11.グレイスと言う男
「ヨゾラ殿、足元がぬかるんでおります故。お気をつけ下さい」
「ヨゾラ殿、木の実を取って参りました。お口に合うかわかりませんがお食べください」
「ヨゾラ殿、動かないで下さい、虫が……」
「ヨゾラどn……」
「うがぁぁああ!! そんなお姫様みたいな扱いしなくていいですか!! 一応、俺は男のなんですから!! グレイスさんだって知ってますよね!?」
「いや、ですがヨゾラ殿。今は紛うこと無い女性ではありませんか」
「そうだけど、心は男なんです。そこまでお姫様みたいな扱いをされるのは居心地が悪いんですよ!!」
「そんなぁ……」
グレイスは俺の言葉を聞いてショックを受けたような顔を浮かべた。
まあ、実際、悪い気はしないよ……
しないけど、ここまで過保護にされると居心地がすこぶる悪い。
グレイスさんは一言で言って素敵な老紳士だ。
その立ち振舞いや所作は美しく凛々しい。そんな人が仕えてくれている様な振る舞いをしてくれているんだ、お姫様のような気分にすらなる。
だけど、流石に勘弁して欲しい。
あたしゃ男なんじゃよぉ……
不意に俺の隣で馬車を操っているグレイスを見る。
その表情を見ると、先程のやり取りを引きずっているのか、彼はいい歳して普通にショボくれている。
まったく……
そんなおり、彼は申し訳なさそうに口を開いた。
「ヨゾラ殿、我輩は貴女にどの様に接すればよろしいのでしょうか。貴女は私にとっては命の恩人なのです、出来る限り恩を返したいと思うのは当然ではありませんか、それは許してはいただけませんか?」
「それはコッチも同じなんですけど……」
俺がそう言うと、彼は「う~ん」と唸り暫く黙ってしまった。
沈黙が続く……
馬車がゴトゴトと揺れる音が聞こえる。
う~ん……
俺は、彼とどういった関係を築くべきなのだろうか?
でも、少なくともお姫様みたいな扱いは望んでないんだよな……
それよりも……
「もし、恩を返したいなら私を…… いえ、俺を鍛えてくれませんか?」
「ん? それは一体?」
「俺はこの世界の事もですが、こう言った森の中で生きていく術も知りません」
俺は馬車の回りに広がる広大な自然に指を指す。
無論、剣術なんて微塵も知らない。
「なるほど、だから生きる術を、戦う術を教えて欲しいと……」
「はい、お願いできますか?」
そう言うとグレイスは難しそうな顔を浮かべる。
彼の手綱を握る手は淀みなく馬車を操り、馬は変わりなく馬車を引き進んでいく。
そう、こう言った事も俺は出来ないんだ。
馬が有っても乗れないんじゃ話にならない。
「なるほど、確かに……」
俺の視線を見て何かを察したのか彼は小さく頷いた。
「ですが、教えるとなると生半可には出来ません。生兵法は大怪我の元。やるなら厳しくはなってしまいます。それはあまり我輩の望むところでは……」
やっぱり、この人はちゃんと私の事を考えてくれてる。
中途半端な知識は身を滅ぼす事も、恩人だから厳しくするのも気が引けると言うことも。
そして、最低限の生きる術は必要である事も全部理解して考えてくれている。
それなら、やることは一つでしょう。
「なら、私を鍛える事が最大の恩返しだと思って下さいよ」
「ふむ、その心は?」
グレイスが興味深い様子でこちらを見る。
「私はこれから生きていく中で、沢山の苦悩や苦労。強敵や脅威に出会うかもしれません。その時に貴方が私を鍛えていてくれれば、その難所を生きて越えて行けるかもしれません。遠い未来で貴方は私を救うんです。これを恩返しと言わずしてなんと言うんですか?」
「余りにも綺麗な詭弁ですな…… だが、貴女の考えは素晴らしい。異界の人は皆が優れた知性を持っていると伝えられているが、その片鱗を感じました……」
「じゃあ!」
「ええ、是非ともこの老骨に任せてくだされ」
そう言うと彼はこちらを真っ直ぐと見詰めながら力強く頷いた。
心強い、きっとこの人なら私を強くしてくれる。この世界で生きる術を教えたくれる。
こうして、俺はグレイスから生きる術を戦う術を教わることになった。




