第8話 放蕩娘たち
陞爵式当日。
前日にはもう到着していた、やたらでけえ馬二頭が牽く豪華な馬車にみんな乗り込み王宮へと出発だ。
もしかするとこの馬車は、俺たちがシルの背に乗って飛来したりしないようにと王様が先手を打ったのかもしれないが、そんな心配をしなくとも定員オーバーになるのでそんなことはしなかった。
せいぜい大きな荷車を用意して、犬と熊とトロイに牽かせての登城を試みたくらいの話である。
王宮に到着した俺たちは『いらせられませ』と迎えられ、まずは控え室へと案内された。
式が始まるまでの退屈な時間。
おチビたちは暇を持てあますかに思われたが、そこに現れたのがルデラ母さん。ノラに友だちを王宮案内してあげたらどうかと提案したことで、おチビたちはわーっと離脱することになり、ついでに監督役としてエレザも連行されていった。
おチビたちは着飾ったシャカ(大)も連れていったことだし、今頃は王宮の人々を大いに困惑させて回っていることだろう。
こうして控え室には俺、シル、クーニャ、邪妖精ズ、そして今日の主役である――
「ぴぇ、ぴぇ、ぴえぇ……」
電池切れ間近の喋るオモチャのように、か細い奇声を発し続けるシセリアが残った。
きっと最後は「モルスァ」と言い残して『お爺さんの古時計』のように動かなくなるのだろう。
「ほらー、シセリアさー、元気だせって。大丈夫だから」
「そうそう、いざとなったらワタシたちがなんとかしてあげるわ」
今日、緊張のピークを迎えたシセリアは、相当いっぱいいっぱいらしく日課のスプリガンいびりどころか、お菓子を食べる余裕すら失っていた。
この、シセリアがお菓子を食べないという異常事態に邪妖精たちも心配になったらしく、なんとか元気を出してもらおうと健気に励ましており、こうして眺めていると『こいつらって実は良いチームなのでは?』と思えてくる。
やはり共通の敵がいると意気投合しやすいんだろうな。
やがて陞爵式の時間も迫り、俺たちは謁見の間へと案内される。
離脱していた面々とは途中で合流したのだが――
「あれ、ノラもこっちなのか?」
「うん、なんかみんなと一緒にいなさいって、母さまが」
てっきり王様の横とかに並ぶと思っていたのに……。
もしかして放蕩娘すぎて王族から追放でもされたのだろうか?
「建前上、ノラ様はシセリアさんの後ろ盾であり、シセリアさんはノラ様の派閥筆頭ということになっています。そこで今回は私たちと一緒に、シセリアさんの後ろに控えての参列ということになりました」
俺の疑問をすぐに理解したのか、エレザが説明してくれる。
そうか、いらない子にされたわけじゃなかったか。
「あとはケイン様、シルヴェール様との関係が良好なものであると今一度わかりやすく周知する、という狙いもありますね。もしなにかあれば政治などお構いなしの、盤外の勢力が黙っていない、と」
「よろしくお願いします!」
キリッとした顔でノラは言うが……なんかよくわからないけどお願いしとこう、という感がひしひしと伝わってくる。
まあノラが目指すのは立派な冒険者だ。
こんな感じでもいいんじゃないかな。
△◆▽
一般的な王侯貴族の尺度からすると、もしかしてノラの人脈ってすごいのではないか、なんて思いながら訪れた謁見の間。
立派な大扉をくぐるとそこは広間で、真っ直ぐに伸びる赤い絨毯の先には三段の階段があり、高くなった位置に玉座がある。
絨毯の左右には、立派な服で着飾ったおっさんたち。
たぶん集められたこの国の貴族だろう。
さらに広間の壁際には鎧を着込んだユーゼリア騎士団の騎士たちがずらっと並び、そこには久しぶりに見るシセリアのパパさんもいた。
緊張してカチコチ、ブリキのロボットみたいなぎこちない動きで登場したシセリアを見て苦笑しているが、嬉しそうでもある。
たまに顔を見せに帰るシセリア曰く、パパさんも娘の出世ラッシュには戸惑っているようで『自分の目は曇っていたようだ』となにかあるたびに言うようになったとか。
これはパパさんが『シセリアは騎士に向いていない』と考えていたことに端を発するようだが、べつに目が曇っていたわけではないと思う。
結局のところ、シセリアは『騎士』と呼ばれる『何か』であって、それを思うと今回の概念的『辺境伯』はけっこう適切なのではないだろうか?
ともあれ主役は舞台に立った。
あとは王様を始めとした王族が集まったら陞爵式の始まりとなるわけだが、まだ少し時間はあるようで先に来ていた貴族たちが列を崩しこちらへと集まってくる。
「ひえっ」
これこそシセリアが恐れていた試練の時。
だったのだが――
「おおシセリア殿、噂はかねがね耳にしておりますぞ」
「ひょ?」
まず投げかけられた言葉には温かみがあり、聞いた感じではシセリアに敵意を抱いているとは思えない。
もちろん相手は貴族、それも当主の集まりである。
言葉や表情こそ友好的でも、腹に煮えたぎるものを抱えていてもおかしくないのだが……なんかおかしい。
まるでアイドルに群がるおっさん集団。
みんなしてにっこにこ、シセリアをめっちゃ持て囃している。
やがておっさんたちは順番にシセリアへ挨拶を始めたが、誰もがまず後ろにいる俺たちに黙礼をしていた。
本来であればまず声をかける相手がシルやノラなところを、今回の主役ということでシセリアを立てないといけなかったり、シルはお忍びだったりでそんなことをしているのだろうが……なんだろう、妙にねっとりとした熱視線を向けてきているような気がするのだ。
で、挨拶するおっさんが入れ替わるたび、シセリアの側に控えるエレザがこの貴族がどこの誰なのか丁寧に紹介している。
ところが当のシセリアは、この予想外の歓迎ムードに困惑しっぱなしらしく目をまん丸、宇宙猫と化してしまっていてまったく聞いていないようだった。
「なあケイン、シセリアは歓迎されているのではないか?」
「されてるっぽいな……。なんでだろ?」
王様がよほど強力な説得――たとえばシセリアの機嫌を損ねようものなら国が滅ぶとか、そんな感じのほら話でも吹き込んだのか。
だとしても友好的なのは不可解で、シルと二人して首を傾げているとふと思いついたようにクーニャが言った。
「皆さんがニャスポーン派に所属しているからではないでしょうか? 私はそちらの仕事に直接関わってはいないのではっきりと断定できませんが、おそらくは」
『あー……』
シルと二人して声を上げて理解。
「そっか、シセリアはあそこの代表だったな」
「確かに見た顔がちらほら……。なるほど、そういうことか」
最初に髪が生えて『解脱者』となったなんとか伯爵のほか、無毛明王として誘拐犯撲滅作戦に参加していた顔もある。
ならこちらへの妙な熱視線は、ニャスポーンと勘違いされたシャカへのものだったのだろう。
「そりゃー友好的にもなるわけだ」
「つまりあれは『挨拶』ではなく『拝謁』なのだな」
納得がいってすっきり。
最大の懸念がまったくの杞憂であったことを知らないシセリアは戸惑ったままだが、このぶんなら問題も起こらないだろうし、まあ温かく見守ってやろう。
なんて思っていたのだが――
「……」
では次、とシセリアの前に立った厳ついおっさん。
挨拶をするでもなく、険しい表情してシセリアを見下ろすばかりだ。
見るからに武闘派、ぽっと出のシセリアを疎ましむとすればこういうタイプなのだが……。
問題発生かな?




