第8話 道標
...ろ
...きろ
なんだ。まだ寝かせてくれ。
「おい!起きろ!いつまで寝ている気だ!」
「うわぁっ!誰だ!」
「何がうわぁだよ。お前な、4日ぶっ通しで寝るなんてどんな体してんだよ?そろそろ起きないと体に悪いだろ。ほら、とっとと起きろバカ。」
なんて胸糞悪い目覚めだ。
というか、僕は4日も寝ていたのか?それは流石に嘘だろう。でも、たしかに目が尋常じゃないくらい浮腫むくんでいる気がする。体も思うように動かない。それに...。うわぁ、こりゃひどい。
シャツをめくると肋骨ろっこつが露あらわになった腹が無愛想にこちらを見ている。
あのエルフ、僕を起こしにわざわざ来たのか。今朝の彼女はは普段着を着ていた。たぶん部屋着ではないだろうが、ゆったりとした服を着ていたと思う。制服姿しか見たことがなかった。あんな姿も新鮮でいいな。
昨日は...いや、4日前か。僕は何をしていたんだっけ。寝巻きから用意された服に着替えながら記憶を辿たどる。
僕は、この街に到着して...街を歩いて...そうか、温泉に入ったんだ。気持ちよかったなぁ。今日も入れるのだろうか。夜ご飯はとても贅沢だった。日本の高級料理店でもなかなかお目にかかれないだろう和食を出してくれた。まぁ、そもそも僕は高級料理店なんて行ったことがないのだけれど...。なんか、赤色の棘とげがある魚が美味しかった。あれはここら辺の地域で取れる高級魚で"キノ"というのだそう。緑色の身に一口目は抵抗があったが、その味と食感を知ってしまったら箸が止まらなかった。
今日の朝ごはんのメニューは何だろうか。甘えているわけではないが、美味しい料理が出て欲しいな、なんて思っている。4日ぶりの食事に口の中はヨダレで溢れている。
着替えを終えて部屋を出ると、前に案内してくれた門番が立っていた。
「伝言致します!今すぐに図書館に来るようにとのことです!こちらが地図になります!」
「え?急に?...って、誰から?」
渡された地図を見て顔を上げると門番は既に階段を降りているところだった。
どうしよう。朝ごはんを食べようと思っていたのに...。こんなときに呼び出すなんてあの人しかいないもんな...。しょうがない、行くしかないか。
宿を出て指定された図書館に向かう。宿から15分ほど歩いた場所にあるらしい。運動不足のように体が言うことを聞かない。まったく、こちらは早く4日分の栄養を取りたいというのに...。
地図を見る限りではこの先の角を左に曲がったところにあるらしいのだが...これは...入っていい場所なのか?道が狭すぎるうえに陽の光すら届いていない。勇気を振り絞って足を踏み出す。
狭い路地を進むと地図が示す通り図書館が見えてきた。いつ建てられたものだろうか。今にも崩れそうボロボロの建物だ。これが図書館?本当にここで合っているのか?
恐る恐る扉を押して中に入る。するとやはりエルフが椅子に座って待っていた。
「さっきは起こしてくださりありがとうございます。ところで、ここで何をやってるんですか?」
「おう来たか。意外と早いな。てっきり朝食を食べてから来ると思ってたけど。まぁいい、ここでも食べれる。あっちの窓口で買って食べとけ。」
言われるがままに窓口でサンドウィッチとヤギのミルクを買う。朝ごはん食べてからでいいって先に言ってくれればいいのに。それよりなんで朝起こしに来たときに言わなかったんだ?あと僕の扱い雑すぎやしないか?まぁ、考えても仕方がないか。
外から見てボロボロだったその図書館はカフェ図書館となっていた。中は意外と綺麗だ。洗練されていて聖域のようにも感じる。柱1本1本に装飾が施されていて見ていて飽きない。ここは本当は美術館なのではないかと思うほどだ。
少し中を歩いてみるか。奥の扉を開けると大きな空間が広がっていた。円形の広い空間は地下3階まで吹き抜けで繋がっている。石川県の図書館でこことよく似たものがあるのを思い出した。どうだろう、ここに1万冊くらいはあるのではないだろうか。各階にはところどころに机があり、そこで読書をしている人が数人いる。1番下の階に司書さんがいるが、あれは人間なのだろうか?いや、ロボットか?一応人間っぽい動きをしているが、隠しきれていない何かを感じる。
そんなことよりだ。なぜエルフはこんな場所に呼び出したのだろう。全く見当がつかない。この街の歴史を学べとか、この世界を知れとか言ってくるのだろうか。それはそれでありがたいのだが、こんな場所でやることか?当の本人は地下2階に行って本を漁っている。
あのエルフは何を考えているのか見当もつかない。
"知る人ぞ知る店だぞ"と自慢したいのだろうか。いや、違うな。
いきなり"ここがお前の職場だ!"なんて言わないよな?それは違うと願いたい。
「おい!まだ食べ終わらないのかこのノロマが!早く食べてこちらに来い!」
下の方からエルフの怒鳴り声が聞こえる。直後、違う声が聞こえた。
「ウルサイ。ウルサク...スルナラデテ..イケ。」
エルフの下の階から声がした。どうやらあの司書の声らしい。やはりロボットか?いや、この世界に自律ロボットを作る技術があるなんて考えられない。
エルフはハッとした様子で司書のことを見ている。ははは、怒られてやんの。
少しおかしくなって笑ってしまう。エルフと目が合うと顔を赤くしながら睨み見つけきた。本当に恥ずかしそうな顔をしている。あのエルフがあんな顔をするなんて。僕はベロを出してからかってやった。エルフはさらに顔を赤くして地団駄じだんだを踏んでいる。うわぁ、相当お怒りの様子だ。
「オイ!ウル...サクスルナラデテ..イケ...トイッテイ..ル。」
ブーーーッ
ヤギのミルクを吹き出してしまったじゃないか!エルフは怒りと恥ずかしさに耐えられないのだろう。周りの人がクスクスと笑っている。何事もなかったかのように振る舞っているが顔を赤く染めている。...少しやりすぎたかな。
久しぶりの朝ごはんを食べ終わった後、僕はエルフのいる地下2階に降りた。螺旋らせん階段を降りた先でエルフが古書を読んで待っている。アンティークな机の上には古書が山積みになっている。
エルフはこちらに気がつくと読んでる本を放ってズカズカと近づいて来た。
「おい、恥をかかせおって!お前のせいで司書に怒られたじゃないか!どうしてくれる!」
「ぼ、僕のせいですか?大きな声を出したのはあなたじゃないですか!」
「なんだと?お前が早く食べ終わればよかったんだ!だって、サンドウィッチだぞ?こんな時間がかかるものなのか?お前が食べている間にもう2冊も読み終わってしまったぞ?」
「そんなのあんまりだぁ!理不尽にも程がありますよ...。それに僕は食べるのに時間がかかったのではなくてここを観光してたからなんです!」
「なにぃ?観光だと?クソッ。日本人はみんなそうなのか?まったく、図々しいにも程があるなぁ!」
「何を言っているんですか!図々しいのはあなたでしょう!」
...ん?なんか後ろに気配?いや、殺気が...。
「オイ、オマエタチ。ココデコロサレタイノカ?」
振り返ると刀を持った司書が立っていた。よく研がれた刀だ。これに跳ねられたら一発で首がなくなるだろう。
「わ、悪かったよ...もう大きい声出さないから...。」
「ご、ごめんなさい...もうしません...。」
「ウム。」
「あぁ、シヌカトオモッタ。」
「あぁ、心臓に悪いな。んでなんでお前もそんな口調になっている?そんなことよりこちらに来い。時間を食ってしまったがミミ殿のことで話がある。」
「え、キノシタミミの?分かりました。」
キノシタミミ。久しぶりに聞く名前だ。石版に書かれていた名前。この街を作った人。今の僕の希望は彼女しかない。彼女を知りたい。
「じゃあこれを全て読んでくれ。私には何が書いてあるのか分からないんだ。ここに大体...うーん、100冊くらい?ここにあるのはすべてミミ殿が書いていた日記でな、おそらく日本語で書かれている。全て読んで私に教えてくれ。」
「そんな、100冊もあるんですか!?...でも、日記...。まぁ...分かりました。読んでみます。」
"日記"という言葉に思わず受け入れてしまった。
キノシタミミはこの世界でどう生きてきたのか。またキノシタミミは誰なのか。その答えを遂に知ることできる。そしてこの世界のことも少なからず知ることができるだろう。それはこの世界で生きていく上で大変ありがたい。
しかしだ。キノシタミミは知らない世界で街を1つ作ってしまうほどの人だ。たった1人の人間が、そんなことあり得るのだろうか。街ぐるみで騙されてしまっているのではないかと疑ってしまう。
僕はどうしてこの世界に来てしまったのだろうか。この世界から出ることはできるのだろうか。そう考えていると恐ろしくなる。
この世には知らない方が幸せなことだってあるだろう。真実を知ってしまった僕はそれに耐えられるのだろうか。実際、ここで断ることもできた。だけど...だけどそれではだめだ。日本からここにきた人間として、同じ日本人として、キノシタミミという人を知らなければいけない。彼女の残した言葉を知らなければいけない。
そう、これは義務だと思う。
意を決して僕は古書の山に手を伸ばした。
1冊目。
「異世界の旅人」〜次にこの世界に来た人へ〜
(あとがき)
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次回は第9話「古書の旅人」です。