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【書籍化】くたばれスローライフ!  作者: 古柴
第6章 バースデーは永遠に
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第26話 あなたのお家はどこですか?

 シセリアの聖騎士認定式典は大盛況のうちに幕を閉じた。

 うん、大盛況の式典ってなんだろうね?


 つか盛況すぎて『聖都をもう二、三周!』なんて要望がきたり、大勢が大神殿に押しかけてきたりしてるんだが。

 どうもシセリアが妖精界で培ったパフォーマンスは、聖都の皆さんにとって強すぎる刺激だったらしい。


 思うのだが、きっと人々はシセリアを『聖騎士』として尊敬とか崇拝はしていないのだろう。

 その言葉に、踊る姿に惹かれた。

 だから支持したい。

 応援したい。

 つまり聖都民はシセリアのファンになってしまったのだ。


 まったく、神さまのお膝元たる聖都で静かに暮らしていた人々をすっかり魅了してしまうとは罪なお嬢さんである。

 で――


「魔界で魔界騎士、妖精界でニャミーちゃん、汎界では辺境伯と聖騎士……。これはもう行くところまで行っちゃったんじゃないですかね? つまり、逆に考えればもうこれ以上の出世はないということですよ! やりました、これで不安な日々とはおさらばです!」


 その罪なお嬢さんがなにか言っている。

 現在は妖精騎士フォームから聖職衣風の清楚モードに戻り、不要(シセリア曰くそもそも不必要)となったスプリガンは俺たちが最初に訪れた大広場のど真ん中に放置して聖都民のオモチャになっている。


「あー、ようやく私のもとに安寧が訪れました。ここまで長かったです。これからは静かに余生を過ごすのです」


 長いもなにも一年未満の話だが……。

 まあシセリアの人生、その十五分の一と考えれば長いとも言えるのか。


 このように、シセリアはすっかり肩の力を抜き、うまうまと満足げにお菓子を食べている。

 パレード中、『お姉ちゃんすごーい!』とはしゃいでいたおチビたちや、シセリアと一緒になっていた邪妖精たちもそのご相伴にあずかり、どうもパレードに感銘を受けたらしいエレザは甲斐甲斐しく世話を焼いていた。


「ふう、いっぱい踊って疲れたので、お菓子の甘さが染みますね。あ、ケインさん、温かいココアくだしあ」


「お前はすごいなぁ……」


 純粋に褒めているし、あきれてもいる。

 聖都をこんなにしておいてコレ、お菓子をもしゃもしゃなのだ。


 つか、ここって会議室で、これから話し合いなんだが。

 レオ丸とか枢機官とかゴロにゃんたち神殿騎士とか集まってるんだが。


 にもかかわらず苦情がこないのは、シセリアという個にどれほどのことができるか、はからずともその影響力をまざまざと見せつけたからだろう。

 この顛末をありのままに受け入れているのは、どうやらにこにこしているレオ丸くらいのもので、枢機官たちはあきらめの境地に至ったのかもはや厳かに灰となっており、神殿騎士たちはシセリアに対する(あなず)りが消えうやうやしくなった。


 聖騎士は神殿騎士の延長線上にあるもの――。

 そう漠然と考えていたことが過ちあったと理解したのだ。

 聖騎士は――聖騎士に選ばれるような者は自分たちとはまったく違う、隔絶したヤベえ存在であると思い知ったのである。


 どん引きしたり、力試しを申し出たりできたのは、まだ自分たちに近い存在だと思っていたから。

 そんな甘えが消えた神殿騎士たちは今ではもう顔つきまで違ってしまい、お菓子をもしゃもしゃしているシセリアにも敬意を払い、偉大な存在を迎えているような細心の注意と集中でもってこの場に臨んでいる。


 まあこんな感じのビフォー・アフターだが、聖都に多大な影響を及ぼしたものの、妙な惨事に至ることもなく式典を終えられたことは幸いと言えるだろう。

 確かにシセリアの聖都での仕事はこれで終わりだし、このところずっと憂鬱……ではないな、スプリガンとおさらばできるかも、なんて勝手な思い込みでウキウキしてたな。

 うん、もういいや、ココアだけ与えてほっとこう。


 さて、この場でおこなわれることだが、大きくわけて三つある。

 まずは枢機官全員との正式な顔合わせ。

 次に俺の貢献(?)に対する神殿からのお礼。

 最後にクーニャによる引っ越し猫たちへの聴取である。


「えー、皆さん、今日は本当にご苦労さまでした。式典を無事終えることができたのも、皆さんの尽力の賜物でしょう」


 レオ丸の労いを聞き、なんとも言えない顔になる枢機官や神殿騎士たち。

 結果的には成功と言えるだろう。

 だが、本当に自分たちの働きがいかされていたかどうかは……。

 あと本当に『無事』と言えるのか……。


 各々思うところはあるようだが、かといってそれを口に出すのは躊躇われるようでみんな黙り込んだままレオ丸の話に耳を傾けている。


 こうして、妙な空気に包まれる中まずは挨拶が始まったわけだが、すでに式典前、休憩所で待機していた俺たちのところに時間の取れた者からちょくちょく会いに来ていたので、正式な挨拶とはいえ簡単なものとなり、これは滞りなくすぐに終わった。


 次の神殿からの感謝もすぐに終わる。

 レオ丸が俺の貢献(?)を列挙して感謝の言葉を述べ、俺が「どういたしまして」と応えるだけなので当然といえば当然。

 ついでに神棚の特許料みたいなものを寄付することについての取り決めをして、それで終了だ。


 で、最後にクーニャによる引っ越し猫たちの聴取が始まるわけだが……言わばこの聴取こそが会議の本命だろう。


 まずはヴァーニャがその越してきた猫たちを連れてきた。

 尻尾をにょきっと立てて、ヴァーニャの後ろをついてくる様子はシセリアのせいで若干ゆるかった会議室の空気をさらにゆるくする。


「それでは、わたくしクリスティーニャによる、猫たちの聞き取りを始めます」


 大役――かどうかはわからないが、神殿のお偉いさん方に注目されてクーニャは真剣になっている。


「貴方たちはどうして元の住処を離れ、こっちに来たんですか?」


 やや漠然とした質問だが、相手が猫なのだから仕方ない。

 猫たちはウェスフィネイ王国(やっと覚えた)とその周辺から聖都に来ているようだが、だからと『ウェスフィネイ王国から来たんだな?』なんて尋ねても猫たちにはなんのことかわからない。

 人がつけた名称など、猫たちには関係のない話なのだから。


 それでも事が明らかになったのは、ヴァーニャの能力によるところが大きいらしい。

 猫の存在を感じられる。

 聞けばそう大した事のない能力に思えるが、カバーする範囲が想像よりもずっとすごい。

 聖都にいながら魔界のニャニャ降臨を感じ取ったり、特別な場所にいる神猫たちの様子がおかしいってことまでわかるってんだから相当である。


 そんなわけでクーニャのお仕事は猫たちが『なにから逃れてきたのか』を明らかにするよう、うまいこと俺たちに理解できる返答を引き出すことになっている。


 ウェスフィネイ王国やその周辺国との連絡が途絶でもしていれば事態は深刻と判明するのだろうが、大神殿と諸神殿とのやり取りは続いており、異変についての報告もない。


 ならば問題はないのか?

 いや、だが猫たちは住処を移した。

 なにかある、なにかがあるのだ。


 レオ丸や枢機官、神殿騎士、そして元ウェスフィネイ国王であった爺さんも真剣な眼差しでクーニャと猫たちのやり取りを見守っている。

 見守っているのだが……あれだ。

 聴取の様子があまりにファンシーなので両者の乖離がすごい。


 難しい顔をしたお偉いさんたちの一方で、クーニャが『犬のお巡りさん』ならぬ『猫の婦警さん』として猫たちに話しかけ、これに猫たちが『にゃんにゃんにゃにゃん』と鳴いて答える状況は、それらすべてが一つのコントのようであった。


「クリスティーニャさん、猫たちはなんと?」


「それが……どうも要領を得ないもので……」


 クーニャ曰く、猫たちは皆同じことを言おうとしているようだが、それをうまく抽象化できないようで感想ばかりになっているらしい。

 その感想は『嫌な感じがする』とか『なんか違う』とか『不愉快』と、ネガティブに偏ったものだ。

 こちらとしては、その『何が』嫌なのか、『何が』違うのか、『何が』不愉快なのか、そこを知りたいわけだが……。


「うなーう!」


 どうしたものかと皆で頭を悩ますなか、大きく一声鳴いたのは毛艶がくすむ一匹の老猫だった。


「あ、こちらの猫さんがもう少し詳しく話してくれるそうです。『最近の若いのはなっとらん』と憤っています」


 あー、そういうの、猫社会でもあるんだ。


「のうのうおぁーう、おうおうー」


「えーと、こちらの猫さんが言うにはですね、この猫たちはそれまでのんびり暮らしていたのですが、ある時から『違う』と感じるようになったということです」


「ぬぁんぬおーう、にゃうにゃうにゃっ、おあーん」


「でも自分たちには『なにが違う』のかわからない、と。ただ不愉快な感じだけがあって、それが我慢ならなくなり逃れてきたそうです」


「猫たち自身にもわからないこと、ですか……」


 そうレオ丸は困惑し、枢機官たちもどういうことか判断ができず戸惑っているようだったが――


「なあクーニャ、その猫にさ、神殿に住んでる猫っていったいなんなのか尋ねてもらえるか?」


「なんなのか、ですか……?」


「ああ、普通の猫でないことはわかるだろ? 普通の猫は転移門なんて使えないわけだし」


「あー、ええ、ですね。では……えーと、神殿に住んでいる貴方たちは、自分がどんな存在か知っていますか?」


「なーん……?」


「あー、わからないそうです」


「さすがにそこまで賢くはないか……」


「ケイン様、今の質問にはどのような意味が?」


「意味つーか、ニャニャは神殿猫を弟妹と言ったんだ。それって要は神さまと繋がりがあるってことだろ?」


 世界の監視のため放し飼いにしているとか、シャカも本来はそうなっていたのではとか、いくつか仮説はあるがひとまずおく。

 今重要なのは『神さまと神殿猫には繋がりがある』ってところだ。


「もしかしてさ、猫たちが感じてる嫌悪感? それって実は神さまが感じていて、猫たちに伝播しちゃってるんじゃないか?」


『は?』


 真面目な会議に参加している連中からいっせいに『なに言ってんだおめえ?』みたいな顔で凄まれてしまった。

 怖いんですけど。


「いや、これならヴァーニャが言ってた、ニャニャたちが落ち着きをなくしてるって話にも繋がるんじゃないかなーって思うんだが」


「……世界の一大事では?」


 かもしれず、さすがのレオ丸も顔が強張る。


「まあ仮説にすぎないけどさ、これはよく調べたほうがいいかもな」


「そ、それはもちろん……」


 結局、その後も聴取は続けられたが有益な情報は得られず、俺の仮説以上に事態を説明できる解釈も出てこなかった。

 会議は最後に『調査の必要性は大』として、すでに調査を進めているユーゼリア王国の神殿と密に連携をとり、来年の春頃には神殿騎士による一種の威力偵察をおこなうことに決まった。


 こうして会議は終了、聖都二日目の用件がすべて終わった。

 さて、明日の楽しい審査会だ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] うーん、ネコを理解せよ もしや不快の元は世界に仇なすスローライフ集団かな
[良い点] 更新お疲れ様です。 >世界の一大事では? いやホントにねぇ…。動物の危機察知能力って人間のが児戯ってレベルで優れてますからね。間違いなくなんかあるんやろなあ。 いわゆる虫の知らせってやつ…
[良い点] これもうシセリアが「私何かやっちゃいました?」系の主人公になりつつあるような
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