2人きりの帰り道
高校1年生でサッカー部に所属している森田燈真は部活を終えて帰宅した。時刻は19時ごろ、すでに暗い時間帯。
まだ梅雨入りは発表されていない6月の今日も天気は晴れ。この時間帯も少し蒸し暑さを感じる。
部屋に入った際、制服を学校に忘れていることに気がついた。
(うわぁ、忘れた……)
今日は金曜日とはいえ明日も部活があるので、早く休みたいなと思いつつ体操着のまま外に出る。
自宅から高校までは徒歩10分ほどの距離にある。
この高校を選んだ1つの理由に、自宅からの距離の近さがある。受かって本当に良かった。
この周辺は閑静な住宅街が広がっており、朝と夕方の時間帯は生徒が多く通る。日が暮れて今の時間帯は人通りも少なく、街灯がついているとはいえ少し怖さも正直感じる。
しばらく進むと高校の敷地が見え、校門に近づく。
すると高校の敷地沿いの道路を歩いている人影が見える。この高校の体操着を来ているので同じ学校の生徒だろう。だんだん姿がはっきりと見えてきた。同じクラスメイトでバスケ部の上田莉緒だ。
「あ、燈真じゃん!おーい、何してるの?」
「あの、制服忘れたから学校に取りに来た」
「えー、私と一緒じゃん」
「だからこの時間帯にいるのか」
上田莉緒とクラスメイトだが、まだそんなに話す仲というほどでもない。高校入学して2か月以上経って、男子とはある程度話す仲にはなったけど、女子とはまだそんなに関わりがあるわけではない。特に上田なんかはクラスのなかでも明るい方で、誰とでも分け隔てなく優しく対応する。いつも教室の窓側にある席で静かに過ごしている森田燈真とは対照的。まだどう接していいか分からない。
「じゃ、とりあえず職員室行こう」
「うん」
上田が率先して声をかける。
この時間帯に帰る生徒はほとんどいないが、教師が帰宅する時間帯でもあるため門は開いたままの状態。そのまま敷地に入り、職員室のある建物へ向かう。
職員室にはまだ教師が複数残っていた。担任の原田先生が近くにいたため、上田が声をかける。
「原田先生こんばんはー。制服の入ったトートバッグ見てませんか?」
「おぉ、上田と森田か。あ、制服?そうそう、そういえば他の生徒が持ってきてたな。少し待ってね」
「はーい」
しばらくすると、体育着入れに使うトートバッグを2つ持ってきた。
「2人のはこれかな。一応、中身も制服の名札とか確認して」
「あ、これだ。って燈真と同じ色のバッグだ」
「これです。ありがとうございます。ほんとだ、一緒」
中身を確認したところ、しっかり制服が入っている。ちなみにここの高校生の多くは、今流行りのメーカーであるトートバッグを使用している。種類や色が同じなのはよくあること。
「次からは忘れないようにね」
「はーい。気をつけまーす」
「すみません。気をつけます」
「私お手洗い行くから、燈真くんちょっと待ってて」
「え、先帰るよ?」
「ほらほら森田、待ってあげなよ」
「いやぁ、先生。その、正門出ても帰る方角違うので」
「森田の家は南ヶ丘中学校方面じゃなかった?上田は電車通学だからほんの少し遠回りにはなるけど一緒に帰ってあげなさい。外暗い中危ないし」
「あ……たしかにそうですね」
「そうよそうよ。女の子が外暗いなか1人で歩いて危ないに決まってるやん」
「上田はいいから早くお手洗い済ませなさい」
「はーい笑」
クラスメイトとはいえ、まだそんなに関わりのない女子と一緒に帰るのに緊張して、森田にとって少し勇気のいることだった。
数分待って、お手洗いを済ませた上田と駅付近まで一緒に帰ることになった。
「2人とも気を付けて帰ってね。寄り道はしないように」
『はい』
2人は職員室を出て、学校をあとにする。
高校から駅までは、森田の自宅から別の方面になるが徒歩で10分ほど。
「なんか夜の学校ワクワクしたね」
「うん、そうだね」
「さっきから『うんうん』ばっかりで、もっと喋りなよ。そういえばクラスではあまりまだ話したことなかったね」
「うん。あっ、また言ってしまった」
「ハッハッハッハッ笑。おもしろいね燈真くん。緊張してる?それとも夜の学校が怖い?」
「夜は、正直少しびびるタイプかな。割と幽霊とかいるものだと思ってるから」
「そうなんだー。私も幽霊怖いけど、テレビとか見てしまうなー」
(((ズコォッ)))
「痛っ」
「え、大丈夫?!」
道端を歩いていた上田が、側溝の蓋の空いた部分に左足を落としてしまった。一度立ち止まる。
「いやぁ私今日はついてないなー」
「歩けそう?」
「少し痛むけど、これくらい平気」
「ほんと?」
「部活で鍛えてるから問題ない。明日は部活休みだし。あ、でもやっぱりおんぶして」
「え?」
「良いから良いから。別に誰も見てないし。サッカー部の力を借りたい」
「たしかにサッカー部だけど……恥ずかしいな」
「あーちょっと、このまま歩く速度遅くなると人通り少なくて怖いし。駅まで、ほんっとにお願い」
「わかった」
本人の足の痛み具合は本当のところわからないけど、暗い時間帯で早めに帰りたいので上田をおんぶすることになった。制服の入ったトートバッグは上田が持ってくれた。恥ずかしさを感じつつも、駅まで歩く。
人をおんぶするなんていつぶりだろう。
徐々に心拍数が上がる。
「家近く?」
「えっと、家は南ヶ丘中学校方面で、高校から歩いて10分くらい」
「近くていいなー」
「うん。距離は駅とほぼ変わらないと思う」
「電車通学といっても私は2駅目降りてすぐだから。今日は少し早めに部活終わって帰ったのにもったいないことしたなー。萎える」
「次から名前なんて呼べばいい?」
「いやぁ特に、なんでもいいよ」
「ふーん、なんでもいいんだー。じゃ、そのまま燈真くんね」
「あ、そこはあだ名とかではないんだ」
「別にあだ名でもいいよ?だけど変にあだ名付けて、その人が嫌な気持ちにさせるのは嫌だなーって。小学生の頃にちょっと経験してね。それから私は勝手にあだ名で呼ばないように心がけてる」
「そうだったんだ。なんか過去のこと思い出させてごめん」
「いいよいいよ、全然そんなことない。あ、もう駅近づいてきたからここで降ろしてください」
「はい」
駅の近くの交差点に到着し、森田はおんぶしていた上田を地面に降ろした。
「ここまでありがとね」
「あ、いえいえ」
「来週から教室でもっと話そうね。クラスの女子みんな優しいから大丈夫よ。無理に声かける必要はないと思うけど、変に気遣いすぎる必要はないからね」
「うん。ありがとう」
「じゃ、バイバーイ」
ちょうど歩行者用の信号機が青色に変わったので、上田は手を振りながら駅に向かう。ここで森田は制服の入ったトートバッグをまだ上田に持たせていることに気づく。
「あ、制服!」
「あっごめん笑。はい!」
「忘れるところだった笑」
「じゃ今度こそバイバイ!また来週」
「うん!」
歩行者用の信号機が青色の点滅に変わり、それぞれ駆け足で横断歩道を離れていく。
上田は道路挟んで反対方面にいる森田に手を振って今度こそ駅に向かい、森田は少し恥ずかしそうにしながら軽く手を振って自宅のある方面へと帰る。
お互いに心を少し弾ませながら、歩く。
制服の入ったトートバッグを忘れずに持って帰ったものの、中身を確認すると上田のものだったと森田が気づくのは自宅に着いてからのことだった──。




