第五話 開店
「わははは! 割と長い間あっためてた、念願のパニックホラー警察会社。略してPH警察会社が設立されたぞ!」
浮遊王都の西側で馬鹿の馬鹿騒ぎが起こっていた。
比較的治安が悪そうかつ、中央の統制が緩そうな端の立地に目を付けたツクモは、万札を元手に適当な小さな空き家を借り、警察会社を立ち上げたのだ。
恐るべきは浮遊王都の行政の適当さよ。
数多くの地区で区切られている浮遊王都は、貴族地区は例外として移動の自由。また居住移転の自由という言葉が、妙な曲解をされてまかり通っており、よそ者であるツクモすらも簡単に居を構えることが出来た。
尤も英雄勇者レオンハルトが死去したことによる混乱が収まったなら、流石にマズいと判断されるだろうが、それは少々先の話になるに違いない。
「いやあ、今は小さな事務所だけど、ここから浮遊王都を代表する会社に成長するぞ」
ルンルン気分のツクモは簡素な机が並ぶ小さな部屋を眺めて、バラ色の未来を妄想するが、この場にいるのはツクモだけではなかった。
「でもすぐに小物とか備品が集まるとか、やっぱテンチョー有能。初日に敢えてラッキーだったよなメリー」
浮遊王都初日に仲良くなった雑貨屋の店主をテンチョーと呼称するツクモは、自分より頭一つは小さな少女に声をかける。
随分と美しい十代半ばに見える少女は、白いフリルの多い服を着ているため、もっと身長が低ければ人形のようにも思えるだろう。
肩甲骨まで流れる金髪は金を溶かし込んだかのように輝き、青く大きな瞳は最高級のサファイアすらも及ばない。
そして白い肌はシミ一つなく、桃色の小さな唇は可憐に微笑みの形を作っていた。
「そうね。一通りの物は全部揃ってるわ」
その少女、メリーが老若男女問わず聞き惚れてしまうであろう、非常に澄んだ心地のよい声を発する。だがそれにしても……なぜかツクモとメリーの立ち位置はやけに近く、極々僅かな隙間があるだけだ。
「それで他の皆は?」
「俺ら、私らが客寄せしたら寄り付かねえよ。みたいな感じでボイコット。ま、純粋に面倒くさがってるんだろ」
「なら二人で営業するとしましょうか。と言いたいところだけど、私が客なら若造と小娘がチラシを配ってる警察会社に頼まないわ」
「……だ、だよね」
仲間の居場所を尋ねたメリーとの会話でツクモは重要なことに気が付く。
荒事専門に近い警察業務で、年若い男女が宣伝をしても無意味に等しいため、屈強で見るからに頼れる大男が必要だった。
「おーいウォルフー。ウォルフさーん? ウォルフ様ー? 俺とメリーじゃ、ま、可愛いカップルだこと。危ないことはしちゃ駄目よ? って感じになりそうなんですけど。おーい」
「ちっ」
ツクモが自分の腹に視線を向けて呼びかけると、奇妙なことに彼とメリーしかいない部屋で舌打ちが響いた。
ツクモの影が広がる。
大きく、濃く、そして広く。
青年としては平均的な身長のツクモが大きく見上げる必要がある影は、どんどんと確かな輪郭を持ち始め、一人の男を形作る。
銀髪のウルフカット。鋭い銀の目。ダメージ加工されたジーンズを履いているが、上半身は腕の部分をくり抜いた布を羽織っているだけの有様だ。
そのせいでくっきりと割れた腹筋や盛り上がった胸筋が覗き、一目で強者だと分かる風貌をしていた。
「まあ確かにお前らの外見で、警察やら警備の仕事を求めるなんて無理だわな」
「だろ?」
「面倒だが食費を稼ぐくらいは手伝ってやるよ」
「あざっす!」
ツクモにウォルフと呼ばれた二十代中頃の男は野性味あふれる、もしくは皮肉に満ちた笑みを浮かべると、納得したように頷く。
このウォルフから見ても、ツクモとメリーが仕事の宣伝をするのは無理があるらしく、助力はやむを得ない事態だった。
「で、ツクモとメリーでチラシを配るのか? 見せてみろ」
「これこれ」
「麻薬撲滅。通り魔逮捕。ストーカーボコボコ。行方不明者発見。交通安全。安心のPH警察会社に全てお任せ!電話番号は……まあ、出来るっちゃ出来るが、あんま広告の才能ないなお前……」
「広告業務に携わったことがある者だけ俺に石を投げなさい」
「全員、広告される側だからいねえな。しかしこの世界は電話もあるのかよ」
「それを知らないってことは、お前寝てただろ?」
「暇なときは寝るに限る。そうだろ?」
「一理ある」
「で?」
「初期型転生者が頑張ったらしい。割とお高めな自撮り棒は、携帯電話としても機能するってよ。勿論原理はよく分かりません」
「庭の手入れは最悪な癖に、手広くやれるのはある意味才能だ」
「んだ」
ツクモからチラシを受け取ったウォルフは、手作り感満載で言いたいことだけを書いてあるチラシに呆れつつも、自分や他の存在が作っても似たような物になるだろうと客観視できている。
そして電話があることにも呆れ、転生者と思わしき者を皮肉り頬を吊り上げた。
「じゃあちゃっちゃと配るぞ。頑張れよツクモ巡査とメリー電話係」
「頼むぞウォルフ警察学校生」
「あら、私は警視総監よ」
「言ってろ馬鹿二人」
ウォルフは面倒見がいいのか、渡されたチラシの束を持ってぷらぷらと揺らし、率先して事務所の外に出る。
事務所の外は若干薄汚れており、石畳も中央区の大通りに比べてくすみ、華やかさとは無縁な場所だ。しかしそんな中、警察会社の事務所だけがきちんと掃除され清潔感があった。
「皆様、PH警察会社をよろしくお願いいたします! 安心の仕事! 皆様の安全を守る! どうか清き一票で応援よろしくお願いいたします! あ、そこの方! 手を振っていただきありがとうございます! ご声援ありがとうございます!」
「お前の彼氏、どこ行ってもしぶとく生きていけるよな」
「コミュニケーション能力こそチート。とか言ってたわね」
「なるほどな」
そんな場所で突然選挙……ではなく宣伝が開始される。
全く物怖じしないツクモは、通行人に対して手あたり次第にチラシを渡し、にこやかな笑顔を振りまいていく。
そして予想通り、こんな奴が警察の会社と言ってもねえ。と考えていた通行人達だったが、同じチラシを配り始めたウォルフも従業員だと気が付くと、こっちなら警察や警備の真似事が出来るかもしれないと思い直した。
なお当然の如く、ツクモに手を振った者も、声援を送った者も存在しない。
「あ、あの、何を配ってるんですか?」
「警察会社のチラシよ。はいどうぞ」
「え? 警察会社?」
一方、メリーだけは別口と思われたようで、火に引き寄せられた蛾のような男達が集まり、警察会社のチラシを手渡されポカンとした。
見目麗しく貴族地区にいるようなお嬢様が、警察云々を伝える事態は意外も意外で、中には聞き間違いを疑う男もいた。
「おおこわっ。知らないってのと勇者は紙一重だ」
この光景を盗み見ていたウォルフは、まさに火の中に飛び込んでいる蛾へ憐みの念を送りつつも、しっかり仕事を果たしている。
現に彼の手にあったチラシはほぼなくなっており、それだけ地区全体に危機感があるという証になっていた。
(思った以上に食いつきがいいな。殆ど寝てたからあまり聞いてねえが、確かこの地区の地区長? みたいな奴は王の命令を忠実に守るイエスマンみたいな話をしてたような……王がいなくなった途端に機能不全起こして、住んでる連中に見限られてるのか?)
ほぼ話を聞いていないウォルフは、何とか聞こえていた情報を断片的につなぎ合わせ、なぜここをツクモが選んだのかを思い出す。
その記憶によると、ツクモが選んだ地区の地区長は、殆ど、ほぼ。どころではなく、完全に王の下した命令やノルマを達成するだけの男で、自分で臨機応変に対応したことが全くなかった。
そんな者が突然、中央の役人に王宮が混乱しているので、なんとか自分の地区を治めろと言われてしまったものだから、あらゆることに決断が出来ない置物と化した。というのがウォルフがギリギリ持っている情報だ。
彼の記憶は正しく、酷い混乱が予想され、ついでに行政への囁き戦術も行使できると判断したツクモは、この地区に事務所を構え、色々と企んでいた。
(ま、なるようにしかならねえわ)
浮遊王都。警察会社。そして自分。
あらゆることに対して気楽なウォルフが内心で肩を竦めたが、果たしてPH警察会社はどこへ向かうのだろうか。
「皆様の清き一票、どうかよろしくお願いいたします!」
率いているツクモの頭は空っぽだったが。