第24話 聖騎士までの下り坂
「それではこれから式典の打ち合わせ、その後に身支度をしていただきますので、シセリア殿は私たちと一緒に」
そう言ってレオ丸はシセリアを連れていこうとしたが、ここで思いもよらぬ一悶着が発生した。
「誰か、誰か一緒に……!」
シセリアが一人は寂しいとごねたのである。
「シセリアさん、落ち着いてください。ほら、私がご一緒しますよ」
「そうだぜ、オレたちも一緒だ!」
「なーんも心配することはないって!」
「そうよ、どーんと構えていなさい!」
「誰かぁ~……!」
エレザと邪妖精たちが同行するというのにシセリアはむしろ悲壮。
このままでは時間が押してしまうと危惧した俺は、一つ提案をする。
「シセリア、このエルフはいるか?」
「よう、せっかくだから聖都支店の打ち合わせもしようぜ!」
「いりません。森に返してきてください」
ダメだった。
どうも聖騎士様はエルフがお気に召さぬらしい。
もしかすると『エルフ好き』なんてものは、エルフが存在しない世界にしかいないのかもしれないが。
「仕方ない。じゃあシャカを派遣してやる」
シャカがいれば場の空気がやわらぐし、なにかあれば抱きつくことで癒してもらうことだってできる。
厳めしいゴロにゃんだってシャカを見る目は優しく、表情も若干ながら弛み気味。
隊長さんたちは言わずもがなだ。
こうして万全の布陣を得たシセリアは大人しく連行されていく。
メイドと妖精とでかい猫が付き添う様子はとてもメルヘンだ。
その後、残された俺たちは猫広間の休憩所で猫たちと戯れながらのんびりお喋りをして時間を潰し、けっこうな時間待たされたあと連絡がきたので神殿前広場に設置された舞台へ向かうことになった。
「俺たちも舞台へ上がっていいもんなの?」
「それはもう! 皆さんはシセリア様の関係者ですから!」
式典を見に来た人々からすれば『誰だあいつら?』ってなると思うんだが……まあそっちいいならいいのだが。
若干の困惑を覚えながら向かった舞台は整列した神殿騎士たちが取り囲んでおり、見た感じではかなり厳重な警備をしているように思える。だが実際のところは見栄えと、このあとおこなわれるパレードの段取りとして集められているのだろう。
「うお、かなりの人集りになってるじゃないか」
舞台という高い位置に来たことで広場が見渡せるようになり、ここでやっと人の多さを把握して驚くことになった。
昨日告知の今日開催だというのに、当代で初となる聖騎士の誕生をその目で見ようと集まった人々は広場を埋めんばかり。
信心深さゆえか、それとも娯楽に餓えていたのか。
「あ、皆さん、シセリア様たちがいらっしゃいましたよ!」
ヴァーニャに言われ目を向けると、俺たちに遅れシセリア率いるメルヘンパーティーが舞台に上がってきた。
そこで『わあ!』と感嘆の声を上げるお嬢ちゃんたち。
シセリアの服装が聖職衣っぽく、それでいて清楚さを感じさせる立派な服に変わっていたのだ。
さらにシセリア自身も上品なお化粧が施されているので、普段を知らない者であればやんごとなき身分のご令嬢と勘違いしそうである。
ただ、惜しむらくは表情がげんなりしていること。
そりゃまあこの人集りを見れば顔も曇るというものだが、エレザや邪妖精たちなんかは自分のことのように誇らしげな表情をしているのに……実に惜しいことである。
とはいえ、それでも今のシセリアは充分見栄えがするため、お嬢ちゃんたちは『すてきー!』とはしゃぎながら、きゃっきゃと撮影を始めた。
「なあシセリア、それ薄着っぽいけど寒くないのか?」
「それが温かいんですよ、この服。なんでも珍しい魔物の一部に生えてる毛を集めて作ったとかなんとか……。きっとヤバいくらいの高級品ですよ。返す時に怒られたくないんで、絶対に汚さないようにしないと……」
こいつ、もしかして表情が暗いのはその服が理由なのか?
会場の人々はさておいて?
「いやいやシセリア殿、その服は差し上げるものですよ」
「ふわぁ!?」
そうシセリアを驚かせたのは舞台に上がってきたレオ丸。
さらに後ろからは三人組を始めとした枢機官たちが続く。
「さ、さすがにこんなの、貰うわけには……!」
「ですがシセリア殿のためにあつらえたものですから、受け取って頂かなくてはこちらも困ってしまいます」
「えっ、うええええぇ……!?」
「……まあ貰っておけばいいんじゃないか? つか受け取らないわけにはいかない物だろ、たぶん」
周りから神殿との関係拒絶と受け取られかねない。
そう説明してやると――
「あばばば……!」
シセリアが壊れてしまった。
きっと今日はこっそりお菓子を貪る隙がなくて、ストレスをやわらげるのに必要なお菓子成分が不足していたのだろう。
このままで式典の進行に差し障ると思い、仕方がないのでシャカに盾になってもらってお菓子を食べさせる。
「ううぅ……私、こんな高級な服なんて貰っても……いやまあ着るのはいいんですよ? 普通に素敵じゃないですか。でもこんなのを普段着にする勇気はさすがに……」
「いやそれ普段着じゃないよね?」
重要な場に出席するための礼服みたいなものだろう。
聖職衣に寄せてあるのも神殿の関係者、さらに言えば特別な立場にあると暗に知らせるためとか、そんなものであるはずだ。
なのにこいつときたら……。
つかもうけっこう元気になってんじゃねえか!
△◆▽
その後、枢機官を始めとした神官や神殿騎士たちの尽力が功を奏したようで、式典は予定どおりに開催されることになった。
まずレオ丸は拡声用の魔道具を用いて開催の挨拶をおこない、そのまま今回の式典の意義についての話を始める。
「聖騎士とは世に多大な貢献をはたす特別な人物のことです。そして今回の聖騎士認定とは、神殿がその人物を『特別』と認め、その身分を保障し惜しみない協力をするという盟約なのです」
聖騎士は神殿騎士のように完全な神殿所属の存在ではない。
なので任命ではなく認定ということか。
でもこれまでのシセリアを思うと、まったく神殿所属という感じではなかったのだが……まあ特殊な例だったということなのだろう。
「では、このたび認定を受けるシセリア・パティスリーはいかなる人物であり、どのような貢献をはたしたのか? それをこれからお話することにしましょう」
次にレオ丸はシセリアの経歴を語り始めた。
話は『ユーゼリア王国の王都ウィンディア生まれ』と生い立ちから始まったが、このへんは重要ではないので履歴書のようなダイジェスト紹介だ。
肝心なのは今年の春頃からのこと。
「王都ウィンディアの安全に多大な寄与」
シセリアの功績として最初に挙げられたのは、春頃に起きた騒動の解決に一役買ったことであった。
当時はまだ従騎士という立場であったものの、都市を混乱へと陥れかねない騒動を未然に防ぐための特使に抜擢され見事これを達成……したらしい。
「この功績により、従騎士であったシセリアは騎士に任命され、神殿もまた評価し神殿騎士に抜擢することになりました」
これって俺とシルの話なのかな?
べつに王都が混乱するほどの騒動にはならかなったと思うが……まあこれはシセリアを持ち上げるため誇張しているのだろう。
「さらにこれが契機となり、シセリアは使徒ケイン様とアロンダール山脈の守護竜たるシルヴェール様との友誼を結ぶこととなったのです」
合っているような、違うような……。
まあいまさらだし、シルも否定するつもりはなさそうだからいいんだけども。
「その後もシセリアは王都で起きる事件に関わり、なかでも目を見張る活躍となったのが魔導学園での事件でした。学園に出現した恐るべき魔物の集団を神殿騎士を率い討伐。多くの生徒たちを救ったのです」
あったな、そんな出来事も。
俺としてはシルがマシュマロも焼けないポンコツであったことのほうが印象深いのだが。
そういえば最近シルって料理作ってくれないな……。
ニャスポンのときお世話しすぎたからか?
「その後、シセリアは一時的に活躍の場を魔界へと移すことになります。そして魔界の統一に絶大な寄与をすることとなったのです」
ジンスフィーグ王国のゴーディン国王に協力したシセリアは、魔界の聖地にて執りおこなわれた統一記念式典で発生した異端の者らによる騒動の中、身を挺し人質とされた諸侯の子供らを守った。
この際、伝承にある古き妖精たちの作り出した鎧――スプリガンがシセリアの前に現れ、シセリアはその主となることで劣勢であった状況を打開した。
……。
そうだったっけ?
いや、言われてみればそんな感じだったような気もするが……。
「この活躍はゴーディン国王のみならず魔界各国の王、そして諸侯たちがシセリアに大きな信頼を寄せるきっかけとなり、犬狼帝となったゴーディン国王はシセリアを魔界騎士に任命、魔界で知らぬ者はいない存在となりました」
うん、これは間違ってないな。
そのまんまだ。
そういや貴族のお子さんたちのところへ遊びにいかせないと……。
「魔界から帰還後、その活躍を聞き及んだエルクレイド国王はシセリアを伯爵へと陞爵させましたが、しかし、彼女は傲ることなく、都市の子供たちの面倒をみるなど民と同じ場所に立ち活動を続け、それはやがて新たなる信仰集団『豊かさを招く猫を崇める者たちの集い』の尊師に推薦されるきっかけとなりました」
実際は伯爵級という身分を気にしないようになっただけで、子供たちには大人げないマウントをとっていただけなんだが……。
まあ、ものは言いようである。
「その後、妖精界での騒動を聞きつけたシセリアは単身乗り込み、結果として妖精界と汎界との架け橋となりました。妖精女王の覚えもめでたく、妖精たちからは愛されているようです」
本当にものは言いようだな!
ところで事件の内容を語らないのは、やっぱり不都合な真実を伏せておくためだろうか?
主にスライムなんとかの。
「この功績にエルクレイド国王はさらなる陞爵を決め、シセリアはユーゼリア王国では特別とされている『辺境伯』に叙されることになったのです」
『……? ……?? ……???』
途中からすでにどよめきは起こっていたが、今ではすっかり会場を包み込むほどに広がってしまっている。
聖騎士に認定される少女については噂されていたのだろうが、まさかここまでの功績を積み上げた人物とは思ってもみなかったのだろう。
それもすべてが今年の内の話なわけで、もうここまでくると『なんかすごい人』を通りこして『なんかヤベえ奴』だ。
「そしてこのたび、ここ聖都では長らく不在となっていた聖騎士に就いてもらうようお願いする運びとなりました。すでに大神官たるわたくしナゴレオールと枢機官団、ゴロニャロス大団長を始めとした神殿騎士たちはシセリア・パティスリーが聖騎士に相応しい人物であると認めています」
あとは、と。
レオ丸は観客たちに呼びかける。
「皆さん、この会場に集まってくださり、わたくしたちの盟約の証人となった皆さんが認めていただけるのであれば、その瞬間に聖騎士シセリア・パティスリーの誕生となります。どうでしょう? 認めていただけますか? 認めていただけるのであれば――どうか拍手を! 思わずあちらのニャザトース様が目を開けてしまうような、大きな拍手をお願いします!」
そういやこの舞台は大神殿の上の超巨大猫をバックにしてるんだよな。
と思った瞬間――。
拍手、万雷の。
そして歓声が上がる。
「割れんばかりの拍手をありがとうございます! この拍手をもちましてシセリア・パティスリーの聖騎士認定は承認されました!」
この瞬間、シセリアは聖騎士となったのであった。




