ep9.あなたの好きなこと
朝から続いている頭痛と身体の負担のせいで、危うく吐血している場面を見られてしまうところだった。
幸いなことに、すぐ近くに手洗い場があり私はすぐに手と口を洗うことが出来た。
本当は追い出すつもりも無かったし手伝ってもらうことも少し考えたけど、先メイドに言ったことも私の本心だ。
私の事情を知って急に態度を変えるなんて裏があるとしか思えない。
誰かを簡単に信用してはいけないということは、前世でこれでもかと言うほど味わった。
とにかく今は午後からの予定に集中しよう。
◇◇◇
「用意は出来たか」
「はい、公爵様」
私が返事をすると、レオはスタスタと歩き出した。
やはりエスコートはなし。これはとっくに分かりきっていた。
馬車に乗り目的地まで着くと、私達はすぐに降りた。この時ももちろんエスコートはなしだ。
みんなにレオには婚約者がいるということを知ってもらうために取り敢えず歩いているのだが、会話がないこの沈黙の時間が気まずい。
一体何故こんなにも子供の頃の性格と差が出来てしまったのだろうか。私が死んだ後何があったのだろうか。
そんなことを聞いてしまえば明らかにレオが不審がることは目に見えている。
なので少しオブラートに包んで、私は沈黙の間を破り質問した。
「…公爵様」
「何だ?」
「公爵様は、私に触れてほしくないでしょうか」
「……伯爵令嬢がというより、女には誰一人として触れられたくない」
"…これまた私の知っているレオとは違う"
子供の頃のレオはよく私の看病をしてくれていた。そのため少なからず触れてしまうことは合った。
だけどレオは全く嫌がらずむしろ優しい目をして微笑んでくれた。
それが今はどうして悪魔と呼ばれるようになってしまったのか。私には分からない。
でも、この現状は変えることが出来る可能性がある。
「理由を聞いてもよろしいでしょうか」
これは私のお節介でエゴで、独りよがりな考えかもしれない。だけど、私はレオに幸せになってもらいたい。
レオが幸せでいることが、私が何よりも大切にしたいものであり私に出来る最大の恩返しだ。
「俺が、まだ来て間もないお前に話すと思ってるのか?」
「では、公爵様が話しても良いと思って頂いた時にお話ください」
そこで会話は終わってしまった。
レオはどうかは分からないが、私はこの沈黙の時間がいつの間にか苦ではなくなっていた。
むしろ、考えて話す必要がないので楽に出来る。
今こうして街をフラフラとあてもなく歩く時間がとても幸せに感じる。
こんなことが出来るのも後どのくらいなのだろうか。実際、カラミティ病を発症したのはいつか分からない。
診断を受けたのはあの日だけど、いつからその病に身体が侵されていたのかは謎だ。
ただ、カラミティ病だと診断される前に私が医者に診てもらった日は、3ヶ月前。あの時は風邪が重症化してしまったので医者を呼ばざるを得なかった。
なので、最高で私がカラミティ病にかかり始めたのは3ヶ月前ということになる。
今回私が依頼した半年というのは、その点も考えての期間だった。
仮に医者に診断された日に病に侵されていたとしても、レオに私の苦しむ姿を見せることはほとんどない。多分だが隠し通したまま死ぬことが出来るだろう。
そして最悪の場合の病に侵された時が3ヶ月前の場合。この場合も、わたしがまだ病で死ぬことはない。
大分弱っているかもしれないが、息はしている。
もしレオに私の苦しむ姿を見られても、今のレオはきっと同情しない。よって、死ぬことが出来る。
そっちの方が私としても都合がいい。
だけど、私が死ぬまでにレオが幸せでないと意味がない。これは私が死ぬまでに達成したいことだ。
だから、ずっとこの沈黙を続ける訳にもいかない。
「公爵様の…」
「?」
「公爵様の好きなものや趣味はありますか?これなら弱点にもなりませんし隙にもなりませんよね」
「…!」
分かっていた。何故レオが初めに質問したことに答えないのか。
それはきっと、言ってしまえばその事実が弱点となり得るからだ。
国で3番目以内に入るくらい強いという騎士の肩書きに、トップに近い公爵という爵位。この二つの名誉は自分自身に大きな利益をもたらす。だが同時に、同じくらいの不利益も多くある。
不利益と言っても様々で、同じ騎士の中で疎まれたり、公爵という爵位では最悪の場合暗殺者も送り込まれたりする。
そんな常に人を見極めなければいけない中で自分の弱みを見せればどうなるか。
自分の肩書きや爵位を狙っている騎士や貴族がここぞとばかりに攻めてくるだろう。
だから私にも弱みを見せないのだ。
それでも、好きなことや趣味は自分で考えて発言ができる。
なのでどの趣味や好きなことを言うのかは本人に任される。ここでレオが選択を間違えなければ弱みや隙を見せることはないと言うことだ。
無論好きなことが弱点になり得ることもあるが、それはレオもわかっているだろう。
「…俺の好きなことは、剣を振るうことだけだ」
「そうですか。とても素敵なことだと思います」
「……そろそろ帰るぞ。もう充分歩いただろうからな」
本当にそれだけかとつい聞きたくなってしまう。
だって、私の知っているレオは他にも好きなものがあるから。
「公爵様、帰る前にあのお店に寄っていきませんか?」
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