第26話 勇者ラウくんの戦い
昼食をとったあとは公園で運動能力の確認だ。
「ディアちゃん、公園まで競争!」
「えっ――あ、ノラお姉ちゃん待ってー!」
ノラとディアは意気揚々と宿を飛びだし、そんな二人をゴキゲンなペロが『うひょー!』と追いかける。それに遅れ、エレザが地面を滑るような早足でついていく。ちょっと怖い。
「ラウくん、お姉ちゃんたちめっちゃ元気に走ってっちゃったけど……走る?」
「……」
ラウくんは黙したままふるふると首を振り、そしてきゅっと手を握ってきた。
「ゆっくり歩くか」
「……ん」
男なら、どんと構えてそぞろ歩き。
ラウくんの頷きには、そういった心構えが秘められている……ような気がした。
こうしてゆっくり公園に到着することになった俺たちは、まず先に来ているはずの先発隊を捜索する。
「集合場所を決める間もなかったからなぁ……」
「んー……?」
気配を探りながら散歩することしばらく。
湖畔の草原にて、ノラとディアがペロを追いかけ回したり、追いかけ回されたりしているのを見つけた。
「ま、まだ走ってんのか……」
元気が有り余っているのか、それとも疲労を認識する感覚が機能していないという子供特有のアレか。
少し離れたところでは、エレザが二人と一匹を見守っていた。
「ん!」
ここでラウくんが俺の手を離し、お姉ちゃんたちのところへ突撃。
一緒に駆け回り始めた。
すっかり遊びに来たような状態になってしまっているが……まあいい、キャッキャと声を上げながら走り回るのもよい運動だし、体が弱ければあんなふうに遊ぶことはできないもの。これも一種の運動能力の確認だと考え、ひとまず満足するまで走り回らせることにした。
「で、ノラはどこのお嬢さまなんだ?」
エレザの隣に並び、俺はちょっとした世間話をもちかける。
ごく狭い世間の話になるが、一応でも俺は知っておいた方がよいだろう。
しかし――
「さて、わたくしには何のことか」
微笑みながら首を傾げるエレザ。
俺も宿屋一家のように、細かいことは気にせず大らかに受け入れるとでも思っているのだろうか?
だとしたら、なかなかいい性格――いやまあ襲撃からの撤退、で、その日のうちにひょっこり現れるんだから、そりゃいい性格なのは間違いないのだが。
なんとなくの予想だが、エレザは野宿するノラを隠れて見守っていたのだろう。それは不測の事態に備えてであり、もしかするとノラを脅かして家へ帰らせるためであったのかもしれない。
で、そこにのこのこ現れたのが俺だ。
ノラは宿に来る気満々であったが、エレザからすればどこのゴブリンの骨とも知れない男がお嬢さまを連れていこうとしているわけだ。
そりゃあ阻止しようとするだろう。
だが密かに見守っている手前、そのまま出ていくわけにはいかない。このあたりは『自分一人きりで』みたいな、ノラと親父さんの取り決めがあったのではあるまいか。
そこでエレザが考えたのが、これまでノラにも秘密だった全身鎧モードで出ていって、俺を追っ払い、ついでにノラも家に帰らせるという作戦だ。
まあ、上手くはいかなかったが。
シセリアが現れて退いたのはよくわからないが、騎士団の関係者と知り合いならそこまで悪質なゴブリンの骨ではないと判断した、そんなところだろう。
「思うんだが……あんたがノラを指導するのはダメなのか?」
「奥様との約束でそれはできないのです。怒ることはないと思いますが、変に拗ねられても面倒くさいので」
「俺が指導するのはいいのか?」
「どうでしょう?」
「曖昧なのかよ……」
結局、エレザとの世間話で得られたものはなく、そうこうしているうちにぜーはーぜーはーと息を切らしながら、おちびーズがこちらに集まってきた。
ペロだけはまだ元気だな。
「よーし、じゃあ休みながら聞け。元気なのはよくわかったから、次にちょっと二人で試合をしてもらうことにした。で、二人は扱える武器とかある?」
「私は剣!」
元気よく答えたのはノラ。
一方、ディアは思い出すようにしながら言う。
「わたしは……えっと、ちょっとずつ色々です」
「ちょっとずつ色々……?」
「短剣、剣、槍、斧、鎚、弓と……」
「そ、そうか……」
あの夫妻はディアをバトルマスターにでもするつもりか?
「あー、ディアは色々扱えるようだが、今日のところはノラに合わせて剣を使うことにしよう。ちょっと待てな」
俺は〈猫袋〉から森で見つけたやたら軽い木を取りだし、ちゃっちゃと加工して小振りの木剣を二本拵える。
「よし、これを使え。軽いから当たってもそんな痛くないぞ。ほれ」
ぽこぽこ、とノラの頭を叩いてから木剣を渡す。
叩かれたノラは痛がるよりも不思議がっていた。
「痛くない……。軽い……。なにこれ?」
「俺がいた森にはこういう不思議な木があるんだよ」
「へー、面白そう」
面白い……か?
うっかりすると地獄みたいなところに迷い込む森だが。
「でもケインさん、こんなに軽い武器で訓練になるんですか?」
ぽこぽこと、ディアが渡された木剣で自分の額を叩きながらもっともな質問をしてくる。
「これは訓練っていうより確認だな。まあまずは戦ってみてくれ」
そろそろ呼吸も落ち着いてきたようなので、さっそく試合をするよう促すと二人はそれぞれ剣を構えて向かい合った。
「では、始めー」
合図により、二人は戦いを開始する。
ディアが両親から訓練を受けていることは聞いたが、ノラも何かしらの指導はされているのか、闇雲に突撃するようなことはなく、相手との間合いを計りながら、攻撃する隙を探し、時には牽制の攻撃をくわえて自分の状態を有利にしようとしている。
なんとなく始まった試合だが、二人は真面目、一生懸命に戦っている。
「えーい!」
「やー!」
頑張っている。
「とー!」
「たー!」
しかしながら、やはりまだ十歳そこらの少女。
繰り広げられるのはスポーツチャンバラ、子供の部。
これではノロイさますら倒せまい。
「どうですか、お二人は?」
どうしようか考えていると、エレザが何か期待をするような表情で尋ねてきた。
「なんか俺がどんな評価を下すか楽しみにしているようだけど、あいにくと武器の扱いについてはド素人なんでね」
「おや、先ほどは確認と仰いましたが……?」
「ああ、確認はしたよ。二人をどんな状況でも生き延びられるようにするには、やっぱり魔法を覚えさせるのが手っとり早い」
たとえ二人がちゃんとした武器を手にしていたとしても、突如としてガチムチの剛賢猿なんかが現れ、頭をゴチンゴチーンとされたらそこでおしまいなのだ。
ならばその運命を覆すには?
これはもう魔法しかないだろう。
なにしろ、俺も魔法で九死に一生を得、さらには二年間にわたるサバイバルを生き延びたのだから。
「魔法を……覚えさせる?」
「ああ、まずは水からだな」
そう方針を決めたところで、服をちょいちょいと引っぱられた。
見やると、そこには何やら物欲しげな顔をしたラウくん。
「ん? あ、お姉ちゃんたちと同じようなのが欲しい?」
「うん……」
こくこくとラウくんがうなずくので、俺はさらに小振りな剣を作ってあげた。
「ん……!」
手にした木剣を掲げ、ラウくんは誇らしげだ。
「よし、せっかくだからラウくんも戦ってみるか」
俺はまだ駆け回っていたペロを呼び、ラウくんの正面に配置。
「……?」
ラウくんはペロと戦うのかと、ちょっと戸惑っている。
だが一方のペロはやる気。シュタッ、シュタッ、と身構えからの身構えを繰り返して意気込みをアピールしている。
「心配しなくても大丈夫、こう見えてこいつ強いから」
「わん!」
その通りだ、と応じるように吠えるペロ。
というわけで、ラウくんとペロの試合開始だ。
ファイッ!
「むぅ!」
ラウくん、まずは果敢に攻撃をしかける。
が、ペロはこれをひらりと回避。
振りおろした剣は空を切り、そのままぽこんと地面を叩く。
その隙にペロはラウくんの足元。すばしっこく、ぐるぐると駆け回ってラウくんを翻弄する。
足元をもふもふに抑えられたラウくんはバランスを崩し、ぼすん、と尻もち。
「――ふわっ」
「あおーん!」
ここぞとばかりに襲いかかるペロ。
仰向けになったラウくんの顔をめっちゃペロペロ。
「んむぅぅぅ――――ッ!」
顔をなめ回され、悶えるラウくん。
勝負あり。
これでもかとペロペロしてるペロをどけると、ラウくんは巌のごとき不満顔で固まっていた。
「おお、勇者ラウくんよ、死んでしまうとは情けない」
舐め回されたままではつらかろうと、〈猫袋〉から取りだした布を魔法で出したお湯に湿らせて拭いてやる。
が――
「あれ、蘇生失敗……?」
ラウくんはまだけわしい表情のまま仰向け状態。
うん、拗ねてるねこれ。
幼くても男の子、こんなちっこいもふもふに負けたのは納得いかないのか。
しかたない、ここは蘇生アイテムを使用するしかないと、俺は手のひらの中に飴玉を創造する。
「はい、あーん。甘い飴だぞー」
「……!」
これにはラウくん、にっこり笑顔で復活した。
すると――
「はい! はい! ケインさん、はい! わたしもほしいです!」
「はーい! せんせー! 私もー!」
いつの間にかこちらの様子を見守っていたディアとノラが騒ぎ出す。
「はいはい、ディアとノラもね」
「ありがとうございます! って、甘っ!? この飴、甘っ!?」
「すごくおいし甘い……先生の飴すごい。ありがとー」
飴一つで騒がしくなった。
まあ元の世界の飴を再現したものだからか。
で――、だ。
「………………」
エレザが微笑みを浮かべながら、じぃ~っと見つめてくる。
えっと……飴、いりますか?




