第22話 鰯の頭もにゃんとやら
爺さんの怒声が厳粛な聖堂に響き渡ることしばし。
ようやくガス欠となったところで、祭壇の『ニャスポーン招き猫』をまじまじ眺めていたレオ丸が尋ねてきた。
「この可愛らしいニャスポーン様が片手を挙げているのは、なにか意味があるのですか?」
「左だと人を招くって話なんだ。右だと金運を招くらしい」
「ほほう、そんな御利益があるのですか。では……こちらのニャスポーン様はニャルラニャテップ様の近くに置いて、と」
「ちょちょっ、受け入れるんか!?」
びっくり仰天したのはなにも爺さんばかりではなく、レオ丸が真面目にシセリアの相手をしていたので安心していた枢機官三人組もだった。
不意打ちだったので、きっとよけいに驚いたことだろう。
「やめといたほうがええぞ。やめておいたほうがええ」
レオ丸を止めようとする爺さん。
三人組もこれに追従し、考えをあらためさせようとあれこれ言うが――
「ですがニャスポーン様はニャルラニャテップ様が目を掛ける猫なわけで……なにしろ名を授け、ご自身を『ニャニャ』と呼ぶことを許すほどです。であれば傍らに置物を添えるくらい問題ないのではないでしょうか?」
『むぅ……』
そう言われて三人組は言葉に詰まってしまう。
たぶんそれは、レオ丸と同じように三人も内心では『大丈夫だろう』と考えているからではないだろうか?
でも、実際のところはわからない。
だって当人(猫)に確認がとれないから。
だから反対せざるを得ない。
「んー、喚んで聞けば話は早いんだろうけど、ニャスポーンじゃねえとたぶん成功しないんだよな。やってもいいが、なにが来るか……」
「絶対やめろ」
無作為で適当な召喚など冗談ではないわ、と爺さんプリプリ。
一考の余地もないと言いたげだが、となるとどちらかが折れるまで話し合いを続けるしかなく、結局、設置派の俺とレオ丸、反対派の爺さんと三人組に分かれての討論会が大神殿入り口すぐ、猫広間休憩所に場所を移しておこなわれることになった。
テーブルは議論する俺たちと記録係のクーニャが集まったテーブルと、それ以外の面々が集まるテーブルに分かれた。
どちらのテーブルにも『おうおう、どーしたおめーら』と猫たちが絡んできて、膝の上でくつろぎ始めたりと好き勝手。
ただ爺さんは温かくないので猫たちに人気がない。
逆に大人気なのはシャカで、ちょっと離れた場所で横倒しになっているところに猫がいっぱい集まってくる。
森の奥とかで見かけたら、絶対この森の主だと信じちゃうやつだ。
このあたりで俺はローブのことを思い出したがすでに遅く、猫まみれのシャカには人も群がり始めた。
ゲリラ参拝再びである。
とはいえ人々は静かに祈りを捧げるだけなのでそのままにしておこうということになり、俺たちは議論を再開。
そして最終的には反対派の意見が通ることになった。
「結局のところ、私たちに神猫様の機嫌を取ることは叶わず、かろうじて『機嫌を損ねないであろうおこない』を続けていくことしかできないのです。今回の審査しかり、招き猫の置物しかり。そこで私は現実的な問題を考慮して置物を添えるべきではないと主張します。だって、これを許すと『じゃあうちの神猫様の置物もニャザトース様の近くに』って話がでるじゃないですか。きっと祭壇が神だらけになってしまいます」
この豊穣卿の発言により、俺とレオ丸は引き下がる。
さすがに猫だらけになっちゃうのは違うよな、と。
「むぅ……。実際、御三猫だけでなく、という要望もありますし、そうなる可能性は高いですからね。猫だらけの祭壇を見てみたくもありますが……」
渋々ながら納得したレオ丸にやれやれと安堵する爺さんと三人組はすっかり意気投合したようだが、一方で対立していた俺も話し込むことでそれなりに仲良くなった。
人となりもそこそこ知れたし、この三人とも仲良くしておいて損はなさそうだと考え猫スマホを贈ることにする。
「ケイン様、シャカ様、素晴らしい品をありがとうございます。誠にありがとうございます。このスマホーでわたくしどもがどれほど救われるか……」
「くっくっく、これでいつでも猊下を呼び出せる……」
「逃がさん……お前だけは……」
レオ丸のように大はしゃぎはしないものの、三人組が喜んでいるのは確か。
ただ、なんかこう喜び方が暗いような気も……まあいいか。
こうして話し合いは決着を見たので、残るは――
「んじゃ、居場所をなくしたこいつをどうすっかな」
テーブルでちょーんとお座りしている『ニャスポーン招き猫』の処遇である。
「誰かいる?」
「あ、ください!」
記録の手を止め、クーニャがびしっと挙手。
「お前に人招きというのはちょっと心配だが……まあ必死にお仕事してたからな、持っていけ」
白熱する論戦に呼応するように、懸命にガリガリと記録をとり続けたクーニャへの労いだ。
なんで俺が労わねば、とも思わなくもないが。
「ありがとうございます! ニャスポーン様の初めての偶像! 家宝にしますね!」
「ん? そういやそうか。なら将来すごい価値がでるかも……いや、同じ物をたくさん用意する予定だし、可能性は低いか」
「おやケイン様、もしかして信徒に配るのですか?」
「そんな面倒なことはしないよ。あ、じゃあ明日話すつもりだったけどついでに言っとくか。クーニャに確認したんだけど、神殿って各地で孤児院を運営してるんだろ? なら神棚が売れた際の報酬はそっちに回してくれるか。あと各院に神棚を設置して、これをおまけで添えてくれ。そのとき必要なだけ用意するから」
最初は金運招きがいいかと思ったが、それもそれでおかしいような気がしたので結局は人招きに決めた。
「厳しい環境にある子供を招くように、でもって良い里親が訪れるように、ってな。そんな感じの意味合いでいこうかと」
もはやスマホが『スマホー』になってしまったように、そうと信じる者が増えていけば左前足挙げの招き猫もただ『人を招いて商売繁盛』というだけでなく、俺が取って付けた御利益もあると信じられるようになるだろう。
「喜んで承りましょう」
レオ丸がすんなり引き受ける。
今回は三人組も口を挟むことなく……ってか、穏やかに微笑んでいるのでまったく問題ないようだ。
で、爺さんなのだが――
「どうしてこうお主は突飛さと慈悲深さが極端なんじゃろうなぁ……」
どういうわけか悲歎しているようだった。
なんでやねん。
△◆▽
ただ顔を見せに向かっただけの大神殿でやけに話し込むことになってしまったそのあと、俺たちは混沌卿に勧められたようにヴァーニャの案内で聖都の街並みを見て回った。
ヴァーニャはツアーガイドのように聖都の歴史を交え、定番らしい観光スポットの解説をしてくれる。
その話は興味深く面白かったし、歴史ある街並みを見学するのは思いのほか楽しかった。
が、やはり寒い。
森での生活で寒さにも『適応』しているのに、それでも寒い。
であればおチビたちなど、もっともっと寒いのだろう。
寒がってペロに心配されたラウくんなんか、首元からテペとペルを突っ込まれ、三つの顔が並ぶケルベロスになってしまっている。
「なにも日帰りするんじゃないし、色々と片付いてからゆっくり見て回ればいいんじゃないかな?」
この提案に反対意見は出ず、そのあと俺たちはヴァーニャお勧めの料理店で食事をとってから宿泊する宿屋へと向かった。
「どうでしょう、この宿は『居眠る千匹の猫亭』という名前でして、聖都で一番と評判なんですよ!」
到着したのが泊まろうと考えていた宿屋だったのは好都合。
いや、大神殿の立場を考えればこの宿が選ばれるのも当然の帰結だろうか?
なにしろこちらは使徒と神猫もどきと王族と元国王と辺境伯兼聖騎士(予定)と古の妖精、あと魔界侯爵家のお子さんたちという、肩書きだけは異常なグループだ。
記録係の猫娘と放蕩メイドと野生のエルフも一応立場があったりするので、それこそあんまり気遣う必要がないのはディアとラウくん、あとメリアくらいのものだろう。
で、そのうちのディアがちょっと落ち込んでいる。
「ううぅ……すごい立派……」
四階建ての立派な宿屋に圧倒されているようだ。
「ディアよ、見た目を比べ落ち込む必要はないぞ。森ねこ亭はよい宿だ。自信を持て」
「そうだよ。私、ディアちゃんち好きだよー?」
シルとノラがディアを励ます。
まあ森ねこ亭はあれで使徒と王族、それから辺境伯兼聖騎士(予定)の常宿になってるからな。
どっかの国が『森ねこ亭を滅ぼせ! 滅ぼすのだ!』と責めてきても返り討ちにできるレベル。
保持戦力を比べるなら、森ねこ亭の圧勝なのだ。
そんなことを考えながら、俺はヴァーニャに続いて居眠る千匹の猫亭へ入る。
と――
「にゃ~ん」
「うな~ん」
さっそく俺たちを出迎えてくれたのは、従業員の制服とおぼしき服を身につけた二匹の猫で、さらに何匹か集まってくる。
「えーと、猫たちは『いらっしゃいませ』とか『お客さんだよー』とか言っていますね」
「ここは猫がもてなす宿ってことか」
「はい、そうなんです。聖都へ巡礼に来た方には、とても癒されると評判なんですよ」
猫カフェならぬ猫ホテル。
そら猫の神さまへお参りに来るような奴だ、たくさんの猫におもてなしされて不快に思う者はいないだろう。
つか、ニャンゴリアーズがシルさん家に移住する前は森ねこ亭も似たような状態ではなかったか?
いやまあこちらの猫たちはちゃんとお仕事をしているわけで、かまえかまえ、おやつおやつと好き勝手していたニャンゴリアーズと一緒にしては失礼なのだろうが。
「ああ、聖都は猫ちゃんがいっぱいで……いいですねぇ……」
猫との触れ合い過多でメリアはちょっとのぼせ気味。
たまにはフリードをいっぱい構ってあげてほしいと思う。
と――
「ケー、ケー、ちいさい服だして! テペとペルにきせる!」
なんか従業猫にペロが張り合おうとしている。
テペとペルはそれでいいのか……ああ、いいのか。
ラウくんとのケルベロスフォームを解除された二匹は尻尾をぺるぺる振っており、少なくとも嫌ではないらしい。
「はいはい、じゃあ用意してやるから……」
なんてことをしているうちに、いつの間にか人間の従業員がやってきていてヴァーニャと俺たちが泊まる部屋について話をしていた。
用意されていた一番いい部屋――平屋が一個収まってるレベルの部屋はシルとおチビたち用ということにして、それ以外の面々は普通の部屋でいいからと追加で用意してもらう。
俺はシャカと一緒に二人部屋に泊まるつもりだったが、おチビたちに『シャカちゃんと一緒に寝る!』と取られてしまったので一人部屋になった。
しかし部屋には俺一人きりということにはならず、この宿の従業猫が連絡係として待機している。
なにかあればこの猫に言うと、人間の従業員をとてとて呼びにいってくれるらしい。
正直、伝声管でも設置したほうが合理的と思うが……きっとそういう話ではなく、これがこの宿屋の売りなのだ。
「よし、頑張るお前にチップをくれてやろう。その名もち○~る。美味しいおやつだ」
「なーん」
その夜、宿中の猫が俺の部屋に集まった。
ここ聖都で恐るべきミッドナイトにゃんが再びその幕を開けたのだ……!




