第23話 それは『永遠』の前日譚
朝ですにゃ~ん。
おはようですにゃ~ん。
聖都滞在二日目の朝は、そんな感じで鳴く猫たちにふにふに揉まれることで始まった。
通常であれば待機猫は一匹、なので起こしてくれる猫も一匹なのだろうが、悪夢のごときミッドナイトにゃんの末、俺の部屋には特別(?)に七匹の待機猫が朝っぱらから愛想を振くことになっている。
ああ、恐るべきはち○~るの魔力か……。
弁解させてもらえば、なにも俺はこの宿で騒動を起こしてやろうなんて思ったわけではない。
純粋な動物愛護、お仕事をしている猫へご褒美をあげただけ。
なのにあのような事態。
予想できるわけない。
だというのに爺さんはガミガミと……。
まあ幸いだったのは、事態収拾のため駆り出されることになった従業員の皆さんは怒っておらず、俺への当たりが実に柔らかかったことだ。
「うちの猫たちにおやつをくれるお客さんはけっこういるんですけどね、こんなに喜んでるのは初めて見ますよ!」
おくれー、それおくれーとせがむ猫たちをさばきながらの笑顔。
ここの猫たちは本当に大切にされているようだった。
「どうもまだ眠いな……」
若干寝不足なのはもちろん昨夜のミッドナイトにゃんが原因なのだが、忙しい中かかってきたレオ丸からの長電話も要因の一つだ。
べつに重要な用件というわけではなく、その内容は神殿枢機官の三人も神さまの像を撮影してきゃっきゃしていたとか、爺さんを聖人認定してはどうかと相談してるとか、そんなどうでもいい内容である。
たぶん電話で会話してみたかっただけだと思う。
にゃーにゃー猫たちに鳴かれながらベッドでぼんやりすることしばし。
意識がはっきりしてきたところで俺は身支度を整え、ひとまず朝食を取るため食堂へと向かう。
そんな俺のあとを、立てた尻尾の先をにょきにょきさせながら猫たちもついてくる。
お仕事だとはわかっているのだが……どうもチップを虎視眈々と狙っているように思えてしまうのは、俺が世の猫たちに毒されているからだろうか?
そんな疑問を抱きながら訪れた食堂にはすでにうちの面々が集まっており、一名、頭にヒヨコを乗せた野蛮なエルフが他のお客に「カラアゲって知ってるか? いずれ世界を席巻するすげえ美味ぇ鳥料理なんだぜ?」とうざ絡みしていたので成敗した。
食堂に平和が訪れた。
「おはようさん。もしかして俺を待っててくれたのか?」
「皆での食事がすっかり習慣になっているのでな」
シルはそう言うとさっそく側に控えていた従業猫に朝食を頼み、頼まれた猫は「みゃん!」と元気よく返事をしてから、とてとて離れたところにいる従業員のもとへ歩いていった。
「あれ、無駄だろ。普通にあの人に聞こえてるだろ」
「お前は風情のないことを……。子供たちを見てみろ」
いやまあお嬢ちゃんたちはちゃんとお仕事してる猫を見てほわわ~ってなってるが。
逆にペロはむすっとして、服を着せたテペとペルに向かってボクたちも頑張るぞって鼓舞してるが。
「うーむ、どうもこの宿は俺には合わんようだな……」
「うん? どうしてだ?」
「猫を飼ってて染みついた習性というかなんというか、猫に対しての意識が『世話してやらねば』って方向でな、逆にお世話されると違和感を覚えて落ち着かないんだ」
「ははっ、なんだそれは。あ、いや、そうか。お前がやたら猫に餌をやるのはそれが原因というわけか」
「たぶんなー」
きっと俺は猫カフェのような場所にいっても、お客の前に出せるくらいにはお行儀のいい猫たちに違和感を覚えて落ち着かないのだろう。
△◆▽
シルとお喋りに興じることしばし。
さすがに配膳は人でなければ無理らしく、従業員たちが食事の用意をしてくれた。
さっそく俺たちは朝食をいただき、食べ終えてひと休みしていたところでヴァーニャが迎えにやって来る。
「皆さん、おはようございます! 今日もよく晴れていて、絶好の式典日和となっていますよ! シセリア様、よかったですね!」
「ぐふぅ……」
元気のいい挨拶にダメージを受けるシセリア。
どうやらなるべく式典のことを考えないようにしていたようだが、ヴァーニャがそれを台無しにしてしまったらしい。
結果――
「あー、うあー、あうあー……」
晴れやかな青空の下、シセリアはゾンビのようにうめくばかりになってしまった。
いや、宿を出るまではまだかろうじて人間だったのだが、この朝っぱらから都市が賑やかで忙しない理由がとどめとなった。
「今日の式典の一環となる催しの準備をしているんです! シセリア様が騎士団の皆さんと一緒に都市を巡るんですよ! あ、巡るとはいっても大丈夫です! シセリア様には移動舞台が用意されるので楽ちんです!」
要はパレード。
でもシセリアがこの調子じゃあ葬列と言うべきか?
「へへっ、シセリアやったな、大得意じゃねえか!」
「あはっ、久しぶりにシセリアの踊りが見られるね!」
「ねえねえ、じゃあケインにあれを用意してもらいましょう、あれ! ニャミーちゃん!」
「おあー……って、貴方たちは私になにをさせようと!?」
あ、シセリアが蘇生した。
あれだな、なんだかんだでシセリアと邪妖精たちは良い関係なのかもしれないな。
そんなやり取りをしつつ、やがて俺たちは大神殿前の広間に到着。
で、今度は天を仰ぐシセリア。
「ここもですかー……」
ここもと言うか、ここがメインだろう。
広場には一夜にして立派な舞台が設置されており、どうも規模からしてここに集まるであろう人々の数は、妖精界の猫ランドの入場客よりもずっと多くなることが予想された。
「大丈夫、シセリアさんなら遣り遂げられますよ」
「いや、遣り遂げたくないんですが……」
エレザの励ましはそもそもを勘違いしたものだったが、まあシセリアのことなのでなんか愉快なことになりつつ、それでも遣り遂げてしまうのだろう。
そう言う意味ではエレザの言葉は的を射ているのかもしれない。
俺たちは大神殿へ到着すると、まずはヴァーニャが猫広場の受付に報告を入れ、それから建物の上層にある会議室とおぼしき部屋へ案内された。
上へ上へと階段を上ってきたので、きっとここは超巨大猫の内部だろうと予想する。
一応、見学したいという要望は叶ったと言えるだろうか?
「皆さん、おはようございます。昨夜はよく休めましたか? ――あ、ケイン様は……今夜ゆっくり休んでください」
俺たちを迎えたのは、まず昨日会った四人――レオ丸と神殿枢機官の三人だ。
「ほかの枢機官たちは準備に追われていましてね、それぞれ戻り次第ご挨拶に伺うでしょうが、全員揃っての顔合わせはやはり式典後になるでしょう」
段取りは整っていたとしても、やはり昨日の今日で『式典開催!』というのは相当大変らしい。
「あれ? そういや式典が今日って決まったのは昨日のことだよな? これじゃあ人が集まらないんじゃないか?」
「かもしれませんね。あらかじめ『近々』と話は広めていたのですが、状況としては前倒しのような状態です。参加したくともさすがに都合が悪い、という人も多いことでしょう。そこで神殿前の会場では認定の宣言をおこない、それからは騎士団と一緒に都市をぐるっと行進してもらうことで多くの人の目に触れられるようにしました」
ああ、パレードってそういう理由でやるのか。
「ではそろそろこちらの方々を紹介をしましょうか。神殿の剣であり盾である神殿騎士団、その大団長と隊長さんたちです」
「ゴロニャロス、大団長を務めている。使徒ケイン殿、お目にかかれて光栄だ」
立派な鎧を纏った猫耳の偉丈夫は、どこか愛嬌のある名前のくせして無愛想な表情で俺を見つめてくる。
まるで長い野良暦のあるボス猫のような男だ。
「ふむ……」
これからシセリアは式典やらパレードやらで神殿騎士団のお世話になることだろう。
であれば、そこのボスにはなにか贈り物でもして機嫌を取ったほうがいいだろうか?
となると……マタタビかな?
そう思って創造しようとした、その直前。
とんっ、と俺の肩に杖が置かれる。
「やらせはせん、やらせはせんぞ……」
背後に張りついていた爺さんによる妨害。
まったく、初対面の相手にささやかな贈り物をすることは、その後の関係維持に良い影響を及ぼすことを知らんのか。
俺と爺さんは『ぐぬぬ……』と睨み合い、結果として騎士団の面々はほったらかしに。
だがゴロにゃんは気を害したふうでもなく、代わりに別の人物へと視線を移した。
シセリアだ。
「貴殿がシセリア・パティスリーだな? なるほど、確かに見た目はあどけなさの残る少女。だが、秘めし力は甚大だと聞く。よければ式典のあと、私と試合をしてもらえないか?」
「ひえっ」
どうもゴロにゃんはボス猫的な印象そのまま、『力こそパワー』な人っぽく、シセリアの実力を知ろうとそんな申し出をしてきた。
もちろんシセリアはノーサンキューだろうが、たとえ試合が実現したとしてもゴロにゃんが満足することはないだろう。
まずそもそも、シセリア自身に『甚大な力』なんてものはない。
すべてオプションの効果である。
そしてそれ込みで試合なんてしようものなら、ゴロにゃんは浅はかなことを願った過去の自分を恨むことになるのだろう。
「どうだろうか?」
「わ、私は歌に合わせて踊るくらいしか能がない小娘なのですが……」
シセリア決死の抵抗は、やはりナイスジョークとしてゴロにゃんたちにほどよくウケた。
ウケたのだが……。
式典後には、もう誰も笑えなくなった。




