9.涙の後に……
溢れ出る涙が枯れた後、俺は馬車の近くに座らせられた。
少しの間、呆然としていると、老人は一人で遺体を処理し、暫くするとどこからか木の実を取ってきてコチラに投げて寄越してくれた。
「これから長旅になる。食べられる時に食べておくといい……」
長旅?
老人の言葉に疑問の視線を向ける。
すると老人は短刀を取り出し、おもむろに自らの髭を整え始めた。
「アレだけの事をしたからな。この国には残らない方がいい」
思わず納得。
「国境を越えるのに一ヶ月はかかる。それまでは忙しなくなるだろう、覚悟しておけ」
全然、幸福が待ってない。
いきなり希望もクソもなかった。
「うそつき……」
思わず、頬を膨らましてしまう。
「そう言うな、旅も案外悪くないぞ」
老人は髭を整えながら呟く。
その時、老人の顔の変化に気付いた。
先程までは無造作に伸びた無精髭のせいで老人と思っていたが、整えたら思ったより若そうに見える。
もしかしたら、初老程度かもしれない……
「ん? どうした?」
「いや、思ったより若いなと……」
「ははは、アレだけ髭を生やしていたから老けて見えても仕方あるまい」
「実際はおいくつですか…… えっと……」
その時になって、老人が何者なのか名前も聞いていない事に気がついた。
老人もそれに気がついたのか、或いは気がついていたがタイミングを見計らっていたのか、おもむろに口を開いた。
「私はグレイス。一応だがとある国で騎士だった」
「騎士ぃッ!?」
思わず身体が飛び上がる。
「あ! おぬし、信じてないなぁ!!」
まさか、この老人が騎士だったとは誰が予想しただろうか。
いや、でもこの男の戦う姿は圧巻と言う他無い。
アレを見ていれば彼が騎士だと言うのも納得出来なくもない。
いや、なら……
「なら、なんであんな所に捕まっていたんですか?」
「ん? まあ、捕まってしまったんだな。ここ我輩の祖国の敵国なのだよ」
は、はぁ……
捕まったって、騎士がそれでいいのかな?
それとも他にも理由があるのかな?
いや、それはこの際いい……
それより、彼が騎士なら、この世界の情勢とか常識とか色々と知っているはず。
もし、そうだったら私がこの世界で生きる為の大切な情報源になる。
「あのもしよければ、この世界の事を教えてください。知っての通り、私は違う世界から来て右も左もわからないんです」
「うむ、先ず右手がコッチで左手がコッチだ」
そう言うと彼は右手左手と順番に挙げた。
うん? それはふざけているのか?
ぶっ殺してやろうか、このじじい……
「私の世界では全く知識がなって時に『右も左もわからない』って言うんです」
「すまん。それは我輩も知っている。さっきのは戯れだ、許せ」
ふざけてたのかよ!!
思わず、前につんのめってしまう。
「ははは、まあ安心しろ。君の様子からして日常生活に問題はあるまい。君に関して問題は他にある」
「他に問題?」
彼は私の言葉に頷くと、難しい顔を浮かべた。
彼は暫くの間、先ほど整えた髭を擦るとおもむろに口を開いた。
「まず、異界の人間は魔法が使えん」
衝撃的な事実である。
そして、絶望。
全然、希望もクソまない。
グレイスさんはよくもヌケヌケと幸福がぬんたらって言えたな。




