第5話 エルフ現る
僕はうつむいたまま動けずにいた。
キューーン
鳴き声がする。昨日から聞こえていた声だ。目の前の人とは違う方向から聞こえる。もしかして、鳴き声の正体は化け物ではなくて人間?いや、あれ?どうなっている?
「おい、推理しているところ悪いが立て。あと今鳴いているのは私の相棒だ。」
そうか、思考が読まれているんだったな。
これはなす術がなさそうだ。しかも鳴き声の正体がこの人の相棒だと知れて安心した。相棒って、いわゆるペットのことだろうか。
僕は初めて目を開けた。目の前にはやはり人が立っていた。
見上げる。
かわいい。
これは...これがこの世に存在していいものか?今まで会ってきた美人が不細工に見えてしまうほどの美貌の持ち主だ。
これは、かわいいのか?いや、それを超えている...。
「何をじっと見ている!まったく、これだから人間は。」
人間は?この方人間じゃないのか?
よく観察してみる。
耳が、長い。
もしかして、これはエルフという存在か?
エルフの向こうには馬のような生き物がいる。馬のようで馬でない。
あれは何か、今の僕に答えは出せない。唯一言えるとしたら、"化け物"。これだけだ。
しかし同時に、子供の頃に描いた騎士の馬の絵に命を吹き込んだような姿をしている。
馬の背丈は軽く3メートルを超え、筋肉が目に見えて大きい。全身は青白く光り、肩まで伸びる鬣は淡い赤色に光っている。胴には馬具をつけて人が乗れるようになっている。
僕は思わず見惚れてしまった。
「いい馬だろう。自慢の相棒だ。」
エルフが言う。心なしかこちらに向けていた殺気が薄れているように感じる。
このエルフ、自分が美しいと気がついていないのだろうか。全く自分をよく見せようとしていない。
色白の肌に背中まで伸びる金色の長髪。動きやすくするためか、その髪は後ろで結いている。全身青い制服のような服を纏っていて、地球でいう制服軍人の見た目だ。
腰には1本の剣と短い棒。それに丸底フラスコのような瓶が3つベルトで固定されている。瓶には液体が入っているようで、赤、青、緑が1つずつある。
「おい、変な目つきを今すぐ止めろ。」
我に返って顔を見る。
小さな顔に小さな唇。明るく深淵なる赤色だ。瞳の色と合わせて口紅を塗っているのだろうか。
長い耳はこれでもかと言うほど男の本能を刺激してくる。
この世界に来て初めて会ったのがこの人でよかった。
あ、でもエルフが長寿というのは本当なのだろうか。それが本当なら...
僕は目の前のエルフが広島のおばあちゃんの歳を優に超えているのではないかと思い、少し残念になる。
「まったく、これだから短命は。話は戻るが、お前この惨状をどうするつもりだ。」
「どうって、鉱山で罪を償うんじゃ。」
「まぁ、それはそうなんだがな。そもそもお前はなぜここにいる。そんな小さなカバンひとつで生きていたのには脱帽するが。」
「そんなこと言われても。気がついたらここにいたんです。」
「気がついたらだぁ?はぁ。まったく、ミミ殿のようなことを言うやつだな...。
...あぁ、今のは忘れてくれ。こちらのことだ。」
ミミ殿。もしかして。
「もしかして、ミミ殿ってキノシタミミのことですか?彼女のこと何か知っているんですか!」
あれ。
何が起きたのだろうか。一瞬で視界が切り替わる。正座してエルフを見上げていたはずなのに、なぜか仰向けになって空を見上げている。
「お前、ミミ殿の、キノシタミミの何を知っている。」
エルフが静かに問う。
キノシタミミ。石版に彫られていた名前。何を知っているって、彼女は同郷の先人で、こちらの世界に飛ばされてきて...。
彼女は...キノシタミミは一体誰なんだ?
(あとがき)
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次回は第6話「夜明けの前に」です。