第15話 奇祭再び
ちょっと聖都の話を聞きに行くという、準備とは言えないような準備をしたその翌日。
シルさん家の庭に集まった面子は、まず召喚を受けた俺、シセリア、それからフォーマルな格好をしたシャカと続き、さらにいつものおチビたち、シル、エレザ、クーニャ、ヴォル爺さん、最後に頭の椰子の木にヒヨコを乗っけたアイルで締めくくられる。
「フゥ~、聖都がオレを呼んでるぜぇ~」
アイルが着ているのは冬仕様の民族衣装。露出の多い夏仕様とは打って変わって全身を覆い隠すもこもこ毛皮。ファー付きのフードを被っていないのは、頭の椰子の木が邪魔だからだろう。
あのあとアフロ王子と話し合いは平行線。最終的に決闘にまで発展したが、無事勝利したことで参加が実現したとかなんとか。
「あーあ、お母さまも来たらよかったのにー」
「仕方ありませんよ。ルデラ様は立場がありますからね。戻ったらいっぱいお土産話をしてあげてください。きっと喜びますよ」
ちょっと残念そうなのはルデラ母さんに同行を断られてしまったノラであり、真っ当なメイド業務中のエレザがそれを慰めている。
どうもルデラ母さん、本心では聖都に行きたいようだったが、神殿や『招き猫』の重要な契機となる今回の召喚に観光気分で『来ちゃった』はさすがに立場的に許されないだろうと渋々断念したらしい。
元は冒険者だし、たぶん本当に同行したかったんだろうな、と思うその一方で、じゃあ娘のノラはいいのか、という疑問がおれの中に生まれる。
ノラこそまさに観光気分で『来ちゃった』なのだが……。
だがまあいまさらノラをお留守番させるわけにもいかないし、今はそれよりも考えなければならない問題がある。
俺たちは重大な失念をしていたのだ。
「いぇいいえーい! いよいよ聖都へ出発だー!」
「ワタシ、聖都って行ったことないのよねー! 楽しみ!」
「あっれー? そういやオレたちがこっちいた頃、もう聖都ってあったっけー?」
邪妖精たちって、連れていって大丈夫なの?
「なあ爺さん、どう思う?」
「あっ、あっ、ど、どうしたら……どうしたら……!」
爺さんは戸惑いおろおろするばかり、役に立たない。
というのも爺さんは邪妖精たちと相性が悪いのだ。
いくら怒鳴りつけようと、邪妖精たちはどこ吹く風。
そりゃかつては悪辣な悪戯を繰り返し、人々からは呪い殺さんばかりの恨み言やら罵詈雑言をぶつけられていたであろう連中だ、見た目が怖い爺さんのお叱りなんて屁でもないのである。
さらにこいつらは実力行使で折檻というわけにもいかない。
ずいぶん弱体化したようだが、それでも一般的な感覚では並大抵ではない脅威であるようで、おいそれと手出しできる連中ではない。
下手に手出しして、暴れられたら目も当てられないことになってしまうのである。
「まーまー、お二人さん、そんな心配しなくても大丈夫ですよ。妖精さんたちはもう悪いことをする妖精さんじゃあないんですから」
のほほんと口を挟んできたのは、その妖精たちの主たるシセリアだ。
確かに、このところの様子は普通の妖精よりちょっとやんちゃ、という程度である。
であるが……毎日毎日、餌付けした邪妖精たちをスプリガンにけしかけ、殴る蹴るの暴行をおこなわせている奴が擁護というのはどうなのか?
それに不可解なのは、シセリアがずいぶん落ち着いた様子でいることだ。
これほど大らかでほがらかなシセリアは初めて見る姿であり、それは俺の胸に安堵や安心よりも不安を去来させる。
いや、不安というよりも『きっとその安定はすぐに終わりを迎えてしまんだろうな』という、まるで散る前の満開の桜を眺めるような、一種の趣、侘び寂びであるのだろう。
「では皆さん準備はいいようですので、さっそく出発しますね。パレラ、お願いします」
「にゃーん」
クーニャに一声鳴いて応え、パレラが転移門を出現させる。
ニャンゴリアーズが五匹で人の行き来ができる転移門を構築することからして、一匹で同じことを可能とするパレラは神殿猫のなかでも実力者(猫)なのだろう。
そんなことを考えつつ、早く早くとおチビたちに急かされた俺はさっそく門をくぐり、皆もそれに続く。
こうして俺たちはお留守番の猫と犬と熊に見送られ、聖都ニャダスへと出発した。
△◆▽
まず目に飛び込んできたのは、周囲を行き交うほどほどの人混みだった。
格好から神官と思われる者の割合がずいぶんと多い。
次に周囲を見回して、ここがぐるっと建物に囲まれた円形の大広場だということがわかった。
感じとしては大型ショッピングモールの中庭みたいなものだ。
建物に囲まれているものの、空が見えるので開放感がある。
今日のウィンディアはやや曇りだったが、ここ聖都はよく晴れ渡っており、透き通る寒々とした青空は実に鮮やかだった。
「なるほど、確かに寒いな」
門をくぐって感じた、より一層の冷たさ。
聖都が大陸の北部、さらに高い山の上にあるがゆえの寒さ。
ウニャ爺さんが「この王都よりも寒いと思うので、より厚着して向かったほうがいいですよ」と助言をくれたのは助かった。
「き、来てしまった……はわわ……」
おチビたちがきゃいきゃい騒ぎ始めるなか、最後に門をくぐって現れた爺さんは早々に震え始めた。
人は高齢になると筋肉量が低下し、基礎代謝が落ちると聞く。
それはつまり体温を高める機能が弱くなるということで、ましてヴォル爺さんは骨と皮だ、聖都の風はさぞ冷たいのだろう。
「うん、寒いな。とっとと用件を終わらせて、帰ってコタツに入ろう。お汁粉だ。私はお汁粉が食べたいぞ」
そんなことを言うのはシルで、これにおチビたちやシセリア、邪妖精たちも賛成する。
シルはたったの二日ですっかり『おコタドラゴン』に進化していた。
出発を先延ばしにしていたら、コタツから出たくないとごねて一緒に来なかった可能性が高い。
「さて、聖都には到着したが、これからどうしたらいいんだ? このあとの指示とかは、手紙になかったんだよな?」
「はい、ありませんでした」
「うーん、大神殿へ来いっつー話だけど、その大神殿はどこだ? さすがにここが大神殿って感じはしないし……」
大神殿へはこちら、なんて看板があればいいのだが、見当たらないのでここはそこらを行き交う人を捕まえて聞くしかないだろう。
なんて思っていると、なにやら立ち止まってこちらを注目している人たちがいることに気づいた。
それは主に神官で、様子からして『突然余所者が現れた!』と警戒しているようには見えない。
はて、と思っていると――
「……神猫様……?」
「まさか神猫様が降臨なされた……?」
ひそひそと呟きが聞こえ、疑問が氷解。
あの人たちはシャカをニャニャのような神猫と勘違いしているのだ。
確かに、ここは聖都なわけで、そんな場所に人くらいにでっかく、ベスト着てネクタイ締めた猫が後ろ足立ちして立っていたら、そりゃ神猫が現れたと勘違いするのも仕方のない話だろう。
だがこの状況はどうも気が散るので、シャカには悪いがちょっと離れておいてもらう。
「んなーん」
『……!』
シャカが俺たちから離れると、見守っていた者たちがすぐに群がってその場に跪き、静かに祈りを捧げ始めた。
するとこれを邪妖精たちが面白がり、シャカの周囲を飛び回りながら『崇めよー、猫を崇めよー』なんて言い始める。
これがより注目を集める結果となり、広場の人々は何事かとふと視線を向け、でかい猫とその周りを舞う妖精を目にしてはたと足を止め、やがてよろよろと近づいてきて祈りに参加する。
こうして祈る人は増えた。
どんどん増えた。
「あれ、ええんかのう……」
「いいんじゃないか? 勝手に拝んでるんだし」
これで苦情を入れられても正直困る。
邪妖精たちもちょっと紛らわしいだけで、神殿としては間違ったことを吹聴されているわけではないのだ。
「なあ師匠、見た感じ猫の獣人がかなり多いと思わねえ? こりゃいいぜ、好都合だ」
「なんで?」
「なんでって、猫は鳥が好きだろ? なら『鳥家族』が繁盛するのは間違いないってことだよ」
こいつ、ナチュラルに獣人と猫を一緒くたにしてるぞ……。
さすがはエルフと言うべきか、実に高慢なことである。
「まずは大神殿に屋台を開く許可を貰わねえとな!」
謎の理論で商売繁盛の予感を覚えたアイルは嬉しそうだが、その一方でしょぼくれた者もいる。
「いない……いっぱいの猫ちゃんたち……どこ……?」
猫がたくさんと聞き、期待に胸を膨らませていたメリアである。
一匹も見当たらない状況にひどく落胆しているが、考えてみればこの寒いのにたくさんの猫がうろついているというのは現実的な話ではない。
きっと猫たちは、どこか暖を取れる場所に集まって丸くなっているのだろう。
「メリアお姉ちゃん残念そう……。あ、そうだ。先生、あれ出してあれ。あれ」
「あれってなんじゃい」
「えっと、ほら、頭につける猫の耳!」
メリアを元気づけようと、ノラが思いついたのはみんなでネコミミをつけることであった。
以前、ブラッシングで集まったニャンゴリアーズの抜け毛でネコミミを作ったが、あれは廃棄してしまったので新しい物を三人分創造してやる。
「にゃん! やったにゃん! お耳復活だにゃん!」
「にゃーん! メリアお姉ちゃんもつけるにゃーん!」
「こ、これは……!?」
さっそくネコミミをつけたノラとディアに勧められ、メリアも渡されたネコミミを装着する。
もうすでにこの段階で落ち込んだ様子はなくなっていた。
「にゃーんにゃん!」
「にゃうにゃーん!」
「にゃ……にゃん! にゃんにゃんにゃん!」
ネコミミをつけたお嬢ちゃんたちがにゃんにゃん騒ぐ。
復活したのだ。
ここ聖都で、奇祭『ネコミミ祭り』は復活を遂げたのだ。
と、そんなおり――
「ああ、すみません! 迎えが遅れてしまいました!」
謝りながらパタパタ駆け寄ってきたのは、神官とおぼしき猫娘。
「まさか、また……?」
これで奇祭『ネコミミ祭り』に招き寄せられた猫娘はクーニャに続き二人目となった。
やはりこの祭りは廃止すべきなのか……。




