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【書籍化】くたばれスローライフ!  作者: 古柴
第3章 建てよう、竜のお家
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第25話 頑張る乙女に祝福を

「ケイン、私は帰らねばならない」


 学園での騒動翌日、シルは妙に毅然とした表情で言った。

 今は仮設住宅もあることだし、もしかするとしばらくこっちに滞在するのではないかと思っていただけにその行動は意外で、それはおチビたちにとってもそうだったのだろう。


「シルお姉ちゃん、もう帰っちゃうのー?」


「もうちょっと居てほしいですー」


 ノラとディアがタッグを組み、シルにすがりついて帰還を阻止しようと試みる。

 しかし――


「すまない、私にはやらねばならぬことがあるのだ」


 もうちょっと居よ? ね? 居よ? と、あざとくせがむ二人に後ろ髪を引かれながらもシルは決断を変えなかった。


「もしかすると、しばらくこちらに来られないかもしれない」


「「そんなぁ~」」


 その情けない感じの言い方……なんかシセリアっぽいな。


「だが……そうだな、次の訪問は楽しみにしていてくれ」


 そう言い残し、シルはすがりつくノラとディアをこしょこしょで無力化すると、素早く逃げだしてそのまま帰っていった。


 で、その後日だ。


『ニャン! ニャンニャンニャン! ニャンニャンニャン!』


 いつもの食堂、いつもの面子。

 そこで鳴きまくり始めたのが俺の持つスマホである。

 調べた結果、着信音の変更はできるものの、全部猫の鳴き声であり、さらにデフォルトのこれが一番マシというか無難であることが判明した。スマホあるあるである。


「せんせー、私もスマホーほしい」


「スマホー、スマホー」


「……んっ」


「だからスマホーじゃなくてスマホだって」


 相変わらずスマホを欲しがるおチビたち。

 まあ問題もないようだし、そろそろ与えてもいいかなと思いつつ電話に出る。

 と――


『ケインくん? ケインくんでいいよね?』


「あれ、ヴィグ兄さん?」


 連絡してきたのはヴィグ兄さん。

 てっきりシルからだと思っていたので、ちょっと驚いた。


『実は早急に伝えなければならないことがあってね、妹の部屋に忍び込んで内緒でスマホを借りている。時間はかけられない』


「え? それ大丈夫なの?」


『大丈夫ではないけど、仕方なかったんだ。普段、妹が肌身離さず持ち歩いてるスマホだけど、今は理由があって部屋に置いてある。それを借りるしか、君に連絡を取る方法を思いつけなかった』


「いや、前にちょっと揉めたみたいだし、それなら直接こっちに来るとかすればよかったんでは?」


『今そっちに行くのは妹が許さない。だからこうして連絡するしかなかったんだ。ともかく時間をかけては妹に気づかれる。本題に入らせてもらうよ』


「あ、ああ」


 兄妹喧嘩(一方的)の危険を冒してまで、連絡をしてきた用件とは何か?

 思わず身構えたところ――


『今、妹は料理の練習をしている』


「は、はあ」


『料理の練習――いや、特訓をしてるんだ』


「はあ……はぁ? え、もしかしてそれが伝えたかったこと?」


『その通り』


 どういうことだ……。

 それのどこが、危険を冒してまで伝える内容なのか。


『そんなことする必要はないよって言っても、妹は聞かないんだ。料理ができるようになりたいみたいなんだよ』


「うーん……?」


 シルが帰ってからも連絡はとっていたが、料理の特訓をしているなんて話はまったく出なかった。

 なんだろう、驚かせる……いや、違うか。

 マシュマロを焼こうとして暗黒物質(ダークマター)を生成していたシルだ。

 あのときは『料理が苦手というわけではない』と必要のない苦しい言い訳をしていたが……そうか、あの嘘を本当にするためか。

 そのことをヴィグ兄さんに伝えたところ――


『あー、そういうことかー……』


 ずいぶんと納得がいったようで、しみじみとした声を上げた。


『妹はこれまで料理を作る必要なんてなかったからなぁー……。あ、ケインくんは料理できるの?』


「まあ、それなりに? 焼くとか煮るとか、単純なものなら」


『妹はそれを……知ってるよね。前から君の所へ遊びに行っていたわけだし。ああ、それで食生活が心配だからと料理を作らせて持っていくようになったのか……』


「つまりシルは俺に対抗意識を燃やして料理の特訓を始めたと?」


 ヴィグ兄さんが納得するなか、俺はここで結論を言う。

 つかさっさと話を進めないと危ないのはヴィグ兄さんだろうに。


『それはちょっと違うんだけどなぁー。まあともかく、妹は料理を習得すべく特訓中なんだ。問題はいきなり手の込んだ難しい料理に挑戦していることかな。大苦戦中だよ』


 あー、基本すっとばしちゃったかー。


『それで僕は毒――味見役なんだ。竜は強靱な存在だけど……正直ちょっとつらかったりする』


「つまり不味いと?」


『妹が手ずから調理した料理にそんなことは言えない。兄だもの』


 そんな『人間だもの』みたいに言われても……。


「つかそこはちゃんと言わないと。シルの上達のためにも」


『そうか……うん、そうだね。わかった、頑張るよ。僕は頑張る。だからケインくん、妹が君に料理をふるまおうとしたとき、どうか、その慈悲と慈愛をもって臨んでほしい……!』


「んな大げさな……」


 なんとなくわかってはいたが、ヴィグ兄さんは兄馬鹿なんだな。

 結局、緊急に伝えたかった内容は『シルが料理を覚えようとしている』というだけの話で、ずいぶんと肩透かしなものだった。

 通話が終わり、ウニャーンウニャーンと通話音が聞こえ始めたところでスマホを切る。


 ヴィグ兄さんはああ言っていたが、俺としてはそう心配はしていなかったりする。

 あれでシルは意地っ張りなので、万全を期すためにもすぐにちゃんと味見をするようになって現実を知るだろう。

 まあそこに至るまでシルに付き合うことになるヴィグ兄さんは大変だと思うが……。



    △◆▽



 このところ、シルに任された家の構想を練るのに掛かり切りとなっている。なるべくドワーフたちに伝わりやすいようにと、イメージしたものをせっせと絵にする作業は大変だが楽しくもある。


 おちびーズの指導は午前中は課題、午後からは建設予定地で魔法合戦をやらせていた。手抜きな訓練だが、当人たちは楽しんでいるのでまったく文句は出ず、それどころかお互い相手に勝つため創意工夫を重ねることで戦い方がちょっとずつ洗練されていっている。あれで威力のある魔法が使えるようになったら、世間的にはもうけっこうな実力者になるのではないだろうか?


 その日の朝も同じような段取りで、ひとまずノラとディアに課題を出して取り組ませていた。

 するとそこに、昨日は報告兼顔見せで生家に戻り、一泊してきたシセリアがなにやら怯えた様子で現れた。


「ケケケ、ケ、ケインさん、お、おかしいです。私の周りで何かが起きています。異変があります。あの、あれ、〈探知〉、あれで異変の原因を見つけだしてください。やっちゃってください」


「落ち着け危険思想。世の中には吹っ飛ばして解決するものと解決しないものがある。まずは何があったかを説明するんだ」


「は、はい。実は……」


 と、シセリアが語るには、生家に戻ったところ、母親がやたら上機嫌でまったく身に覚えのない功績を褒めてきたそうだ。


「き、貴族の家とか、裕福な家とか、これまで関わったこともないような所から私へと感謝のお手紙が来ていたんです……! わ、訳がわかりません! 貴族の家なんか、陛下に勲章を下賜してはどうかと提案してるとかなんとかもう何がなんだか!」


「いやお前……俺が〈探知〉したらそいつら吹っ飛ぶじゃねえか」


「釣り合いがとれるかなと?」


「ええぇ……」


 生家では孤立無援で母親に褒められまくったせいだろう、シセリアは精神的に追い詰められていた。


「よし、シセリア、これを舐めろ」


 そっとシセリアに差し出したのは、白い棒がついた、人差し指と親指をくっつけてできる輪くらいの平らな飴だ。


「……飴? ケインさん、駄目です。もう私はそんなちっちゃい飴くらいでは立ち直れないほど世の不条理に打ちのめされているんです。まあ貰いますが。あむあむ」


 不満そうな顔をしつつも貰えるお菓子は貰う。

 よかった、シセリアの心はまだ折れちゃいない。


「シセリア、その飴はこの白い粉をつけつつ舐めるんだ」


「あむ? 粉……砂糖ですか?」


「違う。もっといい粉だ」


「はあ……、では、まあ」


 不思議そうな顔をしつつも、シセリアは俺が別で用意した小皿に盛られた粉をちょいちょい飴につけ、またそれを口に運ぶ。

 そして――


「あむ!? こ、これは……! なんか、しゅわっと!?」


 シセリアは驚きの表情を浮かべ、それからはちょいちょい粉をつけ、あむっとしてペロペロ、そしてまたちょいちょい粉をつけ、あむっとしてペロペロを夢中で繰り返すようになった。


「じ~」


「じ~、です」


「……じぃ」


 シセリアが正気に戻ったことにほっとしていたところ、あからさまな様子で自己主張してくるおチビたち。


「はいはい、あげるからあげるから」


 おチビたちにも飴と粉を配り、満面の笑みで見つめてくるクーニャにも仕方ないのでくれてやる。

 せっかくなので俺も楽しむことにして、みんなで一緒になってちょいちょいペロペロの時間。


 今日はのどかな一日になりそうだ。

 と思っていたら――


「ぬあぁぁぁ――――――――――ッ!」


 今度は荒ぶるお客さんが一名。

 メリアである。


「猫ちゃん! 今の私には猫ちゃんがいるわ! 猫ちゃん!」


 フリードを連れ食堂に飛び込んできたメリアは、まず猫を捕獲しようと試みる。

 が――


「って、猫ちゃんなんで逃げちゃうにゃん!?」


 猫どもはメリアが突撃してきてすぐ、すたこら逃げだして姿を消してしまったのだ。


「あー、メリアさん、猫たちは騒がしいのが苦手ですから……」


「そんな……!?」


 苦笑しつつクーニャがそう教えると、メリアはがっくりと項垂れた。


「うぅ、猫ちゃん……!」


「クゥンクゥーン……」


 悲嘆に暮れるメリア。

 ボクがいるよ、と唸るフリード。

 なんだこれ?


「メリア、どうしたいきなり。学園は?」


「学園!? そんなの退学になったわよ!」


「んん!? もしかして騒動が原因でか!? なんてこった、今度はきっちりお話をしに行かないといけないな……」


「ああそうでなくて、実際は退学じゃないの!」


「うん?」


「こっちで貴方に師事するよう勧められたのよ! ほら、あの、創造魔法の習得法? それが正しいか体験してもらいたいって! でもそのためにはここで過ごす時間が長くないといけないわけじゃない? だから学園の方には来なくていいって言われたの!」


「そ、それは……えっと……」


「習得できたら卒業資格を与えるし、さらに魔導院に進んで創造魔法習得法の研究者になればいいとか勧められたの!」


「い、いいことでは……?」


「そうね! これは素晴らしい機会だって父さまは喜んでたわ! でも、これまでの頑張りはなんだったのかとか、思い描いていた道から外れちゃったこととか、なんか色々と納得いかないわ!」


「あー、わかりますー、その気持ち、私わかりますよー、あむあむ」


 荒ぶるメリアに、飴を舐め舐めシセリアがすり寄る。


「ケインさん、こちらのお嬢さんにもこの飴を」


「まあいいが……」


 俺はバーテンダーか何かか。

 ひとまずメリアにも飴と粉をあげる。


「なにこれ不思議……。あ、これを舐めるのも修業のうちに入るのかしら? こんなのでいいの?」


 やや困惑気味のメリアであったが、一方のおチビたちはうきうきだ。


「ね、ね、メリアお姉ちゃん、これから一緒なら、ちょっと冒険者もやろ?」


「それがいいよー。楽しいよー?」


「……んっ」


 おチビたちはメリアを正式におちびーズに組み込むつもりだ。


「わんわん! わん!」


「クゥン、ワフ」


 またペロはフリードに「おう、面倒みてやんぜ」みたいな感じでかましているが、たぶんあれ犬勢力が増えるのを喜んでいるな。


「それで……メリアはどうするつもりだ?」


「そんなの、もうやるしかないじゃない! よろしくお願いするわ!」


「お、おう」


 弟子入りの態度ではないが……メリアがツンケンする理由もわかるからな。

 もともと指導はセドリックに打診されていたし、引き受けるつもりではあった。

 とはいえこうも正式なものとなるとは……。


「あむあむ、ケインさん、何を戸惑っているんですか?」


「そりゃ大切な取引先の娘さんだ、何かあってはいけないからな」


「この国のお姫さまを連れ回している人が何を言っているんですか、あむあむ」


「おや……?」


 そう言えばそうだ、姫だ、つい忘れそうになるが。


 ともかくメリアが俺の訓練に加わり、明日からこの宿に通うことになった。

 で、その翌日だ。

 メリアは誘拐された。


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― 新着の感想 ―
[良い点] このスピード感よ [一言] そういえばペロさん最近ちょっと影薄いですね……
[良い点] 誘拐早い!すぐ騒動が起こる!さす使徒様!
[良い点] 落ち着け危険思想で飲んでるビール吹き出した
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