第14話 よく怒鳴る傾向の血族
少々の懸念はあるものの、ともかく聖都行きは決定となり、これをおコタに入って仲良くミカンを食べていたノラとディアは無邪気に喜んだ。
「今度は聖都に行くんだって」
「どんなところかな? えへへ、楽しみー」
完全に観光気分である。
まあおチビたちはな、面倒なしがらみなんてないからな。
「それで行くとなると……シルさんや、頼めるかね?」
徒歩など論外。
ここは順調に守護竜から『おコタドラゴン(主食はミカン)』に進化しつつあるシルにお伺いを立ててみる。
「いいぞ。もぐもぐ。ただ全員は乗せきれないと思う。もぐもぐ」
「あー、そっか。なら……お呼ばれしてないお嬢ちゃんたちは、悪いけど今回お留守番か?」
『ええーっ!』
和気藹々としていたノラとディアがお留守番にショックを受けて叫び、これにお昼寝していたテペとペルが『きゃうんっ』とびっくりして飛び起きた。
なんか申し訳ない気分になる。
「あのー、お留守番なら私が引き受けますが……?」
往生際の悪い尊師がなんか言っているがこれは無視だ。
「うう~……。あっ、ならマリーお姉ちゃんにお願いしてみる!」
「そういや仲良くなってたな……」
ここでノラの起死回生。
マリーのことだ、お願いすれば多少文句は言っても来てくれるだろう。
なら結局みんなでお出かけか――。
なんて思ったとき、やや遠慮がちにクーニャが口を挟む。
「あのー、聖都行きでしたら、今メリアさんが抱っこしているパレラが案内してくれるそうですよ?」
「あら、貴方はパレラちゃんっていうのね」
よーしよーしとメリアは上品な白猫――パレラを撫で撫で。
猫が関わると実にマイペースになる。
「案内っていうと、転移門でも開いてくれるのか?」
「おそらくは。手紙には準備ができたことをパレラに伝えれば案内してくれる、とありますので。猶予は十日ほどです」
「さすがに明日すぐ来いとか無茶は言わないか。大神殿は神殿に住み着いてる猫たちが、ちょっと特殊だと把握はしてるんだな」
「ええ、大神殿ともなればさすがに。でも知っている人は知っているようですよ。以前、ウニャード様に猫たちのことを尋ねてみたのですが、どうも暗黙の了解があるようです。猫たちの不思議な行動を目撃しても、みだりに吹聴して騒ぎ立てたりはしない、という。猫たちはニャザトース様の使い、そっとしておこうという認識なんです」
そういやニャニャは神殿猫たちを『弟妹たち』と言ってもいたな。
まさに認識のとおり、神殿猫は神さまの使い(下っ端)なのだろう。
「ただ、私に門を使う様子を見せてくれなかったのはちょっと癪です。しっかりお世話してたのに……」
「べつに隠していたとか、そういう認識はないんじゃないか?」
お世話といっても、なにもつきっきりで見守っていたわけではないはずだ。
クーニャの知らないところで転移門を使用していたのかもしれないし、そもそも機会がなくて使用していなかった可能性もある。
こっちに越してきてからだって、ニャンゴリアーズが転移門を使用したのは俺がお願いした場合がほとんど、自主的に使用している姿は見たことがないのだ。
「ねえねえクーニャお姉ちゃん、聖都ってどんなところー?」
「お話、聞かせて?」
「う、遠い地なので、私も詳しいわけではないのですが……」
聖都行きを楽しみにしているノラとディアにせがまれ、クーニャはちょっと戸惑いつつ知っていることを話し始める。
「まず聖都ニャダスは大陸北部、ニャン高原の北にあるニャダス山の頂に存在します。巡礼地になっていて、私も一度は訪れてみたいと思っていたんですよ」
なので今回は良い機会。
ちょっと不安もありますが、とクーニャは言う。
「そして聖都といったらやはりニャザトース大神殿です。きっと素晴らしい神殿なのでしょうね。内部にはうちの神殿よりも大きくて立派な像があるそうです」
「像ってあれか、神さまを抱っこしてる」
「はい、『ニャザトース様を抱く女性の像』、または『ニャザトースの聖女』と呼ばれている像です。ほかにも、神猫の方々を模した像も一緒に並んでいるようですよ」
「猫の像だって!」
「面白そう……!」
うん、でけえ猫の像だらけの神殿はちょっと興味あるな。
無事『招き猫』が宗派認定されたら、そこにニャスポーンの像も並ぶのだろうか?
「ほかに知っていることは、えっと、町に猫がいっぱいいるとか」
「猫ちゃんがいっぱい……!」
と、これに反応したのはメリア。
「あとは……『居眠る千匹の猫亭』という有名な宿屋があるとか、そのくらいですね」
「おー、有名な宿屋……!」
クーニャの話がメリアとディアをピンポイントで興奮させる。
こりゃメリアは猫に誘われてどっかへいっちゃわないよう気をつけないといけないかもしれない。
宿屋は泊まれるならそこに泊まってみよう。
「ウニャード様なら、もっと聖都のことを知っているかもしれません」
「ならまあ明日は今回の報告がてら、ウニャ爺さんに話を聞きに行くことにしようか。大神殿のこととかも」
実際に行ってみないとわからないことも多いだろうが、多少の予備知識はあったほうがいいだろう。
「となると、出発は明後日だな」
「おや、ずいぶんと早いのですね」
「余裕があるからって先延ばしにすると、そのうち面倒になってきて行く気が削がれるからな」
「なるほど……。では明日、私はシセリアさんに基礎的なことを覚えてもらうことにします。にわか仕込みでも、なにもしないよりはマシでしょう」
「うえー……」
嫌そうな顔をするシセリア。
なんだか期末試験を一夜漬けで乗り切らなければならなくなった学生のようである。
楽しみにしているお嬢ちゃんたちとは大違いだ。
「あ、いまさらな話だけど、子供たちを連れていっても平気だよな? 関係者……ニャスポーンを崇める幼い信徒たち、ってことにでもすれば」
崇めているかどうかは怪しいが、尋常ではないほど懐いていたことは確かである。
「それはもちろん。ニャルラニャテップ様の降臨にも立ち会った子たちですから、歓迎はされても邪険にされるようなことはありませんよ。特にニャルラニャテップ様を崇める混沌派からすると、話を聞きたくて仕方ない相手でしょう。うっかり連れ去られたりしないよう、気をつけてくださいね」
茶化すようにクーニャは言う。
「ならニャニャに踏んづけられたお前はとっ捕まえられて、飾るためにって背中の皮を剥がれないよう気をつけないとな」
「ちょっ!? 怖いこと言わないでくださいよ!」
なら俺も、と茶化したらわりと真面目に怯えられた。
信徒は神さまに恥じるようなおこないはしない。
なら大丈夫のはずだが……しかし、怯えるということは……。
ま、まああれだ、最悪皮を剥がれるだけだ。
なにもキュッと絞められ、三味線の素材にされるわけではない。
そこは安心(?)できる。
「あとは……うん、どうせなら降臨に立ち会ったほかの奴も誘ってみるか」
あの場にいたのはほかにアイルとヴォル爺さん、ルデラ母さんにトロイ、あとスプリガンだ。
でもトロイとスプリガンは誘わなくてもいいな。
ルデラ母さんは……誘って来るか?
一応、ノラに確認はしてもらおう。
となると残るはアイルとヴォル爺さんの二人。
まずはさっそく『鳥家族』へ足を運び、今日も元気にカラアゲを揚げていたアイルに事情を説明する。
と――
「聖都か! いいねえ! 聖都にも店を開いたとなりゃあ、いっぱしの箔がつくってもんだぜ!」
アイルは『鳥家族』聖都支店のため同行するようだ。
すると話が聞こえていたのだろう、店の奥からアフロ王子がすっ飛んできて怒鳴り始めた。
「ふざけるな! 本拠地であるこの都市ですら、まだ本店と屋台部隊しかないというのに、ぽんぽん各地に支店を置こうとしおって! 支店を置くならまずこのウィンディアに置け! 現状では聖地に各国首都と、魔界のほうが支店が多いんだぞ!? おかしいだろう!」
「ああん!? そんなもん、偉大な犬狼帝様がどうしてもってお願いされたんだからしゃーねーだろぉ!?」
はて、ゴーディンの奴、どうしてもなんてお願いしてたか?
カラアゲが魔界の連中に好評だったのは確かだが。
「なんにしても聖都はやめろ! 下手に絡んでいって問題を起こそうものなら、とんでもないしっぺ返しを食らうことになる! 鳥喰いの野蛮なエルフにはわからんだろうが、宗教というものは人の世に絶大な影響力を持つのだ! ただでさえケインが召喚などされ心配なのに、面倒を持ち込むつもり満々のお前が同行するなど俺は認めんぞ!」
「うっせー! オレは聖都に支店を置くんだよぉ!」
「うーん……」
アイルとアフロ王子の喧嘩はヒートアップを続け、どうも収拾がつかないようなので俺は戻ることにした。
伝えることは伝えたので、アイルが同行できるなら明後日出発するときに顔を出すだろう。
こうしてシルさん家に戻ったあと、俺はしばし皆とコタツでぬくぬく。
やがて夕方近くになったところで、学園にお勤めのヴォル爺さんが帰ってきた。
「ぐぬあぁぁぁ――――――ッ!」
大神殿からの召喚を説明したとたん爺さんは叫んだ。
「大神殿じゃと!? お主、ホントお主はもう、ああもう、大神殿はマズいじゃろ! 下手するとニャザトース教が敵に回るんじゃぞ!? 儂が国王やっておった時でも喧嘩を売るような真似はせん!」
「なあクーニャ、俺、大神殿に喧嘩を売ったなんて話したか?」
「していませんが……。ヴォルケードさん、落ち着いてください。大神殿は『招き猫』を宗派認定するための手続きとして、ケイン様を招いて話を聞こうというだけなのです」
「でもこいつ向こうで絶対大神殿に喧嘩売るじゃろ!?」
「そ――。いえ、さすがにそんなことは……」
「そこが怖いんじゃよぉぉぉ!」
召喚されたから応じることにしたよ、って話をしただけなのに、どうしてこのジジイは俺を狂犬扱いするのだろうか?
「じゃがまあ、召喚に応じたことには安堵したわい。クーニャ嬢ちゃん、頑張ったのう、よう頑張った……!」
なぜかクーニャを褒め始める爺さん。
ボケなのか。
「それで、爺さんは一緒に来るのか?」
「同行するに決まっとるじゃろぉ!? お主を聖都に送り出してのうのうとしておれるか! 心配で心配で棺の中でも悪夢を見るわ!」
なんか知らんがやたら怒鳴ってくる爺さん。
こんな調子だと、聖都で暮らす人々から『うるさい』と顰蹙を買わないか心配になってくるな……。




