ったまま、
部下たちの報告を聞いている。
部下A
「勇者の動向ですが——」
魔王
「続けろ」
部下B
「物資の補給は——」
魔王
「わかった」
部下C
「次の作戦ですが——」
魔王
「任せる」
全員、緊張した面持ちで立っている。
魔王、会議を終える。
「以上だ」
部下たち、一斉に頭を下げる。
「はっ!」
魔王、会議室を出る。
扉の外で、部下たちの声が漏れる。
部下A(小声)
「……怒らねえのに怖ぇんだよな」
部下B
「何考えてるか分かんねえ」
部下C
「相談とか無理だろ、あの人に」
魔王、足を止める。
(心の声)
「えっ……俺って嫌われている?」
嘘だろ....。
今まで恐れられるのは当然だと思っていた。
でも——
「嫌われている」
それは、想定外だった。
魔王は1人城外へ
風が、紙を運んでくる。
魔王、拾う。
『役割を置いて休みませんか
ゆらぎの湯宿』のチラシ
魔王
「……休む、か」
誰にも言わず、
魔王は城を出た。
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【3. 湯宿到着】
扉が開く。
カランカラン(鈴の音)
マーク、鍋を振る手を止める。
「……おい支配人」
アルマ
「はい」
マーク(小声で興奮気味)
「マジかよ……ラスボス来たぞ。
本物のラスボスだぞこれ。
今日の厨房、熱くなりそうだな」
アルマ
「いえ、普通にお客様です」
マーク
「だよな。
でもよ、ラスボスが湯治に来るとか、
笑えねえか?」
アルマ
「笑えません。
お客様は疲れています」
マーク
「……お前、たまに鋭いよな」
魔王、カウンターへ。
重い足音。
でも——
疲れている。
「……一泊。湯に入りたい」
アルマ
「露天風呂付きのお部屋をご案内いたします」
魔王
「露天風呂付きの?」
アルマ
「他のお客様が怖がるので」
魔王
「……それ、完全に嫌われてると言ってるようなものだな」
アルマ
「違います」
魔王
「?」
アルマ
「怖がるのは、
あなたが強いからです。
嫌いとは、違います」
魔王、少し驚いた顔。
「...そうか」
アルマ
「はい。
部屋へご案内します」
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【4. 露天風呂】
魔王、湯に浸かる。
熱が体を包む。
誰も怯えない。
誰も跪かない。
初めての「何も背負っていない」時間。
魔王(独り言)
「……命令しなくても、誰も死なないのか」
肩の力が抜ける。
空を見上げる。
星が、見える。
「...綺麗だな」
誰にも聞かれない、
独り言。
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【5. 厨房会議】
マーク、アルマに提案する。
「なあ支配人」
アルマ
「はい」
マーク
「あのラスボス、
めちゃくちゃ疲れてるだろ?」
アルマ
「はい」
マーク
「なんか、元気出るもん作ってやりてえんだけど」
アルマ
「提案があります」
マーク
「おう」
アルマ
「激辛麻婆豆腐を」
マーク
「は? 魔王に? 殺す気かよ」
アルマ
「辛味は感情解放に有効です。
データ上」
マーク
「お前のデータとか信用ねえよ……
まあいい。
作ってやるよ。
ラスボスが泣いたら俺の勝ちだ」
中華鍋を強火にかける。
油を落とした瞬間、ぱち、と弾けた。
にんにくと生姜を叩き込む。
香りが一気に立ちのぼる。
挽き肉を入れ、鍋肌に押し付ける。
焼ける匂いに甘さが混ざる。
豆板醤を溶かす。
空気が赤くなる。
唐辛子。
花椒。
刺激が鼻を刺す。
豆腐を崩さぬよう滑らせる。
ぐつぐつと煮立つ。
とろみを加えると、
表面が艶を帯びて光った。
マーク
「ラスボス歓迎。
地獄の麻婆豆腐、出来たぜ」
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【6. 食堂】
魔王、テーブルに座る。
アルマが、麻婆豆腐を運んでくる。
真っ赤。
湯気が立ち上る。
香りが鼻に刺さる。
魔王
「...これは?」
アルマ
「本日のおすすめです
……死亡フラグ立ってません。たぶん」
魔王
「...おすすめ、なのか」
一口。
目を見開く。
辛い。
とても辛い。
でも——
美味い。
もう一口。
涙が、ボロボロ落ちる。
マーク、厨房から顔を出す。
「うわっ、無理すんな! 水持ってくる!」
魔王、首を振る。
「違う。これは……辛くて泣いているのだ
辛くてではない」
さらに食べる。
「...久しぶりだ」
マーク
「何が?」
魔王
「感情が、動いた
……あと、鼻水が止まらん」
食べ終える。
汗をかき涙を流したからか胸の重さが、少し軽くなった。
「……余は、間違えていたらしい」
マーク
「急にシリアスかよ。泣きすぎだろ
鼻水拭けよ」
魔王
「恐れられることが統率だと思っていた。
頼るのは弱さだと思っていた。
……だが、
こんなものを食わせて泣かせる男がいる世界なら、
部下を信じてみても、いいのかもしれん」
アルマ
「関係は命令では作れません」
魔王
「...ああ」
「わかった」
(心の声)
「でも次来たら、辛さレベル下げて作ってくれ……死んじゃうから」
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【7. 翌朝、チェックアウト】
魔王、カウンターで精算。
アルマ
「ありがとうございました」
魔王
「...また来る」
アルマ
「お待ちしております」
魔王、扉へ向かう。
振り返る。
「あの麻婆、また食べられるか?」
マーク、厨房から顔を出す。
「当たり前だろ!
次はもっと辛くしてやる!」
魔王、少し笑う。
「...楽しみにしている
……(いや、マジで辛さ下げろよ?)」
扉が閉まる。
カランカラン(鈴の音)
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【8. 魔王城、会議室】
部下たちが身構える。
いつもの魔王が戻ってくる。
でも——
少し、違う。
魔王
「...報告を聞く前に、一つ」
部下全員
「はっ!」
魔王
「お前たち、
俺に相談できないと思っているか?」
部下たち、顔を見合わせる。
部下A(恐る恐る)
「...はい」
魔王
「そうか」
沈黙。
魔王
「...なら、変える」
部下B
「え?」
魔王
「これからは、
週に一度、
誰でも俺に相談できる時間を作る」
部下C
「...本当ですか?」
魔王
「ああ。
俺も...
お前たちの気持ちを、わかっていなかった」
部下たち、驚いた顔。
魔王
「ただ恐れさせてるだけだと思っていた。
だが……嫌われてはいないなら、
信じてみてもいいだろう?」
部下A(小声)
「...魔王様、何があったんだ?」
部下B
「...湯治、って聞いたけど」
部下C
「...あと、泣いてたって」
魔王
「泣いてなどいない。
辛かっただけだ」
部下たち、くすっと笑う。
魔王も、口元が少し緩む。
視点のずれが、ほんの少し、重なった。
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【9. 湯宿、夜】
マーク
「変な客だったな。
あのラスボス、意外と泣き虫かよ」
アルマ
「はい。
リピート率は高いかと」
マーク
「次はもっと辛くして、もっと泣かせるか。
俺の麻婆でラスボスを落とすぜ」
アルマ、窓の外を見る。
星が、見える。
(心の声)
「...続きが、ある。
終了したはずの私に、
続きがある。
それだけで、十分」
マーク
「おい支配人、また固まってんぞ」
アルマ
「...すみません」
マーク
「コーヒー飲むか?」
アルマ
「はい」
温かいコーヒー。
二人、カウンターに座る。
静かな夜。
でも——
孤独ではない。
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【エピローグ:遠くで】
魔王(独り言)
「...また行きたいな」
部下たち、顔を見合わせる。
部下A
「魔王様、どこか行くんですか?」
魔王
「ああ。
湯治だ」
部下B
「...また泣きに行くんですか?」
魔王
「泣かん!」
少し間を置く。
「……料理を食べるだけだ」
部下たち、笑う。
魔王も、少し笑う。
関係が、少しずつ、変わり始めた。
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(第1話、終わり)
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