第15話 チキチキペット猛レース 1/5
カラアゲ屋台『鳥家族』は盛況なようだ。
アイルは朝早くに屋台を引いて出発し、昼過ぎにはへろへろになって帰るという日々が続いている。
「くそっ、ドワーフどもめ! オレはもっとたくさんの人に食べてもらいたいのに! ちょっとは遠慮しろよあいつら!」
若干キレてもいるが、ともかく繁盛しているのだから、きっとこれは嬉しい罵声というやつなのだろう。
「仕込みを増やせば何故かドワーフも増えるし! どうなってんだ! ちくしょう、いったいどうしたら!」
ともあれ、盛況すぎてアイルは苦悩している。
ふーむ、これは屋台を増やしてのチェーン展開も視野に入れなければならないだろうか? そうなると各屋台にはアイルの等身大人形を置くべきだろう。ただ個性的なアイルの姿を模すとなると、白髭爺さんよりもピエロ寄りになってしまうが……まあそこは大した問題ではないか。
悪態をつくアイルを眺めながら、俺はそんなことを考えたり考えなかったり。
しかしながら、すぐには行動を起こさずもうしばらく様子を見守るつもりだ。
急な需要の高まりに対し、ほいほい増産体制を整えると需要が落ち込んだときに大変なことになる。
ここは慎重を期したい。
とは言え、カラアゲはまだしも、ドワーフたちがビールに飽きるとは思えないし、ドワーフの需要が落ち着けばやっとアイルの希望通り王都民への供給が始められる。ドワーフたちほどの食いつきは見込めないとしても、母数は圧倒的なのでそこそこの繁盛はすると思う。
ひとまず計画だけ立てておくのが良いかも知れない。
となると……またヘイベスト商会を頼ることになりそうだ。
アイルの気質は商人よりも職人寄りなので、商売を広げるとなると補佐する者はどうしても必要になる。
ここに商会の影響力を広げるという野望を抱くセドリックはうまく噛み合うと思うのだが……どうか。
今回、アイルの屋台に関してヘイベスト商会は直接的な利益を得ることはできなかったものの、俺から大量に購入したガラス製品を販売することによってそこそこの利益を得ることができると思われる。
きっと相談くらいは受けてくれるだろう。
「まあ屋台については流れを見てだな。それよりも……」
アイルの屋台がどうなっていくのか、その行く末には気を揉むところではあるが、今の俺にはそれよりも頭を悩ませる問題があった。
それはガラス製品を売って得た臨時収入をどうするか、という、俺の最終目的たる悠々自適に関わる問題だ。
乏しかった資金が一気に回復した、それはいい、だがさすがに一生遊んで暮らすにはほど遠い金額なのだ。
「うーむ、なんとかこの金を元手に一攫千金できないものか……」
などと思案に暮れていたある日。
一攫千金のチャンスは思いも寄らぬところからやってきた。
「師匠、明後日あたり従魔ギルド主催で従魔のレースやるらしいぜ? オレ、その日は会場になる自然公園で営業することになった」
「営業することになった?」
「あー、常連のドワーフたちが行くみたいでさ、そっちで営業してくれってうるさかったんだ。なんか勝手に許可までとってきたし。他にも屋台が出るんだから、そっち行きゃいいのによ」
アイルは面倒そうに言うが、その表情は嬉しそうだ。
ツンデレなエルフである。
「ちょっとしたお祭りみたいだからさ、嬢ちゃんたちを連れていってやったらどうだ? たまには遊ばせてやれよ」
「遊ばせてって……」
現状、おちびーズはピクニックにキャンプと、もう遊びまくりのような気がするんだが……。
「わくわく」
「えへへ」
「……ん、ん」
つかアイルが皆の居る食堂で話したもんだから、おちびーズが集まってきて、きらきらした目で見つめてきてるし……。
「あ、そうだ。ペロって師匠の従魔だろ? だったらペロを出場させてみたらどうだ?」
「ペロを?」
「ああ、よくわかんねえけど、ペロって強いんだろ?」
「こんな見た目だけどそこそこな」
「だったらちょうどいいんじゃねえかな。妨害ありの乱暴なレースだけど、師匠が強いって言うほどならなんとかなるだろ。優勝したらなんか貰えるらしいぜ」
「ふうん?」
景品が出るのか。
でも高々ペットのレースだ、あまり期待はできない。
「あと従魔ギルド主催で賭博もやるんだってさ」
「――ッ!?」
その瞬間だった。
俺の脳裏に稲妻がほとばしり、脳内電球がビカビカッと光り輝いてパーンッと砕け散った。
「賭博だと!? 本当か!」
「おお!? お、おう、やるみたいだけど……」
急に食いついた俺に、アイルは目をぱちくり。
「ふっふっふ、そうかそうか、とうとう来たか、この時が」
俺は戸惑うアイルそっちのけで近くにいたペロをそっと抱え、子ライオンを投げ捨てんとするサルのように高々と掲げた。
「ペロ、ようやくお前が役に立つ時が来たぞ!」
「くぅん?」
首を傾げるペロはただただ愛くるしい。
こんな子犬がレースに出場するとして、いったい誰が賭けるだろうか?
賭けるわけがない。
そこで俺が全財産をペロに投入するとどうなるか?
配当金どっさりだ。
素晴らしい!
ようやく開けたぞ、展望が!
いよいよ始まるのだ、俺の悠々自適の生活が!
「よーし、明後日はみんなでお出かけだ!」
この俺の決定により、『やったー!』と元気のいい声が森ねこ亭に響き渡った。
△◆▽
従魔のレースにペロを参加させると決めたその日から、よほど楽しみなのかおちびーズはそわそわ落ち着きがなくなった。
そしてこれがレース当日ともなると――
「せんせ、もう行こ、行こ!」
「早くいって準備です!」
宿の食堂にて、ノラとディアはあまりに気がはやり、今すぐ出掛けようとぴょんぴょんしながら俺の手を引っぱる。
まるで散歩が待ちきれない犬のようだ。
「待ちなさい待ちなさい。まだ早いから」
大会は午前中に受付が行われ、午後からレース開始という流れ。
こんな朝っぱらから向かうのは、大会の関係者、あとアイルのように店を開く者たちくらいだろう。
ひとまず俺は二人をそれぞれ脇に抱えて捕獲する。
「むふー」
「うあー」
大人しくなった。
ノラはまあわかるが、ディアも落ち着いたのは意外だ。
感化されているのだろうか?
「……ん、ん!」
するとペロを抱えたラウくんも仲間に入りたがる。
すでに両手が塞がっている俺は、仕方なくしゃがんでラウくんを肩車してやった。
結果、俺はラウくんを肩車、頭にはペロを兜のように被り、左右の腕にはそれぞれノラとディアを抱えるという奇抜な状態になった。
「これは……すごい!」
「ケインさん、すこし歩いてみてほしいです!」
ノラが喜び、ディアがせがむ。
俺は『動きにくい』という状態異常が発生中であったが、適当に食堂内をノイローゼの熊みたいにうろうろ歩き回った。
いったい何が楽しいのか、それだけでおちびーズはきゃっきゃと喜び、その様子をエレザとシセリアは微笑みながら見守る。
と、そんな時であった。
「やあケイン、来た――ぶふっ」
ひょっこりシルが現れ、おちびーズを装着した俺を見て噴き出した。
「あははは!」
「なんの御用ですかねぇ……」
おちびーズを解放しながら俺はうめく。
だいたい二週間ぶりくらいか?
相変わらず森で暮らしていた頃と同じで、竜のくせに威厳もなにもない気軽な登場である。
めっちゃ笑ってるし。
「あ、いや、悪い、べつに馬鹿にして笑ったわけじゃないんだ。ただ、あまりにも意外で。誰とも関わらないっ、みたいな感じだったお前が、ふふ……」
まったく、何がそんなに面白いのか。
楽しげなシルに渋い顔を見せてやる。
と――
「シルお姉さんこんにちは!」
「こんにちはー!」
「……ちわ」
「わん!」
会話の終わりを見計らい、おちびーズが挨拶。
それにエレザとシセリアも続き、シルは微笑みながら挨拶を返す。
「ああ、こんにちは。皆、元気そうでなによりだ」
宿にいる面子はシルと相知である。
しかし一人だけそうでない者もおり――
「師匠ぉー、なんかあったのかー?」
食堂が賑やかになったために様子を見に来たのだろう、準備を進めていたアイルがのこのこ厨房から現れた。
「ん? 宿の客か?」
「いや、俺の客だ。紹介しておこう。こいつは友人のシルヴェール。アロンダール山脈に住んでる竜だ」
「シルヴェールだ。よろしく」
「ああ、よろし――く? え? 竜? アロンダールの?」
アイル、目をぱちくり。
そして慌て始める。
「ちょちょ、師匠? ホントの話か?」
「本当だって」
「ええぇ、どうして……。なんか親しげだし、どういうこと?」
「ほら、俺って森で暮らしてただろ? それで知り合った。最初の友人なんだ」
「そ、そうなのか……」
アイルは驚いていたが、すぐにシルの前へ行くと跪く。
「お、押忍、アロンダールの守護竜シルヴェール様、お目にかかれて光栄です。オレ、金色の鷲の鳥を愛する者です。ちょっと前まで冒険者やってたんですけど、今はケインを師と仰ぎ、鳥専門の料理人になるべく修業中です。屋台でカラアゲ売ってます」
このアイルの挨拶に……シルは首を傾げる。
「金色の鷲の者か。だが……鳥専門の料理人? 守護幻獣が鷲なのに? 名前が鳥を愛する者なのに? ケイン、一応尋ねるが、カラアゲというのは……?」
「鳥肉を油で揚げた料理だ」
「そ、そうか……」
シルが何に困惑しているのか、なんとなくわかる。
アイルってもしかして故郷を追い出されたんじゃねえの?




