第4話 鳥を愛する者 1/5
連日の薬草採取ピクニック。
いいかげん、もうそろそろノラとディアも飽きがくる――
「飽きない!」
「あきません!」
わけでもなかった。
何がそんなに楽しいのかわからないが、二人の薬草採取にかける意気込みはこの王都でも一二を争うに違いない。
要は二人で一位二位を独占というわけだ。
しかしながら、二人に薬草採取の経験ばかりを積ませ続けるわけにはいかない。このままでは薬草採取のスペシャリストになってしまう。なにも薬草採取専門の冒険者を目指しているわけではないのだから、そろそろ薬草採取も一段落させ、他の訓練にも取り組ませないといけない。魔法だってまだ使えないままだ。
ひとまず、あと数日は思う存分に薬草採取をさせ、それからは魔法指導に切り替えることにした。
で、ようやく終わりが見えた薬草採取へ向かうため、今日も今日とてお馴染みの面子で冒険者ギルドへお邪魔する。
最初のうちは居合わせた冒険者たちに『いったい何の集まりだ?』と怪訝な顔を向けられていた俺たちだが、連日の訪問に今ではすっかり馴染みの風景として受け入れられていた。
俺は付いてくるおちびーズと一緒に、いつも通り壁の掲示板にある常設の特殊採取依頼を吟味。
その一方で、シセリアとエレザは賞金首の張り紙を眺めながら王都に怪盗パルン三世が来ているとかなんとか話し合っていた。
「さて、今日は……」
依頼のうち、俺がどれを選ぶかはその日の気分次第。
そんな俺をちょっと離れたところでじっと見守るのが、錬金術ギルドの職員三人。
彼らは俺が依頼板を手に取ったところで、内一人が「ひゃっほー!」と声を上げて喜んだ。
どうやら何が納品されるかの賭けをしているらしい。
錬金術ギルドは楽しい職場のようだ。
「確認お願いしまーす」
「します!」
「お願いします」
「……しま」
「わん!」
なるべくコルコルの受けがよくなるようにと、俺はおちびーズと一緒になって依頼板と薬草を提出する。
が、しかし、コルコルの反応はかんばしくない。
「ちゃんとお仕事をしているのは褒めるところですが……。普通の薬草採取の方はどうなんです? まさかとは思いますが、ノラちゃんやディアちゃんばかり働かせているわけじゃないですよね?」
「はは、まさか。ちゃんとラウくんやペロだって働いているぞ?」
「貴方がちゃんと働いているかって聞いてんですよ、私は!」
おっと、今日もコルコルに怒鳴られてしまった。
「いや、誤解があるようだ。聞いてくれ」
「誤解ぃ~?」
コルコルは俺がみんなを働かせ、その報酬をちょろまかしているとでも考えているのだろうが、そうではない。
「薬草採取の報酬は、ノラとディアとラウくんの三人で山分けになっているんだ。冒険者としてお金を稼ぐ練習だよ」
俺やエレザ、シセリアは薬草探しに必死になる三人を監督し、ときどき先に見つけた薬草へと誘導したりする。
ペロなんかは『ここだ、ここにあるぞ!』と思いっきり吠えてラウくんを呼ぶが。
「まあ報酬は微々たるものだが、自分で稼いで貯めるのは楽しいみたいだな。目的もあるようだし」
「お金を貯めて、そのうち装備を調えるの!」
「わたしは宿に泊まるつもりです!」
ディアが言う宿とは森ねこ亭のことである。
うん、自宅だよね。
そのうちうまいこと誘導して、自宅への宿泊ではなくご両親への贈り物とか、そういう流れに持って行こうと考えている。
でもなー、夢だって言ってるからなー。
難しいかもしんないね。
せめて一回きりになるよう、頑張って説得しようと思う。
で、ラウくんは――
「……ほね」
「骨?」
ラウくんの発言に、怪訝な顔になるコルコル。
まあ『骨』だけでは何のことかわからんわな。
「ラウくんはお肉屋さんで肉がちょっとついた骨を買うんだ」
骨付き肉ならぬ、肉付き骨である。
ぶっちゃけ捨てるようなものを買っているわけだが、そこは肉屋のおっさんが良い人で、多く肉が付いた骨を特別に用意してくれる。
かろうじて骨付き肉とも言える、特製の肉付き骨だ。
で、ラウくんは親父さんにこれを炙ってもらい、まだかまだかとそわそわして「きゅーんきゅーん」と鳴くペロに与えるのである。
「なんて良い子なんでしょう……!」
これを聞いたコルコルはにっこり。
ラウくんはちょっと照れる。
「もうラウゼくんがペロちゃんの飼い主でいいんじゃないですか?」
「俺もそう思うんだが……飼い主となるとペロが抵抗するんだよ」
たぶん、前に勝負してラウくんが負けたからだろう。
ペロからすればラウくんは自分の子分なのだ。
「ちょっと話はそれたけど、俺が搾取してるわけじゃないってことはわかってもらえた?」
「理解しました。油断はできませんが」
「やれやれ、コルコルの中で俺の評価は一向に上がらないな。今のところ、依頼はすべて達成している優良冒険者なのに」
「ケインさん、ほら、あそこ、わかりますよね。一部だけ修繕されている壁。真新しくて無駄に目立つでしょう? 受付にいると、否が応でも目に入るんです。私はそれを見るたび、迷惑な誰かさんのことを思い出してイラッとするんですよ。あとコルコル言うな」
満面の笑みを浮かべながら語るコルコルの迫力よ。
人の印象は第一印象でほとんど決まってしまうと聞く。
どうやらコルコルの中で俺の評価が上がるのは、まだしばらく時間を必要とするようだ。
「はい。では、こちらが報酬となります。ご確認ください。またよろしくお願いします。――ってことで、ほら、とっとと薬草採取へ向かってください。ちゃんと保護者として、みんなの面倒を見てあげないと駄目ですからね」
棒読みからの追い払い。
今日もコルコルは手厳しいぜ。
さて、これで俺の方の仕事は終わり。
次は普通の薬草を集めに都市の外へピクニックだ。
と、皆でギルドを出ていこうとした、その時――
「おうおう、邪魔するぜ!」
なにやら活きのいいのがギルドに飛び込んできた。
まず目に付くのが――って困ったな、やけに目に付くところが多い。情報過多だ。尖ったお耳をした、緑髪金眼のエルフ娘というだけならまだいいのだが、長い髪を脳天から茶色の紐で縛りあげて立たせているので、なんだか椰子の木のように見える。顔には部族的な戦化粧が施されており、身につけているのはモンハンのロード画面みたいな柄……民族柄だったか? まあそんな柄の、極彩色な衣装である。
「オレの名は鳥を愛する者! 第一支部所属の銀級冒険者、〈緑風〉の鳥を愛する者だ!」
ゴキゲンな姿をしたエルフ娘は、皆の視線が集中するなか威勢良く名乗りを上げた。
この闖入者――アイウェンディルの登場に、俺たちも含め居合わせた者はみんなポカーンである。
いや、唯一ラウくんだけは俺の背にしゃっと素早く隠れたが。
で、ゴキゲンなオレっ娘エルフは場の空気などお構いなしに続けて言う。
「最近、この第八支部に〈猫使い〉とかいう活きのいい新人が現れたって聞いて、ちょっくら実力を確かめに来た!」
なんと、〈猫使い〉とな。
猫限定の獣使いみたいなものだろうか?
さすがファンタジー世界だ、妙な冒険者もいたものである。
「さあ〈猫使い〉はどいつだ! オレと勝負しろ!」
『………………』
オレっ娘エルフが宣言すると、ギルドに居合わせた者たちはそっと彼女から視線をそらした。
どうやらみんな関わり合いになりたくないようだ。




