第6話 シセリアさんたら読めずになげた
ハッピバースデー、トゥーユー。
ハッピバースデー、トゥーユー。
ハッピバースデー、ディア、シセリアー。
ハッピバースデー、トゥーユー。
ようこそ、このイカれた世界へ!
誕生日のお歌をみんなで歌い、シセリアが十五本のロウソクをふーっと吹き消す。
『誕生日おめでとー』
「ありがとうございまーす!」
祝福の言葉にシセリアはぺかーっと満面の笑みだ。
これまで見た中で最も嬉しそう、もはや後光すら錯覚させるほど。
こうして始まった誕生日会。
さっそくケーキは切り分けられ、主役となるシセリアのぶんにはチョコレートのプレートとマジパンの人形がつき、おチビたちからは羨望の眼差しを向けられる。
お安い世界だ。
ケーキを食べ終えたあとは、各自自由に料理を食べる。
猛烈に食べる。
あれが美味しい、これが美味しいといった会話はあるものの、基本的には食べることに一生懸命。
とてもお喋りをしながら和気藹々とはならず、誕生日会は賑やかさの方向性が違う、言うなれば大食い大会の様相を呈することになった。
「そんながっつかんでも……」
思わず呟いてしまうが、俺とて居酒屋とかで普通に食っちゃう派、お喋りよりも食事に意識が向いてしまう気持ちはわかる。
誕生日会は開始早々こんな感じだったので、三十分もするとお腹が膨れてしまった者たちの手は止まった。
うん、食べ放題でしくじるパターンそのまんまだな。
まだ平気なのは暴食の権化たるシセリア、少量ずつゆっくり食べ進めているエレザ、あと――
「なあシャカ、誕生日だってさ、お祝いだってさー。はあー、誕生日……ロウソクがなぁ……」
「うなーん」
料理はそこそこに、ハイペースでワインをあけつつシャカにうざ絡みしているシルくらいのもの。
おチビたちはみんなしてお腹を膨らませて苦しそうで、邪妖精たちにいたっては子持ちシシャモのごとく死んだ目して畳に転がり、猫たちにちょいちょいつつかれ転がされ「や、やめ……」とか「でる……」とか唸っている。
とても宴もたけなわとは言えない。
完全に切りあげるタイミングをしくじった宴会である。
そして――
「ふう、お腹いっぱいです」
シセリアが食事の手を止めたのは誕生日会が始まって一時間ほどした頃であった。
用意した料理もほとんど食べ尽くされ、おこぼれが貰えるかもしれないと庭でじーっと様子を窺っていたわんわんと熊はがっかり。
ちょっと可哀想なのであとでなんかやろう。
「いやー、美味しいものを思いっきり食べられるなんて、誕生日会ってのはいいものですね!」
「ちょっと食べ過ぎだと思うけどな?」
けろっとしているシセリアにはもはや畏怖すら覚える。
向こうの世界で大食いアイドルなんかやればさぞ人気になるのだろうが……こいつってこんな量を食べきれるほど大食いだったっけ?
もしかしてあれか、ストレスか?
「さて、それでは陛下からの手紙を見てみることにしましょうか。気乗りしませんが、ここでさらに後回しにすると、うっかり二、三日たってしまいそうですからね。さすがにバレたら怒られそうです」
もう手紙後回しで誕生日会やったって時点で怒られそうなものだが、シセリアの中ではまだセーフなラインらしい。
「えーっと、ふむ、ふむふむ、ふーむ……ふむ?」
もったいぶった顔して、シセリアはしばし手紙と睨めっこ。
で――
「あの、この手紙、面倒くさい言い回しが多すぎていったいなにを伝えたいのかよくわからないんですけど……。用件だけを手短に伝える別紙とかないんですかね?」
とてもわんぱくなことを言いだした。
「よろしければ私が要約しましょうか?」
「あ、よろしくお願いします~!」
早々に弱音を吐いたシセリアがエレザに手紙を渡す。
解読を任されたエレザはちょっと嬉しそうだ。
「ではお預かりして……えー、なるほど……。内容を簡潔にまとめますと、この度シセリアさんは辺境伯に陞爵されるようです」
「???」
エレザの言葉に、シセリアはきょとんとした顔になる。
「ん? ん? 辺境伯……ですか? なにかの間違いでは?」
「いえ、間違いなく『辺境伯』と記されています」
「どういうこと!?」
どうせまた出世だろう、なんて予感はあったのだろうが、さすがに辺境伯は予想外だったらしくシセリアは激しく動揺した。
「辺境伯って!? えっ、ここって辺境だったんですか!? 王都の中にあるのに!? それとも私が辺境ってことですか!? わけがわからないのですが!」
混乱する気持ちはわからんでもない。
確かに『辺境伯』は謎すぎる。
こっちの世界の辺境伯つったら、国の中央から離れた地――隣国の領地だの魔獣ひしめく未開の地域だのと接した領地の領主が任ぜられてなるもの……だったような気がする。
なんにしても、一個人に叙すものではないはずだ。
「くっ、まずいですよぉ……。こんなの、後世の歴史家さんたちに面白おかしく評価される確率が上がってしまうじゃないですか!」
確率だと?
すでに『確率』ではなく『程度』の問題になっていることにパティスリー伯爵はお気づきでない……?
「シセリアさん、落ち着いてください。そのことについても記されています。要はこの国の成り立ちに由来した話ですね。この国が元は大国に属し、辺境伯領であったことはご存知でしょう? その求められた役割は魔境に対する盾で、ある意味、今現在も王家はその役割を果たし続けているとも言えます。そんなこともあり『辺境伯』という立場をこの国は特別視しており、今現在、その立場にある貴族は存在しません。いえ、しなかった、と言うべきですね」
「え、今回のコレですか?」
「はい。とはいえ、王家がシセリアさんに『辺境伯』の地位を与えるのは、なにも魔境に対処しろという話ではありません。王家がシセリアさんに求めるのは『王国の騎士として王国内外のいかなる敵性勢力にも屈することなく対処すること』であり、それゆえの地位として、この国における象徴的な『辺境伯』に叙すことにしたようです」
「迷惑なんですが」
「陞爵式では言わないでくださいね?」
「ええっ!? 陞爵式までやるんですか!?」
「もちろんしますよ。今回は前回のような略式ではなく、王国の貴族も招集して王宮でおこなうようです」
「うえっ」
ありがたくない催しの話を聞き、シセリアはひどく嫌そうな顔。
さすがに失礼ではなかろうか?
身内の集まりとはいえ、一応ここにはお姫さまもいるのだ。
膨れたお腹を撫でつつ、満足げに「ふいー、ふいー」と唸っているような姫だが。
「はぁ~、こんなのもはやイジメですよ。褒めるなら『よく頑張ったね!』って手紙に書いて送ってくれるだけでいいのに……。そもそも私がなにをしたって言うんですか、なにを成し遂げたと」
「シセリアさんは自己評価が低すぎます。一人で事態を収めたわけではなくとも、色々と関与していることは確かですから。威張れとは言いませんが、もう少し自身の活躍を誇ったほうがいいでしょう」
ちょっと関わっただけ、あるいは余計な口出しをしてきたにも関わらず成功を自分の功績のように語る輩がいたりもすることを考えると、確かにシセリアは謙虚すぎるかもしれない。
「もうやめましょうよー、私をぽんぽん出世させるの。出世させたところで私のなにが変わるっていうんですか。地位の無駄ですよー」
陞爵式がよほど嫌なのか、シセリアは駄々をこねつつ畳の上をごろごろ転がる。
陞爵させようという王家からすればわりと暴言である。
「うーん、そうだなぁ……じゃあシセリア、例えば、だ」
と、俺は駄々っ子と化したシセリアに軽石を出して見せる。
「はあ、公園で私に投げさせた石ですね。それが?」
「実はこの石には価値がある。どうだ、ほしいか?」
「いいえ、とくには……」
「ではこの石一個でたくさんのお菓子と交換してやると言ったら?」
「ほ、ほしいです!」
がばっと起き上がり、シセリアは話に乗ってきた。
「つまりはそういうことだ。わかったな?」
「はい! 公園でほったらかしになっているその石をいっぱい集めてきたら、すごくいっぱいお菓子と交換してくれるってことですね!」
「まったくわかってねえなぁ!」
あれ、もしかして例えが遠回しすぎたか?
「さあ妖精さんたち! ほら、お仕事の時間ですよ! 今すぐ公園にいってあの石を集めてきてください!」
「ち、ちがう、シセリアそれちがうぅ……」
「そういう話じゃないと思うぜー……?」
畳に転がって苦しそうにしている邪妖精たちは話を理解していた。
ならば遠回しすぎたというわけでもない……はずなんだけどね。
「え? もしかして集めてきてもお菓子はくれない……?」
「やらねえよ! つかお菓子ならいっぱいやっただろ!?」
「そ、それはそうですけど……! もう何割か減っているんで!」
「おめえどんだけ食ってんだよ!?」
「わ、私だけじゃありませんよ? 妖精さんたちも、もりもり食べるので減るのが早いんです! そのせいです!」
だとしてもシセリアが食いまくっているのは確かだろう。
ディアの件もあるし、そのうち余剰魔力多寡で異変が起きたりするのでは?
ある日突然、角とか翼とか尻尾が生えてきても俺は知らんぞ。
予約投稿をしくじった(´・ω・`)




