第6話 夜明けの前に
※タイトルを「交渉」から「夜明けの前に」に変更しました。
ー数刻前ー
背中が冷たい。僕はやはり地面に仰向けになっているようだ。
エルフが言う。
「お前、異世界からの旅人であったか。それであればこの場所のルールを知る由がなかろう。すまなかった。」
"異世界からの旅人"...。
僕はこの世界ではそんな存在なのか。
「謝らなければいけないことがある。さっきこの場所のルールがあると言っただろう。ルールの一つを教えてやる。」
そういえば言ってたな。度胸もないのに知識もないってバカにされたな。"この場所の"ってことは、ここは何か特別な場所なのだろうか。宗教の聖地とか?
「今から言うことはメルラー法第3条だ。よく聞いておけ。"この場所に無断で立ち入った者は身分問わず拷問にかけるように。ただし、そのものが無実であるならば最大限のもてなしをせよ"。」
拷問?僕は一体何をされたのだろうか。体は元気そのもののようだ。不調なところなどない。
「拷問の内容は言わない方が良いだろう。まぁ強いて言うならば、散らばった肉を拾うのが大変だった、かな。」
笑顔で言うこのエルフが怖い。
まぁこのことは知らない方が良いのだろう。散らばった肉...まぁ、考えないようにしよう。
そういえばキノシタミミのことを言った途端にこのエルフの雰囲気が変わったんだよな...まるで何か衝撃を受けたように。
「そろそろいいか?拷問直後の会話も記憶から消すことになっているんだ。最後に何か言いたいことがあれば言ってくれ。」
記憶を消すって、一体どこまで消えてしまうんだ。まさか、ユミの記憶まで消えてしまうんじゃ。
「ユミ?あぁ、あの女か。安心しろ。私が消すのは拷問の記憶と今の会話の記憶だけだ。なんも言うことなければそのままの体勢でいてくれ。」
あぁ、よかった。ユミの記憶が消えればこの世界で生きる意味がなくなってしまう。あ、そうか。
「あの、僕が元の世界に戻ることってできますか?どうしても会いたい人がいて...それがユミって人だったりするんですけど...。」
「....。あぁ。まぁ....なんだろう...。ミミ殿も...それで研究頑張っていたんだけどな。でも...まぁ...知らない方が、いいこともある。どうせ、記憶も消えるしいいだろう。」
「そう....ですね...。」
「...そろそろいいか?記憶消して。」
「...はい...お願いします。」
エルフは持っていた短い棒を振りかざし、呪文を唱えた。直後、緑色の光が辺り一面に輝いた。
ー現在ー
何が起きたのだろうか。一瞬で視界が切り替わる。正座してエルフを見上げていたはずなのに、なぜか仰向けになって空を見上げている。
「お前、ミミ殿の、キノシタミミの何を知っている。」
エルフが静かに問う。
キノシタミミ。石版に彫られていた名前。何を知っているって、彼女は同郷の先人で、こちらの世界に飛ばされてきて...。
彼女は...キノシタミミは一体誰なんだ?
「あ、あの。大丈夫ですか?」
エルフは下を向いて悲しそうな目をしている。どうしたのだろう。もしかして嫌なことでもあったのだろうか。
「...あ、あぁ大丈夫だ。安心しろ。...あぁ、思考読み取ったんだ。悲しいことなんて何もないぞ。」
「あの、それもうやめてもらえませんか?思考読むとかいうやつ。なんか怖くて。」
緑色の光が灯る。どこから光っているのかと探しているとエルフが話し出す。
「あぁ、すまんな。もう思考を読むのはやめにするよ。お前が無害だと分かったしな。それよりミミ殿のことだ。尋問してる途中お前の頭を覗かせてもらったのだが、ミミ殿に関する記憶はその石版のものしかなかった。それはどういうことなんだ。」
ジンモン?何のことだ?まあいいか。
このエルフはキノシタミミの知り合いだろうか。さっきから顔色変えずに話していたが、今の彼女の目は輝いているようにに見える。少なくともキノシタミミに善意を持っていることは確かだろう。
そうだな、ここはひとつ取引をしよう。
「キノシタミミ。そうこの石版に掘られていることは知っていますか?」
「掘られている?彼女の名前がか!どこに書いてあるんだ!」
彼女は目を輝かせている。さっきまでの真面目クールキャラとは真反対になった。少し引いてしまう。
「石版の側面に書かれていたんですよ。僕の故郷の文字で書かれています。だからキノシタミミという名前を知っているし、彼女が日本人と言うことも知ってました。」
「なるほど!それ以外には何か書いてあったか?」
「はい。書いてありました。」
「おぉーそうかそうか!それで、何が書かれていたんだ!」
ここらで仕掛けるのが良いだろう。
「それでは交換条件としましょう。書かれていることを教える代わりに僕を安全な場所に連れて行ってください。」
「...?そんなことでいいのか。いいぞ。ほら、早く教えてくれ。」
あれ、思ってたのと違ったな。
ま、まぁいい。教えてあげるか。
「セノボルアルイテカミと書かれています。それ以降も文が続いているようなのですが、崩れていてよく読めませんでした。」
「セノボル...。聴いたことがないな。なるほど。よし分かった。ありがとう。」
エルフはそういうと文字を空中に書いて本に貼り付けた。目を凝らしてみても、何が起きたのか理解できなかった。エルフはまるでそれが普通のことかのように話しかけてくる。いつの間にか真面目クールキャラに戻っている。
「お前のおかげで知らないミミ殿に少し近づかことができた。感謝する。それでは安全なところに行こうか。さぁ、私の相棒に乗ってくれ。」
エルフが指を指すとキューーンと化け物が叫んだ。
うそだ...これに乗っていくのか?
僕は怖がりながら化け物に跨った。
いつの間にか空に光を感じる。。もうすぐ夜が明けるみたいだ。1つ目の太陽が顔を出そうとしている。この世界に来てもう3日目か。僕はこの世界に来て何をしたっけ。石版で同郷の先人がいることを知って、その人物を知るエルフに会った。このエルフについて行けば元の世界に戻る鍵が見つかるかもしれない。頑張ろう。
(あとがき)
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次回は第7話「旅路にて」です。