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第七話 生み出した負の遺産と、警察会社初仕事

「いらっしゃいませー!」

「ようニーナ。二人だけど入れるか?」

「ギリギリセーフ! お二人で満席になりますよ!」

「そりゃよかった」


 夜になると、それほど大きくない酒場はすぐ人でいっぱいになった。

 看板娘のニーナがいることは勿論、酒が無いと暮らしていけないという人種はどこにでもいるし、家で寂しく食事をするくらいなら……と思う者も多い。

 それは王が死んでも変わらず、いや、現実を直視したくないからこそ、酒を取り扱う店には人が訪れる。


「警察会社か。他所もんは腰が軽いな」

「ああ。考えなかった訳じゃないんだが……」

「人間を取り押さえた経験なんてない」

「それだ。危ないから二の足を踏んじまう」

「まあ、上手くいってくれたらこっちも安心できるんだが」

「どう考えても無理だろ。あいつらに警察のノウハウがあると思うか?」

「いや、ないな」

「そうさ。あんなのは誰がどう見たって失敗する」


 酒場の話題はやはり、突然現れた警察会社のことでいっぱいだ。

 市民の中には警察会社という発想を持った者もいたようだが、やはり荒事に対する専門的な訓練を受けたことがないのに、いきなり人を制圧する仕事を行うのは難しいと判断していた。


「中央区の極一部じゃ、棒見者の連中が警察会社を立ち上げたんだろ? 奴らならチンピラ如き、あっという間だな」

「それなんだが……きちんとしてる連中は、どこぞの迷宮を攻略する方がよっぽど儲かるだろ?」

「ああ、そうだな。うん? きちんとしてる? ひょっとして……」

「そいつらは棒見者を志したけど、ドロップアウトした中途半端な連中なんだよ。つまり逃げ出したくせに目立ちたい連中だから、そこら辺の奴に因縁を吹っかけて捕まえようとする、迷惑棒見者になってやがるらしい」

「げ、迷惑系かよ」

「それに噂じゃ、犯罪の証拠の画像を使って、金を寄越せってユスルこともあるらしくてな」

「犯罪者じゃん」

「あくまで噂だがな」


 どうやら客の中に色々と詳しい人間が混ざっているようだ。

 彼の話によると、最も人口が密集している中央区で目立ちたい棒見者が、警察会社のようなものを立ち上げたようだ。しかしあまり品がよくないようで、治安維持どころかその逆を突っ走っているらしい。


「その点だけで言えば、こっちの余所もんは潔いな。はっきり値段を書いてあるから、営利企業だってことがよく分かる」

「つまり中央区の棒見者は違うのか?」

「正義の味方。善意。皆のため。無料。そんな感じの宣伝してるくせに、あれこれ理由を付けて金を巻き上げようとするっぽい。だから、こっちの余所もんはずっとマシな部類なんだよ。ああ、ちょっとそれとは毛色が違う感じの動画見てみるか?」

「どんなのだ?」

「多分、やらせだよ」


 事情通の男は中央区の棒見者について語りながら、懐から取り出せるかなり小さな自撮り棒を取り出すと、スイッチを入れて起動した。

 するとレンズのような場所から光が溢れ、酒場のテーブルに映像を映し出す。


『今慌てて動画取ってるんですけど、見てください皆さん! これ多分違法薬物ですよ!』

『おい! 大人しくしろ!』

『俺ら白銀警備隊が捕まえましたよ!』

『離せえええええ!』


 音量は非常に抑えられているが、緊迫した声が自撮り棒から僅かに漏れ、年若い複数の青年が男を取り押さえる、修羅場が動画として再生される。

 そして青年の言う通り、暴れる男の傍には植物片のようなものが落ちており、言葉を信じるなら違法な薬物を所持していたのだろう。


「どうしてやらせだと分かったんだ?」

「動画は暴れてる奴を取り押さえた場面だけだ。区の方に突き出すところまでやってない」

「ああ、なるほど。仲間を突き出す訳がないか」


 事情通がこの動画をやらせだと判断した理由は、後処理が全く存在しないからだ。

 ただ、暴れる男を勇ましい青年達が抑え込み……それで終わり。

 捕まえた男はどうなったのか。違法薬物とやらはどうしたのか。その辺りが全く分からない以上は、やらせと言われても仕方ないだろう。

 しかしである。


「幾つも似たようなのがあるから、若いのはこういうのが面白いみたいだな」

「分からん世界だ。これも世代の差かねえ……」

「ああ」


 事情通の言う通り、冷静に見ると疑問符が浮かぶ動画は若い世代で流行っており、動画投稿者、視聴者共に危険な兆候が見え隠れしていた。

 これがやらせだと分かってみるなら、楽しみ方の一つだろう。しかし、無条件に動画は全て本当のことで、投稿者は全員が正しいことをしていると思う者が一定数存在しているため、楽しみ方を間違えるといつか足を滑らせることになるかもしれない。


「ニーナも変なのに絡まれないようにな」

「へ? でも中央区の話でしょ?」

「こういうのはな、流行れば流行るだけ。二番煎じになればなるほど頭の軽い奴が出てきて、他とは違う過激なことをやりだすもんだ。場所は関係ないと思った方がいい。特に仲間との関係だけで完結してる連中は危ういな」

「そういうものなんですね……」


 事情通がそばを通りかかったニーナに話しかける。

 国王レオンハルトの功罪に、体罰の禁止、子供達の権利や教育を重要視した割に、学校機関をかなり、途轍もなく嫌っていたという点がある。

 そしてレオンハルトには、堂々たるトップが露骨に個人の感情を表せばどうなるかという発想はなかったらしい。

 側近達も明確に感じ取れるほどの悪感情を刺激する筈もなく、忖度を行った者達の影響で子供達が社会性を身に着ける機会や場が徐々に減り続けた結果、仲間内だけでつるみ外部に遠慮や配慮がなく、異常なまでに軽はずみな人間達が多数生まれることになった。


 そしてこの事情通の懸念は的中した。


「お先に失礼しまーす」

「おーう! お疲れさん!」


 女性であるニーナは、まだ人が行き来している時間帯に仕事を終え、店長や常連に挨拶して退勤した。

 レオンハルトが残した魔道灯というもののお陰で、日が暮れても大通りは明るく、この近辺なら西地区でも女性が一人出歩いても安全だ。

 勿論、自分達が悪いことをしていると思ってない連中は、大通りだろうが関係ない。


 突然だった。


 ニーナの少し後ろを歩いていた男が、後ろにいた青年達に目配せをすると、口、鼻、目だけが出ている覆面を被り、いきなり走り出した。

 そして……。


「どけ邪魔だ!」

「きゃっ⁉」

「あっ⁉ 皆さん! 今、急いで動画を撮ってるんですが、男が女性を突き飛ばしました! しかも腰にはナイフの鞘まであります!」

「大丈夫ですかお姉さん⁉」

「俺ら鉄縄警備会社に任せてください!」

「おい待てー!」


 覆面男は後ろからニーナを突き飛ばすとそのまま駆け、後ろの青年達は慌てたように動き出し、宙に浮かぶ自撮り棒で撮影を開始する。

 いきなり暴力を振るわれて、しかも逃げられたニーナだったが、きっと親切な青年達が助けてくれることだろう。


「ピイイイイイイイイ!」


 ただ、青年は青年でも、ホイッスルを吹きながら入り込んできた馬鹿だったが。


「暴行犯発見! 九十九番ツクモ、いきまーす!」


 覆面男の正面から、自撮り棒を浮遊させた若者が一人走ってくる。

 犯人という名の現金取引券を探していたPH警察会社社長ツクモが、営業初日の成果を見つけたのだ。


「な、なんだてめえ⁉」

「ふぁっ⁉ 公共の場での武器使用も付け足してくれたぜこの豚型貯金箱! 豚箱行きだけはあるなあ!」


 この乱入に驚いた覆面男は、腰の鞘から短剣を引き抜き威嚇するように見せつけたが、ツクモの勢いはむしろ増して、獲物を仕留めにかかる。


「だっしゃあああ!」

「っ⁉」


 ツクモはなんの躊躇もなく、短剣を掻い潜り覆面男の懐に飛び込むと、その勢いのまま押し倒し、器用にも後ろを取ってあっという間に両手を拘束した。

 その一連の動きは見事の一言で、何かしらの武術を習得しているのがよく分かる。


「対オタク用に鍛えててよかった! ヴァンプ! ヴァーンプ! こいつに手錠してくれ!」

「はあ……夜の王である吾輩が暴漢の逮捕とは……」

「働かなきゃ! 現実で!」


 覆面男を取り押さえたツクモが、ヴァンという名の男を呼ぶと、ニーナの勤め先にも現れた貴族風の男が、優雅に歩きながらも溜息を吐く。


「て、てめえこら!」

「あ、すいません。えーっと、聞こえた感じ鉄縄警備会社? の人っすか? 弱肉強食の早食い競争。世界は残酷ですね。」


 ここで覆面男を追うそぶりを見せていた青年達が、ツクモに食って掛かる。

 覆面男は短剣を取り出したのだから、区に突き出せば報酬を貰えるだろう。つまり鉄縄警備会社はPH警察会社に獲物を横取りされたに等しい。

 通常なら。


「オッ君を離せこら!」

「ばっ⁉」


 考え無しが口を滑らし、他の若者達が驚愕と非難を混ぜた視線で仲間を咎めようとした。


「離せゴラァ! おおおおおおおおおおおおおおおお!」

「おうおう覆面オッ君。仲間を庇おうと必死に声を荒げちゃってまあ、なんと麗しい友情なんでしょ。こんな玩具まで準備してご苦労さん……あ、あの、チクっとしたんですけど?」


 関係性と意図をおおよそ把握したツクモは拘束をヴァンプに任せ、やれやれと言わんばかりに地面に落ちていた短剣を取ると、指先で刃先をつついて固まってしまう。

 押し倒した時は本物の短剣だと思っていたが、この会話でどうせ玩具だろうと思ったツクモの判断は大間違い。

 彼の指先からは僅かに血が流れ、短剣が本物であるという疑いのない証拠になってしまう。


「切れるじゃねえかボケカス! お前正気か⁉ 頭にスポンジ詰まってんの⁉ やらせの企業宣伝でマジモンの刃物振り回すとか、Z級の脚本家でもそんな話作らねえぞ間抜け!」

「ゴラアアアアア!」

「頭に詰まったスポンジって腐るんだなあ。また一つ賢くなってしまった」


 あまりにも愚かな覆面男に、頭がおかしくなりそうなツクモは絶叫したが、知的な反応が返ってこないため冷静になってしまう。


「オッ君を離せって言ってんだろうが!」

「ちっ! やるぞ!」

「おう!」

「あ、ちょっ⁉ 止めてください! 暴力反対! やめて! はい暴行の現行犯で逮捕! 被害者は俺!」


 ここで仲間を開放するため青年達が襲い掛かり、ツクモは殴るけるの暴行を受けた後に反撃を開始する。

 ただ不思議なことに、ヴァンプは我関せずと覆面男を拘束しているだけで青年達からは襲われていない。

 人間の脳とは便利なもので、勝てそうな相手を自動的に優先するため、ただならぬ雰囲気を醸し出しているヴァンプは手出しをされないのだ。


「またまた会ったわね」

「あ、あの、ありがとうございます」

「一日に三回もあったら名前を聞くべきかしら。私はメリー。貴方は?」

「ニ、ニーナです」

「そう。よろしく」


「舐めてんじゃねえぞゴラァ! こっちはオタク共と昼夜を問わず殺し合ってんだぞボケェ!」

「くたばりやがれテメエゴラァ!」

「ぶっ殺すぞテメエ!」

「やんのかゴラァ!」


 そんな騒ぎが起こっている最中、リーナは悪戯っぽく笑っているメリーに手を差し伸べられていたが、その前方では大変口汚い連中が乏しいボキャブラリーを駆使して罵り合い、拳を交わしていた。

 ただワーワー喚いているツクモは妙に強かった。


「ジャブジャブ! シャブシャブ!」


 オタクが絶対に近寄らないボクシングジムで鍛えていたのか、中々切れのあるパンチを浴びせ、ド素人たちはあっという間に地面に倒れ伏すことになる。


「てめえら金属バットやらバールやら持った百人のオタクに袋叩きされたことはあるか⁉ 俺はあるぞオイ! うぇええええええい!」


 ついでに中々の修羅場を潜っているらしいツクモは、両手を天に突き上げて勝利宣言をした。


「あっけないわね。それで、被害届? みたいなのがあったら出す?」

「いえその、関わりたくは……」

「ま、擦り傷程度だしそうでしょうね。話をしたら私でも頭がおかしくなりそうだもの。後はこっちが区に突き出しておくわ」


 メリーに話しかけられたニーナにすれば、少し擦った程度で、どう考えても馬鹿を極めている様な者達と関わりたくなかった。

 やらせの宣伝で本物の刃物を使うなど、常識どころか正気が存在しないと断言できるだろう。


「おーいウォルフ! 悪いんだけど檻持って来てくれ。そうそう、あの檻。やらせでヒカリもん出してきた奴がいてさあ。初の現金引換券を運ぼうぜ。んじゃよろしく。これでよしっと。メリー、そっちは?」

「擦り傷だけ。面倒だからこいつらとは関わりたくないそうよ」

「俺もこのレベルの馬鹿がいるとは思わなかった。いやあ、大変でしたね。よかったら、家までうちの者を付けましょうか? ああ、これは商売抜きの単なる親切ですのでご安心ください」

「い、いえ大丈夫です。あの、ありがとうございました」

「どうかお気になさらず。ではお気をつけて」

「は、はい」


 ツクモは少し離れた場所にいた社員のウォルフに大声を出すと、突貫工事で無理矢理作った檻付き馬車を持ってくるように頼んだ。

 そしてニーナの様子を確認した後にヴァンプへ視線を向け、見送りを提供しようかと提案したが、彼女はそこまで甘えることをしなかった。


「営業開始してすぐにヒカリもんだぜ。幸先いいけどくっそ悪いっていう矛盾を孕んでるんだけど」

「賑やかで面白いところじゃない」

「我輩、十年後にこの街が残っていたら称賛をする」


 一刻も早くこの場を去ろうとするニーナの背に、ツクモ、メリー、ヴァンプの声が追いつく。

 初日は地味な営業だと割り切っていたパニックホラー警察会社は、いきなり刃物を出す人間を確保できて上々の滑り出しになった。

 しかしそれは、もっと大きな視点で見ると、浮遊王都が崩れかけている予兆のようにも思えてしまい、素直に喜ぶことが出来ない事態だった。

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