第七話 素材集めから始める建築魔法
カゲノタケの脅威が去り、宿には静けさが戻っていた。
地下室の扉をしっかり閉めた後、アレンはようやく一息つく。
「……ふぅ、これで大丈夫だな」
リリィの母親――先代リリィも、ベッドの上で落ち着いた表情を見せていた。
顔色はまだ少し青白いが、先ほどより明らかに良くなっている。
「アレンさん……本当にありがとうございました」
リリィが深々と頭を下げた。
「まさか宿の地下にあんなものが生えてるなんて……私、一人じゃどうしようもなかったと思います……」
母親も弱々しくではあったが、微笑みながらアレンを見つめた。
「あなたがいなかったら、私は今頃どうなっていたか……本当に感謝しています」
その言葉に、アレンは少し照れ臭そうに頭を掻いた。
「ま、たまたま知識があっただけだよ。俺がいなくても、いずれは気づいてたんじゃないか?」
「そんなことないです! アレンさんは私たちを救ってくれました!」
リリィは強く言い切った後、真剣な表情でアレンを見つめた。
「だから……何かお礼をさせてください!」
「私からも……本当に何かお返しをしたいのです」
リリィと母親がそろって申し出てくる。
「お礼……か」
アレンは腕を組み、少し考え込んだ。
助けたことに対して何かをもらうつもりはなかったが、せっかく申し出てくれているのに遠慮するのももったいない。
そこでふと、一つの考えが浮かんだ。
「……そうだな、この街に余ってる土地とかないか?」
「え?」
リリィが目を瞬かせる。
「土地……ですか?」
「ああ。俺、料理人だからさ。いずれ自分の店を持ちたいって思ってたんだよ」
アレンは笑いながら言った。
「店が無理でも、せめて料理を作るための場所がほしい。
あんまり広くなくてもいいから、使われてない土地とか、誰も住んでない建物があれば教えてくれないか?」
リリィと母親は顔を見合わせた。
「……実は、この宿のすぐ裏に使われていない土地があります」
「マジで!?」
「はい。でも、何年も誰も使っていなくて……雑草が生い茂っているだけの場所なんです」
「いや、それで十分だ! もし貸してくれるなら、俺がちゃんと活用する」
アレンは即答した。
「でも……本当にそんな場所でいいんですか?」
「もちろん! 料理をする場所さえ確保できれば、後は何とかなる。
畑にするのもいいし、屋台を開くのもアリだな……!」
アレンの脳内に、次々と計画が浮かんでくる。
リリィはそんなアレンの様子を見て、くすっと笑った。
「……ふふっ、なんだかすごく楽しそうですね」
「そりゃそうだろ! これで俺の料理人としての新しいスタートが切れるんだからな!」
アレンは拳を握りしめ、思わずガッツポーズを取った。
こうして、アレンはリューンの街に「自分の場所」を持つための第一歩を踏み出すことになった。
「さて……建築魔法を使う前に、まずは素材を集めねぇとな」
アレンは腕を組み、リューンの街の外れにある使われていない土地を眺めた。
確かに広さは十分ある。
けど、雑草がボーボーで、地面はでこぼこ、あちこちに石ころが転がっている。
このままじゃとても建築なんてできない。
「よし、まずは整理と素材集めからだな!」
建築魔法は素材さえあれば、あとは魔力を込めて構築するだけ。
でも、素材がなければ何も作れない。
「必要なのは……木材、石材、それから補強用の金属か?」
最低限の材料はそのくらいだろう。
あとは装飾用にレンガとかタイルがあれば最高だが、贅沢は言ってられない。
「よし、行くか!」
アレンは道具袋を肩にかけ、素材集めのために街の外へ向かった。
「木材はやっぱり森で集めるのが一番だな」
街のすぐ近くには大きな森が広がっている。
ここで適当な木を切り出せば、建築素材にできるはずだ。
アレンは森に入り、太さと硬さのバランスがいい木を探し始めた。
「この辺の木なら……おっ、ちょうどいいのがあるな!」
しっかりと根を張り、適度に乾燥した木を見つけた。
アレンは腰に差していた自衛用の剣を抜く。
「料理人にとっちゃ、刃物の扱いは日常茶飯事だ……!」
剣を両手で握り、一気に木の根元に振り下ろす!
ズバァン!!
鋭い刃が木の幹に深く食い込んだ。
「……いい感じだな」
そのまま数回振り下ろし、最後に思い切り蹴りを入れると――
ドサァッ!!
一本の木がゆっくりと倒れる。
「よし! これを適度な大きさに切り出して……っと」
アレンは手際よく木を切り分け、運びやすいサイズに加工していった。
「これで木材は確保っと……次は石材か!」
「石材なら、街の採石場に頼むのが早いか?」
リューンの街には、建築用の石を切り出すための小さな採石場がある。
建築魔法を使うとはいえ、しっかりした基礎は必要だ。
アレンは採石場の管理人に頼み、余った石材を安く分けてもらうことにした。
「へぇ、店を作るのかい? 料理人のあんちゃんが?」
「まぁな。自分の店を持つのが夢でな」
「そりゃいい! よし、使えるやつをいくつか見繕ってやるよ!」
管理人は親切に、適度なサイズの石材を積み上げてくれた。
「助かるぜ!」
こうして、木材と石材は確保。
あとは補強用の金属素材だ。
「金属素材は……新しく買うと高いからな」
そう思って、アレンは街の外れにある廃材屋へと足を運んだ。
ここでは、使われなくなった鉄材や金属パーツが安く手に入る。
どうせ建築魔法で加工するのだから、多少ボロくても問題ない。
「すんませーん、使えそうな金属の端材とか余ってません?」
「おお、珍しいな。何に使うんだ?」
「店を建てる補強材にしようかと思って」
「ほぉ、それならこっちの鉄板とかどうだ?」
廃材屋の親父が、比較的状態のいい鉄板やボルト類を見せてくれた。
「お、これいいっすね!」
「まとめて持ってくなら安くしとくよ!」
「助かる!」
こうして、最低限の金属素材も確保。
「……よし!」
アレンは集めた素材を整理しながら、拳を握った。
「木材、石材、金属――これだけあれば、最低限の建物は作れる!」
建築魔法は素材の組み合わせによって自由に形を変えられる。
集めた材料を組み合わせれば、小さな店ぐらいなら建てられるはずだ。
「さぁ、次はいよいよ……建築魔法での施工開始だ!!」
アレンの夢に向けた第一歩が、いよいよ動き出そうとしていた――!