表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】くたばれスローライフ!  作者: 古柴
第1章 森を出よう、都へ行こう
28/250

第28話 事態は目を覆わんばかりの

 その日、ユーゼリア王国の第一王子オルセイドは、父であるエルクレイド王に庭園へ呼びだされた。

 直ちに――とわざわざ告げられるほど重要な話があるらしい。


「緊急の用件となると……なんだ?」


 近頃、父は王位の継承をほのめかしてくるようになっていたが、こんな急に呼びだして告げるような事柄ではないはずだ。

 では……大森林の異変か?

 だが、もしそうであればその情報はまず自分に入ってくる。


 大森林の調査を主導するのはユーゼリア騎士団だ。

 この団は王家の私兵であり、団長は王族が務める。現在はまさにオルセイドが団長であり、調査の結果は逐次彼の元へ上げられてくるのだ。

 そのオルセイドが知らないというのであれば、この予想もまた違うのだろう。

 いったい何事なのか?

 疑問に思いつつ庭園に訪れたオルセイドは、そこで予想もしなかった話――アロンダール山脈の守護竜から依頼をされた事を聞かされることになった。


 守護竜の友を襲った何者か、その捜索――。


「……ん?」


 ふとオルセイドが思い出したのは、大森林への遠征兼調査から戻った第五隊より上げられた報告書の内容。


 そこには若い狩人についての記述があった。

 本人は狩人というが、実際には卓越した魔導師であり、隊長であるファーベルの見解では使徒の可能性がある、と。


「(あれ、その若者は王都に来てるって話だぞ? もしその若者が本当に使徒で、さらに竜の捜す加害者であった場合……)」


 じっとり嫌な汗が滲み出す。

 オルセイドは直ちに騎士団本部へと走り、第五隊の隊長ファーベルと騎士アロックを呼びつける。

 まず二人には『守護竜の依頼』についての説明を行い、次に容疑者となった若者――ケインについてより詳しい情報を求めた。


「怪しくはありましたが、悪い印象は受けませんでした。しかし、よくその言動を観察すると、すぐにその異質さに気づきました」


 妙なところは幾つもあった、とアロックは言う。

 狩人と言いつつその姿は散歩するような装いであり、また、無傷の狂乱鼬の価値を知らなかった。

 収納の魔法を使えるほどの魔導師でありながら、それをなんでもないことのように振る舞っていた。

 彼――ケインは自分がどれだけ『普通』から逸脱しているか、それすらもわからないほどに『世間知らず』だったのだ。


「その時、私はふと思い出したのです。使徒の話を」


「なるほど……」


 アロックの言葉にオルセイドはうなずいた。

 使徒は自分の強さに無頓着なことが多い。さらに言えば世間知らずで、遭遇した者は『浮世離れした相手』という印象を受けるようだ。


 また、使徒は基本的には温厚であると聞く。

 が、往々にして人には理解できない謎の規範――例えば理想、理屈、理念、こだわり――を持っている場合が多く、これが原因となって大騒動や大混乱が引き起こされることになる。

 最も有名なのは、今や御伽話として語られる、二百年ほど昔の使徒――スライム・スレイヤーだろう。


 世界中のスライムを殺し尽くそうとした男。

 スライムは有益な存在であり、これを失うことは甚大な損失となるため世界中の国家が動くも、そんなものものともせずに打ち破り、スライム絶滅までもうあと一歩というところまでいった狂人だ。


 幸い、最後にはスライム・ガーディアンという謎の存在により倒されたようだが、それですぐにスライムの数が元通りになるわけでもなく、世界はしばらくの間、日々生産される汚物の対処に苦しむことになった。

 このことから、世間ではスライム・スレイヤーによって発生した世界規模の戦いを『ウンコ大戦』などと呼んでいる。

 その『ウンコ大戦』の結果としてユーゼリアという国が生まれたことを思うと、王子であるオルセイドはいつも悲しい気持ちになる。


「もし本当に使徒であれば、竜とてうかつに手出しはしないだろう。いくら竜であろうと、使徒に『滅ぼす対象』と定められることは避けたいはずだからな……。で、そのケインとやらをどう見る?」


 オルセイドに尋ねられ、ファーベルは「ふむ」と一つ唸ってから口を開く。


「なるべく丁寧に応対したからかもしれませんが、守護竜のご友人の家を吹き飛ばすような者には見えませんでしたね。娘だけでなく、砦にいた騎士たち、それから商会の者たちとも打ち解けていました」


 ファーベルは『娘の恩人について詳しく知りたい』というていでケインに関わった砦のすべての者に話を聞いて回ってみたが、全員彼に好意的であり、終いにはシセリアの旦那にちょうどいいのでは、と勧められる始末で、それもいいかもしれないとわりと真面目に考えていた。


「狩りにはシセリアをまとわりつかせましたが、気分を害した様子もなく、むしろ親切にされたと言っていました。やはり基本的には温厚なようですね。まあひねた見方をすれば、我々になんの脅威も感じなかったということなのかもしれませんが」


「ふむ……。砦では何の問題もなく、王都へ来るのを阻止する理由は見つからなかったわけだな。だが、冒険者ギルドではさっそく問題を起こし、続いて奴隷商でも問題を起こしたようだぞ? まったくの善良とは言えないようだな」


「はい。意外な気もしますが、そのようです。とは言え、それほど問題にもなっておらず、その場で大人しく弁償に応じていることから、悪辣とも言えないようです」


「まあそうだな。冒険者ギルドでは当たり屋まがいの真似、奴隷商では自分の押し売り? いやそもそも奴隷紋って気合いでどうにかなるようなものだったか? 詐欺や押し売りよりも、そっちの方が大問題なのだが……」


「使徒であるという説得力が増しますね。紋章が現れたら一発なのですが」


「その確認はさすがに無理だ。使徒でなくとも、収納の魔法が使えるような魔導師を激怒させるなど、碌なことにならん」


 嫌そうな顔でオルセイドは首を振る。

 使徒は激しく感情を高ぶらせると、その額に『猫の紋章』が浮かび上がるというのは有名な話だ。


「冒険者ギルドと奴隷商では問題を起こしたケインですが、一方で宿泊することになった宿屋の者たちには親切で、良好な関係を築いているようです」


「うーむ、どうも掴み所がないな。気まぐれなような……。まあなんであれ、まずはケインが守護竜の捜す加害者であるか、その確認を取らねばなるまい」


「はい。では、娘を向かわせ、それとなく話をふらせて反応を見ることにしましょう」


「うん? いや……いいのか?」


「気乗りはしませんが、今のところうちで一番親しい者となると娘しかいませんので。それに、騎士としては非才な娘ではありますが、悪運だけはあるので、おそらくなんとかなるでしょう」


「そ、そうか……。弟も大概だが、お前も大概だな」


 オルセイドはシセリアを気の毒に思いつぶやく。

 と、そこでファーベルがなにやら急に渋面となったことに気づいた。


「ん? どうした?」


「あの、実はですね、その、ノヴェイラ様なのですが……」


「ん? 姪がどうかしたのか?」


「現在、ノヴェイラ様はケインに弟子入りして、同じ宿で暮らしています」


「はあああぁ!?」


 予想外の情報にオルセイドは目を剥いた。


「ちょ、ちょっと待て、予想外すぎて頭がついていかん! どうしてそんなことになっているのだ!? エレザリスは何をしている!?」


「副団長はノヴェイラ様のメイドが本職だからと、宿で一緒に生活しています」


「あんの阿呆! 団の運営を全部俺に放り投げてろくに仕事もしないくせに、事態をややこしくするとはどういうことだ!」


「経緯については副団長から報告を受けているのですが……これはオルトナード様の家族の問題ということで、団長に報告するかどうかはオルトナード様が判断することだと……」


「あの弟がわざわざ報告してくるわけなかろうが! 言え、どういうことだ!」


「え、えっとですね……」


 と、ファーベルの説明により、オルセイドはどうして姪がケインの弟子になったのか、その経緯を知ることとなった。


「なるほど、巡り合わせが悪かったとも言えるか……」


「どうしますか? オルトナード様に事情を説明して――」


「いや、弟に話をするのは無駄だ。王宮に戻らなければよいということならば、エレザリスに言ってどこかへ避難させる」


「では副団長に事情を伝え、ノヴェイラ様がケインから離れたところで娘を向かわせ、まずは話をさせるということで」


「うむ、おおよそはそれでいく。あとは状況が悪化した場合にどうするか、作戦を詰めることにしよう」


 それから、オルセイドはほかの隊長たちも集め事情を説明。

 計画の実行を明日とした。


 が、その翌日――。

 事態は急変する。


『――王都に住む民たちよ、聞け、偉大なるエルクレイド国王陛下は人を捜しておられる! アロンダール大森林の奥地に存在した家、それを無残に破壊した者を! 王はこの者を捕らえた勇者に、望むままの褒美をくださることだろう!』


 もぐりの公示人たちによる、王都各所での情報流布。

 何故このようなことになったのか、現段階では『おそらくは他国の間者の暗躍があったのでは?』と推測するしかなかった。

 もぐりの公示人たちにちょっと金を払い、宣伝してもらうだけで、上手くいけばユーゼリアの首都を引っかき回せる――かもしれない。

 要は――


「嫌がらせかッ! ふざけやがってッ!」


 流布された情報からして、知られた内容は守護竜からの依頼だ。それはつまり、情報を流した者はその場にいた者、警護の騎士かメイドか、それともその者たちから話を聞いた誰かか。


 だが今は犯人捜しをしている場合ではない。

 まさか噂を流した黒幕も、守護竜の捜している加害者が使徒かもしれないとは思わないだろう。

 もし知っていたら、こんな軽率なことはしなかったに違いない。

 いくらなんでもそのくらいの知能はあるはずだ。


「ファーベル! ケインの様子はどうなっている!?」


「そ、それなのですが……とくに変わりなく普段通りのようです」


「ん? そうなのか?」


「はい。しかし噂に敏感な冒険者の中には、新参者であるケインに目をつけた者もいるようで、すでに仲間を集めて動き出しているようです」


「面倒な……。仕方ない、計画を急ぐ! 下手にちょっかいをかけられる前になんとかするのだ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 猫の紋章……? 肉球マークなのか猫の顔なのか……
[良い点] 加害者なのは間違いない。 問題は、被害者でもあると言う点だけだ。 大問題だ(ωー
[一言] もう何年も小説家になろうを読んでるけど、 吹き出し笑いしたの久しぶりかもしれない。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ