第18話 比類なき騎士のはかりかねる真価
広場を突っ切り大神殿へ向かう道すがら、俺が謎の居心地の悪さを覚えていることなど露知らずお嬢ちゃんたちはヴァーニャに猫スマホの使い方を和気藹々とレクチャーしていた。
じゃあ試しに、とノラがヴァーニャの猫スマホに掛けると、やはり『ウナァ~ン、ウナァ~ン』と猫声着信音が鳴り始める。
「それなー、いちおう変更はできるんだが、どういうわけかすべて猫の鳴き声なんだ。そこはあきらめてくれ」
「あらそんな、可愛らしくて素敵だと思いますよ?」
どうやらヴァーニャはおチビたち同様、気にならない派らしい。
いやむしろ、気になる派は俺だけという可能性も……?
なんてことを思いながら辿り着いた大神殿。
大きく立派な正面扉の近くには、ネコミミ鎧を纏った神殿騎士たちが控えており、俺たちの存在に気づくとおやおやっと集まってくる。
なんだか好奇心から近寄ってくる猫のようだが……つか、聖都の神殿騎士って、聖騎士認定されるシセリアのことをどう思っているのだろう?
ウィンディアにいた神殿騎士たちは、身近でシセリアの話を聞いているから受け入れやすかったと思うが……。
「おかえりヴァーニャ。そちらの方々が?」
「はい! あ、こちらの方が皆さんの噂するシセリア様ですよ!」
「ほほう!」
いっせいに向けられる好奇の目。
幸いそれは純粋な興味で、『この小娘が聖騎士だとぉ!?』なんて敵愾心剥きだしなものではなかったが、それでも居心地のよいものではないらしく、シセリアは「え、えへへ……」と精一杯の愛想笑いを浮かべることになった。
なんというか……その普段以上に頼りないシセリアの様子はそこはかとなく切なさを感じさせるものだ。
すると、である。
「おうおう、どうだい、うちのシセリアは!」
「気品とか高貴さとか、なんかそういうのが溢れているだろう!?」
「これは偉大な騎士様に違いないってことで、道中はぜひお近づきにって挨拶してくる輩がいっぱいで大変だったのよ!」
思うところがあったのか、邪妖精たちがシセリアを擁護。
これにうんうんと頷くのはエレザくらいで、まあ嘘八百である。
「み、皆さん、やめてください! いいんです、無理に……無理に私を持ち上げようとしなくても! むしろ悲しくなります!」
邪妖精たちの温かな心配りは、むしろシセリアに追い打ちをかけただけに終わった。
まあ、要はこのところよく見る茶番である。
ところが、だ。
「こ、この妖精たちが……古の……」
「伝承とはずいぶん……」
「ここまで懐いている……だと……?」
俺たちは見慣れたシセリアと邪妖精たちの戯れも、神殿騎士たちにとっては信じがたい光景だったらしくどん引きしている。
「なるほどのう、聖都の神殿騎士ともなれば、危険な存在について学ぶこともあるわけか。そりゃ戸惑うじゃろうなぁ」
ヴィヴィが妖精探偵として活動を始めるまで、汎界の人々は妖精界にいる『現在の妖精』がどんな存在か正確に知る術がなかった。
迷い人からの情報もあっただろうが、吹き込まれた嘘かもしれないと疑い出せば切りがなく、正確さには難があったのだ。
世間では邪悪な妖精たちの記憶もほぼ風化していたが、そこは神殿、神さまが『め!』とわざわざ追い出した存在への警戒はずっと続けていたのだろう。
で、『それ』がシセリアときゃっきゃしている、と。
よかったな、シセリア。
これで少なくとも、小娘だからって神殿騎士たちに舐められることはないぞ。
むしろ畏怖されるまであるけど。
「た、確かにただ者ではないわけだな。予想はしていたがこうも……いや、おっほん。ヴァーニャ、ご苦労だった!」
最初に声をかけてきた神殿騎士が場の空気を変えようと声を張りあげ、びしっと直立不動、気をつけの姿勢をとる。
すると周りの騎士たちも即これに倣い、そして声を合わせた。
『ようこそニャザトース大神殿へ! 我々は貴方がたを歓迎する!』
はたして本当に歓迎しているのか、ちょっと色んな意味で怪しくなっちゃったが、ともかく神殿騎士たちは気合いのこもった挨拶のあと閉ざされていた扉を開けてくれた。
ほわほわ~とこぼれてくる暖気、誘われるように内部へ足を踏み入れるとそこは荘厳な大広間。列柱とアーチが織りなす『どうだすごいだろう』感は確かに見る者を圧倒する迫力がある。
しかしそんな広間にただよう空気はというと実に雑多。
この広間は訪れた者を迎える玄関であると同時ロビーもかねているようで、神官が待機する受付口のほかにも訪問者が順番待ちをしている相談所とおぼしき窓口、温かい飲み物を提供する配布所、お年寄りがいくつかのグループになってお喋りに興じる休憩所などがあった。
それから――
「猫ちゃんたちがいっぱい……!」
そう、メリアの言うとおり猫がたくさんいる。
猫島もかくやだ。
「温かい時期は都市に散っている猫たちですが、この時期はこうして大神殿に集まって過ごすんですよ。なかなかお世話が大変です」
猫たちはずいぶんと人慣れしているようで、警戒した様子もなく思い思いにくつろいだり、ここで働く神官や訪れた人々にちょっかいをかけにいったりと好き勝手している。
「私は皆さんがいらっしゃったことを伝えてきます。少しお待ちください」
そう言ってヴァーニャはいそいそと受付へ。
俺たちはこの場で待機することになったが、周りの様子を眺めているのも楽しく苦ではない。
「なあ師匠、オレ、まずはここに出店させてもらおっかなって考えてんだけど、どう思う?」
「勘弁してくれって思う」
ヴァーニャでもこれはさすがに即決でNOだろう。
むしろ嬉々として上に掛け合うなんて言われたら、贈ったばかりの猫スマホを取り上げなければならなくなる。
「ちぇっ、いい考えだと思うんだけどなぁ……」
未練がましく呟くアイルは、きっと店が繁盛するかどうかしか考えていないのだろう。
ああ、かつて妙な自意識に突き動かされ絡んできたやんちゃなエルフが、まさかこのようなカラアゲモンスターに成長しようとは。
わかっていれば、多少手間でも森の奥へ捨てに行ったというのに。
俺はしみじみと後悔することになったが、ここで無遠慮にもこちらに絡んでくるものが現れた。
「なーん、のあーん」
「なうなーん、んなーう」
そう、そこらをうろついていた猫たちだ。
「あの、ケイン様、この子たちは設置型転移門の製作に協力してくれた猫たちで……その、なにかちょうだい、と」
「あー……」
そうか、にゃんこ門のときの猫たちだったか。
現在もにゃんこ門はよく活用されている。
主に家へと帰るペロたちと……魔界の支店に食材を運び込む『鳥家族』の連中が。
「そうだな。まあ世話になったからな」
礼節を重んじる俺は、寄ってきた猫たちにお刺身を恵んでやることにした。
広間中の猫が集まった。
△◆▽
大神殿に訪問するやいなや、ちょっとしたねこねこパニックを発生させることになってしまったが、慌てて戻ってきたヴァーニャを始めとした神官たちが餌やりの手伝いをしてくれたことで混乱はやがて収束を見せた。
「ちょっと……本当にちょっと目を離した隙に……」
「なあヴァーニャ、大神殿はちゃんと猫たちに餌をやっているのか?」
「あげていますよ!? あれはきっとケイン様がお恵みになったお魚が美味しすぎたからだと思います! 猫たちがあんな必死になって鳴くの、私初めて聞きました! 普段は『にゃ~ん』とか『うなぁ~ん』って感じでおねだりしてくるのに!」
「なんか『ミギャァァァッ』とか『フギャァァァッ』って感じだったもんな」
お刺身を貪る猫たちはなかなか鬼気迫るものがあり、大神殿の与える餌が少ないんじゃないかと疑ったが、ヴァーニャの感じからするとどうも猫たちの食い意地が爆発しただけらしい。
で、その荒ぶっていた猫たちはというと、満腹になったことですっかり落ち着きを取り戻し、今度は食後のひと休みとくつろげる場所を求めて広場のあちこちへと散っていった。
「どうしてこうお主は騒ぎを起こさずにはいられないんじゃ……」
慣れない餌やりに爺さんはお疲れ。
逆にメリアなどはやたら元気になった。
「ふふ、こうして当事者になってみると、ヴォルケードさんの言葉の重みがよくわかります。――では、猫たちも満足してくれたようですし、奥へご案内しますね」
気持ちを切り替えたのかヴァーニャは微笑みを浮かべ、俺たちをさらに大神殿の奥へと誘導する。
広間の先には幅の広い通路、両側には規則正しく並ぶ列柱とその合間合間に大きな猫の像が設置されていた。
「こちらは神猫様たちの像なんですよ」
たぶん聖人像みたいなものだろう。
この神殿の上で寝そべるアレに比べればインパクトは劣るが、それでも五メートルほどの猫の像がずらーっと並ぶさまは壮観だ。
「ねえヴァーニャ、ここは撮影していーい?」
「はい、構いませんよ。あ、でも時間がかかると思うので、撮影するのは後にしましょう。そのときは私も一緒に撮影するので、よい撮り方を教えてくださいね」
ノラの確認にOKを出しつつも、ヴァーニャは後回しを提案。
「うん、じゃあ後で一緒に」
「はい。楽しみです」
まだ会ってそう時間がたったわけでもないのに、ヴァーニャはノラたちと打ち解けつつあるようだ。
おコタドラゴンの妹さんとはえらい違いである。
こうして俺たちは無事、何事もなく猫の像が並ぶ通路を抜け、おそらく目的地であろう聖堂に足を踏み入れた。
そして――
『――』
俺たちが言葉を失うのは聖都を訪れこれで二度目。
一度目は超巨大猫。
そして二度目は――
「すごい……なんか、すごい……」
やがて、かろうじて呟いたのがノラ。
聖堂を訪れた俺たちの目を惹いたのは、正面の祭壇に置かれている大きな像であり、それはほどほどに見慣れている、神さまを抱っこしている女性の像だった。
だが、大神殿の像には離れていても一目でわかる凄味があり、信仰深い者であればそれを神聖さ、神々しさと表現するのだろう。
さらにその像の周囲――右上、左上、下と三体の大きな猫の像が囲んでおり、またその像も等しく見事なものであるため、それら四体が織りなす雰囲気は俺たちに一瞬の忘我を与え、大声を上げるといったちゃちな反応を封じ込めることになった。
「ニャザトース様を抱く女性と、その下方にはニャルラニャテップ様、右上はニャゴ=ニョトース様、左上がミャウ=ニュグラス様。神猫を代表するお三方です」
ヴァーニャの解説により、ようやく俺たちは我に返る。
おかげで聖堂に『旧支配者のキャロル(猫賛美仕様)』が流されていたことに気づいてしまった。
妙に雰囲気に合っていて怖いんですけど。
「さあ皆さん、せっかく訪れたのですから、どうぞお近くでご覧ください」
すっかり毒気を抜かれた俺たちはヴァーニャに促されるまま、ずらっと並ぶ信者席を抜けて像が置かれた祭壇の前、説教壇へ。
「これは……すごすぎます。ニャルラニャテップ様にお目にかかれていなければ、持っていかれるところでした。危なかった……」
ほわーっと像を眺めるばかりとなった面々にあって、クーニャはなんかのチェックに成功したらしく正気を保っているほうだった。
この像もこの像で、やべーものなんじゃねえの?
そんなことを思っていた俺は、ふと、女性の像の足元に一輪の花が供えられているのを見つける。
確かウィンディアの神殿でも……。
「なあヴァーニャ、あの花ってなんなんだ? お供えにしては一輪だけだし、意味があるならいっそ像の一部に組み込んだほうがいいんじゃないかって思うんだが」
「それは――」
と、ヴァーニャは答えようとした。
が――
「陰の信仰、とでも言うべきでしょうか」
割り込んできたのは祭壇脇の通路から現れた、晴れ晴れしい微笑みを浮かべる男性神官。
見るからに特別な聖職衣を纏っており、後ろには雰囲気のある神官三人を従えている。
「ニャザトース様を崇める傍ら、私たちはその花もまた密かに崇めているのですよ。この世界が創られるきっかけとなった、その花を」




