第30話 黄金の果実 2/6
しばらくすると魔法スマホがニャンニャン騒ぎ出した。
かけてきた相手はもちろんシルだ。
『おおぉ!? 本当に会話できるのだな! すごいぞこれは!』
シルは長距離通話にかなり興奮気味。
さらにそこにヴィグ兄さんが帰還して『ちょっと代わって!』『今大事な話をしているから嫌だ!』と兄妹で揉め始めたり、ご両親が出てきて挨拶されたり、妹さんが出てきて姉を誑かすのは貴様かと怒られたりなんだったりと結局二時間ほどの長電話となった。
特筆すべき内容は『明日の朝にまた行くからちゃんと待っているように』という五秒もかからず伝えられるものだけだったんですけどね。
「せんせー、私もスマホーほしい、スマホー」
「スマホな」
「スマホー」
どうしてそんなハイホーの親戚みたいな言い方になるのだろう。
この魔法スマホを欲しがるのはノラばかりでなく、ディアやラウくんも物欲しそうな顔をしている。
でもスマホを与えたところで、相手は俺かシルしかいないし、おちびーズはいつもセットなんだからスマホを使う必要はない。そしてラウくんはちゃんとお話しできるのだろうか?
「ちょっと様子を見て、安全かどうかわかってからな」
もしこれが通話時間やその距離に応じて魔力を奪っていくような代物だった場合、おちびーズではきついだろう。まあ試してたところそんな感じはしなかったので、本当に様子を見るだけになりそうだが。
ひとまず通話が問題なく行えることはわかった。
となればあとは明日、あらためてシルとヴィグ兄さんが来るのを待つだけ……と、思ったのだが、夜にもシルから電話がかかってきて数時間の長電話となり、その翌日早朝には「これから出発するからな!」と念押しの電話がかかってきてこれに数十分。
いかんな、あいつ電話魔だ。
長時間の通話は無理とか、いまさら言っても遅いだろう。
俺もよくわかってないのに何故わかるとか言われたら言い訳できない。
着信拒否とかしたら、あいつ怒鳴り込んできそうなんだよなぁ……。
△◆▽
朝食を終えたあたりでシルとヴィグはやって来た。
この二人の訪問に、はらはらとしているのは宿の主人たるグラウである。
「ど、どうしよう、もし泊まりたいと言われても部屋がない。まさかこんな贅沢な悩みを抱えることになるなんて……。こ、これは早急に宿を増築して部屋を増やすしか……百部屋くらい!」
いけない。それはいけない。
急に需要が高まったからって設備を増やすのはよくないんだ。
「お父さん、そんないっぱいのお部屋、お掃除しきれないよー」
そういうこっちゃねえがもうそれでいい。
頑張れディア、お父さんの暴走を止めるんだ!
宿屋一家がそんなことになっている一方、俺は新参者のクーニャが気になっているシルのお相手だ。
「昨日はなんか居るなと思っただけだったが……そうか、宿に泊まっているのか」
「はい、この宿に宿泊してケイン様のお世話をしております、クリスティーニャと申します、守護竜様」
おかしいな、クーニャに世話なんてされたことねえが。
不思議に思っていると、シルが恨めしそうに言う。
「お前、やっぱり人を増やしたじゃないか」
「増やしたんじゃなくて、これは増えちゃったんだよ」
「お前の世話をしているとか言っているが?」
「言っているだけだ。実際は猫どもの世話しているだけだよ」
「そうなのか?」
「そうかもしれません。しかしいずれはケイン様のお世話をさせていただくことになるでしょう。なにしろ婚約者ですから」
「こん……!?」
「嘘つき猫は返品だが」
「はい、おちゃめな冗談です。婚約者志望というだけですね」
にこっと微笑むクーニャ、悪びれねえ。
「つまり、お前はこの妙な猫につきまとわれているということか?」
「そういうことだ」
「そうか。わかった。私が話をつけてやろう。娘、ちょっと顔を貸せ」
「お手柔らかに」
シルは笑顔のクーニャを連れて宿の外へ。
やがて――
「ぬわぁぁぁぁ!」
悲鳴が聞こえた。
で、シルがあたふた戻ってきて俺の背に引っ込んだ。
それに遅れ、クーニャが悠々と戻ってくる。
「ケイン! なんだあの猫! 妙どころか変態だぞ!? 私にペロペロする覚悟はあるのかとかなんとか言いだしたぞ! おかしいぞ!」
「おかしくなどはありませんよ、すべては信仰心の促すままです」
「えぇー……」
まさかシルを打ち負かすとは。
今更ながらとんでもねえ猫娘を招き入れてしまったことに気づく。
「あの、そろそろ話を始めてもいいかな?」
若干混沌とする中、ヴィグ兄さんは困った表情を浮かべてそう言った。
△◆▽
「じゃああらためて、僕はシルの兄のヴィグリードだ。いつも妹が世話になってるね」
ひとまず仕切り直しとなり、俺たちは食堂のテーブルを囲んで挨拶を交わす。
「下の妹と違って、シルは出不精だったんだ。でもケインくんと知り合ってからは進んで外出するようになったし――」
「兄上、兄上……!」
「ああ、うん、わかったわかった。えっと、色々とお土産も貰ってるから、そのお返しをと思ってね。ケインくんは何か欲しいものとかある?」
「欲しいものといったら金になるが、お土産はこれまでさんざん世話になったシルへのお礼だからな、気にしないでくれ」
「あー、それだと貰い過ぎになっちゃうから。それにまたお願いしたい物とかもあるんだ」
確かに貰いっぱなしになるのも心苦しいものだし、頼みにくくもなるだろう。
「じゃあ次からは買ってもらうということで」
「んー、わかった。そうしようか。それで、これからの話が本題になるんだけど、ケインくんは前にシルから果実を貰って食べたよね?」
「ああ、えっとー、これだな」
と、俺が〈猫袋〉から取りだしたのは、シルから「食べてみろ」と言われてもらった果実二つのうちの、残り一つだ。
見た目は金色のリンゴのような果実である。
すると次の瞬間――
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
絶叫したのはエレザ。
こんなに大声を上げる彼女を見るのは初めてだ。
あまりの大声であったため、屋台の準備をしていたアイルが何事かとすっ飛んでくる。
「どうした!? ――って、師匠、珍しいもん持ってんな。生命の果実じゃん」
そう、アイルが言う通り、この果実は『生命の果実』と呼ばれる。
また広くは『若返りの果実』とも知られる。
食べると肉体年齢が半分だけ若返るという代物で、俺はその効果を内緒のままシルに勧められて食べ、今の見た目ほどに若返ることになったのだ。
「ケ、ケ、ケイン様、そ、その果実を、わたくしめに譲ってはいただけませんか……!」
エレザがよろよろ近づいてきて、俺の前でひれ伏して乞う。
「何卒、何卒このわたくしめに、何卒……! 私が用意できるものすべてを差し上げます。冒険者時代の蓄えのほか、実家の伯爵家を抵当にすればさらにお金を用意できます。ケイン様が働かずとも暮らせるだけの額となるはずです。足りないのであれば稼いでまいります。ですのでどうか、どうか……!」
「え、えっと……」
茶化すのを躊躇われるほどの、ガチの懇願であった。
「そ、そんなに欲しいの?」
「はい! 欲しいのです! それが、それがあれば私は……」
若返ることができる、と。
そんな必死のエレザを見て、アイルがぽつり。
「大変だなぁ、只人ってのは。すぐ歳くっち――」
「おい。そこのエルフ。しばらく口を閉じていろ。さもなくばその耳むしり取って口にねじ込むぞ」
地獄の底から響いてくるようなエレザの声。
びりびり来る。
「ひうっ」
これにはアイルはたまらず口を噤み、ガクブル震えながら逃げるように奥へ引っ込んだ。
雉も鳴かずばなんとやらだ。
でもってエレザは殺気を引っこめ、再び嘆願。
「ケイン様、どうかその若返りの果実を私に……。お金の他に差し上げられるものといったら、この身と、あと……あ!」
ふと何か思いついたのか、エレザは立ち上がってぽかんと様子を見守っていたノラを抱えてくると俺の前へ、そしてまたひれ伏す。
「あとはこれくらいしか……どうぞお収めください」
お収めくださいって、アンタそれ面倒を任されてる姫だぞ。
「……?」
ノラは御付きのメイドに売り払われるという急展開について行けずきょとんとしていた。
が、急にキリッと表情をあらためて言う。
「お収めください!」
「なんでや」
どうしてむしろ乗り気になるのか、それがわからん。
「足りませんか? でしたら……」
と、エレザはさらに辺りを見回し、シセリアをロックオン。
「え? 私もですか? おやつは増えます?」
シセリアもノラと大差ないのん気ぶり。
ポンコツのくせに妙な強かさがある奴だ。
「ええい、いらん、いらんから!」
「先生にいらん言われた!」
ガビーンとショックを受けるノラ。
だが、その時だ。
「じゃあわたしがノラお姉ちゃんもらう!」
「貰われた!」
突如としてディアが参戦し、ノラをかっ攫う。
「これでノラお姉ちゃんはわたしのお姉ちゃんだから!」
「私、お姉ちゃん!」
うん、また場がカオスになってきたねこれ。
そう思った俺の手を、いつのまにか近寄ってきていたラウくんがぎゅっと握った。
「……もらう」
「え? あれ、俺も貰われたの!?」
「……ん!」
なんということだ、唖然としていたらラウくんに貰われてしまった。
俺はそのままラウくんに手を引かれ、食堂を離れて宿の裏庭へ。
そこにはどう宿を広げるべきか話し合うグラウとシディアの姿があった。
そんな無謀な試みを論じる二人にラウくんは言う。
「……もらった」
「貰われました」
二人は一瞬なんのことかわからず首を傾げたが、すぐに微笑んで言う。
「そうかそうか、よかったな」
「これからもよろしくね」
なんかすんなり受け入れられた。
なんという懐の広さであろうか、もはや畏怖すら覚えるわ。
そんな報告後、食堂に戻るとエレザはまだひれ伏していた。
「何卒、何卒……」
「う、うーん……」
正直なところ、この果実は持っていただけで、あげてしまってもまったく惜しくはない。若返りは一度きりではなく、何度も可能のようだが別にやろうとは思わないのだ。
「シル、どうしよう?」
「どうしようもなにも、それはお前にやったものだ。お前が必要ないならば捨ててもらってもかまわんぞ。竜族にとっては特に必要なものというわけでも――」
「おやおや? 本当に? シルには必要なん――」
「兄上は黙っていてください。ケイン、好きにしろ」
「好きにしろっつったって……。ああわかったわかった、ほら、あげるから」
「ああ、ああ、ありがとうございます……! お金はあとで――」
「いやいらんから。貰い物を売り払うのはすっきりしない。これはただの贈り物……いや、お裾分け? まあそういうことだから。ああ、ちゃんとノラの面倒は見ろよ?」
「はい、はい、ありがとうございます、ありがとうございます」
深く感謝しつつエレザは俺から果実を受け取り――
「がっ、がっ、もごっ、んぐっ、がっがっがっ……!」
猛然と喰らい始めた。
これまでずっと取り澄ましていた眼鏡のメイドさんが、餓えた獣の霊に憑依でもされたような貪りっぷりである。
やがて綺麗に食べ終わったところで、ほわほわとエレザの体が光り始めた。光は次第に強くなり、エレザを覆い尽くしたところで大きさが縮み、ぱっと光が消え去るとそこには小さく――いや、若返ったエレザの姿があった。
見た目はシセリアと同じくらいの年齢となり、これまで着ていたメイド服はぶかぶかに、眼鏡は鼻の先まで下がっている。
「これで……私は……?」
「はい、ちゃんと若返ってるから」
姿見を用意して姿を確認できるようにしてやる。
エレザは若返った自分の姿をじっと眺め続け、やがて震える両手を頬に当てると「ふふっ」と小さな笑い声をあげた。
そして――
「ふっ、ふひひ、ふへ、あはは、あはっ、あははははははははッ! あーはっはっはっは! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃッ!」
「こわっ」
ついそう言ってしまったが、けたたましく笑い始めたエレザを見れば誰だって恐怖を覚えるだろう。ラウくんなんか怯えて俺の後ろに隠れちゃったじゃないか。せっかく懐いてきてたのに。
「あひひひっ、あひゃ、あへあははははははははッ!」
うーん、もしかして嬉しすぎて発狂しちゃったかもしんないね。
こんな笑い、忌々しき戦隊をようやく皆殺しにできた悪の首領くらいしかしねえぞ。
つかこれじゃあ話ができねえ。
「シセリア、悪いんだけどさ、エレザを部屋に連れてってくんね? ついでにお話とかしてみたら?」
「嫌ですよ!? 恐すぎるでしょこんなの!」
「こんなのって……いやまあそうなんだけども、そこをなんとか。ほら、たくさんおやつもあげるから。歳も近いみたいだしさ」
「――ッ!」
そう俺が言った瞬間、エレザがぴたりと笑うのをやめて真顔に。
でもってぐりんと首を動かしてシセリアを見る。
恐い。
「シセリアさん、貴方、確か十四歳でしたよね?」
「は、はいぃ……!」
震え上がるシセリア。
だがそこで、にこっとエレザが微笑む。
これまで見せたことのない、満面の笑みだ。
「では私と同い年ですね!」
「同いど!? それっ……そ、そうですね!」
シセリアは何か言いたかったようだが、今のエレザに余計なことを言っては命の危険があると悟ったらしく日和った。
よし、畳み掛けよう。
「そうだ、同い年なんだから部屋で語らうといい! 十四歳の少女はかくあるべきか! ほら、ケーキあげるから! たくさんあげるから!」
ケーキをいっぱい用意して、適当に創造した三段式の岡持ちに詰め込む。飲み物もおまけだ。
「まあ素晴らしい! ありがとうございますケイン様!」
エレザは岡持ちを左手に、そして右手はがっちりシセリアの腕を掴んでひっぱる。
「ひ、ひぃ! ひぃぃぃ……!」
連行されるシセリアの、喉の奥から絞り出されるうめき。
だがそれもやがては聞こえなくなる。
いやぁ、頼りになるなぁ、我が騎士は。
これでやっと話を続けられるようになったよ。
「ごめん、待たせた。じゃあ話を再開しようか」
「え、あ、うん、そうしようか。この宿、賑やかだね」
「いつもはもうちょっと静かなんだけど……。それで、あの果実が用件と関係あるってことでいいんだよな」
「そうそう、実はね、あの果実の収穫を手伝ってもらえないかなってお願いに来たんだ」




