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第三話 偉大にして愚かな転生者の遺産

異世界に溢れる日本語。

 これをツクモは、異世界に紛れ込んだ日本人の先輩が無茶苦茶をした結果、文化爆弾が炸裂したのだと推測した。


(どうすんべ。お陰で楽できてるけど、元あった文化を駆逐して俺んとこの言語使えって強制してた場合、ヤバいくらい強権的で考えなしだぞ。頼むから言語もなかった太古に訪れて広めたー、みたいな感じであってくれよ。植民地主義真っただ中とか御免だぞマジで)


 ツクモは脳内で二つのパターンを作り上げた。

 一つは日本からの転生者、もしくは転移者が太古に文化を築いて、それが今も形に残っているパターン。

 そしてもう一つは、海の向こうからやって来た者達がそうだったように、この世界にあった文化や文明を丸ごと否定して、よりよいと思っている物を押し付けたパターンだ。


 前者なら問題ないのだが、後者で当事者が生きている場合は面倒極まり、最悪の場合は異邦人と殺し合う可能性があった。


「あっ⁉」


 ツクモがそんなことを考えながらあてもなくぶらついていると、雑貨屋の店主が大きな箱を持ってバランスを崩し、倒れそうになってしまう。


「ぎっくり腰をやったら半月は死ぬぞ!」


 それを、身の内に色々宿している割には好青年気味なツクモが支える。


「お、おお? あ、ありがとう。助かったよ」

「いえいえ。どういたしまして」


 中年で若干小太りな男性店主は、一瞬状況が読み込めなかったが、面識のないツクモが箱を支えてくれているのに気づき胸を撫でおろした。


「君みたいな青年がまだいるとはねえ。最近のは裏でこそこそやったり、薬がどうのこうのと言ってる奴ばっかりだと思ってたよ」

「これでも清く正しい好青年なんで、そんな奴らを見かけたら警察に突き出しますよ」

「う、うん? 警察に突き出す? どこからやって来たんだい?」

「え……そのぉ、山奥で爺ちゃん婆ちゃんと生活してたんですが、つい最近亡くなったので出てきた田舎もんなんですよ。俺、変なこと言っちゃいました?」

「ははあ。なら英雄勇者・レオンハルト様が亡くなられたことと鋼の衛兵の件を知らないのか」

「うわすげえ。聞きたいと、聞きたくねえって感情は両立できたんだ」


 単なる世間話のつもりだった店主はツクモの発言を訝しみ、彼の嘘に納得すると訳知り顔で頷いた。


「六十年前だったかな。世界を救い浮遊王都を作られた英雄勇者レオンハルト様は、鋼の鎧に魂を吹き込み、鋼の衛兵と呼ばれる者達を生み出して、警察の役目を与えていたんだ。しかし、つい最近レオンハルト様が亡くなられて……」

「ああ、はいはい。創造主が亡くなったから存在意義が揺らいで、俺らの主ってお前らじゃなくね? みたいな感じに仕事を投げだしちゃったんでしょ」

「多分そんな感じなんだろうね。お亡くなりになられた直後はきちんと仕事をしていたんだけど、ある日急にレオンハルト様以外には仕えないと言い出して、どこかへ去ってしまったんだ」

(残されたのは警察のノウハウがない皆さんってか。一人で全部すると後進が育たないっていう見本みたいな話だなあ。天才監督がぶん回してたパニックホラーが、その死後ににっちもさっちもいかなくなるみたいなもんだ)


 店主から大雑把な事情を聞いたツクモは、浮遊王都の情勢がかなり悪いと判断する。

 通常、組織とは多くの人間が構築しているもので、末端が死んでも変わりは幾らでもいるし、王が急に死んだとしても大臣やら後継者が後を引き継ぐだろう。

 しかし稀にだが、緊急の応急処置でもないのに、一握りの天才がなんでもかんでも一人でこなし、それを急に引き継いだ者が困り果てるという現象が起こる。


 ましてや今回の件は警察組織という大きな話で、しかもツクモが把握していない件が複数存在する可能性があるのだから、この世界はプルプルと揺れる積み木のような際どさだ。


「あ、そう言えば思い出してきたような……ひょっとして今の言語を授けてくださった方の関係者ですっけ?」

「うんうん。それがレオンハルト様だね。なんでも世界で争いが起きるのは、言語が違うからと思われて、奇跡の力で皆に今の言語を授けてくださったらしいよ」

(はい確定。日本人の転生者が、分からんでもない発想で始皇帝したんだ。せ、せめてこの世界の言語でやれよ。俺、気絶しそう)


 ツクモが恐る恐る探ったら、とんでもない歴史が返って来た。

 強権で文字を統一した実例もあるにはあるが、影も形もなかったであろう異世界の言語を押し付けたのは暴挙や文化の粛清と言ってもよく、自他共に認める頭が軽いツクモですら白目を剥きそうになった。


「え、えーっとそれで……そう、警察のお話ですけど」

「それがねえ……王宮も一気に人を雇用して警察組織を立ち上げようとしたみたいなんだけど……」

「いきなりそんな人数集まらない。予算だって組んでない。雇われる側だって、元の仕事があるから無理……と」

「はあ……それに手ぶらに見えても、スキルとか魔法で攻撃されると考えたらねえ……」

(やっぱあるんだスキル……)


 世知辛い顔の店主が世知辛い話を続ける。

 六十年も当たり前に存在していたものが急になくなると、人間は碌な対応が出来ない。それは大地が消えたから飛べと言っているに等しく、浮遊王都が後手に回るのは当然の話だ。

 しかもこの世界、お約束通り不可思議な魔法的技術が発展しているため、無手のように見えても銃器を隠し持っている人間より危険な場合があるのだ

 これではいきなり治安維持の組織を再編して、人員を集めるなど不可能だった。


「じゃあ軍は……」

「雁字搦めと言うか……」

(え? そっちはあるんかい。いや待てよ、そうか。初期型転生者め、人間の軍を率いる立場になりたかったんだな。分かるよーその気持ち。俺だってハンニバルの真似して劣った兵数で包囲殲滅したいもん。ま、脳を焼かれ過ぎた連中は真似して大爆死したんですけどね)

「レオンハルト様が軍を指揮できるのは王のみと定められたから、王不在の今は指揮系統で揉めてて機能不全中なんだよね……」

「すいません。つまり王位継承をはっきりさせる前にぽっくり逝っちゃったんですか?」

「そう。レオンハルト様は子供に順番とか優劣をつけるのが嫌で、皆仲良くしなさいと教えてたらしいよ。それに双子も昔は忌み嫌われてたんだけど、レオンハルト様は双子が不幸を齎すのは迷信だと言って打ち消したんだ」

「なんて名君なんだ誇らしい。ちなみに継承権持ってる人間は何人くらいです?」

「五十人くらいいたような」

「わあ凄い子沢山だ。はははは」

「はははは」

「最有力と次の人ってどれくらいの差がある感じです?」

「ふ、双子だからあんまりないかな」

「悪いことは言いませんから来世に期待しましょう。ね?」

「ひ、酷い」


 ツクモは更に事情を知ると、今度こそはっきり白目を剥いた。

 確かに家族が仲良く手を取り合い、優劣もないのは素晴らしいだろう。だが前世の常識に囚われたせいか、それとも王と王政については適当だったのか、王位の継承についてはっきりさせず死ぬのは下策も下策だ。しかも最有力が双子となれば混乱しない方が不自然なレベルの話になる。


「じゃ、じゃあ最悪、軍の人間と予算を警察に回してーみたいな感じは……その顔じゃ無理そうっすね」

「大きい声じゃ言えないけど、軍の高官とか王宮は、軍隊の弱体化とか分割を望んでないみたいなんだよ。私みたいな奴に聞こえてくるってことは、それだけ派手に……ねえ?」

「ふ、ふーん」

(つまり軍は権限を強めるチャンスと捉え、王族はそんな軍に飴を与えて自分を支持しろと言ってる。みたいな? ド庶民まで聞こえてくるとかどんだけ派手にゲンナマ撃ち合ってんだよ。あーあ。権力闘争で視野が狭くなったら、割を食うのはいつだって俺みたいな庶民だ)


 更に更にツクモは、浮遊王都が崖っぷちだと知る。

 何処の組織も自分の利権と権限を拡大しようとするもので、これは本能に近く止めようがない。例え目の前に滅びが待ち受けていても変わらず、崖を飛び越え、空中に投げ出されて初めて反省することが出来る生き物なのだ。

 勿論その時は手遅れで、後は遺体の損傷具合で周囲がどれだけ混乱するか。という話になる。国難を前に全ての組織と人員が一致団結するというのは、絵本の中だけの幻想に過ぎない。


「割と真面目に今どうしてんすか?」

「高貴な方々のエリアはお貴族様の私兵が巡回してて治安がいいよ。でもこの庶民エリアは自警団が犯罪者を捕まえたら、区に引き渡して報酬貰う……みたいな?」

「恐れ入った。ああ、勿論誉め言葉です。でも冤罪やら因縁吹っ掛けて捕まえましたー。みたいなモラルハザード起こしません?」

「その兆候はあるかなー……」

「来世じゃ足りないかもっすね」

「ぐすん……」


 ツクモは気を取り直して犯罪者をどうしているのかと尋ねたら、下手をすれば西部開拓劇並みの話でドン引きした。それは無政府状態に近く、国が自分の身は自分で守りましょうと言っているようなものだ。

 しかし、新参者であるツクモには好機だった。


「おほん。いやあ、いいこと教えてくれましたね。つまり警備やら警察業務は民営化状態でブルーオーシャン! 真っ赤になる前に新規参入でウハウハ! お上が本腰入れる前に荒稼ぎして、規制が始まればノウハウをお上に売る&指導でぼろ儲け!」

「つまり物がいる! まいどあり!」

「うーん流石だ。これぞ商人」

「それほどでもない」

「じゃあお勧めの武器を見て冷やかしちゃおっかなー。お、これなんかいい感じっすね」

「ソードブレイカーに目を付けるとは!」


 どうやらツクモは一時的に生まれている空白地帯に滑り込んで、金を稼ぐつもりのようだ。

 別に多少飲まず食わずでも問題ない彼だが、中にいる連中が色々と趣味で煩く金がかかるため、一文無しという訳にはいかなかったらしい。

 そこへ店主も乗っかったものの、扱っている武器は最悪の一言である。


「これは凄いぞ。この溝! さぞかし工数が増えてるでしょう!」

「そう聞いてるねー」

「溝に面積取られた分、刃の方が細く脆い感じになってますなあ」

「そうだねえ」

「肝心の溝もほっそいレイピアを折る限定なんですよねー」

「よく知ってるねー」

「五回ぐらい人生やり直した辺りで会いましょう」

「ぐすんぐすん……」

「なんでこんなんあるんすか? 誰かに掴まされました?」

「レオンハルト様考案の武器だから……かな」

「ロマン求めすぎだろ……」


 ツクモと店主が漫才を繰り広げている武器の名はソードブレイカー。

 刀身に溝が彫られ、レイピアなどの細い剣を折る目的で開発されたものだが、彼らの言葉通り不良品に近く、王の開発品でなければ見向きもされなかっただろう。


(あーね。本人のおつむ的には清く正しくやってるつもりだったけど、下から見りゃ統制主義+恐怖政治だったパターンか。役に立たねえ武器を作らせた転生者に、下の連中は怖くて言い出せなかったんだろうな。話を聞くに、多分指先で人間ぶっ殺せるレベルのチーターへ、いや、それ失敗作じゃないっすか? なんて指摘できねえよ。睨まれたら人生詰むし、最悪死んじゃうもん。多分、鋼の衛兵とか言われてる奴が、警察の代わりしてたのもその延長の話なんだろうな)


 ツクモは心の中で世界の歪みを推測した。

 普通の職人が扱いづらく量産に向かない商品を開発すれば、市場の原理で淘汰されてしまうだろう。しかし関わっているのが、圧倒的武力を所持している権力者なら話は変わる。


(チートもお薬と一緒さ。他人に迷惑かけず自分だけが気持ちよくなれてるつもりでも、容量用法を守ってねえなら、周りからはなにするか分からないヤバイ奴認定されちまう。そんなトンだ頭の奴が、ボタン一つで粛清出来る便利アイテム持ってるなら、ハイヨロコンデ! しか言えねえわ)


 怖いのだ。恐ろしいのだ。世界を救えるだけの力を振るった存在が、いつ自分達にその矛先を向けるか分からないのだ。

 だから英雄が妙なことをしても止めない。実行した者は誰も反対しないから、自分がやっていることは正しいのだと認識してしまう。

 勿論行き着く果ては、いつの間にか自分の行いは全てが、なにもかもが正しいと誤認した者と、称賛しかできない集団である。


「あ、でもこれは、逮捕した時の証拠として絶対に必要だね。ボウケン」


 ツクモがそんな考えを抱いている間、店主は店の奥から人の胴体程の長さがある白い棒を持って来て説明した。


「……ぼうけん? なんすか?」

「それも知らないのかぁ。ぼうけんしゃがよく使ってる機械で、これに録画したダンジョン攻略の映像を動画として投稿するんだよ。使い方は単純。スイッチを入れたら登録した人の周囲に浮いて、可能な限り目の前の光景を録画してくれる。つまり悪者を捕まえた時の証拠品として提出できるんだ。ついでに番号を登録したら、相手と通話できる優れ物」

「へ、へー。ちなみにぼうけんしゃってどんな字と意味です?」

「大昔は探検とかの意味で、冒険する者。でもレオンハルト様がこれを開発した後は、自動り棒で見れる者、棒見者」

「……ふー。あれっしょ。人様に迷惑かけてキャッキャッしてる連中もいるでしょ」

「正解」

「里に帰ろっかな。なんだか疲れたよ」


 もうツクモは投げやりになって来た。

 ただでさえ先輩のやらかしで頭が痛くなってきたのに、冗談のような名称が襲い掛かって来たものだから、半ば本気で自分のテンプレ世界に戻るのも視野に入ってしまう。

 しかも店主は冗談を言っているのではなく、本当に冒険者という字は駆逐され、今現在はスリリングな映像を提供している自撮り棒で見れる者、棒見者こそが本来の呼称なのだ。


「でもお高いんでしょ?」

「中古品だしかなり量産されてるから、目玉が飛び出すほどじゃないないよ」

「じゃあ万札で買える?」

「え⁉ 万札持ってるのかい⁉ 買える買える! 透かしは……あるね!」

「使えるの⁉」

「そりゃここは浮遊王都の店だよ。扱いに困るなんてことはないから、普通に使えるさ。どこでこれを?」

「爺ちゃんがいつ使おうかなあ。とか言ってる間に死んだから分かんねえっす」

「ははあ。この万札っていうのは、レオンハルト様が特に好んでいた物で、古代の文明が作った偉大な遺産とかなんとか」

「そんでこれも一定の価値が認められてる、と。じゃあブルーオーシャンのため、商売上手に貢献させていただきます」

「毎度!」


 ツクモは警察業務に必要な自撮り棒を購入したかったが、残念ながら財布にあったのは日本で流通している紙幣だけだった。しかし先輩が昔を懐かしんだのか、一万円札も紙幣と認められていたため、ツクモは購入することにした。

 これが意味するところは……英雄勇者はどれだけ流通しているか分かっていない、故郷の紙幣を市場に混ぜる意見を通し、問題視されなかったということだ。


「これで俺も棒見……冒険者だ! ところで魔法かなんかで、自分の体に荷物を収納出来る道具とかないっすかね?」

「レオンハルト様が作ったアイテムボックスのことかい? うちにはないし、かなり高いよ。大きい商店とかお貴族様みたいな人達が持ってるだけだね」

「そんで大きい組織が麻薬を詰め込んで、この浮遊王都に持ち込んでくると」

「もう駄目かもね」

「そっすね」


 ふと思い至ったツクモの想像で、店主すらも天を仰いだ。

 自分の体に物品を詰め込んで移動できる。

 なんと素晴らしい。

 なんと恐ろしい。

 それはつまり、非合法な物品を持ち込んでも気付かれないことを意味しており、地上との移動ルートが限定されている浮遊王都ですら、水際での対策が不可能ということもである。


(政治の経験とかねえだろ? 素人のなんちゃって王が性善説で突っ走るなよ……ゲーム気分で好き勝手やった奴が死んだ後の世界かあ。これの後始末とかぜってえしねえからな)


 ツクモはこの世界が思った以上に滅茶苦茶で、最悪の場合は木っ端微塵に爆散する可能性があることを知る。

 よかれと思って行動していいのは個人個人の話までで、国や組織を率いている場合は、発生する副作用が全体にどこまで作用するかを考えるべきだ。

 その発想がないまま、周囲が反対できない環境を作り上げてしまうと、大抵は碌なことが起こらない。

 社長が単なる楽観で無計画なプランを推し進め、採算が合わず閉店ラッシュが起きるならいい方だろう。国家の主が類似するノリで国政を進めると、行き詰った時には全国民にツケが回ってきてしまう。


「そんじゃ長話に付き合ってもらってありがとございやす。警察組織をデカくしたら、物品を大量注文するからお楽しみに!」

「期待してるよ。毎度ありー!」

(ま、ボチボチやってくか)


 ツクモはかなり波長の合った店長と別れ、警察組織、自警団、バウンティーハンターなどなど、よく分からない組織を立ち上げるため歩き出す。

 幸い、彼の身には犯罪に対するエキスパートたちが揃っているのだから。

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