第20話 大神官と愉快な仲間たち
「一度、使徒様にお目にかかりたいと思っていたんです。とはいえ原則、神殿は使徒様への干渉は控えるようにしています。それを大神官の私が破るわけにもいきません」
そう言うレオ丸は少し残念そうな顔である。
が――
「どうしたものかと思っていたところ……なんと、ケイン様が宗派を立ち上げたというではありませんか! おかげで私はこうしてケイン様のみならずシャカ様にも会うことができました! これぞまさに僥倖というものでしょうな!」
ここで再び晴れ晴れとした笑顔になり、その声の弾みようから心がにゃんにゃんしているのが丸わかりという有様。
喜びの割合はどうもシャカに傾いているようだったので、ならば少しサービスしてやるか、と俺はシャカのコートを脱がせた。
『……!』
現れたでっかいお洒落猫にレオ丸とついてきた三人組の目が輝く。
ふとした瞬間、自分が好きなものが話題に上ったり、日常の中で思いがけず巡り会ったときに見せるような反応だ。
「おお、なんということか! まさに話に聞く神猫様ではありませんか! うん、これはもういいでしょう! 『豊かさを招く猫を崇める者たちの集い』を正式に神殿の宗派の一つと認定します!」
『いやいやいやいや!』
レオ丸の発言を、ぶんぶん首を振りながら否定したのは三人組。
さすがに鶴の一声とはいかなかった。
「なぜです!? だってこんなにもふもふしているんですよ!?」
もふもふだからなんだ、という話だが、訴えるレオ丸の顔はマジだし、三人組も『むぅ……』と、まるで一理ある、みたいに唸る。
こんなんで神殿は大丈夫なんですかね?
それとも『こんなん』だからこそ神殿は大丈夫なの?
「んなーお」
ふもふへの強い信頼に困惑していたところ、シャカがなにかを訴えてきた。
「ケイン様、シャカ様が今着ている服も脱がせてほしい、と仰っていますよ?」
「うん? あー、ああ、わかった」
ベストまで脱ぐ必要性は感じなかったが、シャカも猫だしやっぱり服を着ているのは窮屈なのかな、と脱がせてやる。
そしてシャカはネクタイ一丁のお洒落さんに。
人であれば通報待ったなしの痴態だが、猫であればこれはこれで愛嬌のある姿である。
で――
「んな!」
がばっとシャカがレオ丸に向かって両前足を開く。
「あ、あの、ナゴレオール様、シャカ様が『さあ来い!』と仰っているのですが……」
「な!? よもや私を抱きしめてくださるというのですか!? ああ、ニャザトース様、これが……これが大神官の役得というものなのですね!」
絶対違うと思うが、ともかく大喜びのレオ丸はシャカと同じように大きく腕を広げて近づき、ひしっと――いや、シャカのほうは猫がお気に入りのぬいぐるみを抱きしめるようにむぎゅっと抱きしめた。
「こっ、これは、なんというもふもふ感! 猫を抱きあげたり撫でているのとはまた違う……まるで大きな猫に抱きしめられているようです!」
まんまやんけ。
「クリスティーニャさん! クリスティーニャさん! 記録は! この様子は記録されるのですか!?」
「もちろんです。今しています」
「素晴らしい!」
なにが?
ちょっとレオ丸のテンションがおかしなことになっていて、その言葉は理解できない意味を含み始めている。
俺には痴態寄りな自身の行動が後世に残ることを喜んでいるようにしか思えないのだ。
やがてハグは終了し、騒がしかったレオ丸はなにやらやりきったような表情になって言う。
「実に良い毛並み……ええ、やはりこれは認定ですね。シャカ様に邪心はない。私にはわかる、わかるのです」
「ですから、そういうわけにはいかないのですよ」
「これで認定としては、かつて査定を受け入れ合流することになった宗派を蔑ろにすることになるんですって」
「このことは何度も説明しましたよね? それで貴方はわかったと仰いましたよね?」
あきれたように言う三人組。
これにレオ丸はしたり顔でやれやれと首を振る。
「違う、違うのです。貴方たちは勘違いをしています。なにも私は贔屓で『豊かさを招く猫を崇める者たちの集い』を認めようと言うのではないのです」
『……』
本当かよ、って顔をする三人組。
レオ丸はふっと余裕の笑みを見せつつ続ける。
「よく考えてみてください。査定を受けた宗派にシャカ様のような猫はいましたか? いないでしょう? つまりシャカ様を擁する『豊かさを招く猫を崇める者たちの集い』は特別であり、ゆえに特例扱いしても許されるのです。だから認定してもいいのです」
『贔屓じゃねえか!』
三人組が言葉を乱しハモる。
何気に俺も心の中でハモっていた。
「ああもう、ああ言えばこう言う……。ではこうしましょう! 貴方たちもシャカ様の抱擁を受けるのです! それでも断固反対と言うのであれば、私も大人しく従いましょう! シャカ様、申し訳ないのですがあちらの三人にも……お願いできますか?」
「にゃっ」
「どんどこい、と仰っています」
シャカはやけに張りきっている。
おそらく、この『にゃんこハグ祭り』の開催は、シャカなりに『招き猫』のことを考えてのサービスなのだろう。
レオ丸の提案に逡巡する三人であったが、その誘惑は抗いがたかったようで……つか、そういう誘惑に打ち勝つのが聖職者ってもんじゃないの?
ともかく三人は順番にシャカにハグされる。
「んあぁぁ……」
「おおぉう……」
「ああぁん……」
気色悪い声を上げ、喜びに悶える野郎ども。
それを見守ることになった俺たち。
「私たちは聖都まで来てなにを見せられているのだ?」
「なんじゃろうなぁ……」
シルと爺さんからの評判はすこぶる悪い。
「もぐ……もぐ……」
シセリアはエレザを盾にしてこっそりお菓子を食べてる。
邪妖精たちもご相伴にあずかっている。
「そうか、シャカの旦那に協力してもらえば……」
エルフはなんか企んでる。
「ずるい……私もお願いしたいです……」
「あとでしてもらえばいーと思うよ?」
ヴァーニャは羨ましそうで、ノラたちはそれを慰めている。
そしてクーニャはというと、せっせとこの様子を記録しているわけで……怪しい文書群がより怪しいものになることが運命づけられた。
「さて、もうわかったでしょう?」
虚無の時間もようやく終わり、レオ丸が三人に確認をとる。
『……』
なにか言いたそうな三人組だったが、返答をしないのはシャカの抱擁によって本気でレオ丸の言い分を受け入れつつあるのか、それとも解きほぐされてしまった心の弛緩がまだ抜けきっていないのか。
すると返答を待っていたレオ丸がここで「あ」と声を上げる。
「そう言えば……貴方たちの紹介をまだしていませんでしたね。いやはや、これはうっかりです」
こうして神官三人組は、ここでようやくレオ丸から紹介される。
まあそれは予想どおりで――
「こちらの三人は神殿枢機官でして、まずニャルラニャテップ様を崇めるマルデウ混沌卿、次にニャゴ=ニョトース様を崇めるエンターグ極門卿、最後にミャウ=ニュグラス様を崇めるアバンド豊穣卿です。不甲斐ない私を支えてくれる、頼りになる者たちなのですよ」
神殿の権力構造の二段階目にいる三人なのに雑な紹介。
いちおう最後にフォローはしていたが、それくらいで好感度は回復しなかったらしく、シャカの抱擁で緩んでいた三人の表情が引き締まる。
「貴方はその『頼りになる者』の紹介を忘れるのですな」
「頼りになると思うなら、少しは配慮してここで強引に認定させようとするのをやめてください」
「シャカ様は確かに素晴らしいもふもふですが、それはそれです」
「まったく、貴方たちは頭が固い。いいですか――」
と、ここからレオ丸と枢機官三人組はあーだこーだ静かな言い争いを始めたので、俺はちょっと気になったことをヴァーニャに確認する。
「ヴァーニャ、大神官は『招き猫』を贔屓してくれるようだが、実際のところはどうなんだ? 本当にシャカがいるからか?」
「あー、実はですね、ナゴレオール様は『この世のすべてのものは善性を帯びて生まれてくる』という考え方を支持していまして、基本的になにかあれば受け入れてしまう方なのです」
大神官、ただの全肯定おじさんだった。
「しかし神殿としてはなんでもかんでも受け入れるわけにもいかず、いつもナゴレオール様と枢機官の皆さんはこんな感じになってしまうのです」
「どうして大神官になれたの……?」
「選出したのが……その、枢機官の皆さんでして……。ナゴレオール様も昔はまだ大人しめだったようですし、人柄は問題なく、人望も厚かったんです」
そら自分を肯定してくれるんだから人気も出るか。
たぶんレオ丸は部下が『俺がなんとかしなきゃ……!』って支えるタイプの指導なんだろう。
で、その『ポンコツ人たらし指導者』のレオ丸は、きっと普段から苦労しているであろう神殿枢機官三人に強い口調で反論されている。
「ですから、シャカ様とニャスポーン様は別なのですよ!」
「シャカ様だけで判断することは間違いなのです!」
「そもそも要点がそこではない……」
「ほう、これは異なことを言いますね。ニャスポーン様はケイン様とシャカ様が一つになった存在、それはつまり中身――ケイン様に問題があると? ではケイン様の功績を思い出してみてください」
そう言ってレオ丸は俺の功績(?)を列挙し始める。
猫の紋章の真相究明から、魔界での活躍、ニャニャの降臨の実現と直々に名を賜る栄誉、神棚の発明、賛美機の提供と、大きなことから小さなことまでつらつらと。
「どうです? 実に素晴らしいではないですか。確かにケイン様は少々問題を起こすきらいがあるようですが、それを懸念するばかりではなにも始まりません」
「あの、大神官? 今ここで認定するのはまずい、という話をしているのですが、こちらは」
「貴方、ちゃんと私たちの話を聞いていましたか?」
「今回ばかりは神殿の信用に関わる問題ですから、こちらも引きませんよ? 公に審査をおこなうことが重要なのです」
「ぐぬぬ……」
話し合いを聞いていると、どうもレオ丸は話を堂々巡りに陥らせて煙に巻こうとしていたようだったが、そこは譲れないのか枢機官三人組が態度を変えることはない。
このままではいつまで経っても話は終わりそうになく、さすがに立派な像があっても延々と眺めていれば飽きがくる。
確かにここで認定を受けられたら用件は終わり、さよならバイバイでコタツの待つシルさん家に帰れるだけだが、もともと審査を受けるつもりで来たのだ、ここはレオ丸に引いてもらうことにする。
きっとそのほうが枢機官三人組の心証もいいだろうし。
「ケイン様、申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに……」
「いやいや、こっちを買ってくれているってだけで充分だよ。そんなわけで、あんたにはこれを進呈しよう」
話し合いの間、俺とシャカで新しく用意した猫スマホをレオ丸に感謝の印として贈る。
「おお!? これはスマホーではないですか! 本当に頂けるのですか!?」
「もちろん。そいつがあれば魔界のゴーディンとも話ができるぞ」
「犬狼帝殿と! それはありがたい! いや本当にありがたい! 魔界とのやり取りは手間と時間がかかりますからな!」
「よかったですね、ナゴレオール様! 私も頂いたんですよ!」
大喜びで猫スマホを掲げるレオ丸と同じようにヴァーニャもまた掲げ、それを見た枢機官三人組は『ええぇ……』と困惑。
どうやら即座に俺の魂胆を見破ったようだ。
しかし――
「あ、それとクーニャさんから記録の一部を書籍化して世に広める許可を貰いました!」
『えっ』
びくっと身を震わせる枢機官三人組。
やっぱりあの記録、呪物扱いだったんだな……。
「あ、あのようなものを……?」
「読んだ者の常識を破壊する文書群なのだぞ……?」
「ヴァ、ヴァーニャ、ヴァーニャよ、少し考えてみなさい。お前に子供ができたとき、その子にあれを読ませることをよしとしますか?」
「え? まずは赤ちゃんの頃に読み聞かせしてあげると思いますけど……?」
『……ッ!?』
今度こそ三人は絶句。
何気に俺も絶句。
四人で仲良く『こいつマジかよ』って顔をすることになってしまった。
どうやら味方に引き込もうとしたヴァーニャよりも、俺の精神は枢機官三人組に近いものらしい。




