ep2.前世の恩人
「ソフィアお嬢様、大丈夫でしょうか。やはり顔色が悪いように見えます。一先ずお座りください」
「ご心配おかけしてすみません、アルフィーさん。ですが診察は大丈夫です」
「いけません。また体調が悪化してしまわれるかと心配なのです。どうかこの老いぼれのために診察をさせてくれませんか」
この人は伯爵家に仕える医者で、確かな腕を持っている。
そして、私のことを気にかけてくれる優しい人だ。
「では、お願い致します」
結局、私は診察を受けることにした。
ただの貧血か何かだろうと思いあまり身構えていなかった。
だけど、次の医者の言葉に私は柄にもなく焦った。
「ソフィアお嬢様。……大変申し訳ございません…」
突然、アルフィーさんが謝ってきたのだ。
慌てて頭を上げるように言うと、アルフィーさんは何故か泣きそうになっている。
「どうしたんですか?とりあえずお顔を上げてください…」
アルフィーさんの反応からして、私の身体の状態はあまり良くないのだろう。
自分の身体の調子が元々あまり良くないのは始めから分かっていた。
よく体調が悪くなるし、酷い時は吐血してしまう。まだ一度もあの家族に吐血をしているところは見られたことがない。
見られないよう、最善の注意を払っていたのだ。
「私はまだお嬢様に返しきれないほど恩があります。なのに……」
アルフィーさんの言う恩というのは多分、私がアルフィーさんを雇ったことだろう。
町外れで医者をしていてもうすぐ取り壊されると言うものだから私が雇ったのだ。
「何を聞いても驚きませんから。私なら本当に大丈夫です。私の身体は何かあったんですか?」
「ソフィアお嬢様の身体は今、カラミティ病という病に侵されています」
「カラミティ病…ですか…?」
聞いたことのある名前に少し戸惑った。
勉学もしていたため、病気の名前も多少は知っているが、カラミティ病というのは、私の一番良く知る病だった。
「はい…。カラミティとは、『災難』を意味し、その名の通り、この病は唐突に発症します。そして、発症したその日から心臓がどんどん衰弱してしまうのです。それだけでなく、不定期に丸一日ほど心臓に激痛が伴うこともあります。この病の治療方法は現在ありません。唯一分かっていることは、この病は身体が弱い方に発症しやすいということだけです」
「それで、どうしてそこまで責任を感じているのですか?」
今の話を聞いただけでは、どうしてアルフィーさんがそこまで悲しくなり、責任を感じているのか分からなかった。
私が質問すると、少し間を置いた後に、ゆっくりとアルフィーさんは口を開けた。
「この病は発症してしまうと、必ず一年以内に亡くなってしまうのです…」
「知っていますよ。ですから尚更、何故アルフィーさんが責任を感じているのですか?」
私にはアルフィーさんの気持ちが全く分からなかった。
なったのは私であってアルフィーさんではない。それにアルフィーさんのせいでもないのに何故責任を感じているのか。
「…っ!……ソフィアお嬢様。私はお嬢様に幸せになって頂きたかったのです。それなのに…」
「…私はもう、充分幸せです。アルフィーさんにそう言って頂けて、私的には本当に充分なんですよ?」
この病気ばかりは、もうどうしようもない。
お兄様達は帰ってこないと分かって、この家に私の居場所は少しもないのだと分かって、私を心から愛してくれる人なんていないと知ったその時から、いつ死んでも良かった。
"普通の人より少し早く死ぬだけ。今世もね…"
「とにかく私は大丈夫です。それとこの診断結果、お義父様には言わないでください。お願い致します」
「ですが……分かりました。もし心臓に激痛を感じた際に、痛みを軽減出来る薬を出しておきます。ソフィアお嬢様、私からもお願いです。どうかこの一年、ご自分のやりたいことをして生きてください」
「……努力してみようと思います」
「それでも十分です。では、失礼します」
立ち上がるほど元気のなかった私は、ベッドに入った。
まさか今回も、この病にかかるとは思わなかった。
誰にも言っていないが、私は前世の記憶を持っている。
だけど前世、私は6歳で亡くなった。
前世では、今とは逆に貧しい場所で数人の子達と共に空き家で暮らしていた。だけど私は身体が弱かった。
食べ物もあまりなく、ねだったり縋ったりして貰うしかなかった。ゴミ箱から辛うじて食べられそうなものを探したこともあった。そのせいで食中毒になることもあった。
それでも、やっぱり前世の私も長女だったから、安全で綺麗な食べ物は全て血の繋がっていない弟や妹に譲った。
だけど、私の身体は限界だったようで、ある日倒れてしまった。その時の私も、カラミティ病にかかったのだ。
残り一年の人生、好きなことをして生きろという医者の言葉に、私は素直に従うことにしようと思う。
私のやり残したこと、それは、私の恩人に会いに行くことだ。
私の前世、何故カラミティ病にかかったということを私自身が知っているのか。
それは私が倒れた時、偶然にも公爵家が拾ってくれたからだ。
目覚めた時の見慣れない天井には、とても驚いたことを覚えている。私の寝ているベッドの隣には、私と同じ年齢をした小さな男の子が、椅子に座っていた。
その男の子は、私に色々なことを教えてくれた。色々な話もしてくれた。
特に印象に残っている話は、将来の夢は騎士団長になることだと、笑顔で話していた。
ありがたいことに、私が死ぬまでの間、公爵は部屋を貸してくれた。そして弟と妹の里親も探してくれて生活を保証してくれた。
結局私は死んだけど、あの私と同じ年齢の男の子は、私の人生の支えとなってくれた。
その男の子に会いにいきたい。そして願わくば、死ぬ前にあの子の手で、殺してほしい。
私を拾ってくれたのは、サリバン公爵家というとても大きな家門だ。
その家門は今、前世で私が話した騎士団長を目指したいと言っていた男の子、レオが当主を務めている。
しかも24歳という若さで。
しかし記事で見た男の子は、あの時のようなキラキラとした目は無かった。むしろ、生きる目的など無いような目をしているように感じた。
噂でも、婚約者を作ろうとしないことから女嫌い。闘いでの好成績から、英雄だと言われているが、それと同時に冷徹な悪魔だとも言われており、不正をした侍従は容赦なく切る。そんな冷徹な人物だとも言われている。
どの噂が嘘で、どの噂が真実なのかは分からない。ならば会いに行けば良い。
それでもし噂が本当なら、私はあの子に殺してもらいたい。病気で惨めな死を送るより、よっぽどマシだ。
私の残りの人生は、あの男の子とまた一緒に過ごしたい。それが私の唯一のしたいことだった。
そうと決まればさっそく、明日お義父様に言ってみよう。お義母様には…言う必要もないか。
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