第2話 支部長の支部長たるは
レビューを頂きましたのでこの場にてお礼を……!
誠にありがとうございます!
家――。
ただ『生活できる場所』というだけでいいなら、ぶっちゃけ魔法で簡単に生やすことができる。
しかしそれは間に合わせ――仮設住宅のようなもので、恩返しに贈る家として相応しいものではないだろう。
贈るならちゃんとした家を。
さらに言えばシルに気に入ってもらえる、せめて受け入れられる家でなければならない。贈ってみてはみたものの、数日もしないうちに質屋のウィンドウを飾るアクセサリーのような運命を辿るようであってはならないのだ。そう易々と売り買いできる代物ではないとしても油断をすべきではない。気づいたらシルと入れ替わりに知らない家族が住んでいた、なんてことになればさすがの俺も度肝を抜かれるだろうし、切なさは乱れ撃ちである。
「というわけで、シルとしてはどんな感じの家だったら嬉しい? まずは漠然とでいいんだ。外観はこうで、こんなふうに生活したいって要望を伝えてくれ。それを俺の方で具体的な形にしていくから」
シルの期待に添うためにも、まずは丁寧な聞き取りが必要だ。
しかし――
「えーっと、えーっとぉ……」
この聞き取りがなかなか順調とはいかなかった。
シルは妙に落ち着きがなくなり、質問するたびにイスに腰掛けたまま幼児がイヤイヤと駄々をこねるように体を小刻みに揺すったり、浮かした足をばたばたさせたりと集中力を欠いた状態。
さらには――
「うぅ、今日はもう帰るぅ……」
ちょっと半泣きのような感じで帰ってしまった。
何故……?
「せんせー、シルお姉ちゃん帰っちゃったねー」
「帰っちゃったな。何かまずかったか……?」
機嫌を損ねたわけではないと思う。
なんとなくの印象では、居心地の悪さに耐えきれず逃げだしたように思えたのだが……はて? シルもこの宿には慣れただろうし、ノラやディアが「どんなお家ー?」とか「お隣さんですね!」とかウキウキワクワクしていたのが鬱陶しかったわけでもあるまい。金貨の塔を崩すお仕事に飽きた猫の一匹が膝の上でくつろぎ始めたのだって、むしろ忙しなくもみもみしていたので問題ではないはずだ。
他の面子は聞き取りの邪魔にならないようにと、じ~っと静観しているだけだったし……居心地が悪くなる理由は思い当たらない。
「ふーむ、話が急すぎたのかもしれんな。一旦落ち着くために帰ったのか」
酒の代金を持ってきただけなのに、いきなり家を贈られることになれば戸惑いもする。何しろ家、規模が規模。ここで中途半端なことを言ってその通りに家が出来上がろうものなら、貰っても嬉しくないものを作って贈らせたようなことになる。
シルは慎重を期することにしたのだろう、たぶん。
納得がいったところで、俺はこれからどうするべきかを考えた。
シルが居ないので家自体の構想は保留となるが、宿の隣りに建てることは決定しているのだから土地の確保は進めてもいい。
だが確保とは言っても、宿の周辺を魔法でささっと均して完了というわけにはいかない。なにしろ民家がある。密集している。何の断りもなしにいきなりお宅をぶっ壊して更地にするのはさすがに極悪非道がすぎるだろう。
シルの家を建てるためには、まずこの家々に暮らすご近所さんと交渉し、立ち退いてもらわなければならない。
△◆▽
俺は結局集計ができなかった猫金貨を〈猫袋〉に収納すると、ひとまず冒険者ギルドへと出発した。
薬草採取ピクニックではないので、おちびーズはお留守番。他の面子もわざわざ付いてくるほどではないと、俺は一人で冒険者ギルドを訪れる。
いつもは小集団なせいか無駄に目立っていたが、俺だけとなればそう注目を浴びることも――
「なっ、〈猫使い〉が猫を連れていないだと……!?」
「いや、侮るな。どこからともなく猫を出すかもしれん……!」
なんでや。
連れてないならそれでいいじゃねえか。
猫を増やしても、連れてなくてもざわつかれるとか、俺はもうどうしたらいいんだよ。つかどこからともなく出すって、俺は鳩を懐に忍ばすマジシャンか? いやまあどこからともなく出てくる猫はいるんだけども。
なんとも言えない心境になりつつも、俺はすっかり馴染みとなったものの未だに打ち解けてくれない受付嬢、コルコルの列に並ぶ。すると何かの封印が解かれでもするように、先に並んでいた冒険者たちがさあっと左右に分かれ、俺の後ろへと並び直した。
いやありがたいけど、ありがたいけども……。
釈然としないものを抱きつつ、俺は空いたスペースを進んで不機嫌そうな顔のコルコルと対面する。
「めずらしく一人ですね。みなさんに愛想を尽かされたのですか? 猫ちゃんも連れていませんし、これでは格好がつきませんよ?」
「どうしてコルコルはそう俺に辛辣なのか……」
「貴方が私をコルコルと呼び続ける限り、態度をあらためるつもりはありません」
「つまり気安く名前を呼ぶなと?」
「コルコルは名前じゃない!」
「……ッ!?」
「いやどうしてそこで驚くんです!? 貴方まさか――」
「じょ、冗談だ、ちゃんとわかってる、えっと、コル……ネル」
「ルが一個余分!」
「コネル!」
「喧嘩売ってんのかぁー!?」
いかん、流れるようにキレられた。
ダメだな、どうもコルコルとは相性が悪いのか、そんなつもりはないのに怒らせてしまう。
「お、落ち着いてくれ、ほら、飴を、飴をあげるから……!」
「いらんわっ! あーもー、いいからとっとと用件! ほら、納品する薬草出してください!」
「いや、今日は納品じゃなくてね……」
「はあ? 納品しないんですか? 錬金術ギルドの人たち、こっち見つめてそわそわしっぱなしなのに納品しないんですかぁ?」
「あいつら来るたびいつも居るな」
「ええ、いつも居るんです。すぐに受け取りしてくれるんで地味に助かってます」
「そ、そうなのか……じゃあ、えっと、こんな感じで」
納品は予定になかったが、突っぱねるとコルコルの機嫌がさらに悪くなりそうなので大人しく手持ちの薬草を提出した。
もはや押し買いである。
そして受け取る報酬は、ささやかではあれど過去の俺が森でせっせと草むしりした結果のもの、意味のあるお金だ。
これでようやく無一文ではなくなった。
「それで、納品が目的でないなら何をしに来たんです?」
「仕事の依頼をしたいんだ」
「依頼? あのですね、冒険者ギルドはこれでもちゃんと国の法に則ったお仕事を請け負う組織なんですよ?」
「おかしいな、なんかすごく失礼な対応をされているような気がする……」
コルコルはひどい誤解をしている、そう判断した俺は丁寧に事情を説明。シルに家を贈るため、森ねこ亭のご近所さんに立ち退いてもらう交渉の手伝いをしてくれる者を雇いたいと話して聞かせた。
「あの、それって冒険者の仕事ではないような……? んー、ちょっと私では判断しきれません。少々お待ちください」
そう告げるとコルコルは奥の階段へと消え、少し待つとやさぐれ支部長を連れて戻ってきた。
「依頼内容のあらましはコルネから聞いた。で、だ。お前は交渉の手伝いをする人材を求めているようだが……なんでまた条件が『外見の厳つい者』なんだ? その辺りの理由を踏まえて、もうちょっと説明してもらいたい」
「それは、ほら、俺って見た目は大人しそうな若造だろ? そんな俺が一人で立ち退いてくれって交渉に行っても相手にされないか、小僧が金持ってると足元を見られるか、順調に事が運ぶと思えないんだよ」
「ふむ、おかしな表現があったが若造なのは確かだ。まあわかる」
「だろう? だから実力は大したことなくても、見た目に迫力のある冒険者たちを雇って引き連れて行こうと思ったんだ。これなら侮られることもないだろうし」
要は相手をちゃんと交渉のテーブルに着かせるためのちょっとした演出だ。
「なるほど、わかった。お前のことだから、悪巧みでもしているんじゃないかと思ったが、案外まともで驚いた。若干、立ち退きを迫る地上げ屋のような感じもするが、ちゃんと資金があって真っ当な交渉をするつもりでいるようだな」
「そうだ。何も問題はないだろう?」
「確かに問題はない。だがこの依頼は断らせてもらおう」
「おおうい! どうしてだよ!?」
「まず、強面を引き連れてうんぬん以前にだ、肝心の交渉をするのがお前では上手くいくわけがない」
「ひどい偏見だ! 交渉くらいちゃんとできるわ!」
「偏見ならいいんだがなぁ……。いいか、お前が冒険者を連れて交渉に向かい、それでもし碌でもない事態に発展し、宿屋一帯が更地にでもなろうもんなら、うちの信用はがた落ちどころじゃないんだ」
「なんだよ更地ってよぉ! そんなことは――」
と、言いかけた俺の脳裏に浮かんだのは森の自宅跡地。
いや、あれは更地と言うより爆心地だ。
これはセーフだな。
「……うん、そんなことはない」
「おい?」
「爆心地を拵えたことはあるが、更地はまだないから!」
「その発言で安心できるとでも思ってんのか!? いやそもそもだ! こういう場合、頼るのは商人じゃないか? 冒険者ギルドで強面揃えてどうにかしようと考えるところがまずおかしいぞ!」
「ん?」
おや?
考えてみると……確かに……。
「わかったか? よし、わかったな。では帰れ」
やれやれといった感じで支部長は言い、俺は冒険者ギルドから追い出されることになった。




