第二話 浮遊王都
お約束的に、時間をツクモが異世界に転がり込んだ直後に戻そう
「……」
門を潜り抜けたツクモは、何もない草原を見渡しながら、ふと宙に浮かぶ太陽に視線を向けた。
風も、太陽も、草木に至るまで、忌まわしい牢獄に存在するモノではない本当の自然が、彼に圧倒的な情報の濁流を送り込む。
「はは。ははははは。ははははははははははははははは! そうか! これが! これが自由か! あははははははははははは! はあ……」
無限ループの中で封印されていたに等しいツクモは、なんの枷がない状態を認識してゲタゲタと笑い……一瞬で真顔になった。
「よく聞く話だ。日本人は自由度の高すぎるゲームに放り込まれて、はい、今からなにしてもいいですと言われたら困るらしいな。まさにだ。次何したらいいんだ? 現実世界なんて、自由度はオープンワールドの比じゃねえぞ」
途方に暮れたツクモがごろりと草原に寝転がり、世界という名の自由に戸惑い続ける。
「ま、それでも無限ループよりはマシだ。なんせ寝っ転がる時間がある」
スクールカーストの頂点と取り巻き、金髪美女、お調子者に臆病者、偏屈老人、おまけにオタク。他にも幾つかの人間とのいたちごっこを繰り広げていたツクモは、一人でゆっくりする時間もなかった。
それを考えると、草原で風を感じているだけでも自由を体感する素晴らしいひと時で、ツクモは心が安らいでいた。
「ここなら全水着ビキニ化計画も上手くいきそうだな」
訂正。安らぐどころか煩悩が溢れているようだ。
「いや待てよ、そもそも水着の文化はあるんだよな……なかったらどうしよう……」
『!!!!!!』
「あるある! 絶対あるって! なかったらあれだ……そう! 俺達がビキニを広めたらいいだろ!」
『……』
「ふう、納得していただけましたか」
ツクモは、異世界にビキニどころか水着の文化は存在するのかと悩んだ。するとツクモの中で眠っている者達の中でも超強力な存在が暴れ回り、彼の説得でなんとか落ち着きを取り戻した。
どうやら水着美女に拘っているようだが、果たしてその存在とはいったい……。
「よし行くぞ! 方針はオタクに会わない!」
気を取り直したツクモが立ち上がり、一歩を踏み出した。
……。
彼の影が揺らめく。ボコリと。ギチリと。濃く、力強く広がる。
影達が歩む。
大小様々。人型から異形。男も女も無性も無機物も。
まさしく百鬼夜行の群れが進撃を開始した。
「さて、お姫様とメイドが乗った馬車はどこだ?」
尤も統率者は馬鹿を極めていたが。
石畳で舗装された道を見つけたツクモは、綺麗なもんだと感心しながら上流階級の仲間入りができる手段を探す。
だが残念なことに、あるいは幸いなことに馬鹿の助けが必要な者はおらず、代わりに馬がいない馬車という訳の分からない物体が長閑に行きかっていた。
「なに……なにこれ? 文明がちぐはぐじゃね?」
土汚れがひどく農作業によく使用していると思わしき車を見たツクモは、動力車のような物を利用している割には、御者台に乗っている者達の服が中世レベルなことに困惑してしまう。
「なーんか嫌な予感がするぞ。そう、宇宙人が残したオーバーテクノロジーを利用してやるぜ! って馬鹿が騒いでるシーン並みの嫌な予感だ」
頬が引き攣っているツクモは、田畑の近くにぽつぽつとある家も確認するが、こちらもあまり出来が良くない木製ばかりで、動力車はかなり浮いていた。
ツクモの表現した通り、竹馬並みの下駄を無理矢理履かされているような光景は、嫌な予感を感じるのに十分だろう。
「まずは小手調べのジャブだな……おじさーん。そこのかっこよくてナイスなおじさーん」
「な、なんだ?」
「なんかやたらと人が行きかってるみたいですけど、普段からこんな感じなんですか?」
早急に情報収集をする必要性を感じたツクモは、通りがかった車を操作していた中年男性に声をかけ、まずは世間話に近い話題を切り出した。
「うん、知らないのか? 浮遊王都が近くに着陸するから、稼ぎ時なんだよ。この荷物も向こうで売るんだ」
「ああ神様、どうかお救いください」
ジャブでけん制したつもりのツクモは、右ストレートでぶん殴られた。
言葉の意味は分かったが理解したくないツクモは天を仰ぎ、敵対関係にある神に救いを求めてしまうほどだ。
「ど、どれくらい大きいんですかね?」
「見たこともないのかよ。まあ、詳しいことは知らないけど、そこらの平原よりよっぽど広いぞ」
「だめだこりゃ。観客の皆さん、次回作にご期待ください」
「……」
その浮遊王都とやらのスケールを聞いたツクモは色々と諦めたが、男の方は先程から訳の分からないことを言う彼を不審に思い馬車の速度を上げて逃げた。
「あれだ。パリピ地区、一般ピーポー地区、餌地区に分かれて日夜醜い争いが繰り広げられてるんだ。見なくても分かる。分かるんだけど……怖いもの見たさを感じるなあ。行ってみるか」
特に目的がないツクモは、興味本位でその浮遊王都とやらを目的地に定め再び歩き始める。幸いにも短い会話で、男が浮遊都市を目指していることが分かったため、方向で迷うこともないだろう。
「ふんふんふーん」
ツクモは機嫌よく鼻歌を披露しながら歩き続ける。日が陰ろうと、真っ暗闇に包まれようと気にせず、偶に見かける野営地も無視して森を超え、丘を超え……。
「あ、あれかあ……」
朝日と共に見つけてしまう。
大きい。途方もなく大きい。地球平面説で想像されるような平たい大地が地面から多少浮いている姿は圧巻の一言で、ツクモは暫くぽかんと口を開けたままの姿になる。
「……着陸って言ってたな。となると普段はもっと浮いてるのか? それにあれは城壁……侵入してくる奴とかいねえだろ。中を見てえ!」
かなり厚みのある地面の端を城壁のような物が遮っているため、ツクモは中の様子を窺うことが出来ず、好奇心の輝きを瞳に溢れさせた彼は走り出した。
そしてさらに圧倒される。
浮遊王都ではなく、浮遊大地と呼称するのが相応しい物体は巨大な影を作り出し、あらゆる存在が己をちっぽけだと自認するだろう。
「はははははははは! 平べったいUFO型の母艦みてえだなオイ! バミューダトライアングルから浮上して人類に喧嘩売ろうぜ!」
初めて飛行機を見た幼子のように興奮するツクモはどんどんと浮遊王都に近づき、ついにはその下近辺に到着した。
「すいませーん! この浮遊王都に行きたいんですけど、入場料とか必要ですかー?」
「いや、そういった類のものは必要ない。あと五分もすれば上に行けるから、それまでそこの円に入って待ってなさい」
「ありがとうございます!」
転がり込むようなツクモが質問をすると、作りがしっかりした服を着た男が、簡潔に説明をしてくれた。
(……五分? そういや今更だけど、なんで普通に会話成立してんだ? またいやーな予感がしてきたぞ)
しかしツクモは、その簡潔な説明で疑問が湧き上がり、冷や汗をたらりと流してしまう。
ここは異世界だ。異世界の筈だ。ならばなぜ言葉が通じ、時間の単位までツクモが知っているものなのだろうか?
「そろそろだから、円からはみ出ないでくれ」
(さあてどうなるか!)
そんな疑問を一旦置いたツクモは、地面に描かれている円に入ればどうなるのだろうと興奮し、その時を待った。
突然浮遊王都から光が発せられ、ツクモや周囲にいた商人らしき者達を照射する。
「エ、エイリアン・アブダクション……!」
この現象にツクモは心当たりがあった。
みよんみよんと奇妙な音を発し、UFOが牛などを拉致するシチュエーションと丸被りなのだ。
しかもまさにその通りのことが起こった。
「おお⁉」
ツクモの予想通り彼の体が浮き上がると、浮遊王都に向かって上昇し……。
「そこからワープかよ! 浮かす意味ねえだろ!」
いきなり風景が切り替わり、石畳に足を着いたことで悪態を吐いた。
遠くに見える山の高さから、浮遊王都に足を踏み入れたことは分かるのだが、ツクモに言わせれば過程に風情がなく、肩透かしに近い感覚を味わっていた。
「ま、まあいいか。ここが浮遊王都……まあ城壁と門だけど」
気を取り直したツクモが着地した地点は浮遊王都の正門らしく、周囲の商人や車もそちらへ向かっていった。
(この手のことに詳しい俺の予想では……門で揉めて、賄賂を要求されるパターンだな。間違いない)
ある意味で興奮。もしくは馬鹿な妄想をしているツクモが門に近づき、衛兵すらいない門を潜り抜けて……何事もなく浮遊王都に足を踏み入れた。
(あんれー? おかしいぞぉ?)
またしても肩透かしを感じたツクモは、首を傾げながら街並みを観察する。
基本は石造りで二階建ての建物が並び、道は車道と歩道に分かれ車擬きが高速で移動するのに十分な広さがある。
ただやはり服は大量生産された感じがせず、電子機器の類が見当たらないため、浮遊している大地や馬車擬きを考えると、かなりちぐはぐな印象があった。
そして一点、ツクモにとって大問題だったのは……。
(大安売り。本日休店。八百屋。魚屋。日本語っすね……ぜってえ初期型転生者が無茶苦茶しただろ。確定だよ確定。話が通じておかしいと思ったんだ)
看板などがどう見たって異邦の言語、日本語だったのだ。