第5話 スローライフの真実
この身に起きたことをありのままに語るならこうだろう。
『異世界でスローライフを楽しんでると思ったら、実際は死に物狂いでサバイバルしているだけだった件!』
わけがわからない。
俺の話を聞いた者は、きっと何を言っているのかわからないと思う。
なにしろ俺ですらわからないのだ。
頭がどうにかなりそうだ。
その瞬間が訪れたとき、俺は自慢のログハウスでのんびりとお茶をしていた。
自家製の薬草茶を注いだ、古代の土器のようなみすぼらしい湯飲みは、俺が異世界に来て初めて作り上げた品。記念品であり、そしてささやかな誇りでもあった。
そして湯飲みの横にある皿には、元の世界にあったお菓子がこぼれ落ちるほどこんもりと盛られている。
これは俺が魔法で創造したもの。
ついさっき、創造できると判明したものだ。
そう、望みさえすれば、ごく一部ではあれど、俺はこうやって元の世界の物すらも魔法で創造できたのである。
この事実に早く気づいていれば、スローライフはもっと楽になっていたのではないか――。
そう思ったのがすべての発端だった。
次に俺は『元の世界の品々を創造するのは、せっかく安定してきたスローライフを台無しにしてしまうのではないか?』と危惧した。
そして『そもそもスローライフとは?』とその定義について考え、ついに気づいてしまったのだ。
スローライフをしているつもりが、サバイバルをしていたという事実に。
いや、サバイバルどころか、これってリアルにモンハンやっていたようなものではないか?
いくら舞台が自然豊かな世界とはいえ、あれはサバイバルを超越した何かであって、スローライフとは対極のものだ。
「い、いったいどうしてこんなことに……?」
ひとまず、どこで思い描いていたスローライフと食い違ってしまったのかを考えてみる。
スローライフといったら、おおよその人は脱サラしてのんびり田舎暮らし――なんてイメージがあると思う。
実際、俺もそうだった。
だからこそ、こうして自然豊かな場所を選んだのである。
しかし……だ。
本当にその選択が正しかったのか、今となっては疑問を抱かざるを得ない。
自分しかいないということは、なにもかも自分一人でやらなければならないということ。
これは大変な苦労である。
これなら少しばかり譲歩して『田舎』を指定すればよかったのか?
「いや、それはなにか……おかしい……」
先に述べたように、スローライフは『田舎でこそ』というイメージがある。
けれど、それは真実なのか……?
まるで田舎が『良いもの』であるような印象は、事実と食い違っていたりしないのか?
「田舎……? 田舎だと……? なにを馬鹿な……ッ!!」
田舎とはなにか?
田舎とは、前時代的な考え方が蔓延る閉鎖社会。
つまりは地獄だ。
信じられないのなら、田舎者に尋ねてみたらいい。
誰もが口を揃えて『地獄だ』と答えることであろう。
もし『素晴らしいところ』などとのたまう者がいたとしても、それは自分が縛りつけられている田舎こそが世界のすべてであると信じる啓蒙の足らぬ愚者か、もしくはそう信じるしかなかった未だ救われぬ者、あるいは精神異常者なのでその発言は耳を貸すに値しない。
くだらない地域行事への強制参加、お返しが当然となっている欲しくもないお裾分け、自治会・青年団・老人会・婦人会などなど、その地域においては法をも超える謎の権力を有し独自のルールを押しつけてくる結社の暗躍に翻弄されること――これらを心から歓迎する者ならば、確かに田舎は『素晴らしいところ』なのかもしれないが。
俺?
もちろん御免被る。
こんなものは穏やかな生活を蝕む害悪にほかならない。
田舎とはおぞましい親密さが蠢く地獄だ。
では、どうしてこれがスローライフに結びつけられたのか?
そもそも『スローライフ』という言葉の定義は曖昧だ。
穏やかな生活様式を表す言葉であり……いや、生活様式だけを表す言葉であったのだ。
スローライフをおくれば、穏やかな生活が実現される『かもしれない』という、ただそれだけの言葉。
だからこそ――利用された。
田舎に!
田舎に人を招き入れる、あるいは送り込むことによって利益を得ることができる詐欺師たちに!
「その最たる存在となれば……やはり、マスコミか……!」
奴らこそがスローライフという言葉を――いや、概念すらも決定的に変貌させた張本人で間違いない。
なにしろスローライフという言葉を恣意的に改竄、その危険性を『豊か』だの『充実』だの『気まま』だのといった言葉で覆い隠し、さらには『地域活性化』だのと大義名分を張り付けて日本中に拡散したのだから。
ああ、現代社会に疲れ、穏やかに生きたいと願う無辜の人々を騙し、田舎へと送り込むマスコミのなんと邪悪なことか!
「……そうだ、奴らはいつだって俺たちをもてあそんできた。1999年に世界が滅ぶだとか、とある連射名人はコントローラーのボタンにバネを仕込んでいたのがバレて詐欺罪で逮捕されただとか、そういう嘘っぱちを信じさせようと日々腐心している悪魔ども……!」
俺は悪魔にそそのかされた。
そそのかされて、もはや取り返しのつかない所まで来てしまった。
なにしろ異世界の森の中だ、もう目もあてられない。
「騙された……騙されていたんだ……ッ!」
湯飲みを手で弾き、壁に叩きつけて破壊する。
湯飲みは――ささやかな誇りだったものは、今やマスコミにまんまと騙されたことを証明する忌まわしいトロフィーへと変貌した。
だから破壊した。粉々に。
しかし――
「あ、あ……」
茫然としながら室内を見回す。
苦労して建てたログハウスの内部には、やはり苦労して作り上げた家具や道具があふれている。
「あ、うぁ、あぁ……ッ!」
恥だ。
この家が、この家の中にあるものすべてが……!
「ウォオオアァァァ――――――――――――ッ!!」
怒り、悲しみ、憎しみ――そして後悔。
溢れだした激情は魔法となって全方位に放出される。
「くたばれ! くたばれスローライフ! 地獄へ落ちろ!」
チュドーンッ、と。
我が家は木っ端微塵に吹き飛んだ。