第7話 もういくつ寝ると御陞爵
さて、シセリアの誕生日会から半月ほど。
寒さも本格的になってきたことで、ニャンゴリアーズが隙あらば暖を求めて擦り寄ってくるようになった。
コロコロが大活躍である。
そんな寒さの中でもおチビたちは変わらず元気。
特にこのところはディアが溌剌としている。
「もうすぐわたしの誕生日です!」
一日一日と近づく誕生日。
ディアはうきうきしっぱなしだ。
なんなら意味もなく小躍りを始めるくらいである。
で――
「もうすぐ私の陞爵式ですぅん……」
一日一日と近づく陞爵式にシセリアはしおしおしっぱなしだ。
それは咲き誇っていたヒマワリが夏の終わりを儚みうなだれ、どんどん貧相になっていくさまを思わせるものであったが、これでも誕生日会直後よりはそこそこマシになっているのである。
なにしろシセリアは『一緒に来てくださいよぉ~』と誰彼かまわず、猫や犬、熊にもすがりつき、どうしたものかと俺たちを大いに困惑させたからだ。
△◆▽
「心細いですよぉ~、一緒に来てくださいよぉ~、よよよぉ~」
「まあついてってもいいんだが……これって俺たちがしれっと参加していいもんなのか?」
「ええぇ……ちょっと待ってくださいよ、なんですかその配慮。どうしてここでありもしない慎み深さを見せるんです? どうせならそういうのは普段の生活の中で発揮してくださいよ」
「同行は不要ということか」
「あっ、嘘です嘘! ケインさんはとぉ~っても慎み深い人! でも今はそんなのぽいですぽい! 陞爵式についてきてください!」
もはやなりふり構わぬその媚びよう、おやつを前にした犬である。
「ケイン様、せっかくですので同行してはいかがですか? もちろん私はシセリアさんの晴れ姿を拝むためにも同行するつもりです」
「エレザさん……!」
ここで助け船を出したエレザにシセリアはいたく感激。
俺にはそれがシセリアの好感度を効果的に稼ぐため、あえてこのタイミングまで黙っていたように思われたが、それを指摘したところで誰も幸せにならないので黙っておくことにした。
そう、俺は慎み深いのだ。
「まあここは皆で行けばよかろう。私が一緒なら、いきなり追い返されるようなことにはなるまい」
「うおお、シルさん! 頼もしい! ありがとうございます! これならもう心配はありませんね!」
「あー、シルヴェール様は……もしかすると参加を控えてもらうようお願いがあるかもしれません……」
「えっ!? ど、どして!? シルさんは守護竜さんですよ!? のけ者になんてしたら、この国が滅ぼされちゃいますよ!?」
「いやそんなことはせんが……」
「シルヴェール様が守護竜様だからこそですよ。陛下とて、守護竜様を差し置いて玉座でふんぞり返るつもりはないでしょうし……」
「ああ、そういうことか。ならばお忍びとしよう。私はただのシル。これならば問題なかろう」
「シルにしては珍しいというか、ずいぶん参加に前向きなんだな。このところすっかり出不精になって、シャカを困らせていたのに」
「なに、シセリアとの付き合いも長くなってきたのでな。前回の陞爵式もうちで執りおこなっただろう? 立会人のようなものさ」
考えてみれば、二人も親しいっちゃ親しいか。
いつの間にやら自分の家で誕生日会を開かせてやる間柄だもんな。
きっと気づいたら庭に咲いていたタンポポ、あるいは押し入れの奥に生えていた謎のキノコのように、シセリアに対しなんらかの愛着を感じているのだろう。
△◆▽
で、結局だ。
同行者の可否については、後日届けられた陞爵式の段取りが記された手紙に『自由』とあったことで完全な決着を見ることになりシセリアは大いに安堵することになった。
シルにも別で『お忍びでお願いします』という手紙が届いたあたり、エレザが王宮に出向いて調整をおこなったのだろうと思われる。
ともかく、これで俺たちは大手を振って王宮に乗り込むことができるようになったわけで、ひとまずの参加者は俺、シル、おチビたち、エレザ、クーニャ、シャカ、邪妖精ズとなった。
一応、アイルとヴォル爺さんも誘ってみたが――
「師匠、オレそういう堅苦しいのに参加するのはちょっと……」
負けん気だけはあるアイルが腰の引けたことを言う。
本当に苦手なのだろう。
で、爺さんはというと――
「どうかのう。儂が立ち会えば間接的に母国も認めたことにできるんじゃが……元国王なんて者がおると、この国の王もやりにくいじゃろうし……」
元国王ならではの気遣い。
最終的にはもうシセリアの名声は充分だし、自分のような後ろ盾は必要ないだろうという判断で不参加となった。
そのあと陞爵式までの間に、俺たちは着ていく服の準備をした。
詳細の手紙と一緒に届いた紹介状を持って、立派な仕立て屋さんにお出かけ。費用は王宮持ち。さすが王様、太っ腹である。
せっかくなのでテペとペルには可愛いリボンを、シャカにはシックなベストとタイを用意してもらった。
こうして参加のための準備は整い、その日を待つばかりとなったのだが……その手持ち無沙汰な日々がシセリアを弱らせていった。
思えば騎士になったときも伯爵に叙されたときもシセリアにとっては不意打ちで、今回のように心の準備をする時間は与えられなかった。
過ぎたことに関しては妙な豪胆さを見せるようになったものの、試練を迎えることへの耐性がまったくないのはその弊害なのだろう。
ストレスに曝され続けるシセリアは日に日に気持ちが弱っていき、今ではシルさん家の居間、畳の上に大の字になって転がるばかり。
周囲には自分で用意したたくさんのお菓子があり――
「ほーれ、シセリアー、お菓子だぞー」
「あーん、もぐもぐ……」
「次はこれよー、はーい」
「んー、あむ、もしゃもしゃ……」
邪妖精たちに口に運ばせ、寝転がったまま食べ続けている。
怠惰ここに極まれり。
女王蜂に餌を運ぶ働き蜂のごとき扱いをさせられている邪妖精たちはさぞ不満を溜めているかと思いきや、ついでに自分たちもお菓子を食べられるのでそれなりに満足しているようだった。
「あむあむ、貴族の皆さんが集まるぅ、あむあむ、きっと新参者の小娘だって、あむあむ、私はいびられてしまうんですぅ、あむあむ、怖いですぅ、あむあむ」
「怯えながらも食べることをやめないお前が怖いわ」
もはや陞爵式自体をおちょくっているようにしか見えないのだが、これで不安がっているのは本当なのだ。
「シセリアさん、心配のしすぎですよ。大丈夫ですから」
「で、でも……もぐもぐ、冬になったしそろそろ領地に帰ろっかなーって貴族さんたちを、もぐもぐ、引き留めての陞爵式なんて、もぐもぐ、こんなの恨まれますよぉ、もぐもぐ」
「少しは思うところもあるかもしれませんが、この程度のことに敵意まで抱くような方はいませんよ。当主ともなれば、日々面倒事に悩まされるものですからね、このくらいは些事ですまされます」
シセリアに付き合うエレザもなかなかたいへん……でもないな、むしろ嬉しそうに不安を解きほぐそうと受け答えをしている。
「ぽっと出の小娘が、もきゅもきゅ、なんかすごい特別な地位に就くんですよぉ、もきゅもきゅ、刺客を放たれたりぃ、もきゅもきゅ、嫌がらせを企まれたりぃ、もきゅもきゅ」
「この国にそんな命知らずな貴族はいません。陛下も問題を起こしたいわけではありませんから、事前に場を設けよ~く説明をして了承を取ってあるそうです。なにも心配はありませんよ」
ただ通達するだけという横着をせず、手間をかけてちゃんと説明をしたあたり王様の本気具合というか、余計な騒動を発生させてたまるかという強い意志を感じる。
聞けばシセリアに領地を与えないのも、下手に与えてお隣と軋轢なんて生まれようもんならどんな騒ぎが起きるかと警戒してのことらしい。
気配りだったり根回しだったり、王様ってのはなかなかたいへんなんだなぁ……。




