第21話 乙女の願いは花と散り
レオ丸は『招き猫』の即時認定が認められなかったことを自分のことのように残念がっていたが、それも猫スマホを手に入れるまでの短い間の話。今では「スマホー! おお、スマホー!」と歌うように感嘆の声を上げながらお嬢ちゃんたちに扱い方を習っている。
招いた客をほったらかしでのん気なものだが、そんな大神官のことはすっかり把握しているのか混沌卿がすみやかに話しかけてきた。
「ではケイン様、アレに代わり今後の予定についてはわたくしマルデウがご説明いたします。とはいえ訪問されてすぐなにか、というのはあまりに忙しない話。今日のところは聖都の観光を楽しみ、明日までおくつろぎくだされば、と思います。引き続きヴァーニャを案内人として同行させますので、なにかあればなんなりとお申し付けください。ヴァーニャ、くれぐれもお願いしますよ」
「はい! お任せください!」
話を振られ、ヴァーニャは元気よく返事をする。
「そして明日の予定ですが、まずはシセリア殿の聖騎士認定式典を執りおこなおうと思っております」
「ひょぇ!?」
話を振られ、シセリアは元気よく奇声を発する。
「おやシセリア殿、そう難しく考える必要はありませんよ。準備はすべてこちらで進めますからね。シセリア殿は明日、貴方を一目と訪れた人々に手を振ってさしあげればよいのです」
「うー……なら、大丈夫ですかね?」
混沌卿になだめられ少し落ち着くシセリアだったが、その一方でわいわい騒ぎだしたのが邪妖精たちだ。
「なーんだ、それってシセリアが得意なやつじゃん!」
「妖精界でニャミーちゃんやってたものね!」
「いやあれはちょっと……いえ、だいぶ違いません?」
シセリアの言う通り、ニャミーちゃんのショーと認定式典は別物だろうが、人前に出て視線に曝されることは同じでもある。
「式典が終わったあとはこちら大神殿にて、ほかの枢機官たちとの顔合わせをおこない、それからケイン様の功績や神殿への寄進、もたらしてくださる富への感謝とお礼についての話をしようと思います。本当はシセリア殿のように式典をおこないたいところなのですが……」
「え? そういう面倒なのは……」
「はい。存じております。ですので内々ということにいたしました」
混沌卿、できる男だ。
いや、決定は枢機官団で決めたのだろうから、ここは有能集団と認めるところなのだろう。
「そして明後日、いよいよ問題の審査を執りおこなわせていただくことになります。とはいえ特に必要な準備はなく、気負う必要もありません。実のところ、アレの主張ではありませんが『豊かさを招く猫を崇める者たちの集い』の認定はほぼ決まっているようなものでして、要は『審査をする』という手順が必要なだけなのです。どうしても」
「ん? どうしても?」
「はい。どうしても。先ほどエンターグ極門卿が申したように、ろくな審査もせず認定しては、正式な手順を踏んだ宗派を神殿が蔑ろにしたことになってしまいます。この心境は信奉者ならではかもしれませんが、それは崇める神猫様が蔑ろにされたことと同じ、己の信仰においてそれを許すわけにはいかないのです」
「あー、そういう話か」
俺ならニャスポーンがバカにされたところで『だよな』で終わるが、真面目に信奉している信徒たちだと『許す』という選択肢が存在しない問題に発展してしまうのだ。
「あれ? じゃあ大神官はかなり危ないことを主張してたんじゃないか? あいつ大丈夫なん?」
「本来であればまったく大丈夫ではありませんが、遺憾ながらアレが言うように今回は特別ということもありまして……」
混沌卿が言うには、普通の宗派は運良くか悪くなのか神猫に関わった者が感化されほぼ独断で立ち上げるものであり、はたしてその信仰は本当に神猫由来のものなのか、神殿は慎重な審査をおこなわざるを得ない。
しかし『招き猫』の場合はニャニャから名前を貰ったニャスポーンが直々に立ち上げた組織、とその成り立ちは明瞭。さらに言えばウィンディアの神殿の協力あっての発足であり、その実務もまた神殿が取り仕切っているため実体は丸裸、疑うところなどありゃしない。
「つまりもうみんなとっくに認めている、と。だから大神官の主張も『あの野郎、無茶苦茶言いだした』くらいで収まる?」
「概ねそんなところです。しかし、ケイン様には申し訳ないのですが、わたくしどもはそんな前例を作りたくないのです。たとえ本当に特別であっても、それはケイン様と同じ時代を生きる私たちだからこそ理解できる『空気』あってのもの。それは後世へと受け継がせるのが非常に難しいもので、これが前例のみ残ってしまった未来ともなれば、どんな解釈をされ利用されるかわかったものではありません。その先に待つものは、きっと馬鹿げた、しかし笑えない騒動であることでしょう」
「ちゃんと先のことまで考えて、か。それにしても……」
「なんでしょう?」
「いや、もうあんたが大神官やったらいいんじゃないかなって」
「ははっ、これは過分な評価をしてくださる。ですがお恥ずかしい話、私が大神官では大神殿はまとまりを欠くことになるでしょう。アレは実にアレなのですが、あれで得がたい存在なのです。その突飛な発言も、結果的には言う通りにしておいたほうがよかった、ということもときおり起きるのですよ」
聞けば聞くほど面倒な大神官のようである、レオ丸は。
ともかくこれで予定説明は終わり。
ならあとは――となったところで、急に声を上げる者がいた。
シセリアである。
「あ、あの、実は私、ナゴレオールさんにお願いがあるのですが!」
「おや、私にお願いと。なんでしょうか?」
余裕ぶった表情で応えるレオ丸だが、あれだ。
話しかけられる直前まで、練習がてら祭壇の像を撮影して「これでニャザトース様といつも一緒!」と無邪気に喜んでいたのだ、このおっさんは。
「実は私、変な鎧に取り憑かれているんです! ナゴレオールさんは世界で一番すごい神官さんなんですよね!? お祓いでこの鎧を追い払ってもらうことってできたりしませんか!? なんなら物理的に破壊してくれるんでもいいんですが!」
聖都訪問だというのにシセリアが落ち着いていた理由が判明した瞬間であった。
その単純さ、やっぱりシセリアだなーと思う。
「シセリア殿、その鎧というのは……スプリガンのことですか?」
「はい、名前を口にするのも忌々しいその鎧のことです。こうして離れていても意識すれば繋がりを感じて……さらに意識するとあれです、得意気な声で『シセリア、見ているな?』とか頭の中で声がするんです。これがホンット腹立たしい口ぶりで――ああいえ、そんなことはたいした問題ではなくて、困っているのは鎧に取り憑かれてからというもの、私に不幸ばかりが続いていることなんです」
「不幸、と仰いますと?」
「出世するんです」
「うん?」
「なんかすんごい出世してしまうんです。あとわけのわからない讃えられかたをされたりします。今回の聖騎士も、きっとその呪いの影響に違いありません。これが実際に活躍しての出世であれば私もしょうがないと受け入れるんですが、事実は違うんです。私、とくになにもしてないんです。なのに出世しちゃうんです」
「……」
レオ丸がすげえ困った顔で俺を見る。
クーニャの記録はあくまで俺がメインなため、シセリアを取り巻く状況はなんとなくわかっても、その心境については神殿側もさっぱり把握していなかったのだろう。
とはいえ、妖精界に追放された古の妖精たちが作り出し、そして汎界へ送り込んだスプリガンについては把握してたようでレオ丸は神妙な顔して言う。
「シセリア殿、残念ですが、我々が貴方に取り憑いたスプリガンを祓うことは不可能でしょう。……ですよね?」
と、レオ丸が問いかけたのは件の鎧を作り上げた連中の生き残りたる邪妖精たちだ。
「うん、無理だな。無理」
「作ったのはずいぶん昔のことだから、あれもだいぶ力が弱まってるんだけど……それでも人じゃあねー」
「そこで像になってる猫たちなら可能じゃないかしら? ほかに可能性がありそうなのは……あ、ケインがいるじゃない」
「いやいや、ケインさんに頼むとか。そういう、鎧が取り憑いている現状よりも悪化しそうな手段は取りたくありません」
シセリアさん……?
貴方、基本的には俺付きの騎士なんじゃ?
「シセリア殿、期待を裏切ってしまい申し訳ない」
「いえ、こちらこそ不躾に無理なことをお願いしてしまって……」
期待していただけに、現状維持となってシセリアはがっかり。
今日は食べるお菓子の量もさぞ増えることだろう。
「んじゃ、オチもついたことだし今日のところはお暇するとしようか」
今日の用件はすんだ。
このあとは神殿内にある猫の像を撮影でもして、それから聖都の観光に出かけよう。
そう皆に声をかけつつ、俺はシャカに似せて創造した可愛らしい『ニャスポーン招き猫』をそっと祭壇の傍らに置く。
で――
「おいそこぉ! なぁーにをしれっとやっとるかぁ!」
即座に爺さんに見つかった。
「なにをって……?」
「なんで困惑しとるんじゃ!? お主、祭壇にそれを置く意味がわかっとるんか!? この方々の前でわざわざ!」
「いや、せっかくだから――」
「せっかくだからで喧嘩を売る奴があるか! いやもう喧嘩飛びこえて戦争けしかけとるじゃろこんなもん!」
ああもう、まったく。
この爺さんはすぐ癇癪を起こして、こっちの話を聞かなくなるから困る。
「違う、違うって。爺さんは勘違いしてる。俺だってなにもニャスポーンがこの中に加わるべきだとか、そんな大層なことを思って置いたわけじゃないんだ」
「……」
本当かコイツ、って顔をする爺さん。
やはり年寄り、頭が固いな、と俺は苦笑しつつ続ける。
「この神さまと女性と猫たちの像は実に見事なもので、一種の完璧さを感じさせるものだ。でも、人ってのは完璧すぎても疲れるもの。だからより人々に受け入れられやすくなるようにって、この愛嬌のある置物を添えることであえて隙を作ってみたんだ」
「なるほど、言っておることの意味はわかる」
うむ、と爺さんは深々とうなずく。
が――
「じゃがな! この場で実際それをやらかす馬鹿がどこにおる!? 時と場所を考えよ! あとそれから、もしなにか思いついたら行動を起こす前にまず相談せいと何度も言っとるじゃろうが! 相談、相談じゃ! 儂に相談! 皆に相談! もしかしたら今この世界で最も大切かもしれん事柄、それが相談! 朝が来るたび思い出せい!」
うん、こりゃダメだな。
爺さんたらすっかりヒートアップしてしまって、ここが厳粛な聖堂だってことも忘れちまったのかガミガミと捲したててくる。
きっと慣れない教員生活で溜まっていた鬱憤が、この些細な出来事をきっかけに爆発してしまったのだろう。
これはもう好きなだけ怒鳴らせておくしかないか――。
そうあきらめにも似た気持ちでいるなか、俺はふと、枢機官三人組がなんだか優しい……もはや愛おしさすら感じさせるような目で荒ぶる爺さんを眺めていることに気づいた。
もしかして……。
爺さんをありがたい即身仏かなにかと思っている……?




