第27話 今日は『永遠』が生まれる日
聖都滞在三日目。
今朝も猫たちに『おはようですにゃ~ん』とふにふに揉まれて起こされたが、昨夜はあらかじめ宿側にち○~るを提供しておいたこともあってミッドナイトにゃんは発生せず、しっかり睡眠をとることができたので気持ちのよい目覚めとなった。
やはりちゃんと眠れた朝というのは精神も安定するようで、とくに嬉しい予定もないのに気分は前向きになり、『今日はいいことがありそうだ』なんて漠然とした期待も抱いてしまう。
部屋を出たあと、俺は昨日と同じように皆と朝食をとり、迎えに来たヴァーニャに連れられて大神殿へと向かった。
式典から一夜明けた都市では人々がパレード用に変えた街並みを元通りにする作業に追われていたが、もう急ぐ必要はないためどこか穏やかでゆるい雰囲気があり、場合によってはお片付けそっちのけで談笑に興じている人なんかも見かける。
そして、だ。
「あっ、シセリア様だ! おはようございまーす!」
「はーい! おはようございまーす! 今日も良い天気でよかったですね! お片付け日和ですよー!」
「シセリア様ー! おはようございまーす! シセリア様が今日も聖都を巡ってくだされば片付ける必要はないんですけどねー!」
「いーやーでーすー! 昨日は一度きりだからって頑張ったんですよー! そしておはようございまーす!」
人々はシセリアに気づくとことごとく元気に挨拶をしてきた。
シセリアもまたこれに元気よく挨拶を返し、邪妖精たちもノリで一緒に挨拶を返している。
「よくもまあ一日でこれだけ馴染んだな……」
一昨日この都市に来たばかりなのに、シセリアと聖都民のやり取りはもう長いこと付き合いがあるように一種堂に入ったものとなっていた。
「ふふ、なんだか聖都の雰囲気が明るくなったように感じます。これもシセリア様のおかげですね」
「私のー? そうでしょうか? んー……でもまあ、そうだったら嬉しいかもですねー」
ヴァーニャの言葉を完全には否定しないシセリア。
なにかあれば『自分はなにもやっていない!』と容疑を否認するシセリアにしてはめずらしいことだ。
まあ、たぶんあれだろう。
「さて、面倒事は今日で終わりです! 明日はヴァーニャさんに案内してもらって、のんびり聖都を見て回りましょうね! きっと楽しいですよ!」
認定式典を乗り切り、すっかり憂いがなくなったシセリアは元気溌剌、最高にハイってやつなのだ。
あれだけビビっていた聖職衣風の服も今日は平然と着ているほどである。
「まあ……そうだな。今日を乗り切れば全部終わり。あとはのんびりすればいいわけだ」
「むー、のんびりなら、コタツのあるうちですればいいものを……」
「ええー、まだ支店の話なんもしてねえんだけど……」
シルとエルフがなにか呟いている。
まあシルの言うことはわからんでもないが、あと滞在してもせいぜい二、三日なんだからここは我慢してもらうとしよう。
そのあとは家に帰って、冬の間はもうずぅ~っとのんびりおコタしていればいいのだ。
エルフについては知らん。
こうして俺たちは聖都観光の話に花を咲かせつつ大神殿へ。
到着したあとはそのままヴァーニャに連れられ昨日の会議室とは違う法廷っぽい雰囲気の広間へと案内され、レオ丸や枢機官たち、それから数人の神官とゴロにゃんたち神殿騎士に迎えられた。
「よいか、くれぐれも妙なことはするでないぞ?」
爺さんが小声で釘を刺してくる。
だが『妙なこと』とはどんなことだろうか?
俺はいつだって物事には真剣に取り組んでいるのだが……。
「皆さん、おはようございます。昨日に続き、ご足労いただきありがとうございます。本日、皆さんには堅苦しい空気の中、そう面白くもない舞台劇を眺めてもらうという退屈な時間を強いることになってしまうのですが、どうぞご容赦を」
俺たちに挨拶してきて、そしていきなりぶっちゃけるレオ丸。
たぶんレオ丸自身『面倒くせえ』って思ってるんだろう。
「正直なところ、この審査会に限ってはもはや結果ありきの形式的なものにすぎません。しかし、だからこそ形式を無視するわけにいかないのですよ。ちゃんと小難しい顔をして、皆さんに話をした、という事実を用意しなければなりません。まあそれは私たちの役割で、皆さんに一仕事してもらうようなことはないので、そこはご安心を」
にこにこしているレオ丸はそう言うと、次にシセリアを見た。
「ああそれとシセリアさん、ここではお菓子を食べるのは我慢してくださいね。この場での出来事はなんであれ書記官がつぶさに記録するため、後世に『聖騎士シセリアは審査の場でお菓子を食べていた』なんて伝わってしまうことになりますよ」
「むう……」
シセリアは不服そうである。
普通ここは『お菓子なんて食べないよ』と否定するところだろうに……。
△◆▽
さっそく審査会が始められることになり、まずは皆で所定の位置につく。
レオ丸は奥の高くなった場所にある席に着き、その手間で緩いカーブを描きずらっと並ぶ席には枢機官たちが着席。神官たちは部屋の隅にある席に向かい、ゴロにゃんたちは壁際に控えた。
で、俺たちはというと、レオ丸や枢機官たちの正面にある席で質疑応答といった感じだが、人数が多いのでなんだか傍聴席で見学する人たちみたいなことになっている。
俺やシャカのほか、シル、クーニャ、エレザ、アイル、爺さんなどはそう普段と変わりない様子であったが、会議の様子が記録されると聞いたからだろうか、おチビたちは無駄にキリッとした顔になって、これからの話を一生懸命聞く態勢になっていた。
気疲れで居眠り始めちゃわないといいが……。
ちなみにシセリアと邪妖精たちはというと、開始前にレオ丸からおやつ禁止令を出されたことでショボーンとしている。
「ではこれより、信仰団体『豊かさを招く猫を崇める者たちの集い』が正しき信仰の元に生まれた同朋であるか否か、その最終的な判断を下すための審査会を執りおこないます」
レオ丸の開始宣言。
これに広間の隅に控えていた書記官たちが、さっそくカリカリと審査会の様子を記録し始めた。
「まずはこの審査会の出席者を確認させていただきます」
そう言ってレオ丸は名乗り、次に枢機官たちの名を順に読んでいき呼ばれた者は「はい」とだけ応える。
要は厳かな出席とりである。
枢機官のあとは神官、そのあとは神殿騎士と続き、最後に俺たちが名を呼ばれ返事をしていってこの行程は終了となった。
「では次に『豊かさを招く猫を崇める者たちの集い』の略称を定めることにします。すでに団体内では『招き猫』という呼称を用いているとのことですので、この審査会でも以後はこの『招き猫』で呼称させていただきます」
略称一つ使うためにもわざわざ宣言をして記録させる。
まったく形式張って堅苦しい、そりゃあレオ丸が面倒がるわけである。
そのあとレオ丸の指名に応じて枢機官たちが『招き猫』の成り立ち、現在の組織構成、活動内容を丁寧に解説していき、その都度、俺たちに間違いがないかの確認をとる。
丹念に、それでいて滞りなく速やかに進む審査会は、レオ丸の言ったとおり『面白くない舞台劇』のようであったが、俺たちのやることはそれこそ返事をするくらいのもの、楽といえば楽だった。
やがて――
「これまでの情報に偽りはなく、『招き猫』はその誕生から現在の活動に至るまで信仰に背くようなおこないはないようです。このことから、わたくし、大神官ナゴレオールは『招き猫』を同朋にたる信仰集団と認定すべきと考えます」
そう告げ、レオ丸はしばし黙す。
長々と続いたこの舞台劇もようやく終わり――かに思われたが、どうもそんな雰囲気ではなかった。
レオ丸の表情はめずらしく神妙であり、やがて書記官たちの手が止まったところでレオ丸は再び口を開いた。
「最後に、この度の審査は本来であれは不要であったことを述べておかなければなりません。そもそも私たちはニャザトース様はおろか、神猫様方にもお目にかかったことはないのです。そんな私たちがニャザトース様と直接言葉を交わしたケイン様、そのケイン様より出でたシャカ様、そのご両名が一体となり、ニャルラニャテップ様より名を賜ったニャスポーン様が直接創設された『招き猫』を認める認めないと審査にかけるなど、そのおこない自体が不敬なことでしょう」
レオ丸が神殿批判とも受け取られかねないことを話し出す。
が、枢機官たちはそれを止めるどころか静聴していた。
「それを理解しながら審査をおこなったのは、神殿という組織を縛るしがらみ、神猫様方の機嫌を損ねてはならないという過剰な忖度ゆえのことです。ですが、いったい私たちの誰が、神猫様方の心の機微を知りえるでしょうか? すべては憶測、そう、憶測でしかないのです。私は危惧しています。いずれ神殿は尊き方々の名において過剰な抑制を始めるのではないかと。あの方々の機嫌を損ねかねない、この一言でどのようなおこないも封殺することがまかり通るようになってしまうのではないかと」
なんとなく理解する。
レオ丸は後世に注目されるであろうこの審査会、その記録に警告を加えようとしているのだ。
「ニャザトース様は私たちの繁栄を許しています。これは間違いのないことです。であれば、畏敬のあまりなにもかもを自粛し、自粛させることは見当違いもいいところでしょう。ニャザトース様は繁栄を萎縮さることなどお望みではないのです」
断言し、レオ丸は一度口を閉じる。
そして書記官たちが発言を記録し終えたところでまた語りだす。
「聖都は穏やかな都市です。ですが記録を調べるに、かつての聖都はもっと活気に溢れ、各宗派の祭典も実に賑やかなものであったとあります。それがいつから、慎ましく粛々と祈るだけのものになったのでしょうか?」
残念そうにため息をつき、レオ丸はさらに続ける。
「どなたかが言いました。猫は騒がしいのが苦手なので、きっと神猫様も喧しい祭りはお気に召さないだろうと。ええ、確かに、確かに猫は騒がしさが苦手です。善意からだったのでしょう。きっと、なにもかもが善意なのでしょう。しかし、だからこそたちが悪いのです。私たちは溢れんばかりの善意で、人々を誤った道へと導いているのではないのでしょうか。退屈な安寧ばかりが寝そべる穏やかな地獄へと人々を誘っているのでは……!」
つい熱がこもり声を荒らげたレオ丸だったが、ここで一つ深呼吸して静かに語りだした。
自分の前で背を向けて並ぶ枢機官たちへ向け。
「皆さん、昨日の式典は本当に素晴らしいものでしたね。人々が楽しそうに笑い、声を上げ、大騒ぎをして……。あの様子を見て、私はあらためてシセリアさんが聖騎士に相応しい方だと思いました。そして誓いました。シセリアさんが聖都を去ってのちも、時々はあれくらい大騒ぎできる聖都にしようと、戻そうと。……ふふ、これまで以上に皆さんには苦労をかけることになるでしょうが、どうぞよろしくお願いしますよ。私は、皆さんが選んだ大神官なのですから」
てっきり後世への警告かと思ったが……違った。
これはレオ丸が神殿の改革をおこなうという宣言だったのだ。
不本意な審査会を開かねばならないのであれば、これを改革の第一歩にしてしまおうとは、なかなかしたたかなことをする。
ただの全肯定おじさんではなかったか。
「さて、審査とは関係のない話を長々としてしまいましたが、ここで最後の確認をおこなおうと思います。『招き猫』の宗派認定に異議のある方はいますか? あれば挙手をお願いします」
この確認は言外に改革の手伝いをしてくれるかどうか、それを枢機官たちに問うものでもあるのだろう。
つまりここでの異議はレオ丸との対立も意味するもので……。
しばしの静寂。
審査会はこのまま静かに閉会する――かに思われた。
が、一人の枢機官が挙手をする。
豊穣卿だった。




