ep3.お別れ
◇◇◇
「お嬢様」
「………」
「ソフィアお嬢様」
「…ん」
メイドの私を呼ぶ声で目覚めた私は、閉じそうになる目を擦った。
私を起こしたメイドは、私の専属メイドだ。誰よりも、私という人を理解してくれている。
「おはようございます。お嬢様」
「おはよう。ミリー」
「…その、大丈夫でしょうか…。ソフィアお嬢様。私などが心配するのは烏滸がましいと分かっていますが、それでも、お嬢様の体調が心配です…」
どうやら昨日の出来事は伝わっているようだ。それとも私の顔色が悪いのか。
どちらにせよ、雇い主である私が従者に心配をかけるなんて、雇い主失格だ。
「私は大丈夫よミリー。それより今日はお義父様と話したいことがあるから、用意を頼めるかしら」
出来るだけ普通に話す。少し身体が重たいだけで、それもいつものことだ。
元々身体が弱かったし、余命を言い渡されたからと言って、急激に身体に変化が現れる訳ではない。
だから、私の身体に変化が現れるまでにたくさん動いておこうと思う。
「かしこまりました」
ミリーはあまり納得いっていなさそうだったけど許してほしい。
あまり私に、時間は残されていないのだから。
それから、朝食は自室で摂り、お義父様には時間を作ってもらったので、今から部屋へと向かうところだ。
早いところ、私が出ていくことを認めさせないと。だけどどうせ、私にあまり関心のない人だから、すぐに承諾はされるはず。
お義母様は、私と目すら合わせようとしないから、別に言わなくても良いだろう。殆ど赤の他人だ。
お義父様がいつも仕事で使っている執務室へ到着すると、私はノックをして部屋へ入った。
入ると、父はソファの上で膝に手を置いて座っていた。
「座りなさい」
「失礼します」
家族の会話とは思えない端的な会話に、私は思わず安心してしまった。
これで心置きなく、私はここを去れる。
「今日はなんだ。昨日も話しただろ」
「お義父様、一年間だけ、家を出る許可を頂きたいのです」
「一年?」
「はい。今回の婚約破棄で、私は私を見直そうという結論に至りました。ですからどうか、私に一年だけ猶予をくれませんか」
この言葉に、私は何の感情も乗っていない。
ただ、予め用意していた言葉を、言葉の抑揚をつけて言うだけ。簡単なことだ。
「……勝手にしろ。一年経てば戻ってくるのだろう?」
「はい。もちろんです」
伯爵の問いに、私は自然と肯定の返事をした。
戻ってこない。戻るつもりもない。戻れやしない。仮に戻ったとしても、ここには私の大切なものはない。
強いて言うならミリーだが、ミリーは私に着いてくるより、伯爵家にいた方が安全だ。
だから、さようなら。
「…何処へ行く?当てはあるのか」
「…!。大丈夫です。気にかけてくださりありがとうございます。それでは、失礼します」
ドアを閉めると、先のお義父様の質問で速くなった心臓の音を落ち着かせる。
驚いたのだ。まさかお義父様が私の行く先を聞くなんて思っていなかった。
とりあえず許可は貰えたし、今日は荷物の用意をすることにした。だけどもう一つすることがある。
「ミリー」
「はい」
「支度をしてちょうだい。街に出掛けるわよ」
ミリーには、今までの感謝の気持ちを込めて、お礼のプレゼントを買いに行く。
ミリーには私が出ていくことは伝えていない。
だって言ってしまえば、ミリーは絶対私に着いてくる。あくまで雇い主は私だが、給料を払っているのは伯爵だ。
だとすれば、私の側にいるか伯爵に仕えるか。答えはすぐに出るだろう。
「お嬢様、用意が整いました」
「よし。行きましょうか」
こうして私はお義父様が統治する伯爵領に向かった。
ミリーには道中、食べたいケーキがあると嘘を吐いているため多分怪しまれることはない。
途中でこっそりとミリーに似合うアクセサリーを買うつもりだ。
街に着くと、いつも通り賑わっていて楽しそうな声が聞こえてきた。
パンをたくさん買ってしばらく私達は街の中を歩いた。
私は、街に行くと必ずすることが一つある。
「…お嬢様、またするのですか?」
「当たり前よ」
ミリーも心から不思議に思う私のすること。それは
「久しぶり、テオドール。お金は足りてた?」
「…!!姉さん…!」
捨て子達に食べ物を与えること。
子供の頃から今まで、この行動を欠かしたことはない。街に行くと必ず、捨て子達に食べ物を与えていた。
そのおかげか、始めは警戒心マックスだったが、今では姉さんと呼んでくれるくらいには懐いてくれている。
「姉さんのおかげで食べ物にも着るものにも困らなかったよ。みんなも喜んでた」
テオドールの言うみんなとは、テオドール以外の捨て子達のことだ。
普段はとても活気があり、思いやりに溢れている街が、どんなに平和な街であろうと、捨て子はどうしても出てきてしまう。
前世の私も捨てられた身なので、どうしても見て見ぬふりは出来ない。
なので、一つ家を買い、そこに見つけた子供達を住まわせている。
今は計7人の子供達が住んでおり、その中での長男的な存在がテオドールなのだ。
テオドールは現在17歳で、今は仕事もしているようだ。それでも、7人のご飯や衣服を賄うのは無理があるため、私も支援をしている。
それも今日で最後になってしまうのは悲しくもあるし寂しくもある。
「良かったわ。ねぇ、テオドール。私、一年だけこの街を離れようと思うの」
「…はっ?どうしてだよ」
「あなただから話してあげる。私ね、婚約破棄されたの。だから迷惑をかけないためにも邸宅を出て行こうと思って。これ、後ろの侍女には内緒よ?あの子にも言ってないんだから」
「…っ、家を出るにしても、街を出る必要は…!」
先から何を焦っているのか分からない。
余命のことも何処に行くかも言ってないのに、どうしてそんなに不安そうなんだろう。
「あるのよ。会っておきたい人がいるから。あなたも会いたい人のうちの1人だったの」
「なら…会えるのは今日で最後なのか…?」
寂しそうな声だ。
私ももう少しテオドールと話していたかった。
それももう無理な話だけど。
「…ううん。最後じゃないわ。言ったでしょ?一年だけだって」
「分かってる。けど、姉さんがいなくなる気がしてならないんだよ……俺の、気のせいだよな?」
本当、こういう時だけ勘が鋭くて困る。
私はいつも変わらない表情のはずなのに、それでもテオドールは、一緒にいた年月が長い為なのか、分かってしまうのだろう。
けど、それはテオドールの勘にすぎない。確信を持って言ってるわけではない。
ということは、いくらでも誤魔化しようはある。
「…っふふ、何言ってるのよ。もう17だっていうのに、一年離れることがそんなに寂しいの?」
「はっ?!違ぇよ!そんなんじゃ…!…はぁ、もういいや。一年後、帰ってくるんだよな」
「…ええ。帰ってくるわ」
どれだけテオドールが大人になろうと、挑発に乗りやすいところは変わってない。
テオドールの性格を利用してしまって申し訳ないけど、此処を出るななんて言われたら、せっかく決心した気持ちが揺らいでしまう。
「しばらく顔は出せないし、お金。いつもより多めに渡しておくから」
「分かった。一年後、絶対帰ってこいよ」
「心配性ね。…テオドール、さよなら」
最後の帰ってこいという言葉に、私は肯定出来なかった。
最後の最後に嘘を吐くのは、何だか心が痛んでしまうだろうから。
「またな…!」
私の背後で、元気な声で挨拶をしてくれたテオドール。彼にだけは、私は私でいられたのかもしれない。
テオドールの言葉に、私は返事をしなかった。
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