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【書籍化】くたばれスローライフ!  作者: 古柴
第2章 王都での生活
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第27話 妖精事件、またしても 前編

 夜――。

 床に就いて目を瞑り、眠りに落ちるまでの時間を持てあますようになったのは最近のことだ。

 森で生活している頃は、もう横になって明日はどうするか考えようとしたところでもう眠っていたというのに、森ねこ亭で生活するようになってからは、ずいぶんと時間がかかるようになった。


 この退屈な時間を、俺はどうやって一攫千金を成し遂げ、悠々自適な生活を実現するか考える時間にあてている。ときどき瞼の向こうの暗闇から、にゅっと出てきたシャカが横倒しでくつろぎ始めたり、毛繕いを始めたり、にゃごにゃご話しかけて思索の邪魔をすることもある。

 いったい何を言っているのか……。

 クーニャならわかるかもしれないが、これでもしシャカが俺へ多大な不満を持っていることが明らかとなり、ついでとばかりに罵詈雑言をぶつけてくるような事態になった場合、さすがにしばらく落ち込むと思うので恐くて試せない。

 わからないままである方がよいこと、それは確かに存在するのだ。


 その夜はシャカも現れず、俺はどうやって一攫千金を成し遂げるか考えつつ、眠りが訪れるのを待っていた。

 しかし――


「……ッ!?」


 気配を感じた。

 部屋の扉、その向こうに集うものどもの気配を。


「あ……あ……ああ……ッ!」


 忘れていた。

 俺はすっかり忘れていたのだ。

 それは真夜中に来たるもの――。


「なぉ~ん、おぉ~ん」


「にゃーん、にゃお~う」


「おぁ~おぅ、おろぉぉ~う」


「にゃにゃにゃっ、にゃにゃっ」


「おろろぉ~う、おぉ~う」


 間違いない、ミッドナイト・ニャンだ!


 ミッドナイト・ニャン。

 それはなんとなく暇している猫が、就寝しようとしている飼い主の迷惑を顧みず構ってもらいに襲撃してくることを指す。

 注意すべきは、体力を持てあました若い猫が夜中にドタバタ走り回る『猫の運動会』とはまた別ということである。

 ミッドナイト・ニャンは完全に猫の気まぐれなのだ。

 似たものとしては、ふと早く目覚めてしまった犬が朝の散歩を待ちきれず騒ぐモーニング・ワンというものがある。


「くそっ……なんてこった……!」


 俺は毛布にくるまり、開けてよー、入れてよー、とばかりに鳴き続ける猫どもが諦めるのを待つ。ここで哀れみを抱く、あるいは根負けしてドアを開けたら最後だ。俺は知っている。知っているんだ。怪談話と一緒だ。ここは耐えるしかないのだ。


 つか腹が立つのは、あいつらやろうと思えばドアを無視して部屋に飛びこんでこられるのだろうに、それをせず俺に開けてもらおうとしていることだ。まあ猫ってのは引き戸の前に座り込み、自分で開けられるのに人に開けてもらおうと粘るもの。なんならふり返って早く開けろとばかりに「みゃん」と一声鳴くくらいする。


「負けねえ、俺は負けねえ……安らかに眠るんだ……!」


 幾度もの敗北の夜を越えてきた俺の決意は固い。

 が――


「……ったく、うるせえ。勘弁してくれよ、エルフは耳がいいんだ。ほれ、入れ入れ……」


 アイルがあっさりドアを開けやがった。

 あー、猫どもが続々と侵入してきましたねー。


「おいこらクソエルフー……ッ!」


「あれっ、なんだよー、師匠、起きてんじゃん。ならとっとと入れてやれよなー、ふぁーあ……」


 俺の気も知らず、アイルは大あくびしながら立ち去りやがった。

 その間にも、猫どもは無遠慮に俺のベッドに跳び乗り、さっそくのっしのっしとうろつき始める。


「ええい、くつろごうとするんじゃねえ!」


 毛布を撥ね除け体を起こし、手近な猫をベッドから放り捨てる。するとその隙を狙って別の猫が俺の寝ていたスペースに滑り込む。

 ダメだ、これ無限に続くやつだ。


「くそっ、こうなったら仕方ない。俺が絶望するのが早いか、お前らの体力が尽きるのが早いか……勝負だ!」


 両手に創造するは、鳥の羽を用いて作られた猫じゃらし。

 やはり実際の鳥の羽を使ったものは猫のくいつきが違う。


「おら! おらおら! おらぁ!」


「にゃうにゃうにゃう!」


「のあーんのあーん!」


 猫じゃらしを振る俺。

 果敢に猫パンチを繰り出す猫ども。

 この戦いは明け方まで続いた。



    △◆▽



 忌まわしき夜は去り、訪れた朝は勝利者たる俺を祝福する。

 夜を徹しての戦いはニャンゴリアーズが疲れ果て、俺のベッドを占拠して眠り始めたことで決着がついた。


「虚しい……あまりにも虚しい……」


 得るもの無き戦いの勝利者となった俺の目を、朝の光は容赦なく焼いてくる。めっちゃシバシバする。


 やがて宿の面々が起きだし、それぞれ挨拶を交わし朝の身支度をすますとそれぞれの仕事を始めた。

 そんな中、一階で日課となっている生活用水の補充を行なっていた俺の所に怪訝な顔をしたクーニャがやってくる。


「ケイン様、猫たちを見かけませんでしたか?」


「見かけたっつーか、俺のベッドを占拠して寝てるな」


「ハッ――その手がっ!」


 何かろくでもないことを思いついたクーニャが瞬間的に踵を返して目の前から消えた。


「おい?」


 いつもならその尻尾を引っこ抜く勢いで引き留めただろうに、変なテンションで徹夜した悪影響によりぼーっとしている俺はみすみすクーニャを逃すことになった。

 やがて聞こえてくるクーニャの叫びと、荒ぶる猫の鳴き声。

 面倒とは思うが放置もできず、そこで俺は徘徊していた寝ぼけ眼のシセリアを捕まえて命じる。


「我が騎士よ、変態猫から我が寝床を守るのだ」


「えー、こんな朝っぱらから――」


「再開したおやつの補給がまた止まるぞ」


「ハッ、直ちにあの神官めを引っ捕らえに向かいます!」


 一気にシャキッとしたシセリアは俺の部屋へ突撃。

 すぐに俺の部屋が発生源となっている騒音にシセリアの叫び声が加わった。

 それを遠くに聞きながら、俺はまたぼーっと。


「んー、やっぱり今日はダメだな、調子がでねえ」


 これはどうにもならない。そこで俺は朝食時、訓練の先生を臨時休業することノラとディアに伝えることにした。


「はい。というわけで、今日は俺の調子が悪いので訓練はお休みです。好きに過ごしてください。以上」


 はーい、と返事するノラとディアは溌剌としている。

 昨夜はよく眠れたようだ、羨ましい。


 こうしてぽっかりと空いた今日だが、特にやりたいことはなく、それこそ一眠りしたいところだ。しかし今から眠ると変な時間に起きて夜眠ることができなくなるのがわかりきっており、また眠いものの眠れそうにないという妙な状態になっている自覚があった。


 これは今日一日、ぼけっとやり過ごすしかないか、そう考えつつ気晴らしの散歩に出掛ける。

 するとこれにラウくんとペロが付いてきた。


「なんにも面白いことはないと思うけど、それでも来る?」


「……ん!」


 それでもいいらしい。

 ペロはラウくんと一緒に居たいだけだな。


 ラウくんと手を繋ぎ、先行してあっちこっちにうろちょろするペロを追うように気の向くままの散歩。

 やがて迷い込んだのは立派な家々が立ち並ぶ地区だった。

 いったいどんな悪事を働いて儲けた奴らが住んでいるのだろう。

 そう思いつつ歩いていると――


「ワン! ワンワン!」


 犬に吠えられた。

 なんだ唐突に。

 ラウくんびっくりしてビククンッって震えたぞ。


 いったいどこのバカ犬だろうか。

 通り過ぎようとしていた立派なお屋敷の入り口、金属の門扉の向こうにそいつはいた。

 大きな黒犬……ってこいつ見たことあるな。

 えっと……。


「あ、あー……あ? アヘェ……!」


「……ん! ん!」


「ハッ!」


 突如、忌まわしき記憶が蘇り、思わず『アヘェ』してしまった俺の手をラウくんがぐいぐい引っぱる。

 そうだ、この黒犬は従魔レースで優勝したあいつだ。

 えっと……。


「あー、あ、アヘェ……!」


「……ん! んー!」


「ハッ!」


 またしても忌まわしき記憶が!

 いかんな、寝不足で夢と現実の境界が曖昧になっているせいか、ふとしたきっかけで『アヘェ』してしまう。

 もしラウくんが居なければ、俺は『アヘェアヘェ』と夢見心地(悪夢)のままボケ老人のように都市を徘徊することになっていただろう。

 まったく、実年齢でもまだ「お爺ちゃん、ゴハンは昨日食べたでしょう」とか言われるには早いというのに。


「そうだ、お前はフリードだったな」


「ワフ!」


「ってことは、この家はあの女の子の……えっと……メリ――」


「……んーッ!」


「いやラウくん、まだ大丈夫だからね?」


 よっぽど心配させてしまったようだ。


「もう会うこともないと思っていたが……元気そうだな」


 ちょっとぶりとなるフリードは嬉しそうに口を半開きにして、尻尾をぱたぱた振っている。

 そこにペロが近づくと、フリードは伏せて鼻を寄せ合いご挨拶。

 ペロとフリードの格付けはペロの圧勝で終わったので、フリードからすればペロは姐さんなのだ。

 たぶんペロ姐さんを見かけたので声を掛けた、みたいな感じなのだろう。


 やがてペロとの挨拶がすむと、フリードはまた俺を見つめて尻尾をぱたぱた。


「なんだ、もしかしてこれか、これが欲しいのか?」


 燻製肉を見せるとフリードはいよいよ喜び、さらに尻尾を激しく振り始めた。

 あとペロもすり寄ってきた。


「仕方ない奴らめ」


 燻製肉をあげると二匹は大喜び。

 がつがつと食べ始める二匹を俺とラウくんは微笑ましく眺める。

 が――


「こぉーらぁーッ!」


 突然の怒声。

 フリードがビクッと。

 ラウくんまでビクッとした。

 声の主は屋敷二階の窓からこっちを見ている少女――メリアだ。


「あっ、貴方!」


 そう言ってメリアは引っ込み、少しすると屋敷の玄関扉をバーンッと開いて飛び出してきた。


「ちょっと、もしかして貴方なの!? 近頃やたらフリードに餌を与えていたのは!」


「は……? いやいや、これが初めてだぞ。散歩してたらこいつを見つけたんでな」


「本当……?」


 と、疑わしげな眼差しを向けてきたメリアだが、すぐに小さなため息をついて言う。


「まあ確かに、この子に会ったのは大会が初めてみたいだし……」


「だろう? でもそんなほいほい与えられた餌を食べちゃうのは、普段の餌が足りていないんじゃないか?」


「ちゃんとあげてるわよ! この子は用意すれば用意しただけ食べちゃう子だから、制限してるの!」


「そうか、こいつも食べたいだけ食べるからな、制限するべきか……」


 するとペロはしょんぼり、きゅぅ~んと寂しげにうなる。

 でもって、俺の足を前足でちょいちょい。

 このあざとい攻撃についメリアも微笑みを浮かべるが、すぐにハッとして表情をあらためた。


「そ、そういうわけだから、従魔の健康は飼い主がちゃんと気をつけてないといけないのよ! ほら、フリード、行くわよ!」


「クゥ~ン……」


 もっと食べたいわん、そう言いたげなフリードだが、ご主人には逆らえずしょんぼりと付いていく。


「うーむ、あらぬ疑いを掛けられてしまったな。ここはその餌をあげている奴を見つけだして、見返してやりたいところだが……」


 森で使っていた魔法の罠を仕掛けるのはやり過ぎだろう。

 何も息の根を止めたいわけではない。

 それに場合によってはこの屋敷ごとメリアが吹っ飛ぶ可能性もあるのだ。


「できればメリアが犯人を見つけられるような、ちょっとした防犯装置のような魔法を……」


 何か無いだろうかと考えていると、亜空間からにょきっとシャカが顔を出した。


「にゃ」


「ん? もしかして、お前やれるのか?」


「みゃん!」


 おうともよ、とばかりにシャカが鳴く。

 何故かはよくわからんがやる気になっているシャカ、これは任せてみるべきか。


「犯人を八つ裂きにしたり、この家ごと木っ端微塵にするような方法はダメだけど、本当に大丈夫?」


「にゃ!? ふーっ! ぬぁうおぅおぅおー……!」


 なんかお前と一緒にするな的なことを言われているような気がする。

 うん、やっぱりクーニャに通訳してもらわない方がいいみたいだな。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 大会の記憶がきっちりトラウマになってますな。
[一言] 猫「にゃ~ん カリカリッカリカリッ(ドアを引っかく音)」 寝かせてくれッ! 猫「ヌァ~ン(哀れっぽい鳴き声) カリカリッカリカリッカリカリッカリカリッ」
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