第六話 毒の原因……カゲノタケ
「えっ!? ど、毒!?」
リリィが驚いて顔を上げた。
「落ち着け、重症じゃない……たぶん食べたものか、空気から微量の毒を取り込んだんだろう。問題は……」
アレンは自分の荷物を急いで漁った。
確か、まだ残ってたはずだ――!
「……あった!」
アレンは、小さな革袋に入ったヒノシタソウを取り出した。
ヒノシタソウ――解毒作用を持つ希少な薬草。
王宮の料理人時代、毒見役が食中毒になったときに使ったことがある。
「リリィ、お湯を用意してくれ!! できるだけ早く!」
「は、はい!!」
リリィはすぐに立ち上がり、厨房へと走っていく。
アレンはその間にヒノシタソウの葉を素早く刻み、即興で解毒薬を作り始めた。
ヒノシタソウの葉を細かく砕き、水と混ぜることで有効成分を抽出する。
それを温めた湯に溶かし、ゆっくり飲ませれば、体内の毒を中和することができるはずだ。
「くそっ……完璧な設備があればもっとちゃんとした薬を作れるんだが……」
アレンは焦る気持ちを抑えながら、できる限りの方法で薬を調合していく。
――やがて、リリィが湯を持って戻ってきた。
「お湯、持ってきました!!」
「よし、これに混ぜる!」
アレンは砕いたヒノシタソウをお湯に入れ、スプーンでゆっくりかき混ぜた。
すると、湯の色がじわじわと薄い金色に変わっていく。
「できた……! リリィ、これをお母さんに飲ませてくれ!」
「う、うん!!」
リリィは震える手でカップを持ち、母親の口元にそっと運んだ。
「お母さん……お願い、飲んで……!」
母親の唇に少しずつ解毒薬を流し込む。
彼女の喉がわずかに動き、ゆっくりと薬を飲み込んだ。
――しばらくして。
先代リリィの呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
「……あ……」
青白かった顔に、少しずつ血色が戻っていくのがわかった。
リリィがハッとして、母親の手を握る。
「お母さん……!」
「……リリィ……?」
ゆっくりと、母親の瞼が開いた。
「お母さん!!」
リリィが涙ぐみながら、母親にしがみついた。
アレンはその様子を見て、ほっと息をついた。
「……よかった……ギリギリ間に合ったか」
即興の解毒薬だったが、なんとか効いたらしい。
王宮の厨房で学んだ知識が、まさかこんなところで役に立つとは。
「アレンさん……本当に、本当にありがとうございます……!!」
リリィは涙を拭きながら、深々と頭を下げた。
「気にすんな。とりあえず、これで一安心だ」
アレンはそう言いながらも、内心で考えていた。
なぜ、彼女が毒になった原因……もしあの時と同じであれば……!
「……ねぇ、リリィ」
母親の様子を確認しながら、アレンは慎重に尋ねた。
「お母さんが具合を悪くし始めたのって、何か心当たりあるか?」
リリィは少し考え、はっとしたように顔を上げた。
「……そういえば、お母さん、地下室に行ってから調子が悪くなったって言ってた!」
「地下室……?」
アレンの眉がピクリと動いた。
「最近、宿の地下室を片付けようとしてたんです。古い食料庫になってるんですけど、湿気がひどくて……」
「……!」
アレンの頭の中で、一つの嫌な予感が確信へと変わった。
――湿気の多い場所、古い食料庫、そして謎の体調不良……。
それなら原因は明白だ。
「リリィ、地下室の鍵は?」
「え? 鍵はあるけど、何を――」
「すぐに案内してくれ。急がないとヤバいかもしれない。」
アレンの真剣な表情を見て、リリィもただ事ではないと察したのか、慌てて鍵を持ってきた。
「……こっちです!」
リリィに案内され、アレンは宿の裏手にある地下室の入り口へと向かった。
そこには、錆びついた鉄製の扉があった。
「この中……」
リリィが鍵を差し込み、ゆっくりと扉を開けると――
もわっ
「……っ!」
アレンは思わず口元を手で覆った。
湿った土とカビ臭さ、そして何か嫌な匂いが混じった空気。
確信した。
「カゲノタケだ……!!」
「かげの……たけ?」
「即効性の毒を持つキノコの一種だ。特に胞子が危険で、吸い込むと徐々に体を蝕む」
アレンは急いで布を取り出し、口元に巻いた。
「リリィ、お前はここで待ってろ。俺が確認してくる」
「え、でも……!」
「下手に入ると、お前も毒を吸い込むことになる」
アレンは鋭くそう言い、地下へと足を踏み入れた。
地下室の中は薄暗く、壁や棚には古い食材の入った箱が積み重なっていた。
だが、その一角――部屋の隅に、それはあった。
黒紫色のキノコが群生している。
根元は太く、傘は大きく開き、そこから細かな胞子がふわふわと舞っているのが見える。
「……間違いねぇ、こいつが原因だ」
カゲノタケ――“影の茸”と呼ばれるこのキノコは、暗く湿った場所を好んで繁殖する。
問題は、その胞子。
吸い込めば少しずつ体に毒が溜まり、吐き気、倦怠感、発熱を引き起こす。
長期間暴露すれば、最悪死に至ることもある。
「くそっ、こんなもんがこんなところに……!」
このまま放置すれば、宿の他の人間にも影響が出る。
今のうちに処理しなければ――!
アレンは慎重に近づき、荷物の中から火打ち石と小さな瓶を取り出した。
「燃やして完全に処理するしかねぇな……」
カゲノタケは燃やすことで胞子を拡散させずに処理できる。
ただし、火を使う以上、周囲への延焼には気をつけなければならない。
「……よし、やるぞ」
アレンは床の湿った布を使って火の勢いを抑えながら、慎重にキノコへ火を近づけた。
――ボッ……!
カゲノタケの表面が焼かれ、黒い煙を上げながら崩れていく。
胞子が飛ばないよう慎重に燃やしながら、少しずつキノコを処理していく。
「……あと少し……」
10分ほどの作業の末、ようやくカゲノタケの残骸はすべて燃え尽きた。
「……ふぅ、これでひとまず大丈夫だな」
アレンは火を完全に消し、地下室の換気をするために扉を大きく開けた。
(なぜ……カゲノタケが……?)
とりあえず解決はしたが謎は深まるばかりだった