第24話 隠れんぼガチ勢
「なあノラ、あの人とお知り合いだったりしない?」
「わかんない」
「そっかー、わかんないかー……」
まあお知り合いだったら、それはそれで面倒かもしれないが。
「さて、まいったね」
禍々しい全身鎧の隠れんぼガチ勢は、その鎧の造形だけでなく、放つ気配もまた禍々しいものである。日が傾き、薄暗くなった林の中にあってなお陰る瘴気を揺蕩わせ、その威圧感は俺でも圧迫感を覚えるほど。これが隠れんぼガチ勢の『鬼』モードなのか。あんな『鬼』に捜し回られたら、小さい子なんか心に深刻な傷を負うぞ。
「ノラ、つらくないか?」
「大丈夫、抱えられるの得意だから」
「ん?」
あれ、話が通じていない……?
ノラはあの全身鎧から何も感じないのか? それとも、あそこまでいくと、もうノラのような子供には感じられなくなるのだろうか?
ならまあ、小さい子と隠れんぼしても大丈夫か。
と――
「……」
そこで全身鎧はすっと腕を上げ、ノラを指し示す。
そして次に自分の足元を指差した。
「置いていけって? ――はんっ、お断りだ」
「……」
全身鎧はやれやれと首を振り――。
次の瞬間。
「――ッ!?」
来る、と意識した時にはすでに目の前。
振りかぶられた拳――いや、手のひら。
もしかして手加減?
だが――
「どっせい!」
バチコーンッ!
空いている手で払いのけたところ、物凄い音がして、余波を喰らった近くの木の幹がベコメシャッとヘコんだ。
これ、グーとかパーとか関係ねえだろ……。
「先生、すごい……!」
ノラに褒められた。
今のをすごいの一言で片付けられるお前もすごいぞ。
さて、現状、俺は勝手にノラに関わっている部外者。
サバイバルの訓練をすると約束しただけの関係である。
しかし――。
もうノラを見捨てるわけにはいかないのだ。
もし見捨ててしまえば、俺はマスコミのごとき外道へと堕ち、もはや悠々自適な生活の実現は叶わなくなる。
悠々自適とは魂の在り方。
引け目や悔いを残しては、辿り着くことのできない境地なのだ。
こうなると、もうあとは徹底抗戦しかないのだが……まずは体勢の立て直しをはかりたい。ノラを抱えて戦うのはなにかと不利。せめて背負う状態に移行したい。
くそっ、こんなことならペロを連れてくればよかった。
投げつけてやったのに。
きっと喜び勇んで全身鎧にじゃれつき、時間を稼いでくれたことだろう。
「ちっ、しゃーねー。――ノラ! 口を閉じていろよ!」
こうなったら強引に距離をとる。
「〈空を自由に飛びたいな〉ッ!!」
「――ッ!?」
突然の大声、怯む全身鎧。
瞬間。
ゴウッ――と。
突如発生した瞬間的な加速は、俺とノラを宙へと吹っ飛ばす。
その様子は、まるで遊園地にある逆バンジーのアトラクション、あるいは戦闘機から飛び出す射出座席。
これを飛行魔法――などと言うのは、あまりにもおこがましいことだろう。
なにしろこいつの効果は『飛ぶ』ではなく『発射』であり、制御なんて利きやしないとんでもないポンコツなのだ。
だからこそ、俺はこの魔法に〈空を自由に飛びたいな〉という由緒ある名前をつけた。
そこには『空を飛びたい』という俺の真摯な願いと、上手くいかない現実の為体に苛立ってのやけっぱちが込められている。
「おおおぉ――――――ッ!?」
口を閉じてろと言ったのに、ノラは絶叫マシンでも楽しむように大はしゃぎ。
根性が据わっているのか、のん気なのか。
ともかく、俺は抱えたノラごと林冠を突きぬけて空へ。
途端に降りそそぐようになった雨は適当に散らす。
一応、さらに〈空を自由に飛びたいな〉を使用することで擬似的に空を飛ぶことも可能だが、この場は大人しく放物線を描ききって着地することにした。
で、その着地場所であるが――
「先生、湖に落ちちゃうよー!」
「大丈夫!」
やっと慌てだしたノラをなだめ、俺は湖の水面に着地。
雨により波紋だらけとなっていた水面は、着地の衝撃によって、ぼよよよんっ、と特大の波紋を生みだした。
「なにこれー!」
「はいはい、魔法魔法。それよりノラ、手伝うから、なんとかこう、俺にしがみつきながら背中へ移動するんだ。片手が塞がったままじゃやりにくい」
「ん、わかった!」
素直に従うノラを支えてやりながら、背中へ移動したところで〈猫袋〉から取りだした縄を使って固定する。
よし、これで多少激しく動いても大丈夫。
パーフェクトおんぶだ。
と、そこで全身鎧が林から姿を現し、湖の上に留まる俺たちを見つけると駆けだした。
草原を、さらに湖の水面までもを。
その途中、全身鎧は左の手のひらからずもももっと剣(やっぱり禍々しい)を引っ張りだし、そのまま俺に斬りかかってきた。
これを俺は左手で弾く。
バギャーンッとえらい音がした。
「――ッ!?」
素手で剣を防がれたことに、全身鎧は動揺。
だが、左手に傷ができていることに気づいたか、すぐに連撃で押し切ろうとしてくる。
「先生、がんばってー!」
「ああ、頑張ってる……よ!」
正直、左手が痛い。けっこう痛い。
でもここで下手に剣だの盾だので対処しようとしても、扱った経験のない俺では、むしろ動きが悪くなるだけだ。
まずそもそも剣とか盾なんて持ってない。
だって、いらなかったから。
いつだって俺はステゴロのガチンコ勝負で魔獣へ挑み、傷つき、適応することで無理矢理どうにかしてきた。
もうちょっと粘れば、きっとあの剣の鋭さにも適応するだろう。
とはいえ、ずっと防戦一方で斬られ続けるのは面白くない。
全身鎧の連撃はいつまでも続きそうだったので、俺は刻まれるのを覚悟で強引に右ストレートを繰り出す。
ドゴンッ――と。
それはカウンターというよりも相打ちであった。
俺と全身鎧、双方が相手の攻撃によって撥ね飛ばされるように大きく後退。
このぶつかり合った余波で、ずどどーんと水柱が高々と噴き上がり、巻き込まれたお魚さんたちがぴちぴちと宙を舞う。
「あ、お魚が……! ごめんね、驚かせちゃって!」
この状況で魚を気遣うノラ、心優しいと褒めておこう。
どうせなら、俺のぶんもいっぱい謝っといてくれ。
その間に、俺は回復魔法で傷を癒すから。
「〈痛いの痛いの飛んでいけ〉!」
傷に触れて意識を向け、ちゃんと名前を唱えないと発動しないという微妙に使い勝手の悪い回復魔法。
だが、効果の方は抜群だ。
すぐに左腕に刻まれていた傷がにゅるんと剥がれてまとまり、赤い鳥へと変化する。大きさは鳩より二回りほど小振りで、体は血の赤。翼、尾、顔は黒く、太く大きなクチバシは鮮やかな黄色。
けっこう可愛らしい鳥だ。
「チュピピピッ!」
誕生した赤い鳥はすぐに飛び立ち、俺の頭上をぐるっと一周してからどこかへと飛んでいく。
いったいどこへ行くんだろうな。
森で暮らしている間、それこそ群れができるほどあの赤い鳥を飛ばすことになったが、未だどこへ行くのかはわからないままだ。
「よし、治った」
すみやかに治療を終えた俺は再び全身鎧へと意識を向ける。
が……なんだろう、奴は固まっていて、攻撃の気配が霧散してしまっていた。
「せ、先生、いまの、なに?」
「見たことないか? 回復魔法だ」
「ええぇ……。ち、ちがうよー? 回復魔法ちがう。あんなふうに鳥が出てくる魔法じゃないよー?」
ノラの訴えには、全身鎧までうんうんと頷いている。
「いやいや、回復魔法はなにも一つきりってわけじゃないだろ? まあ確かに、使ってる俺自身、変わっていると思う。でもあれで、ちゃんと回復魔法なんだ。ほら、すっかり治っただろう?」
「治ったけど、治ってるけどー!」
ノラはなにやら納得がいかない様子。
仕方ない、まだ幼いからな。世の中には個人の納得などお構いなしの不条理が溢れているものなのだ。大きくなったらわかる。
で、全身鎧なのだが……何故か攻撃してこなくなった。
ノラを諦めたのではなく、動きあぐねているらしい。
ここはこちらから攻める?
そう考えた時だ。
「こぉらぁ――ッ! そこぉ――ッ! なぁにやってんですかぁ――――――ッ!」
畔から聞き覚えのある大声が。
ちらっと目を向けると、そこには数日前に別れたシセリアの姿があり、ほかにもちらほら、見覚えのある従騎士の面々がいた。
「ってケインさんじゃないですか!? ケインさんですよねッ! ちょっとぉ――――ッ! 無視しないでくださぁ――――いッ!」
いや無視ではなくて、全身鎧から気をそらさないようにしているんだが……。
「――ッ」
と、そこで全身鎧が想定外の動きを見せた。
すたこら逃げだしたのである。
「はあ?」
追うかどうか。
考えているうちに全身鎧は水面を駆け、林に飛び込んであっという間に姿を消してしまった。
「なんとかなったってことで、いいのか……?」
釈然としない。奴なら騎士団くらい蹴散らせそうなものだが……。
不特定多数に姿を見られるのを嫌がったのか?
ともかく、脅威はダッシュで去っていったので、俺は騒がしいシセリアの元へ向かった。
「よう、シセリア、元気そうだな」
「平然と水面歩いてきて『よう』って……相変わらず無茶苦茶ですね。まあひとまずそれは置いといて、ケインさん、いったい何をやっていたんですか?」
「襲われたんで応戦してた。きっかけは――」
と、俺は成り行きをシセリアを始めとした従騎士の面々に話して聞かせる。
「なるほど。林の様子がおかしいということで、訓練中断して調査することになったんですが……正解でしたね」
シセリアはそう言うと、全身鎧が走り去った方を見やる。
「ケインさんと戦えるほどの危険人物がこの王都に潜んでいたとは……。こんなのうちの副団長か、ルデラ様くらいしか対処できないんじゃ……」
「……ッ」
不意に、背負ったままのノラがぴくっと震える。
反応したのは副団長か、それともルデラ様か。
「ケインさん、どうします? その……ノラちゃん? あの邪悪な感じの鎧の人がその子を狙っているなら、うちで保護するのも良いと思うんですけど……」
「なるほど。ノラ、どうする?」
「先生といくー」
ぎゅっと俺の首にしがみつくノラを見て、シセリアは微笑む。
「あはは、ケインさんが保護するなら、うちよりも安全かもしれませんね。ならそれでいいと思いますよ。父には私から伝えます。ケインさんのやることなら、父もとやかく言わないと思いますし」
「わかった。じゃあ隊長さんによろしく。俺は森ねこ亭って宿屋に泊まってるから。何かあればそこに来てくれ」
そうシセリアに伝え、ようやく俺は公園を後にすることができた。
△◆▽
野良少女を保護しようとしたら、ひどい目に遭った……。
あの全身鎧、また現れるのだろうか?
まあ現れるのだろう。
となると、事が収まるまでは特別警戒態勢、宿屋周辺にも油断なく気を配るようにしないといけない。森であればそこら中に魔法の罠をしかけてやるのだが……さすがに無関係のご近所さんを吹っ飛ばすわけにはいかないため自重する。
宿に戻った俺は、まず風呂の準備をしてノラを放り込んだ。
「かわいいお風呂! おもしろい!」
「よく温まれよー」
で、それから俺は宿屋一家に事情を説明し、危険が及ぶかもしれないことを詫び、何かあれば全力で対処すること、それからノラを泊まらせるので宿代を払うことを告げる。
しかし――
「いやいや、ケインくんからお金は貰えないよ」
「だったらどこから貰うんですかねぇ……!」
この人、本当に宿屋を『経営』する気はあるのか?
もしかすると、いずれ宿代を払うのにいらぬ難儀をすることになるのではないかと、俺は少し不安になった。
いや、もうすでに難儀しているのか……。




