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第1章 金色の救世主

「これから対策会議始めるぞ!」

 米国ワシントンD.Cに本部を置くFBI対テロ局では、液晶モニターが壁一面に並ぶ薄暗い作戦室で朝方からテロ対策特殊作戦部隊隊長ロイスの野太い声が響き渡った。  

「本日未明、国際テロ組織H・A・D・E・Sハデスが、十五時にN.Y地下鉄グランド・セントラル駅を爆破するとの犯行声明があった! 手短に作戦内容を伝えるからしっかり頭に入れておけよ!」

 緊急招集で眠気覚めやらぬ顔の隊員達はテロ予告の一声で猫背を直し、鋭い視線をロイスに向けた。

 ロイスは顔つきの変わった隊員達を見渡すと、グランド・セントラル駅の構内図面を液晶モニターに映し説明を始めた。

「図面の通り、この駅は構内中央のメインコンコースを中心に入口は三ヶ所ある」

「メインの入口は南側四十二丁目通り、他二つは東側レキシントン通り、西側のヴァンダービルド通りだ。今回は入口三ヶ所毎にチームを分けて捜索を行う」

 ロイスが液晶モニターの構内図面を指差しながら説明していると、隊員のヴィンセントが悪びれる様子も無く後方ドアから入ってきた。

「ヴィンセント、今日も朝までデートか?」 

 ロイスが呆れ顔で呼びかけると、緊張感の高まっていた作戦室は笑いに包まれた。ヴィンセントはプラチナブロンドの長い前髪をかき上げながら、後方入口前の椅子に着席し、右隣に座る同期入隊のケニーに小声で語りかけた。

「なぁ、犯行声明はN.Yか? 犯行時間まで声明出してきたんだな」

「先月はボストンだったけど、今回はN.Yだ。また地下鉄を狙ってきた。そんな事より、昨日バーで会った黒髪の女と朝まで居たのか?」

 ケニーはヴィンセントの質問に答えると、前かがみになり更に小声でヴィンセントに問いかけた。

「久々に夜通しで遊んだよ。なかなか寝かせてくれなくてね。その結果がこの遅刻」

 ヴィンセントはセットし忘れた髪を指さしながら得意気な顔でケニーに返答した。

「自信満々に遅刻の理由語るなよ」

 ケニーは肘でヴィンセントの肩を小突いた。

「はいはい。それよりテロ予告、地下鉄を狙ってきたって事はボストンのリベンジだろ。奴らも懲りないね。まぁ、また俺が解決してみせるさ」

「お前の危険を察知する嗅覚っていうか、第六感? 本当に羨ましい限りだよ。お前の近くにはいつも犯人が寄ってくるよな」

「逆にお前は五感がちゃんと備わっているか俺には疑問が残るよ」

 ヴィンセントはケニーのこめかみを人差し指でトンと押した。

「俺のサポートのおかげでお前が活躍していること忘れるなよ」

 ヴィンセントの捜査能力は入局当時から群を抜いて突出していて、ケニーはいつも手柄を取られていた。

 ヴィンセントをライバル視するケニーは、コンビを組む度とてつもない能力の差を痛感しているが、負けを素直に認められず度々ヴィンセントに皮肉を言うものの、いつも軽くあしらわれている。 

「ちょっと! 二人とも静かにしなさいよ」

 ヴィンセントとケニーの前に座っていた唯一の女性隊員シェルビーが後ろを振り返り二人を睨んだ。

 ヴィンセントは右目を瞑りウインクでシェルビーの注意に答えたが、ケニーは頬を赤らめ下を向き一言呟いた。

「・・・・・・やっぱり可愛いな」

「何言ってんだ、朝っぱらから。シェルビー、眉間にしわ寄せ過ぎると綺麗な顔が台無しだぞ」

 ケニーを横目に茶化すと、シェルビーは舌打ちしながら前方のロイスへ顔を向けた。

「おまえ、あんな気の強い女が好みなのか?」

 ヴィンセントは呆れ顔でケニーに問いかけた。

「俺、ショートカットの女の子がタイプなんだよ。しかもシェルビーは可愛いし、可愛いだけじゃなくてあの顔でドSって堪らないよ」

 ケニーは丸目を見開いて答えた。

 ヴィンセントはケニーの輝く瞳を見ながら無言で相槌を打つと、視線をロイスに向けた。

「駅構内の概要は大体頭に入ったか? これからチームを三班に分けるぞ!」

 ロイスは手元のタブレットを操作し、液晶モニターに映る構内図面を拡大した。

「第一班は四十二丁目通りから侵入。構内入口に隣接するイベントホール組と地下一階フードコート組の二手に分かれて捜索を行ってくれ」

「第二班はレキシントン通りから侵入、グランドセントラルマーケットの捜索だ。小売店が約三十店舗、通路上の通気口やら爆破テロには隠し場所にもってこいだ。見落としの無いように頼む」

「第三班はヴァンダービルド通りから侵入、そのままメインコンコース二階のバルコニーの捜索だ」

「各班、担当エリアの捜索終了次第プラットホームに向かってくれ。この駅最大の問題は四十二面もあるプラットホームだ。我々だけでは捜索しきれない。NY市警にも応援を要請しているから合同捜査になる」

 ロイスが作戦を伝えると、後方からヴィンセントが質問した。

「H・A・D・E・S」について新情報はありますか?」

「CIA (中央情報局)の情報では、この組織は多様な人種で構成されているらしい。犯行は爆破テロ、サイバーテロ等、世界規模で行われている。しかもテロの際、毎回ハッキングで防犯カメラやシステムを無効化されている」

「今回も爆破テロの可能性は高いのでしょうか?」

 シェルビーがロイスに問いかけた。

「前回のボストンはプラスチック爆弾だったが発見した事で未遂に終わっている。CIAの分析ではこれまで同じ手口を使った事は無いそうだが、失敗は前回が初めてだ。尚更対策は難しくなったと言える」

「隊長、気になる事が一つ」

 ヴィンセントは立ち上がり、液晶モニターに映るCIAの情報に手をかざした。

「多様な人種っていう情報で思い出しましたが、ボストンの時に現場付近で気になる二人組がいました。一人は背の高い金髪の男、二人目は中肉中背の東洋人の男です」

「なぜその二人が?」

ロイスは身を乗り出し問いかけた。

「あまり見かけない組み合わせだと思いました。ビジネスでもなければ、旅行の雰囲気でもない感じです。あの日、急な犯行予告でボストン駅から大量に一般人が構内から避難してきたんですが、その二人はなぜか鮮明に覚えています。あくまで自分の感覚です」

「そうか、お前の勘は怖いくらいに当たるからな。テロ解決が最優先事項だが、犯人逮捕も同時進行でやらなければ終わりが見えん」

 ロイスは椅子の背もたれに寄りかかると天井を見上げた。

「この厳重な警備の中、テロ実行を一人で行う事は考えられません。必ず複数人で行動するはずです」

 ヴィンセントは語気を強めてロイスに進言した。

「その通りだ。そこで今回はヴィンセント、ケニーは別働隊として各班の支援をしながら実行犯の捜索に注力してくれ」

「了解です!」

 ヴィンセントとケニーはロイスの指示に応えると、互いの拳を突き合わせ気合を入れた。その様子を見たロイスは、壁のモニターに映る時間が八時を過ぎたのを確認すると、隊員達の士気を上げるべく腹の底から声を張り上げた。

「よし!出発だ!必ず阻止するぞ!」

 ロイスの号令に隊員達は意気揚々と一斉にミーティングルームを飛び出すと、階段で地下一階の武器庫に向かった。続々と階段を駆け降りる隊員達の最後尾では、ヴィンセントがタブレット端末を操作しながらCIAから提供されたH・A・D・E・Sの情報を閲覧していた

 ヴィンセントは武器庫に到着すると、指紋認証で開く個人専用ロッカーを開き、小型無線機用ヘッドセットを手に取り首に掛けた。ロッカードア内側の鏡で前髪と両サイドの髪を後頭部へと流しゴムで括っていると、隣のロッカーのシェルビーがヴィンセントの背中を一叩きした。

「ヴィンセント準備が遅い! その長い髪切れ! 先に行くよ!」

 シェルビーはヴィンセントを急かすと颯爽と武器庫から去っていった。

「ケニー! やっぱりあいつはやめておけ!」

 後ろのロッカーのケニーに呼びかけたが、既にシェルビーの後を追って武器庫に姿は見えなかった。

 シェルビーに急かされてもペースは乱さないヴィンセントは、ロッカー内のIDカードを取り出し武器庫入口のカードスキャナーにタッチした。

「注文通りカスタムしといたよ」

 武器庫管理人のマイクがヴィンセントのIDカードがスキャンされたのを確認すると、個人IDで管理された武器を手渡した。

「いいね、グリップが各段に握りやすい」

 ヴィンセントはマイクから渡されたハンドガン(グレッグ22)を構えた。

「グリップを細かく注文するのはお前だけだよ」

 文句を言うマイクの顔はいい仕事が出来た充実感で満たされていた。

「使わずに返却する事が一番なんだけどね。いつも悪い」

マイクに感謝を伝えたヴィンセントは、武器庫を出ると地下駐車場で待機している防弾仕様のシボレー社製SUVに向けて走り出した。

 ヴィンセントが駐車場に到着すると、他の隊員達はそれぞれ車両に乗込み待機していた。ヴィンセントの姿を確認したロイスは、無線を手に取り各班に連絡を取り始めた。

「各班班長、問題無ければ出発だ」

「問題ありません。このまま目的地に向かいます」

 全班の班長が声を揃えてロイスに返答した。

「N.Yまで約三時間半だ。到着までにそれぞれ作戦資料を再度確認するように!」

 ロイスの無線連絡に各班応答すると、マットブラックに塗装されたSUVは、V8エンジンの力強い音を響かせながら無音のパトランプを光らせ一斉に発進した。



 高層ビルが立ち並ぶN.Yの大学病院の一室で、草薙は国際テロ組織の犯行予告を伝える美人キャスターをテレビで眺めていた。

「おはようございます。草薙さん、大事な話があります」

 病室に入るなり担当医師が険しい顔で近寄ってきた。

「心臓の状態は極めて深刻です。左心室の拡張がひどく、移植手術が出来なければ持って数ヶ月です」

「・・・・・・わかりました」

 草薙は心無い声で返事をした。

「ドナーが現れるまで内科的治療をしますので一緒に頑張りましょう!」

 医師は草薙を鼓舞し病室を出ていった。

 草薙は医師が退室すると、テレビを消し窓から見えるマンハッタンの摩天楼を眺めた。

「ドナーなんて簡単に見つかるはずない。そろそろ覚悟決めておくか・・・・・・」

 草薙が外を眺めていると、病院の外から大量のパトカー音が鳴り響く。草薙は再びテレビの電源を入れると、N.Y地下鉄グランド・セントラル駅に捜査官達が続々と到着する様子が映し出されていた。

「おはよう、またテロ予告あったみたいだね」

 テレビの音量を上げ食い入るようにニュースを見ている草薙の病室に本条零子が入ってきた。

「FBIがもう動いているから大丈夫だよ」

 草薙の返事を聞いても本条は不安気な顔でテレビを見つめている。

「あ、無理に喋らなくていいから! 体調悪いのにごめん」

 本条はベッドから体を起こそうとする草薙を慌てて止めた。

「外務省もテロ予告でバタバタだよ」

「だろうな」

 草薙が無表情で本条に答えると病室は静寂に包まれた。

「ごめん、さっき病室の外で先生との会話聞いちゃった・・・・・・」

「別にいいよ。重病なのは分かってた」

「諦めてるの?」

「事実を受け止めているだけだ」

 草薙の目は光を失っている。

「聞いて! 移植待機リストの順番繰り上がったんだよ」

 本条は草薙の手を力強く握りしめた。

「リストのレシピエントが亡くなったり、移植適合不可でリストは日々変わる。移植できる可能性があるんだよ」

 本条の言葉に僅かながら草薙の目に光が灯る。表情の変化に気づいた本条は草薙の目を見つめた。

「これだけは言っておく。死を受け入れ、希望も捨てた人間に貴重な臓器を提供する事はドナーは望んでいない。必死に生を諦めずもがいて、光を失わない人間にしか移植手術を受ける資格は無いよ!」

 草薙を鼓舞すると本条の携帯が鳴った。

「分かりました。これから向かいます」

 電話を切った本条は、外務省から呼び出され病室から去ろうとした。

「本条、ありがとう」

 草薙の言葉に笑みをこぼすと、本条は足早に病室を出ていった。

 草薙はベッドの脇に置いていたスマホを手に取りメールの返信を始めた。



 N.Yへ向かう道中、車列の最後尾の車内でケニーはスマホ片手にメールを送っていた。

「誰とメールしてんだよ?」

 普段から女っ気の無いケニーをヴィンセントが冷やかすと、ケニーはスマートフォンの画面を見せつけた。

「日本の警察から特別訓練生として来ていたアカデミーの同期だよ。重度の心臓病が発覚して、今N.Yの病院に入院している事知っているだろ? 移植しないと回復は難しいみたいでドナー待ちらしいけど、適合者がなかなか見つからないみたいだ」

 神妙な顔つきでメール文を見せつけてくるケニーにヴィンセントは、小馬鹿にしていた表情を曇らせながらスマホの画面を見た。

「煌太郎か、あいつと組めば最高のコンビになれたな・・・・・・  病気の件は残念だよ」

「コンビが俺になって悪かったな。時々出るお前の本音、俺の心にダメージ与えている事に気づいてないみたいだね」

 ケニーは呆れ顔でヴィンセントを睨む。

「今回のテロ予告、病院の近くだろ?さっさと解決してお見舞い行くって伝えてくれ」

ヴィンセントは、睨むケニーの視線を遮りタブレット端末を取り出した。タブレット端末でN.Y地下鉄構内の地図を確認。目を瞑ると作戦のシミュレーションを始めた。

「なぁ、そのシミュレーションって鮮明に頭の中で描けるのか?」

 ヴィンセントはケニーの問いかけを無視し、5分程沈黙している。

 一通りシミュレーションを終えたヴィンセントは目を開けるとケニーに呼びかけた。

「ケニー、お前は自分の見える範囲しか現場を認識していないから先手が打てないんだよ。現場の情報を事前にイメージ出来ていれば、どういう事が起こるかある程度予想できるだろ?」

「それってやっぱりアメフト時代にクォーターバックで養われた能力だよ。俺はフランカーだからお前のパスに追いついてひたすら走る事を磨いていた。誰もが出来る事じゃない」

 ケニーはヴィンセントのアドバイスが説教に感じ、苛ついた口調で反応した。

「さっきお前、俺には犯人が寄ってくるとか言ってたな? 違うよ。ある程度犯人の動きを予測して、俺が犯人に寄って行ってるんだよ。そもそも身体能力だけ比較したら足はお前のほうが早いし、パワーも俺より数段上だ。でも捜査はアメフトじゃないんだよ。それに気付かない限りは負ける気がしないね」

 ケニーの言い訳にうんざりしながらも、捜査時には自分の相棒となるケニーの能力の高さはヴィンセントも認めている。実際ケニーと走力勝負になった犯人は、誰一人として逃げ切った者はいない。190センチの長身にオリンピック選手並の脚力は化物レベルである。

 この身体能力に現場経験が積み重なっていけば、自分もいつか追い抜かれるとヴィンセントは考えていた。

「よし、今日もテロ解決に貢献した方が夕食奢りでいいだろ?」

「当然だ。なぜか今日はお前に勝てる気がする」

「お前が勝ったらシェルビーの電話番号聞いてやるよ」

 ヴィンセントの言葉に目を輝かせ、全身の筋肉を硬直させて興奮しているケニーにロイスから無線が入る。

「お前達、無線で全部丸聞こえだよ。事件を解決したらいくらでも女は紹介してやるから、そろそろ任務に集中しろ!」

「了解!」

 二人は声を揃え返事をした。

「全班、そろそろグランド・セントラル駅に到着する! 到着後は各班持場に向かってくれ!」

 ロイスの無線が各班に伝わると、冗談を言える程和やかだったヴィンセント達の車内は一気に緊張感に包まれた。隊員達はハンドガンに弾薬を詰め終えると、腰のホルスターに装着し到着を待った。

 グランド・セントラル駅入口周辺には、既に警備しているN.Y市警を大勢のマスコミが取り囲んでおり、中継車では現場状況を伝える女性キャスターの甲高い声が響いている。

「到着したら俺は二班と合流する。ケニーは三班に合流して西側から捜索してくれ。最後はメインコンコースで集合だ」

「了解。さっさと終わらせよう」

 四十二丁目通りに車が止まり、車を降りた二人はそれぞれ東側、西側の地下鉄構内入口に向けて走り出した。

 ヴィンセントは東側レキシントン通り入口に向かう二班の最後方に合流し、後方を振り返ると既にケニーは西側入口に向かう隊の先頭を駆け抜けていた。

「やっぱり化物だな」

 右膝に視線を落としたヴィンセントは半笑いを浮かべた。


 ヴィンセントは、爆破で崩れたビルの瓦礫に右足を挟まれ倒れている。爆弾の土埃と火災でボストンマラソン会場はパニック状態だった。

「大丈夫ですか? 意識はありますか?」

 駆け付けた救急隊員によって足に乗っていた瓦礫が取り除かれた。

「足の感覚はありますか?」

「あります。大丈夫です」

 力ない声で答えたヴィンセントは、救急隊員によって救急車に運ばれた。

 救出された安堵感と疲労で強烈な睡魔に襲われる中、ヴィンセントは膝の痛みだけは鮮明に覚えていた。


 東側入口到着したヴィンセントは、事前に頭に入れていた駅構内の地図から重点捜索場所を駅東側入口、広大な食料品市場のセントラルマーケットと、四十四面を有するプラットホームに絞っていた。

 構内入口で二班のシェルビーを見つけると、シェルビーの肩に手を回し指示を送り始めた。

「店舗と通路は捜索から漏れる事は無い。天井裏の通気口をドローンで捜索してくれ。俺はセントラルマーケットの屋上に登って空調設備のチェックに行く。何かあれば無線で連絡してくれ」

「わかった! って、気安く触るなよ。次やったら殴るからな」

 ヴィンセントはシェルビーの忠告を無視し、非常用階段から屋上に向かった。

 百年以上の歴史を誇るグランド・セントラル駅は至る所錆びついて、階段を駆け上がる度にきしむ音が足音と共に鳴り響いている。

「ケニー、状況は?」

 ヴィンセントは階段を登りながら無線で呼び掛けた。

「今の所何も異常は無い。そっちは?」

「今セントラルマーケットの屋上に向かってる。シェルビーは天井裏をドローンで捜索中だ」

「屋上?」

「空調設備があるだろ。この駅の空調施設は東側の非常階段からしか行けないんだよ。駅構外は一班の担当だが、空中施設波構内からしか行けないからな」

「なるほど、建物図面見ていた成果だね」

「関心している暇が会ったら必死に探せ! メインはあの馬鹿でかいプラットホームだ」

「分かった! 先に向かうから何かあれば呼んで!」

 ヴィンセントはケニーとの無線が終わると、膨大な数のエアコン室外機が並ぶ屋上に到着した。屋上では真夏のマンハッタンの蒸し暑さに追い打ちをかけるべく、室外機のファンが生暖かい風を規則正しく送り込んでいる。

「天井裏の捜索波どうだ?」

 ヴィンセントは少し乱れた呼吸を整えながらシェルビーに呼び掛けた。

「半分は終わったよ。天井裏だけど、配管がけっこう複雑であと一時間波かかるかも」

「わかった。 そっちはまかせた」

 ヴィンセントはシェルビーとの無線を終え、屋上に並ぶ室外機の数を確認すると、一人で全てチェックする事を不可能と悟りロイスに応援を求めた。

「隊長、現在セントラルマーケットの屋上で室外機のチェックをしています。数が多いので三人こちらへ応援お願いできますか?」

「わかった。入口で周辺警備をしているN.Y市警に協力してもらう」

「ありがとうございます。全体の状況はどうですか?」

「今の所不審者や不審物は発見できていない。丁度状況報告の連絡をしようとしていた所だ」

 ロイスはヴィンセントとの回線を全隊員に切り替えると各班に状況報告を求めた。

「一班、地下鉄入口、駅構外周辺に異常はありません。引き続き捜索します」

「二班、東側のセントラルマーケットを中心に捜索中、現在異常はありません」

「三班、メインコンコースと二階バルコニーの捜索中、現在異常無しです」

「別働隊ケニーです。シェルビーがセントラルマーケット屋根裏、ヴィンセントが屋上の空調施設、私は西側通路、従業員用通路を捜索していますが、現在異常はありません」

「現在十三時を過ぎた所だ。予告時間まで二時間を切ったぞ! 注意を怠るなよ」

 焦りを感じるロイスの激で一層緊張感を高めた隊員達の中、ヴィンセントは一人冷静に言葉を発した。

「隊長、グランド・セントラル駅には荷物預かりサービスやコインロッカーは設置されていません。爆破テロだとしたら、まだ設置されていない可能性もあります」

「確かにその線もある。ただ、全ての場所で捜索が完了した訳じゃない。各班、プラットホームまで手が及んでいない状況だ。各班隊を半分に分けてプラットホームの捜索に向かってくれ」

「了解!」

 ヴィンセントは無線連絡が終わると、室外機の捜索を開始した。

 ヴィンセントは室外機底の隙間に顔を覗き込み、大量の汗を滴らせながら手持ちの懐中電灯で調べていると、屋上入口の非常階段から足音が近づいてきた。

「ヴィンセント隊員、N.Y市警です。応援に来ました」

「助かる! 室外機は縦四列に並んでいるから一人一列ずつチェックしてくれ」

 ヴィンセントは、ロイスに頼んでいたN.Y市警の応援三名に指示を送ると、溢れ出る汗を気にもせず捜索のスピードを上げた。

 ケニーは従業員用通路とトイレの捜索を終え、駅構内の中央のメインコンコースに到着すると、一息つき天井を見上げた。高さ三十八メートルの大空間に描かれた数々の星座は張り詰めた心を一瞬和らげたが、壁面の時計の針が十三時三十分を過ぎたのを見て頬を叩き、再び気合を入れ直した。

「時間が無い! プラットホームに行こう」

 ケニーは一緒に捜索していた隊員に声を掛け、構内中央を見渡すと、インフォメーションブースの中央でプラットホーム捜索に隊員を分けていた三班班長と目が合った。

「ケニー、プラットホームはまかせた!」

班長はインフォメーションブースからケニーが奮い立つような声で呼びかけた。

「了解です! 後は宜しくお願いします」

 ケニーは力強い敬礼でそれに応えると、隊員を引き連れプラットホームに向かった。

 プラットホームへ向かう通路は既にN.Y市警が捜索を終え、通路脇に警官が十メートル間隔で立っており、ネズミ一匹の侵入も許さないほどの警備体制を取っていた。

「あと何面残ってる!?」

 ケニーは通路に立っているN.Y市警に呼び掛けた。

「半分は終わっています。現在何も見つかっていません」

 N.Y市警の捜査官は不安な表情でケニーに答えた。

「わかりました。引き続き宜しくお願いします」

 焦るケニーはプラットホーム入口を通り線路に向かった。


 依然としてテロ予告が解決していない現場速報をテレビで見ていた草薙は、スマホで上司の二階堂にメールを送信していた。

「今回の事件、何か情報を掴んでますか?」

 送信を終えると、スマホの受診ボックスに母親の吏絵からメールが入る。

「体調はどう? ちゃんと食べれてる?」

「大丈夫--」

 文章の途中で躊躇する。余命数ヶ月の事実を母は知らない。草薙は作成中の文章を削除し、改めて打ち直す。

「心臓移植しないと助からないみたいだ」

 草薙は隠し続けてきた病状を打ち明けると、自然と涙がこぼれ落ちる。


 草薙が傷だらけで学校から帰ると、吏絵に呼び止められる。

「煌太郎! どうしたの!?」

 草薙は無視し部屋に向かう。

「待ちなさい! その怪我の理由を話しなさい!」

 吏絵は階段に上がりかけの草薙の腕を掴みリビングに連れてきた。

「友達と喧嘩したんだよ! 大した怪我じゃない」

草薙は掴まれた腕を振りほどく。 

「相手に怪我は無い?」

 吏絵の言葉を聞いた煌太郎は壁を叩き大声で怒鳴りつける。

「なんで相手の心配なんだよ! 俺の心配しろよ!!」

 吏絵は草薙を抱き締め崩れ落ちる。

「心配しない訳ないじゃない・・・・・・ 私には煌太郎しかいないのよ」

「ごめん」

 足元で泣き崩れる吏絵に草薙は一言しか言えなかった。

「相手に手は出してない。心配しないで大丈夫だから」

 草薙は吏絵の肩に手を当てると二階の自室に戻った。


 草薙が吏絵へのメールを送信した後、二階堂から返信が届く。 

「何も情報は無い。そんな事より、体調はどうなんだ?」

「移植手術しないと助かりません。ご迷惑をお掛けします」

 草薙はスマホを置くと眠りについた。


 セントラルマーケットの通気口をドローンで捜索を終えたシェルビーは、無線の回線をヴィンセントに合わせた。

「通気口は何も無かった」

「分かった。そのままプラットホームに行ってくれ」

「ねぇ、今どこにいるの?」

 シェルビーはドローンを片付けながらヴィンセントに問いかけた。

「屋上の捜査を終えて、気になる所を--」

 ヴィンセントは話の途中で無線回線を隊長に変更した。

「あいつ、勝手に切りやがった!」

 シェルビーはドローンに八つ当たりすると、プラットホームに向かった。

 プラットホームで捜索するロイスにヴィンセントかほ無線が入った。

「隊長、これだけ探しても何の手掛りも無いって事は、やはりまだ行動を起こしていないんじゃ・・・・・・」

「やはりそうだな」

「犯人が捜査員に紛れている可能性が高いです」

 ヴィンセントの指摘を聞いたロイスは、無線を全隊員向けに切り替えた。

「実行犯が紛れている可能性がある。爆弾捜索と並行して不審な人物がいたら拘束してくれ!」

 無線を切ったロイスは、FBIテロ対策局長に電話を掛けた。

「犯行予告の一五時まであと僅かです。現状、特に異常はありません。最悪の場合、十分前には捜査員達を退避させる予定です」

「分かった。ホワイトハウスには伝えておく。無茶な行動はさせるな」

 ロイスは局長の電話を切ると再び捜査に戻った。

ケニーはプラットホームの捜索を止め、捜査員達の様子を伺う事にした。

「ケニー! 何止まってんのよ! さっさと動きなさいよ」

 動きを止めたケニーを見たシェルビーが叫んでいる。

「こんな状況だけど・・・・・・ やっぱり可愛いな」

 にやついているケニーを見たシェルビーは走り出す。

「笑ってる場合じゃねぇだろ! 蹴り飛ばすぞ!」

「もう蹴られてるよ。 そういや、ヴィンセントと連絡取った?」

「プラットホームに来る前に無線で連絡した。あいつ、途中で無線切りやがって」

 ヴィンセントとのやり取りを思い出し再びイラつくシェルビー。

「何か、気になる場所を探しているとか言ってたような・・・・・・」

「分かった! 無理しないで後はまかせて」

 凄まじいスピードで走り去っていくケニー。

 テロ予告まで十分を切ると、ロイスは全隊員に退避を命じた。捜査員が続々と退避を始める中、ロイスの無線にヴィンセントから無線が入る。

「隊長! 爆弾を見つけました!」

「場所は!?」

「プラットホームの地下通路です。プラットホーム入口付近に通路入口があります」

「隊長、これからヴィンセントと合流して解除に向かいます」

 ケニーはロイスの返答を聞く間もなく地下通路入口に走り出す。

 無線を終えたロイスが腕時計を見ると犯行時刻まで残り五分を切っていた。

 地下通路に降りたケニーは、線路下の直線二百メートルを全速力で駆け抜けると、ヴィンセントの姿を捉える

「ヴィンセントあと二分だ!」

 背後からくるケニーの声に振り向くヴィンセント。その反対通路から一人のN.Y市警の捜査官が近づいてくる。

「ここはケニーと二人で大丈夫だ! 早く退避しろ!」

 ヴィンセントが近づく捜査官を手で追い払い牽制すると、捜査官は右手に銃を構えヴィンセントの頭を撃ち抜いた。

 地下通路に鳴り響いた銃声は、ケニーの脳天を貫く程に乾いた音だった。 

 糸の切れた操り人形の様に頭から崩れ落ちるヴィンセントをケニーは呆然と見送っていた。

 地下通路に倒れたヴィンセントの衝突音で我に返ったケニーの視線の先には、ヴィンセントを銃撃したN.Y市警の捜査官が逃走していた。

 ケニーは急いでヴィンセントと爆弾に近寄ると、爆弾のタイマーは起動していなかった。

「隊長、ヴィンセントが撃たれました!即死です」

 ロイスに無線で報告すると、ケニーは下腿三頭筋を一気に硬直させ、犯人を追走した。走りながらハンドガンで狙撃するも目線がブレて命中しない。

「ケニー、状況を報告しろ!」

 ロイスの声は無線越しでも動揺が隠しきれていなかった。

「ヴィンセントの銃撃犯を追走中です!」

 無線機とハンドガンを捨て更にスピードをあげるケニー。地下通路の直線約二百メートル走の勝負は残り三十メートル、犯人との距離は五メートルに縮まった。

 出口までに追い付く確信を得たケニーは、直線に伸ばしていた背筋を前傾姿勢に変え、タックルの態勢に入った。

 出口まで残り十メートル、犯人に詰め寄り飛び掛かろうとした瞬間、犯人は振り向きざまにケニーの右肩を銃撃した。

ケニーは銃撃された反動で態勢を崩すとその場に転倒する。犯人は、倒れたケニーを見ることも無く地下通路から去って行った。

 ケニーは銃撃された右肩を押さえもせずにゆっくりと歩き出した。一歩踏み出す度にヴィンセントとの会話を思い出す。

「足速いな〜 俺のパスに初見で反応できた奴、お前が初めてだ。これから宜しくな!」

「俺、FBIからスカウトされたんだ。卒業したらクワンティコ(FBIアカデミー)に行こうと思ってる」

「ケニー、ケニー!、ケニ--」

 ヴィンセントが自分を呼ぶ声が段々と消えていく。

 ヴィンセントは死んでいる。その事実を否定したいケニーの歩幅は小さい。ヴィンセントに触れた途端にどれほどの悲しみが襲うのか予想もつかなかった。

 言葉に出せない感情を抱いたままケニーは倒れたヴィンセントを抱き抱えると、全身を震わせ大声で叫んだ。

ケニーの声は静寂に包まれた地下通路に響き渡った。

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