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第4章 疑念

 翌朝、草薙はホテルのカフェに立ち寄った。オープンテラスの端の席に座りコーヒーを注文すると、携帯で朝のニュースを確認する。

 ネットニュースもSNSも話題はテロ予告一色だった。「H・A・D・E・S」について根も葉もない情報が拡散され、予想通りパニック状態になっていた。

「H・A・D・E・S」のテロ予告はフェイクではない。これまで未然に防いでいるから被害が最小限に収まっている。

 世界的に見ても治安が良い日本において、テロが行われる事など国民は信じていない。平和ボケとも言えるこの国に迫る本物の恐怖に草薙自身も戸惑っていた。

 注文されたコーヒーを店員が置くと同時に草薙は背中を一叩きされた。

「おはよう」

 テロ予告に神経をすり減らす草薙の感情をあざ笑うかのように、爽やかなケニーが向かいの席に着席した。

「テロ予告、どう思う?」

 いきなり本題に入る草薙の緊張感を感じたケニーは緩んだ顔を引き締めた。

「あれはフェイクじゃないよ。間違いなくテロは行われると思う」 

「だよな。でも今回の予告、日時と場所は指定されていないよな?」

「その通り。予告の仕方は初めてだ。格段に阻止する難易度は上がるよ」

 顔を歪め困惑する草薙は、コーヒーを一気に飲み干した。

 コーヒーカップの底に僅かに残った砂糖の塊を見つめ、今後の展開を予想する。

 優先すべきはテロ対象の選定。恐らく駅や空港、ショッピングモール等の人が密集する場所である。過去の事件からも対象は人では無い事が考えられる。しかし、東京を封鎖すればその影響は計り知れない。

 それよりも草薙には重要な事があった。

「俺の父親、今回のテロに関わってるか?」

「恐らく・・・・・・」

 確信めいた顔で頷くケニー。

「頼む。米国の持っている父親の情報教えてくれ!」

 草薙の声量に周囲が反応した。やや前かがみになったケニーは静かに語り始めた。

「この間、大使館で話をした内容しか米国も掴んではいない。只、官邸と取材で関係があった事はCIAの情報に記載があった」

 ケニーはポケットから一枚の折り畳んだ紙を取り出しテーブルに置いた。

 草薙が紙を手に取り開くと、中身は先日のN.Y地下鉄テロ事件の詳細だった。

 事件のレポートに草薙煌史郎が記されていたのは文末。国際テロ組織の実行犯としてFBI隊員を射殺。追走する隊員に発砲した後、逃走。

 わずか三行に記された内容は、開いた紙を素早く閉じる程に強烈な内容だった。

 既に知り得ていた事だが、機密情報として文書で見ると、犯罪者の息子という事実が草薙を再び襲った。

「受け入れられる事じゃない。でも考える暇はない。明日にでもテロは起きるかもしれない」

 ケニーは躊躇せず草薙を追い詰めた。逃した犯人が他国でテロを行うなどFBIのプライドが許さない。

「テロが実行されれば、恐らく父親の名前は公表される」

 ケニーの追撃に草薙は顔を上げた。吏絵の為にもそれは是が非でも阻止せねばならない。コーヒーカップを掴んだ手に力を入れると、脳裏に見知らぬ記憶が浮かんできた。


 ショットバーのカウンターには隣に本条が座っている。

「何か、今日は元気ないけど・・・・・・ どうしたの?」

 本条は頭を肩にもたれかけ腰に手を回してきた。

「いや、少し考え事があってね。色々大変なんだよ」

 男は本条の肩を抱き寄せキスをすると、本条を店の外に連れ出した。


 草薙は先日空港で本条を抱きしめた時と同じ感覚を覚えた。

「ケニー、俺の心臓は誰から移植されたんだ? 移植してから知らない記憶が頭に浮かぶ事が増えたんだ」 

 俯き額を手で押さえながらケニーに問い詰めた。

「ドナーについては本当に分からない。それって記憶の転移じゃないか?」

 草薙の脳裏には、あまりにも生々しく、自分自身の経験であるかのような記憶が流れ込んでいる。本条の知り合いの記憶である事は間違いない。

「そろそろ時間だから行くよ。今後の捜査状況は都度連絡する。あっ、ここは払っておくから」

 ケニーは草薙を気遣い会計を済ませ退店した。

 ケニーと別れた草薙は外務省のオフィスに向かった。二百メートル程歩くと、後方にホテル出口で見かけた外人二人がビルの反射したガラス窓に映っていた。

 草薙は尾行を懸念し、新設された商業ビルの地下街に足早に入り人混みに紛れた。

 地下街で二人の姿が消えたのを確認すると、スマホを取り出し二階堂に電話を掛けた。

「おはようございます。今オフィスに向かっていますが、尾行の可能性があったので少し遅れそうです」

「尾行? 間違いないのか?」

 電話越しの二階堂の声には疑心が籠もっている。

「確信はありませんが、それに近い感覚があります。父親の件が関係しているのかもしれません」

「確かにその線はあるな。丁度お前に連絡しようとしていたんだ」

 草薙は立ち止まり、電話の声に集中した。

「実は内閣府から呼び出しがあった。これから霞ヶ関に向かってくれ」

「内閣府? 要件は?」

「分からん。尾行の件もそうだが、もう俺達の考えうる範疇には収まらん領域かもしれない」

 米国大使館の次は内閣府の呼び出しという状況は、草薙がいくら考察しようとも導き出す事は出来なかった。

「わかりました。今虎ノ門にいるのでこれから向かいます」

 電話を終えた草薙は地下街から出ると、霞ヶ関合同庁舎に向かった。今回は尾行らしき人物は見当たらない。

「H・A・D・E・S」のテロ予告で周辺は警察官で溢れ、桜田通りは白と紺に染まっていた。

 草薙は中央合同庁舎第八号館に到着すると、受付門の職員に声を掛けた。

「外務省の草薙と申します。上司を通じて内閣府から呼び出しを受けました」

「草薙様ですね。確認しますので少々お待ち下さい」

 入館予約の無い草薙の訪問に受付の職員は慣れた様子で内線を掛けた。

「確認が取れました。担当の者がお迎えに参りますので、入口でお待ち下さい」

 内線を終えた職員が草薙に告げると、一時通行証を手渡し門を通した。

 八号館入口に近づくにつれ、草薙の緊張も次第に高まりだした。恐らく今回のテロ予告に父親が関わっている情報を政府も掴んだと予想した。

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 八号館入口で職員が草薙を出迎えた。草薙は軽く会釈をすると、案内されたエレベーターに乗りこんだ。

「駐車場ですか?」

 地下駐車場のボタンを押した職員に草薙は不思議そうに問いかけた。

「降りた先の車に乗ってください」

 同乗した職員がドアを閉じるとエレベーターのドアは静かに閉まり、緩やかなスピードで下降を始めた。

「車でどこに行くのでしょうか?」

「こちらでお答えする事はできません」

 職員は草薙の質問に振り返りもせず答えた。

 草薙は、地下駐車場へ向かうわずか数秒の時間でこれから起こる事を思いつく限り考えたが、それも無駄に終わりエレベーターは地下駐車場に到着した。

 エレベーターのドアが静かに開くと、職員は右手でドアを押さえながら真正面に停車している黒の高級セダンに左手で誘導した。

「あちらの後部座席にお乗りください。私はこちらで失礼します」

 職員は、草薙がエレベーターから降りると一礼し、エレベーターで上階に戻っていった。

 黒のセダンの後部座席のドアは、草薙が近づくと自動的に解錠された。

 重厚なドアを開けると、革張りのシートの向こう側に、すでに一人の男が座っていた。

 六十歳前後。背筋は驚くほど伸び、濃紺のスーツに身を包んだその姿は、写真やニュース映像で幾度も目にした人物と寸分違わなかった。

 国家公安委員長 篠原 恒一。

「座りたまえ」

 低く、しかし有無を言わせぬ声だった。

 草薙は一瞬だけ逡巡した後、ドアを閉め、指定された後部座席に腰を下ろした。

 車内は異様なほど静かだった。運転席には誰もいない。エンジン音だけが、密閉された空間に微かに響いている。

「驚いた顔だな。無理もない。君の立場では、私と直接会う機会はそうない」

「……なぜ国家公安委員長が」

「君の父親である草薙煌史郎。現在、米国政府はテロ実行犯として捜査に動いている」

 草薙の喉が、かすかに鳴った。

「……やはり間違いのか」

僅かに残る草薙の疑念は確信に変わった。

「我々日本政府としては、国際テロ組織の実行犯が日本人という不名誉は避けたい事案だ」

 篠原は初めて草薙の方を向いた。その目には、同情とも警告とも取れる色が宿っていた。

「父親の情報は何か持っているか?」

「いや、特に何も」

 草薙が即答すると沈黙が車内を満たした。

「こちらの情報としても失踪後、死亡未確認という情報しか無い」

 草薙は無言で俯いている。

「情報を入手したら都度連絡は頂きたい」

 篠原は携帯電話の画面に電話番号を表示し、草薙に発信を促した。

「申し訳無いが君は重要参考にとして日米両国の監視下に置かれている」

「分かりました。私も事件の真相を知りたいと思っているので協力させて頂きます」

 篠原は草薙からの着信を確認すると駐車場で待機している運転手を呼び寄せた。

「では草薙君。会議があるので失礼するよ」

 草薙は篠原に軽く会釈を行い、車を出ると地下駐車場のエレベーターに向かった。

 エレベーターのボタンを押した後、後方の車を確認すると既に駐車場から車は消えていた。

 草薙は合同庁舎を出ると、再び虎ノ門方面に歩き出した。頭の整理をする為に歩く事は草薙の大事なルーティンである。

 「H.A.D.E.S」のテロ阻止、父親の捜索、経験した事のない記憶の断片。整理しようにも収集つかない事態に陥っている。気づいた時には地下鉄虎ノ門駅の地上入口に到達していた。

 草薙が入口階段に足を掛けると二階堂から着信が入った。

「おい! ニュースみたか!?」

 二階堂の慌てた声を聞き草薙は周囲を見渡すと、ビル壁面の電光掲示板に燃えた車の映像が流れていた。

「車両爆発ですか?これがテロな訳無いと思いますが」

 草薙が再びニュースを見ると、黒い車両から白色光の光が爆音とともに視界を塗りつぶした。

「乗っていたのは国家公安委員長の篠原だ!」

 二階堂の言葉で草薙にも特大の衝撃が走った。

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