第17話 にゃんこ大神殿
「あ、私ったら寒いなか皆さんをお待たせしたままで!」
ようやくクーニャへの挨拶が終わったあと、ヴァーニャはハッとして俺たちを見ると、ごめんなさいごめんなさいと平謝り。
「いや、そこまで謝るようなことじゃないから……」
場合によっては塩対応も有り得ると覚悟しての訪問だ。これくらいの長話はまったく問題ではないし、責任の一端はクーニャにあると思うので気にするなと言っておく。
「ありがとうございます! ケイン様って思いのほか懐が広い方だったんですね! ではさっそく大神殿へご案内いたします!」
「思いのほか……?」
若干気になる言い方をされたが……ともかくヴァーニャは元気よく出発しようとして――
「みなさーん! こちらのシャカ様はこれから大神殿にお招きしなければなりません! 解散してくださーい! 解散でーす!」
シャカを人の檻から解放するのに難儀し始める。
どうも時間がかかりそうで、その間に俺は名残惜しそうにするお嬢ちゃんたちからネコミミの回収をおこなった。
やっかいな猫娘を招き寄せる祭りはここで廃止せねばならないのだ。
「ふう、なんとかシャカ様をお連れすることができました」
「なうーん」
「ヴァーニャさん、シャカ様は『ありがとう』と仰っていますよ」
「まあ、どういたしまして!」
猫娘二人とでかい猫が和気藹々と。
「これで出発できそうだが……シャカが目立つよな。ちょっと対策するか」
またゲリラ参拝が発生しても面倒なので、フード付きのコートを創造してシャカに着せる。
猫の着ぐるみも考えたが、それはそれで人が集まりそうだったのでやめておいた。
「それではあらためまして、大神殿へご案内いたします!」
こうして俺たちは大神殿へと出発。
大広場からは周囲の建物を抜けるように、六つの大通りが放射線状にのびていた。
俺たちがゆく通りは商店が連なるアーケード街になっており、ヴァーニャが言うにはほかの通りも同様とのこと。
わりとにぎわっている様子を見て、この寒い中、と思ったりするが、聖都の住人からすればこれくらいの寒さは当たり前、家に籠もるほどではないのだろう。
ちょいちょいヴァーニャにお店の紹介をされながら俺たちは通りを進み、しばらくしてアーケード街を抜ける。
と――
『――ッ!?』
一気に開ける視界。
まず目に飛び込んできたものに俺たちは唖然。
先ほどより小さな広場の向こう、もう規模が神殿というより宮殿といった大きさの建造物があり、その上には丸くなって寝そべる超どでかい猫の像があったのだ。
建築様式はやっぱり西洋っぽいとか、そんなこと気にならなくなるくらい特徴的、もうインパクトが強すぎてそこにしか目がいかない。
「うわぁ、うわぁ、すっごく大きいの!」
「あんなの見たことなーい!」
「なんて大きな猫ちゃん……!」
思わず言葉をなくす俺たちだったが、やがてお嬢ちゃんたちが騒ぎだし、遅れて邪妖精たちが『うおー!』と興奮を始めたことで一気に騒々しくなった。
巨大な物というのは、それだけで人を圧倒する。
崇める存在をでっかく造るのは、目にした者に畏怖の念を抱かせるようにという狙いもあるのだろう。
たとえそれが『猫』という身近な存在であっても、あれだけ巨大となれば心に訴えるものがある。
とはいえ感じ方は人それぞれ。
ラウくんはぽかーんで、ペロはでかすぎる猫の像に困惑。テペとペルは『どうした? どうしたどうした?』と様子がおかしい二人をくうんくうんと心配。
シルは純粋にその大きさに驚いているようだし、シセリアは邪妖精たちにあれに登ろうと誘われ懸命に断っている。
アイルは「いずれはあんな感じに……」となにか企んでおり、エレザは反応が薄いため判断不可、爺さんは「なんと見事な」と感じ入っていた。
そして――
「ああ、なるほど……。ウニャード様が詳しい話を聞かせてくれなかったのは、先入観なしにこの感動を味わってもらうためだったのですね……」
静かにクーニャが心を震わせている。
俺からすれば出オチのように思えてしまう超巨大猫も、信徒からすると深い感動を呼びさますものらしい。
「あれは……まあ神さまだよな」
「はい。ニャザトース様です」
うん、もちろんそうだよな。
あれで特に由来があるわけでもないそこらの野良猫を模した、なんて説明をされたらそっちのほうがびっくりだ。
「私たちの信仰の中心たる大神殿は、ニャザトース様にとって憩いの場である、という意味が込められているそうです」
「なるほどなぁ……」
見る者を圧倒しつつ、ついでに神殿の正当性を主張というわけか。
宗教らしいなぁと感心していると、ようやく衝撃が抜けてきたのかお嬢ちゃんたちが超巨大な猫を撮影しようといそいそ猫スマホを取り出す。
が――
「あ、待ってください。申し訳ないのですが、あのニャザトース様を記録として残してしまうのは控えていただけませんか?」
撮影会の開始をヴァーニャが止める。
つか、ちゃんと猫スマホまで把握できてるんだな。
「撮っちゃ駄目なの? どうしてー?」
このノラの疑問に、口を開いたのはクーニャだ。
「感動を写真として残すのではなく、心の内に秘めてもらいたい、ということですよね?」
「はい、クーニャさんの仰るとおりです。あのニャザトース様のことは、なるべく聖都を訪れた者のみが知る秘密、ということにしておきたいのです。教えてしまうのは、もし相手に聖都を訪れる機会があったとき、得られるであろう感動を損なわせることになってしまいます」
「まして写真は……誰かに見せたくなるものですからね。皆さん、ここはウニャード様がそうしたように、私たちも配慮することにしましょう」
猫娘二人の話に納得できるところがあったのか、それとも信仰に関わる面倒くさいしきたりを蔑ろにはできないと思ったか、ともかくお嬢ちゃんたちは渋々と撮影を中止。
「うー、お母さまに見てもらいたかったのに……」
ノラはとくに残念そうである。
「ごめんなさいね。でも、ほかの場所なら大丈夫ですから。大神殿の中には神猫様たちの大きな像がたくさんありますし……ふふ、きっと満足いただけると思いますよ」
自信があるのだろう。
ヴァーニャは意味ありげな微笑みを浮かべて言う。
「それにしても、そんな小さな物で、遠くの人と会話ができたり、景色を記録できるのですね。こうして目にするとあらためて驚きます。スマホーとはすごい物なのですね」
「うん? そう、スマホーはすごい!」
興味津々のヴァーニャに、『どうだ!』と水戸黄門の印籠のように猫スマホを見せびらかすのは、一瞬前まで残念そうにしていたノラである。
つか――
「おいクーニャ、記録が間違ってるぞ」
「おや……?」
このままではスマホが『スマホー』で後世に伝わってしまう。
いやべつにどうでもいい事なのだが……なんかもどかしい。
「――でね、これが妖精の女王のミミちゃん、それでこれがニャミーちゃん、それで――」
「ああ……これが……!」
話の流れでヴァーニャはノラに写真を見せてもらうことになり、知ってはいたが初めて目にする鮮明な画像に感嘆の声をもらす。
「本当にスマホーは素晴らしい物ですね。あの像を撮影したくなる気持ちもよくわかります」
「なあヴァーニャ、あの像ってさすがに内部は空洞だよな?」
「もちろんです。もし中身まで詰まっていたら、いずれ大神殿はニャザトース様にぺしゃんこにされてしまうでしょうね」
「じゃあ、あの中って見学できるようになってたりする?」
巨大な仏像は内部がお寺をかねていたり、展示スペースがあったり、展望台だったりするので、もしかしたらと思っての質問だ。
これにお嬢ちゃんたちが『猫ちゃんの中を見学!?』と強い興味を示す。
が――
「あ、内部は関係者以外の立ち入りを禁止していまして……」
どうやらあの像の内部は高位神官の住居や会議室、貴重な物品の保管庫、歴史的な書物を集めた図書館、部外秘の資料室など大神殿にとって重要な場所であるようだ。
「で、でも皆さんであればあるいは……。ちょっと相談してみます」
「ならさ、ダメって言われたら、もっと上のものに相談して許可を貰うことになるって伝えてくれるか」
「え、上のもの、ですか……?」
「そう、ちょっとニャニャに来てもらうことになるかもって――」
「待てぇーい! 待て待てぇーい! お主、要望が通らぬからと神殿にその脅しは駄目じゃろう! 大人げがなさすぎるぞ!」
即座に反応して話に割り込んできたのは爺さんだ。
「ああ? じゃあちゃんと召喚しろと?」
「そういう話ではないわ! 向こうにも向こうの事情があるんじゃからそこは汲んでやらんか! つかお主、喧嘩を売るってのはそういうところじゃぞ!? その我を通そうとするところが問題なんじゃ!」
「ええぇー」
ここぞとばかりに鬼の首を取ったように怒鳴ってきやがって……。
それこそ鬼みたいな顔してるくせに!
ぐにに、と忌々しいジジイを睨む。
と――
「ふ、ふふっ、あはははっ」
急にヴァーニャが笑いだした。
「あ、ああ、すみません、ごめんなさいごめんなさい、あまりにも記録にあるやり取りそのもので、その、ふふ、あ、すみません……!」
収まらないのか、笑いながら謝るヴァーニャ。
クーニャの奴、そんな記録まで……って、だからこその記録なのだろうが、おのれ……。
「それにしても、ケイン様はすごい脅しを思いつくのですね! それなら間違いなく許可はおりますよ!」
「ほほう」
笑い飛ばすか。
なかなか話のわかる猫娘だ。
もしかすると――ヴァーニャは俺たちにとってなかなか得がたい人物なのかもしれない。
超巨大猫内部への立ち入りを拒否しないし、要望を通す為の手段も笑ってすます。
そもそもクーニャの魔導書を世に出すため、枢機官団に噛みつくような猫娘だ。
後々のためにも、なるべく仲良くしておいたほうがいいだろう。
ということで、俺はヴァーニャに猫スマホを進呈することにした。
ヴァーニャは猫スマホに強い興味を見せていたし、なにかあれば連絡も取り合えるのだからこの場での贈り物にはちょうどいい。
ただあいにくとストックが切れていたので、モックを新しく創造してシャカに謎のおまじないをかけてもらう。
こうして完成した猫スマホ。
ヴァーニャはパレラを抱っこしたままなので、なんとか手首から先だけ自由に動かせる右手に持たせてやる。
当初は「ええっ、そんな私などに、いただくわけには……」なんて言っていたヴァーニャだったが――
「うおー! やったー! スマホー! 私のスマホー! ケイン様、シャカ様、ありがとうございます! 大事に大事に使いますね!」
よほど嬉しいのだろう、ヴァーニャはパレラにほらほらと猫スマホを見せびらかしたりと無邪気なことをしてうざがられている。
「ふむ、なるほどのう……」
そんなヴァーニャを見て、呟いたのは爺さん。
なにかと俺の行動にケチをつけてくるが、この『味方してくれそうな者』を取り込む作戦はお気に召したらしい。
ところが、だ。
「おい、クーニャよ。ケインの奴、やけに親切だと思わないか?」
「そうですねぇ。どういうことなのでしょうねぇ……」
おやおや?
なにやらシルとクーニャに不穏な気配が……?




