ep27.信じれば良かった『ルイス視点』
「どうして、あなたが持っているんですか…。」
流石のリアムも苛立ちを抑えられなかったのか、圧の聞いた声で義父に質問した。
「勘違いはしないでほしい。これは俺じゃなく妻がしたことだ…。妻は全て捨てるつもりだったようだが、俺が全部保管したまでだ。」
「…何故です?」
保管などしても意味なんてないことは分かっているのではないか?という意図の含まれた質問だということはすぐに分かった。
「いつかお前たちがすれ違った時のために取っておいた。お前たちとソフィアの間にある連絡手段は手紙しかなかった。それも全て奪われたんだ。どこかで誤解が起きるものだと分かっていたからな。どうせ今日来たのも手紙を探すためだろ?」
「……ありがとうございます…。」
この人は、初めから決して悪い人ではなかった。
それでも俺たちがあまり会話をしようとしないのは、義母のせいだ。
義母は実の母から生まれた俺たちを憎んでいるため、義父と会話をしていると必ず機嫌が悪くなった。
機嫌が悪くなればソフィアにあたりに行くことも少々あった。そのためか、義父は特にソフィアとは話さないようにしていた。
賢いソフィアなら分かっていたかもしれないが、それでも辛いことに変わりはないと思う。
「さっさと自室で読みなさい。こんなとこ見つかったら何て言われるか分からないからな。読み終わったら返しに来い。時々妻が確認しに来るから。」
「分りました。本当にありがとうございます。」
リスクを冒してまで俺たちに協力してくれる義父には感謝しかなかった。
自室に戻ると、俺たちは早速手紙を読み始めた。
一週間かかると思っていた捜索はたったの二日で終わり、俺たちは手紙を読むことに専念した。
ソフィアの手紙を見てみると、毎回俺たちの近況と体調を聞き、無理をしていないか、寮での生活は楽しいか、沢山俺たちを思う言葉が綴られていた。
全部読むのに四日ほどかかった。それほどの手紙の量だったのだ。
この手紙を五年間ずっと書き続けてくれていた。
そして最後の手紙、ソフィアはこう綴っていた。
【リアムお兄様、ルイスお兄様、お元気でしょうか。私が手紙を書き始めて今日でちょうど5年になりました。お兄様方がお忙しいのは承知の上です。私の手紙も読めていないのかもしれません。ですがもし、このお手紙を読んでくださっているのなら、一つだけお願いを聞いてください。どうか一度だけ帰って来てださいませんか?お会いしたいです、お兄様。このお手紙に返事がなければ、迷惑だと思いますのでもう書くのは辞めることにしますね。いつか帰って来てくれることを信じています。体調にはお気をつけてお過ごしください。 ソフィア】
最後の手紙まで、俺たちの体調を気遣ってくれていた。
五年も返事をしていないと言うのに。しかも、理由は迷惑になるからなんて。不本意ではあるが、俺たちはソフィアの手紙に書かれていたたった一つの願いさえ叶えてやれなかった。
そんなソフィアに、俺は何を言った?
ずっと心配をしてくれていたソフィアに。
会いたいと言ってくれていたソフィアに。
帰ってくることを信じていたソフィアに。
俺は、もうお前のことは俺たちの妹でも何でもないと…そう言った。
俺は馬鹿だ。
"何のために騎士団に入った?"
"何のために強くなった?"
"………全部、ソフィアを守るためだ。"
守るべきはずであるソフィアを信じてやれず、俺たちよりも長い間手紙を書き続けて、書くのを辞めた理由は俺たちの迷惑になるから。
一方俺たちはソフィアが手紙を書かないことに腹を立てて手紙を書くのをやめたのに。
それに期間だって、俺たちは3年でソフィアは5年。本当に怒るべきなのはソフィアだった。
なのにソフィアはただ、悲しそうにしているだけだった。
本当に、取り返しのつかないことをした。
この家に十一年間も独りで辛かっただろう、この家で味方だと言える人なんて、ほんの数人しかいなかっただろう。常に意識を張り巡らせて休めない家は、どんなに苦しかっただろう。
そういえば、俺が妹でもなんでもないと言った後、ソフィアが俺たちのことを兄と呼ぶことはなかった。
ずっと、【ルイス様】【リアム様】と呼んでいた。
今すぐにでも謝りに行きたくなった。
俺がソフィアを妹なんかじゃないと言ったばかりに、ソフィアに辛い思いをさせてしまった。
そしてまた、俺の気持ちを見透かすかのように、リアムは俺の方を見て言った。
「明日、すぐに戻るぞ。もう一度会って、ちゃんと謝ろう。」
「…!ああ。」
◇◇◇
伯爵領に来て七日目、手紙は義父に返し、義母に聞こえないような声でありがとうと言った後、俺たちは馬車に乗って公爵家に向かった。
着くと、またこの前のように応接間に案内された。
俺たちは下を向いて待つことしか出来なかった。
しばらく待って扉が開いた時も、ただ名前を呼ぶことしか出来なかった。
『 すまない』『勘違いだった』この程度で許されるはずもなく、ずっとソフィを傷つけていた言葉を、ソフィ自ら言った。
「ルイス様が言ったんじゃないですか。私は、あなた方にとって、妹でも何でもないと。」
その言葉は、ソフィをどれだけ傷つけてしまったのだろう。追い詰めてしまったのだろう。
ソフィは何も悪くないのに。俺たちが勝手にソフィを悪者に仕立て上げて、勝手に憎んで、落胆して、そうやってソフィを追い詰めた。
そうして、自分の心の平穏を保とうとしていた。
誠心誠意謝罪をすると、ソフィは怒っていないと応えた。そして、今日は一度帰って次の休みの時に話そうとも。
どうしてわざわざ今日は話さずに次の休みの時に話そうとするのか分からなかった。
まだ怒っているのかもしれない。いや、怒っていない訳がない。そこでようやく俺は、ソフィの顔をちゃんと見ることが出来た。
出来た…のは良いものの、ソフィの顔色が悪いことに気がついた。
「ソフィア…?顔色が悪くないか…。せめて部屋まで送る……ぞ…」
「ゲホッ、ガハッ___!」
やっと誤解も解けて以前のように笑い合える。そう思っていた。なのに、ソフィの体調が悪化してしまった。
以前のソフィは、病弱だったとは言えここまでではなかった。気が動転していると、リアムにしては大きな声で俺の名前を呼んで正気に戻させてくれた。
兄が公爵を呼びに行っている間、俺とソフィは二人きりになった。
何度も小さな声で痛いと言うソフィに、俺は泣きそうになった。当の本人は泣かずにただ悶えて必死に耐えていると言うのに。
泣いてはいけないと気を張ろうとすると、ソフィは俺の手に自分の手を重ねて大丈夫だと言って来た。
大丈夫ではないのは明らかだ。なのに、それでも大丈夫だと言わせてしまう俺は一体何なのだろう。
妹一人安心させることが出来ず、ソフィの方が辛い中逆に俺のことを気遣って手を差し伸べてくれる。
心苦しい気持ちでソフィを見つめていると、か細い声で名前を呼ばれた。そして
「私は、ルイス兄様と…。リアム兄様の、妹ですか…?」
心臓を強く抑えながら、冷や汗を掻きながら、痛いのを我慢してまで俺にそんな質問をして来た。
そうだ。…一週間前は何事もないように部屋へ戻っていったが、気にしない訳がない。
俺が苦しめた…。守る対象の世界で一番大切な妹を、俺自身で傷つけた。
「っ当たり前だ…!もうソフィアを疑うような馬鹿な真似はしないから、俺たちに元気な姿を見せてくれ……。」
俺が歯を食いしばって言うと、ソフィは安堵して力のない笑みを浮かべた。
そんなソフィの姿を見ていると、後悔の波が次から次へと押し寄せてくる。
どうして会いに行ってやらなかった。
どうして手紙の返事がないことに対して不自然さを感じなかった。
どうしてソフィを疑ってしまった。
どれだけ悔やもうが後悔しようが、言ったこともしてしまったことも取り消せない。
ソフィが心臓を抑えていない方の手を両手で握っていると、リアムが公爵を連れて戻って来た。
公爵は声を荒げてソフィの名前を呼んだ。
噂で聞いていた公爵とは随分違う。それどころか、優しい声でソフィと話し、身体に負担をかけないようソフィを運んだ。
公爵がソフィを運んだ後、俺もリアムも公爵も、みんなソフィの側にいた。
ソフィは早朝まで痛みでうなされ悶えていたが、医者が着く頃ようやく痛みは落ち着いて来たようだった。
だが代わりに呼吸が辛そうで、少しだけ額に触れてみると額は熱を帯びていた。
医者の診察を受けると、痛みの原因は教えてくれなかったが、どうやら高熱の原因は極度の疲労とストレスらしい。
俺もリアムも身に覚えがあるため何も言えずにいると、公爵までだんまりになってしまった。
見ていた限りでは俺たちと同じくらいか俺たち以上にソフィに対して過保護なのにまさか公爵にもあるとは思わなかった。
医者から十分な注意を受けた後、ソフィは眠っていたので俺とリアムは公爵と三人で話すことになった。
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